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お礼
しおりを挟む登校するヒュンくん、トシくんを見送る。朝食の片付けを終えて、待っていてくれたラッセルとカンタに合流した。
明日は竜神の日でラッセルとの閨がある。夜に孤児院に来ることが出来ない。ミクちゃんが心配な私は、ラッセルに相談した。
「ミクちゃんに可愛い御守りを作って渡したいの……竜神の日の夜、寂しくないように」
ミクちゃんの発作が不安で増強するなら少しでも不安を取り除きたい。材料を揃えてほしいとお願いすると、ラッセルも私を連れて行きたい店があるので町まで連れ出してくれると言う。
「ラッセルは領主の仕事で忙しいのに大丈夫なの?別の…」
「俺が連れていきたのだ!それに会議の話がしたい!」やや被せ気味に言われ驚く。そんなに会議の報告早くしたいのかしら?
ラッセルに感謝を告げると、嬉しそうに目を細めた。
ラッセルは領主の館のジャミへの言付けを館で働く獣人の健康診断に赴くハリー先生に頼むとカンタを伴い町に向う。
忙しい領主を勝手に町に連れ出して、ジャミに嫌味を言われそうだけど……。
「ベニオナモミ?」
町に向かうがてら、会議の内容を教えてもらう。
「ああっ……崖に蔓延る厄介者でな……。全て除草したのち穴を掘る予定なのだか……皆の賛同を選られんのだ」
「だってね!ベニオナモミ!すごーく大変なんだよー!くっつくとチクチクして取れないし、毛があかーくなるんだ!」カンタは思い出したのか、しっぽの先から犬耳をぶるりと震わせる。よっぽど嫌なのね。
くっつき草が飼い犬につき取るのが厄介だったのを思い出す。獣人たちは羽や毛皮でもふもふだから、確かに嫌だわ。獣人の負担にならない方法はないかな?
「野焼きは駄目かしら?」
私が幼い頃、田舎の祖父は田んぼの土手や畑の雑草を燃やしていた。今は煙や延焼の危険があり禁止されているけど、この方法なら獣人の毛皮は無傷ですむわ。
「野焼き?初めて聞くな……どのような方法か教えてほしい」
「野外の植生などを焼却することよ。抜きにくい雑草も駆除できて雑草の種も焼き払えるの。根っこは残ってしまうけど、毛皮に害をなす地面から出ている茎の部分は焼き払えると思うの…」
「えー?竜神様を燃やしちゃうの?熱くないの、怒られないかなー?」カンタが不安そうに黒目を揺らす。
「対黒ダニ用の穴掘りは大丈夫なのに、焼くのは駄目なのかしら?」竜神の良いと悪いの境界線がわからない。お灸だと思ってくれないかな?
「白に書簡を贈り了解を得れば良いのだ……。野焼きか……妙案かもしれん」ラッセルは腕組みをし思案する。
「祖父は、灯油を撒いていたけど……竜の背だったら、釜の燃料用の鱗石を使用すれば良く燃えると思うわ」
「良く燃えるの?火が広がりすぎて、僕のしっぽ焦げない?」カンタは自分のしっぽの先を掴む。
「延焼せんよう、ジャミたち鳥獣人に協力を仰ぎ、翼で風を起こし火の粉が垂れの森にいかぬよう調整する。放水部隊も待機させ万が一に備えれば大丈夫だ。ベニオナモミさえ駆除できれば、黒ダニを迎え撃つ準備ができるな」ラッセルは晴れやかな表情で頷くと私に感謝を告げた。
◇◇◇
ミクちゃんの御守りの材料を買い揃えて、ラッセルが私を連れてきたのは――高そうな宝石店。(カンタはうるさいので店の前で待機中)
「領主の奥様にはこちら色など、お薦めでございます!真珠のような白い肌に良く映えますよ!」揉み手をすりすり合わせる狐獣人の商人に勧められたのは、目が眩むほどキラキラしたイエローダイヤモンドに似た宝石の指輪。
「奥様じゃなくて、客人よ」
私の何度目かの訴えを笑顔でさらりと受け流し、「こちら領主様とお揃いできますよ」と売る気満々。
「私には派手だしそんなに大きな石の指輪じゃ、孤児院のお手伝い出来ないので!」
私には、旦那に貰った結婚指輪もあるため、きっぱり拒否した。
「では奥様こちらを……」
商人さんは全然めげない。そそくさとちょっとだけ小降りの指輪を見せる。悪いのは明確に否定しないラッセルなんだけど……。文句を言いたいのをぐっと堪える。
ここでラッセルを諌めたら、領主様を尻に敷いている鬼嫁扱いされるわ。それにただでさえラッセルに衣食住おんぶに抱っこになっているんだから、迷惑をかけたくないし、領民に慕われる強い領主のラッセルのイメージを壊したくもない。
「こっちの小さいのは、どうだ?」
第二の店員と化したラッセルがふわりと香りそうな、甘いピンク色のローズクオーツに似た指輪を進める。確かに石も小ぶりデザインもハートのようで可愛いらしい。
「確かに可愛いらしいけど……」私より聖女様や娘に似合いそう。
「ミサキが好むなら俺に贈らせてほしい」
「……ラッセル。気持ちはありがたいけど、高価な宝石を貰う理由がないわ」
「……貰う理由はあると思うが?」
ラッセルの大きな手が私の頬に触れ、首筋を下りた。熱の籠る真剣な眼差しを受け止めきれなくて目を反らす。
これは……高価な宝石を贈るから気兼ねなく抱かせろのヤリ賃かしら?それとも俺のモノの証という青臭い独占欲なのかしら?
……どちらも荷が重い……勘弁してほしいわ。
「奥様!竜の背では男性が体の弱い女性に貢ぐのは当たり前のことなのです。女性は子を産む大切な存在ですから!」芝居かかった商人さん。
「そうだな、ミサキは俺にとって大切な存在だ」ラッセルは落ち着いた口調で私に告げる。
「え?」
大切とストレートに言われ心臓が跳ねる。悪い気はしなくて、顔が赤くなる。
「ラッセル!客人として大切に思ってくれるのはありがたいけど、領主様から高価な宝石を貰うのはおかしいと思うわよ!」
ラッセルのお金=バンローグの税金なんだから無駄遣いしてほしくない。
「おかしいはない……俺が贈りたいのだ。ミサキは聖女からのブレスレットは受け取れても、俺からの贈り物は受け取れないのか?」
ラッセルは酷く悲しげに、耳としっぽを垂らし、黒目でじっと私を見つめた。猫が大きな猫が落ち込んでる……私が虐めてるみたいじゃない!
「~~聖女様のは、朝ご飯とザキウさんの治療のお礼よ!」良心の呵責に耐え切れず大声を出してしまう。
「お礼としてのなら受け取ってくれるのだな?………そうだな、ベニオナモミの駆除の妙案のお礼だと思ってくれ」
「……私は、戦力にはなれないし、助言ぐらいしか出来ないわ。それにラッセルに沢山お世話になってるんだから、お礼なんていいのよ?」
「………。
ミサキは、お礼も受け取れんほど俺のことを好かんのか?」
ラッセルが下を向きぼそり呟いた。表情を伺うと、黒い暗渠を思わせる瞳。低く冷たい声音。ラッセルを怒らせたの?ぶわわと鳥肌がたつ。
「ち、違うわ!!ラッセルのこと嫌いじゃないわよ!感謝しきれないほど良くしてもらってる。孕み人として召喚されて不安しかなかったけど、私の相手がラッセルで本当に良かったわ!」
「そうか!ミサキは俺が良いのだな!俺もミサキが良い……お互い僥倖だったな!」
ラッセルはさっきまでの剣呑さは何処へやら……快活に笑うと私の肩を引き寄せ、キラキラ目映い宝石を覗き込ませた。
「さあ、お礼だ。好きなものを選んでくれ!」
いつになく強引なラッセルに戸惑うも。これ以上固辞したら領主、男としての矜持を傷つける。ラッセルが暗黒面に堕ちてしまう。私の頭を監禁、凌辱の文字が走り回る。
「――――あ、ありがとう。お礼頂きます」
私は保身の為、お礼を受け取ることにした。
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