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媚薬事件の余熱①
しおりを挟む「んっ?」
背中の痛みで目を開ける。私は自室のベッドに横たわっていた。寝起きでぼーっする頭の思考が回らない。
あれ?なんで?背中痛いの?どうして?
ぶつけたっけ………。
っ!、床に転がる白い小さな子猫の悲痛な姿が浮かぶ。そうだっ!思い出した。
どうかお願い無事でいて!ガバッと勢いよく上半身を起こした。
「シリウスくんは無事ですか?いっ!!い、いたたたっ!くうーっ」
動いた反動で患部の背中に突き抜ける鋭い痛みに、身を捩り悶絶する。
「……大丈夫ですか?」
飽きれ果てた大きなため息がベッドの真横から聞こえた。そこには眉間の皺をいつにも増して深めた旦那さまが居た。
仕事の途中なのか、丸いテーブルの上に書きかけの書類が散らばっていた。あ、大好きな眼鏡を掛けているのに、痛みで見惚れる余裕はなく。
「あーっ、ひーっ!旦那さまっ、シリウスくんの様態は……大丈夫ですか?」
「シリウスは軽い脳震盪を起こしていましたが、体はかすり傷程度です。寧ろ貴女の背中のアザの方が酷いありさまです」
「そうですかっ。シリウスくんが無事で良かったです!」ほっと安心して胸を撫で下ろす。痛みに耐えながら上半身を起こす。
旦那さまは何も言わず、私を支え背中に枕を置いてくれた。
暫く沈黙が落ちた。
「……貴女は……なにを考えているのですか?」
眼鏡の奥のアイスブルーの瞳を凍てつかせ鋭く私を睨んだ。
旦那さま、お、怒ってる?思い当たることがあるので、ここは素直に謝ろう。
「ごめんなさい旦那さま!異変を知らせるためだったとしても禁止された闇魔法を使ってしまいました~!」
ペコリと頭を下げるとずきりとまた痛みが走り、涙目になる。
「スージーに話は聞いています。闇魔法を行使したことに怒ってはいません。悪くない判断でした」
結婚指輪の変化に気付き直ぐに王城を辞せた。途中で寝ていたクロウさんを回収し、公爵家が押し掛けて来たことを把握出来たと言う。
「え?それじゃあ、シリウスくんを守れなかったからですか?」
大事な跡取り息子を守れず!奥さま失格と言うことですか?
「違います……寧ろ逆ですよ」
「逆?」
言われる意味がわからない。
「中身が変わったと騒ぐ前の貴女だったら、決してシリウスを守らなかったでしょうね。率先して公爵家に差し出し兼ねませんでした」
馬鹿にするように鼻を鳴らす旦那さま。
お姉さんが公爵家に差し出したかどうか私にはわからない。否定も肯定も出来ない。なぜなら私はお姉さんではないから。
「今の私は、シリウスくんを公爵家に差し出したりしません!」これだけは強く断言する。
「そうでしょうね、今の貴女ならしないでしょう」
旦那さまにあっさり肯定されて驚いた。じゃあどうして?と顔に出して見上げる。
「だからですよ。
中身が変わったと戯れ言を信じさせて裏にどんな思惑が在るのかと……」
そうか、シリウスくんだけじゃなくて、旦那さまも今までお姉さんに散々拒絶されて傷つけられてきた。お姉さんに対して疑心暗鬼しかないんだ。簡単には信じられないよね。それなら何度も何度でも伝えるから。
「幸せになりたいです。三人で!」
「は??本当にそんな理由を信じろと?
まさか…。嫌悪する獣人の私に口淫までして、私に取り入り獣人騎士団に王家を壊滅させるつもりですか?」
旦那さま、想像豊か過ぎませんか~?復讐するもなにも知らないし。
「もちろん旦那さまに取り入りたいですし、思惑だってありますよ~」
「ふん、やっと正体を表しましたか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げた。
「旦那さま大好きです!
旦那さまが望むなら毎日だって口淫します。いつか私のことも好きなって下さいね。そして相思相愛ラブラブエッチしたいです!」
私は思いを込めて、旦那さまの両手にそっと自分の手を重ねた。
「な………っ!相思相愛っ?…ら、ラブラブっ」
旦那さまは、絶句し口をパクパクさせた。白い顔が耳からじんわり赤くなる。
あれ?もしかして照れてる。眉間の皺は、深いままなのに。なんだか、かわいい。
「ねぇ、旦那さま……前の私じゃなくて、今の私を見て下さい。目の前にいる私を信じて下さい!」
「ふん、簡単には信じませんよ」
赤い顔を見られるのが恥ずかしいのか、顔を反らす旦那さま。でも重ねたその手が振り払われることはなかった。
躊躇いがちなノックの音に我にかえった旦那さまがドアを開けると、夕飯を台車に載せたシャーリングさんが立っていた。
その後ろからシリウスくんが、飛び込むように部屋に侵入し、私の胸にひしっとしがみついた。廊下からはシリウスくんを諌めるミミさん声。大丈夫と頷いた。
「シリウスくん!怪我はないの?頭くらくらしない、大丈夫ですか?」
「ミャウ!」
元気に鳴くシリウスくん。白い毛並みが所々短くなっている。あの、キモ男!大事なシリウスくんをー!!
「そっか!無事で良かったよー!助けてくれてありがとう。勇敢な息子くんでママは嬉しい」
ふわふわなお腹の毛皮に頬をすりすりする。はあっ幸せ。
「……貴女は本当に獣人の毛皮が好きなんですね?」
「はい!大好きですよ!いつか旦那さまの耳としっぽも触りたいです!」
「………そうですね。どうしても触りたいなら今回のお礼に好きなだけ触ってもいいですが?
まあ、貴女の場合は高価な宝石やドレスを所望でしょ」「是非とも!!触らせて下さい~!!」旦那さまに被せて言ってしまう。こんなもふもふお触りタイムは二度とないかも!
若干引き気味の旦那さまに約束を取り付けたよ!やった~!究極のもふもふタイムですー。
その後、シリウスくんが私からテコでも離れないので、私の部屋に三人分の夕飯を運ばせ、旦那さまとシリウスくんと食べた。
私は背中の怪我、シリウスくんは脳震盪を起こしているのでお風呂に入らず就寝に。
就寝時間が来ても、シリウスくんは昼間の恐怖で私から離れない。少し離れただけで震えてしまう。かわいそうに怖かったよね?こんなに小さいんだもん。
困り顔のミミさんに「今日は一緒に寝るから大丈夫です」と、提案したところ……旦那さまも寝ることになりましたよ。
やった~!同じベッドで、添い寝ですか?
旦那さまの寝顔見放題ですか~。
ああ、ドキドキして鼻血出そうです!
寝衣からちらり腹筋とか胸板とか太腿とか見たいです~!さりげなく寝がえりしつつ、触ってもバチは当たりませんか?
シリウスくんは既に私の右の脇の下で丸くなっています。狭いところが好きだなんて猫だなぁ。
「狭いので私はソファーで寝ます」
旦那さまは藍色の寝衣に着替え、毛布片手にソファーに寝転んだ。ちぇ、寝衣姿もっと拝見したかったよ~。
「ええ??旦那さま添い寝してくれないんですか?」ついつい拗ねるように言ってしまう。
「ミャウ~」
「シリウスまで……はあっ、狭いベッドに私が寝たら貴女の背中に負担をかける。それにシリウスを潰してしまうかもしれません」
「確かに、私のベッドは小さいし三人では狭いです。残念ですが今回は背中も痛いし、シリウスくんが大事なので諦めます!でも……次は三人で寝ましょうね~」
「次?次もあるのですか?」
「嫌ですか?添い寝は?……私は大好きな旦那さまにくっついて寝たいです」
毛布の端を握りしめ、ちょこんと目だけ出し旦那さまをじーっと見つめた。
「ーーっ。怪我人は早く寝てください!」
旦那さまは頭まで、毛布を被ってしまった。
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