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鈴の音
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「おはよう」
翌朝、学校に着くといつもより声のトーンが低い光太郎が待っていた。遼が椅子を引っ張ってきて光太郎の傍に座る。
「たまるか。クマの所為で三十歳に見えるで」
「そりゃいかん! 友梨佳ちゃんに嫌われる!」
「最初から眼中にも無い」
どうやらよく眠れなかったらしい光太郎が慌てて周囲を見渡す。渡辺友梨佳はまだ登校していなかった。そもそも、彼女は女子とばかり仲良くしているので、光太郎は挨拶以外話したことがない。
「どういて、ほんなクマこさえちゅうがよ」
尋ねると、光太郎は先ほどとは打って変わって小さな声で答えた。
「……夜、変な音がして、眠れなくなった」
「変な音?」
「うん。一定のリズムで、鈴みたいなやつ」
「鈴……」
遼は眠りにつく瞬間の音を思い出していた。たしかあの時、鈴のような音が曲に混ざって聞こえた。遼は顔を青ざめさせた。
「僕も、聞いたかもしれん」
「鈴?!」
「うん」
「…………」
二人に沈黙が広がる。やがて予鈴が鳴り、遼が椅子を自分の席に戻した。
「昼休みに」
「うん」
光太郎の提案に頷き、遼は入ってきた担任教師である田代正明の顔を見上げた。田代は表情が乏しく、今もどういう感情で話しているのか全く分からない。入学して半年経つが、彼が笑うところを見たものはおらず、見たら幸せになれるとか、逆に呪いにかかるとか学生らしい噂を立てられている。
今日も今日とて田代は無表情で出席をとっている。いつもなら気にしないところだが、今日の遼は田代がうらやましかった。これだけ普段の出来事に心を揺り動かさずに過ごせるなら、きっと今直面している恐怖を彼が味わったとしても、どこ吹く風で払えるに違いない。
一時間目が始まり、二時間目が終わる。中休みは光太郎が購買に行っていないため、話の続きは先ほどの言葉どおり昼休みとなった。
「はむ、はむ!」
「食べ終わってから話して」
屋上に続く人気のない階段で一緒に食べ始めたものの、口に食べ物を詰め込み過ぎて光太郎の言っていることが何一つ分からない。お互い弁当やパンをかき込み、ようやく話し合いの時間になった。
「んで、鈴が、回っちょったがよ」
「もっと詳しく説明して」
すると、光太郎が咳払いをして低いトーンで話し始めた。
「昨日の二十三時頃か、寝よう思って布団に入ったら、えらい冷い思ったが。ほんで、スマホ見ようと目を開けたら、外から鈴の音がしたがよ」
「うん」
「やっぱり、祠の祟りかな……」
「……実は」
ここで初めて、遼は光太郎に昨日の出来事を話した。ついでに、気のせいだと思っていた曲に紛れた鈴のことも。光太郎は両腕をさすって震えて聞いていた。
「たまるか! 遼のとこにも来た言うことは決定的なが!」
大騒ぎする光太郎に肩を揺さぶられる。どうすることもできない状況に、遼は絶望がやってくるのをただただ見ていた。
「じいちゃんに言う」
「遼のじいちゃん? こじゃんち怒られる」
「怒られるだけならマシながよ」
「まあ、たしかに」
言いつけを守らなかったことは悪いが、不可抗力の末だ。運の悪い事故であれば、少しの叱責で済むだろう。
光太郎が頭を抱えているのは、遼の祖父を怖がっているからだ。小学生の頃、小原家の塀に上って遊んでそこから落ちた時、自分の両親より遼の祖父に一番怒られた。それからずっと祖父を怖がっている。ちなみに、落ちたことで膝の骨にヒビが入った。
「じいちゃんなら、呪いを解く方法を知っちゅうかもしれんき」
「うん」
光太郎は右膝をさすりながら頷いた。
翌朝、学校に着くといつもより声のトーンが低い光太郎が待っていた。遼が椅子を引っ張ってきて光太郎の傍に座る。
「たまるか。クマの所為で三十歳に見えるで」
「そりゃいかん! 友梨佳ちゃんに嫌われる!」
「最初から眼中にも無い」
どうやらよく眠れなかったらしい光太郎が慌てて周囲を見渡す。渡辺友梨佳はまだ登校していなかった。そもそも、彼女は女子とばかり仲良くしているので、光太郎は挨拶以外話したことがない。
「どういて、ほんなクマこさえちゅうがよ」
尋ねると、光太郎は先ほどとは打って変わって小さな声で答えた。
「……夜、変な音がして、眠れなくなった」
「変な音?」
「うん。一定のリズムで、鈴みたいなやつ」
「鈴……」
遼は眠りにつく瞬間の音を思い出していた。たしかあの時、鈴のような音が曲に混ざって聞こえた。遼は顔を青ざめさせた。
「僕も、聞いたかもしれん」
「鈴?!」
「うん」
「…………」
二人に沈黙が広がる。やがて予鈴が鳴り、遼が椅子を自分の席に戻した。
「昼休みに」
「うん」
光太郎の提案に頷き、遼は入ってきた担任教師である田代正明の顔を見上げた。田代は表情が乏しく、今もどういう感情で話しているのか全く分からない。入学して半年経つが、彼が笑うところを見たものはおらず、見たら幸せになれるとか、逆に呪いにかかるとか学生らしい噂を立てられている。
今日も今日とて田代は無表情で出席をとっている。いつもなら気にしないところだが、今日の遼は田代がうらやましかった。これだけ普段の出来事に心を揺り動かさずに過ごせるなら、きっと今直面している恐怖を彼が味わったとしても、どこ吹く風で払えるに違いない。
一時間目が始まり、二時間目が終わる。中休みは光太郎が購買に行っていないため、話の続きは先ほどの言葉どおり昼休みとなった。
「はむ、はむ!」
「食べ終わってから話して」
屋上に続く人気のない階段で一緒に食べ始めたものの、口に食べ物を詰め込み過ぎて光太郎の言っていることが何一つ分からない。お互い弁当やパンをかき込み、ようやく話し合いの時間になった。
「んで、鈴が、回っちょったがよ」
「もっと詳しく説明して」
すると、光太郎が咳払いをして低いトーンで話し始めた。
「昨日の二十三時頃か、寝よう思って布団に入ったら、えらい冷い思ったが。ほんで、スマホ見ようと目を開けたら、外から鈴の音がしたがよ」
「うん」
「やっぱり、祠の祟りかな……」
「……実は」
ここで初めて、遼は光太郎に昨日の出来事を話した。ついでに、気のせいだと思っていた曲に紛れた鈴のことも。光太郎は両腕をさすって震えて聞いていた。
「たまるか! 遼のとこにも来た言うことは決定的なが!」
大騒ぎする光太郎に肩を揺さぶられる。どうすることもできない状況に、遼は絶望がやってくるのをただただ見ていた。
「じいちゃんに言う」
「遼のじいちゃん? こじゃんち怒られる」
「怒られるだけならマシながよ」
「まあ、たしかに」
言いつけを守らなかったことは悪いが、不可抗力の末だ。運の悪い事故であれば、少しの叱責で済むだろう。
光太郎が頭を抱えているのは、遼の祖父を怖がっているからだ。小学生の頃、小原家の塀に上って遊んでそこから落ちた時、自分の両親より遼の祖父に一番怒られた。それからずっと祖父を怖がっている。ちなみに、落ちたことで膝の骨にヒビが入った。
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「うん」
光太郎は右膝をさすりながら頷いた。
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