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謎の青年ルシウス
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「わかりました。あなたについていきます」
彼は私の肩に指先を軽く触れ、何かをつぶやく。
浮遊感に包まれ、目を閉じる。
目を開けると、さっきとは全く違う光景が広がっていた。
本と石の匂い。積みあがった分厚い本や謎の道具が整然と並べられている。
(ここは一体?)
きょろきょろと周囲を見渡す。
「ここは魔術の塔にある私の研究室です。安心してください、セリーナ様。私たちが見つかることはありません」
彼の言葉に、私は安堵の息をついた。魔術の塔は聖女たちが務める神殿本部と同様に、王宮敷地内に存在する施設だ。
宮廷魔法使いが住んでおり、日夜魔法の研究をしていると聞く。少なくとも、あの様子のおかしい騎士たちや神官たちはしばらく見なくてよさそうだった。
「ありがとうございます。あの、貴方のお名前は……?」
落ち着いてくると、いろんな疑問がわいてきた。
彼はわずかに目を見開いて、目線を逸らした。けれどすぐ向き直り、すらすらと喋りだす。
「すみません、まだ名乗っていませんでしたね。ルシウスと申します。セリーナ様。宮廷魔法使いとして国に仕えています」彼はそう言うと、少し照れた様子で笑った。
(宮廷魔法使いって、繊細な人が多いって聞いたことがある気がする。彼もそうなのかも)
だとしたら、どうしてわざわざあんな危機的な状況にいる私を助けてくれたんだろう。自分の状況も悪くなってしまうはずなのに。
「ルシウスさん、その、どうして私を助けてくれたんですか?」
ルシウスさんは少し悩んだ様子だったけど、やがて口を開いた。
「神殿の方からどこか異様な魔力を感じたんです。私の得意とする闇属性に近い……巧妙に隠されていたので、私でもうっすらとしか感じられませんでしたが」
それでなにかが起こっていると気づき、駆け付けてくれたという。
魔力……思い当たることがあった。
「そういえば、皆の様子がおかしかったんです。目は虚ろだし、普段なら絶対言わないようなことを言っていて」
「えぇ、僕がいた時間はわずかでしたが、そのような雰囲気を感じました。確実に悪魔の力です」
この国には悪魔が存在する。
悪魔は人間の願いを大きな代償の代わりに叶えるのだ。願いを叶える代償が重すぎること、どんな邪悪な願いでも叶えてしまうこと、それから願いを叶えた結果大きな被害が出ることから悪魔との契約は大罪とされているけれど。
私がその悪魔と契約した魔女だなんて罪状で処刑を宣告されていたっけ。聖女は悪魔の邪気を消すことも仕事で、契約なんてもってのほかなのに。
「魔女……それって、イザベラかも……」
聖女でもあるし、姫でもある。正直不敬どころの騒ぎではないけど、そう思わずにはいられなかった。
あの空間で、普段と雰囲気が変わらなかったのはイザベラだけだった。
「……はい。恐らくですが、彼女こそが魔女なのでしょう」
イザベラが魔女。仲は良くないと思っていたけど、悪魔と契約してまで陥れたいってことなの?
悪魔の力、姫としての権力。イザベラを敵に回して、どうしたらいいんだろう……。
ルシウスさんは、不安が隠しきれなかった私に優しく声をかけてくれた。
「まずは、落ち着いて深呼吸してください。大丈夫。必ず守ります」
私は、彼の言う通りに深呼吸をした。さっき知り合ったばかりの人だというのに、彼の言葉はなんだか信頼できる気がする。
さっきは様子がおかしかったけど、神官長やマイアおばあちゃんに近いような……。
(そっか、この人の瞳には嘘がないんだ)
「ひとまず、ここで休んでください。研究室の横に仮眠室があります。鍵もかけられるので、安心して眠ってください」
「いいんですか?」
「えぇ。イザベラ姫が魔女で、貴方を陥れようとしている。手早く対応する必要はありますが、そのためにはまず貴方が万全な体制でいなければなりません」
さっき礼拝堂に現れた時は、不思議で近寄りがたい雰囲気を感じていたけれど、今目の前で微笑んでくれている彼になぜか安心感が湧いてくる。
「……ありがとうございます。その、どうお礼していいのか……」
「お礼なんていいんです。セリーナ様はいつも聖女として国のため民のために尽力されているでしょう。私もあなたに助けられてきた一人なんですから、恩をお返ししたいだけです」
操られていただろうといえど、慣れ親しんできた教会のみんなに辛く当たられて、思ったよりショックを受けていたみたいだ。
聖女としての自分も否定されたように思えてて……けど、ルシウスさんは私が聖女として勤めていたことを認めてくれた。
「本当にありがとうございます。すみません、お言葉通り今は休ませていただきます」
そして私は手を組み、目を閉じて祈った。
「ルシウスさんに感謝を。神の御加護がありますように」
「一度、直接助けていただいているのですが……覚えておいてほしいなんて傲慢ですよね。絶対、お助けしますから」
仮眠室に移動し、扉を閉じた後。一人研究室に残されたルシウスは、一人つぶやいた。
彼は私の肩に指先を軽く触れ、何かをつぶやく。
浮遊感に包まれ、目を閉じる。
目を開けると、さっきとは全く違う光景が広がっていた。
本と石の匂い。積みあがった分厚い本や謎の道具が整然と並べられている。
(ここは一体?)
きょろきょろと周囲を見渡す。
「ここは魔術の塔にある私の研究室です。安心してください、セリーナ様。私たちが見つかることはありません」
彼の言葉に、私は安堵の息をついた。魔術の塔は聖女たちが務める神殿本部と同様に、王宮敷地内に存在する施設だ。
宮廷魔法使いが住んでおり、日夜魔法の研究をしていると聞く。少なくとも、あの様子のおかしい騎士たちや神官たちはしばらく見なくてよさそうだった。
「ありがとうございます。あの、貴方のお名前は……?」
落ち着いてくると、いろんな疑問がわいてきた。
彼はわずかに目を見開いて、目線を逸らした。けれどすぐ向き直り、すらすらと喋りだす。
「すみません、まだ名乗っていませんでしたね。ルシウスと申します。セリーナ様。宮廷魔法使いとして国に仕えています」彼はそう言うと、少し照れた様子で笑った。
(宮廷魔法使いって、繊細な人が多いって聞いたことがある気がする。彼もそうなのかも)
だとしたら、どうしてわざわざあんな危機的な状況にいる私を助けてくれたんだろう。自分の状況も悪くなってしまうはずなのに。
「ルシウスさん、その、どうして私を助けてくれたんですか?」
ルシウスさんは少し悩んだ様子だったけど、やがて口を開いた。
「神殿の方からどこか異様な魔力を感じたんです。私の得意とする闇属性に近い……巧妙に隠されていたので、私でもうっすらとしか感じられませんでしたが」
それでなにかが起こっていると気づき、駆け付けてくれたという。
魔力……思い当たることがあった。
「そういえば、皆の様子がおかしかったんです。目は虚ろだし、普段なら絶対言わないようなことを言っていて」
「えぇ、僕がいた時間はわずかでしたが、そのような雰囲気を感じました。確実に悪魔の力です」
この国には悪魔が存在する。
悪魔は人間の願いを大きな代償の代わりに叶えるのだ。願いを叶える代償が重すぎること、どんな邪悪な願いでも叶えてしまうこと、それから願いを叶えた結果大きな被害が出ることから悪魔との契約は大罪とされているけれど。
私がその悪魔と契約した魔女だなんて罪状で処刑を宣告されていたっけ。聖女は悪魔の邪気を消すことも仕事で、契約なんてもってのほかなのに。
「魔女……それって、イザベラかも……」
聖女でもあるし、姫でもある。正直不敬どころの騒ぎではないけど、そう思わずにはいられなかった。
あの空間で、普段と雰囲気が変わらなかったのはイザベラだけだった。
「……はい。恐らくですが、彼女こそが魔女なのでしょう」
イザベラが魔女。仲は良くないと思っていたけど、悪魔と契約してまで陥れたいってことなの?
悪魔の力、姫としての権力。イザベラを敵に回して、どうしたらいいんだろう……。
ルシウスさんは、不安が隠しきれなかった私に優しく声をかけてくれた。
「まずは、落ち着いて深呼吸してください。大丈夫。必ず守ります」
私は、彼の言う通りに深呼吸をした。さっき知り合ったばかりの人だというのに、彼の言葉はなんだか信頼できる気がする。
さっきは様子がおかしかったけど、神官長やマイアおばあちゃんに近いような……。
(そっか、この人の瞳には嘘がないんだ)
「ひとまず、ここで休んでください。研究室の横に仮眠室があります。鍵もかけられるので、安心して眠ってください」
「いいんですか?」
「えぇ。イザベラ姫が魔女で、貴方を陥れようとしている。手早く対応する必要はありますが、そのためにはまず貴方が万全な体制でいなければなりません」
さっき礼拝堂に現れた時は、不思議で近寄りがたい雰囲気を感じていたけれど、今目の前で微笑んでくれている彼になぜか安心感が湧いてくる。
「……ありがとうございます。その、どうお礼していいのか……」
「お礼なんていいんです。セリーナ様はいつも聖女として国のため民のために尽力されているでしょう。私もあなたに助けられてきた一人なんですから、恩をお返ししたいだけです」
操られていただろうといえど、慣れ親しんできた教会のみんなに辛く当たられて、思ったよりショックを受けていたみたいだ。
聖女としての自分も否定されたように思えてて……けど、ルシウスさんは私が聖女として勤めていたことを認めてくれた。
「本当にありがとうございます。すみません、お言葉通り今は休ませていただきます」
そして私は手を組み、目を閉じて祈った。
「ルシウスさんに感謝を。神の御加護がありますように」
「一度、直接助けていただいているのですが……覚えておいてほしいなんて傲慢ですよね。絶対、お助けしますから」
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