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権力とお勉強とクッキー
しおりを挟む「うるさい!偉そうに、人間に言われるまでもない!俺は俺の出来ることをする!元義兄様には出来なかったが、俺なら姉さんを守れる!分家より本家が優れていると証明してみせる!」青臭い捨て台詞を吐き、ログナは去って行く。
嵐のようなログナを見送ったあと「ミサキ、平気か?」ラッセルが私の肩に手を置いた。
「うーん。分家とか本家とか言ってる時点で駄目なような気がするけど、あの、ログナだっけ?大丈夫かしらね」
「……ログナは根は純粋で正義感のある奴だ。本家から一度離れ見聞を深め、己の非力さを知り、変わる努力をすれば……良い当主になるやもしれん」
「はあ、それ、すごく……難しいんじゃない……」
ログナには無理難題なんじゃないかしら。それとも、シスコンパワーで乗り切り、変わることが出来るのかしら?
「まあ、一人なら厳しいだろうな……ログナが本気で変わりたいなら手を貸すつもりだ。……それより、ログナに対峙したミサキは勇ましかったな……驚いたぞ」肩に置いた手に力がこもる。
ラッセルは褒めてくれる、だけど、そんなカッコいいものじゃない。強い領主のラッセルが後ろに居るから……ログナが切れても助けてくれる保証があるから言えたのだ。
私は強くないし、狡いから。領主の客人の立場を利用しているに過ぎない。
「違うわ…ラッセルが付いててくれるから言えたのよ。ラッセルの方が勇ましいわ……ふふ、ログナから守ってくれてありがとう」
「ああ……そうか」少し照れくさそうなラッセル。
ラッセルの権力を自分の物と勘違いしてはいけない。彼が私に良くしてくれるのは、竜神の命令で子作りしないといけないから。
もし、子供が出来なくても竜神に頼んで、死ぬこともない場合、私はただのお荷物。領主の館から出されるだろうな。
ラッセルは真面目で責任感あるから、放逐せず、元奥さんが居る聖女の館に送ってくれるかもしれないけど……確証はないから。それに、ラッセルにおんぶに抱っこも嫌だし……。
この竜の背で、女の人が一人で生きていくのは大変そう。
でも、ログナに言った《今、自分に出来る事を考えたら?》は私にも向けた言葉だから……。
息を吸い込み、お腹に力を入れる。今は会えない娘に恥じないよう生きていこう。
きゅるる…お腹に力を入れたので、鳴ってしまう。気合いを入れたのに。はあ、締まらないわ。
「ふ、腹の虫が鳴ったか?お昼になるな、急ぐぞ!」
ラッセルに右手を引っ張られ、手のひらに少し硬めの肉球のある大きな手に繋がれた。
「ちょ、ちょっとラッセル」
これじゃ、本当にデートみたい。戸惑う私の手をラッセルはぐんぐん引っ張って行く。
◇◇◇
上機嫌で町から帰ってきたラッセルと別れ、今はジャミと図書室で机に向かう。
「君はさ、ログナと言い合う暇があったら、文字の一つでも覚えたら?僕だってさ、暇じゃないんだよ?」町での、ログナ遭遇がもうジャミの耳に届いていた。
「う、う。面目ありません」
とっても不機嫌なジャミに、厳しく採点されたのは、文字書きテスト。竜の背で獣人が使用する文字は生き物の形がベースになってて、漢字に近いんだけど、難しいのです。
私の脳細胞は生きているのかしら?新しい文字が知識が入ってこないのよー!学生さんの頃のような、知識を貪欲に吸収できる、柔らかい脳ミソが欲しい……。
嘆いてばかりもいられない、そう、出来ること、目標は……孤児院の子供たちに絵本を読んであげるの!私はジャミに言われ、間違がえた文字の書き取りを始めた。
一通り書き取りが終わると私は大きく伸びをして、窓際に座るジャミに目をやる。
ジャミの一族は、神の瞳様や領主間の貴重な書簡や物品の運搬の役目の他に、博識聡明で腹心として領主を支える立場だそう。ジャミも暇さえ、あれば本を読んでいる。今も翼の先に器用に本を挟み読み耽る。
黄色の尖った嘴をきつく結び、虹光かかった美しい緑色の羽。少し神経質そうな黄金色の瞳。目の周囲が篝火のように真っ赤で目を引く。そして長い尾羽……色とりどりの飾りを首から下げた、私とは違う綺麗な生き物。ついつい、見入ってしまう。
「……君さ……そんな不躾に男をみるものじゃないよ」溜め息と共にジャミに注意された。
「あ、ごめん。そんなに見てた?」
「…見てたよ……誘ってるかと……思うほどにさ」
「な、な、誘ってないからね?ジャミの翼が人間になくて、珍しくって、綺麗だからついつい見ちゃったの……本当に綺麗ね。あーあ、私も翼があればな~。そうだ、羽根が生え変わるときに一本恵んで欲しいわ!」
「……羽根が欲しい…ね……はあ。ミサキ、次からはさ、獣人の特性についても学ぼうか?」
「え?何で?読み書きでいっぱいいっぱいなのよ、それ必要性なの?」
「必要だよ……僕たちの一族にとってはさ、異性の羽根を欲しがることは、求愛と同義語なのさ」からかうような馬鹿にするようなジャミの表情。
「え!あ、嘘、そうなの。知らなかったわ、ごめんなさいジャミ!」
無知の恥……知らずに既婚者のジャミに求愛していた。イヤミ鳥になんてことを……今後も、ネタにされるに違いないわ!
「フン、獣人の特性を知らず無自覚に、そこらの男に求愛するようじゃさ、領主殿が哀れだよ…」
ラッセルが哀れね……確かに領主の子作りする相手が周りに求愛しまくるのは大問題だわ。それに、尻軽な人間だと思われたくもないし。
「………獣人の特性、勉強するわ」
「………君がさ、勉強する気になってくれて嬉しいよ」ジャミが嘴の端を心なしか上げた。はじめて目にするその表情。
「じ、ジャミ?」なぜか背中がぞくっとした。
嫌な予感……。
「ミサキ……領主の客人が馬鹿じゃ領主殿が恥をかくからさ、竜の背の歴史や地理。五領主と領地について、あとマナーも学んでおこうか」
「ひい。これ以上の勉強量。頭に入ってこなくてパーンしちゃうわよ!」
勉強増量拒否する私をジャミが逃してくれるばずもなく。
将来的に孤児院の子供たちに教えられる程度の知識は必要なんじゃないと諭され(突っ込まれ)、読み書き以外も勉強することになってしまった。
◇◇◇
ここ、竜の背は一週間は7日。月から金までは一緒だけど、土日じゃなくて竜神の日と聖女の日になる。私とラッセルが子作りするのは、毎週竜神の日。
四週で一ヶ月が巡り、一年間は10か月と短い。季節は春、秋が3ヶ月、短い2ヶ月の夏と冬。夏は日本の猛暑ほど暑くなく、カラっとしていて過ごしやすいそう。冬は暖冬の一ヶ月と酷寒の一ヶ月のワンセット。酷寒は雪が積もり、冬眠する獣人が多くて経済活動が停滞するんだって…。はい、ジャミに教わりました。
私が竜の背に召喚されたのは、春の2ヶ月目の末だから、今は春の3ヶ月目。もうすぐ夏がやって来る。ラッセルは領主会議に提出する書類作りで忙しそう。
ラッセルと買い物デートした次の日、私はラッセルに厨房を使用する許可をもらっていたので、熊獣人で料理人のガガさんにオーブンの使い方を教わり、久しぶりにクッキーを作った。
久しぶりのお菓子作りは楽しい、千鶴が小さい頃、毎週休みになると、何かしら作ったわ、懐かしい。
大きくて、扱いやすい型だから、子供たちの小さな手でもいけそうね。大きな子供たちに粉を混ぜてもらい、小さな子は、型抜きからやればみんなで楽しめそう!
砦のごはんに肉を焼きました、はい!どーんって料理が多いのは、肉食獣のガガさんの好みかもね。まあ、単純に砦に勤める獣人が肉好きが多いんだろうけど。
私は胃もたれするので、肉じゃなくてヨヨイモ(ジャガイモをクリーミーにした味)を出してもらっている。
クッキーを作るついでにコンロの使い方も教わったので、自分で料理もするつもり。電気のない竜の背で生活の基盤になっているのは、初日にハリーさんから危険だと云われた鱗の森から鱗を削りとった鱗石。
木の薪や石炭はなくこの鱗石を燃やして料理し、暖をとる。部屋の明かりも街灯も鱗石を利用している。鱗石の数で火力を調整するので慣れるまでは難しい。
初めて鱗石で焼いたクッキーは何個か焦げてしまった。焦げは自分で食べるとして、綺麗に出来たのは昨日の買い物のお礼に、ラッセルにお裾分けしよう。
ラッセル様に持っていくならとガガさんが赤茶(紅茶に似た味)を用意してくれた。
ラッセル疲れてるみたいだし、クッキー食べて少し息抜きしてもらえると良いな。私はいそいそと領主室に向かう。
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