貴方に抱かれると、死んでしまうので。

ラム猫

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魔力の操作

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 自衛ができるくらいの力は持っておくべきかもしれない。そう思い立ったフィーリアは、ヴィセリオに魔法を教授してもらうために彼の部屋を訪れていた。
 魔法技術を身に着けていれば、危機に見舞われた時にも対処できるかもしれない。過去にそう考えたことはあったが、魔力が少なかったせいで簡単な魔法しか扱うことができなかった。しかし今世には、天才である兄がいる。少ない魔力量でも、十分に魔法が扱えるようになるかもしれない。

「魔法を学びたいの?」
「はい。わたし、自分の身を守れる力を持っておきたいのです」

 ヴィセリオはしばらくフィーリアの顔を見ていたが、小さく頷いて微笑んだ。

「分かった。私が教えられることは全部教えてあげるよ」

 ヴィセリオはフィーリアの手を引いてソファーに隣り合って座った。そして彼はフィーリアの手を握る。

「まずは魔力の扱いからだね。その前に、フィアの魔力を測っておきたいな」

 彼は彼女と手のひら同士を合わせ、フィーリアの瞳をじっと見る。彼女も彼の瞳をじっと見つめていると、彼の瞳が魔力を帯び始めた。
 快晴の空を見ているような、美しい瞳にフィーリアは目を奪われていたが、手のひらから温かい魔力が流れてきたのを感じてそちらに意識を向ける。

「いいよ、フィア。そのまま、私の魔力だけに意識を向けて。力を入れなくてもいいよ」

 ヴィセリオの言葉に従い、フィーリアは余計な思考を行わずに手のひらから感じる兄の魔力だけに意識を向けた。

「……君の瞳は美しいね」

 ヴィセリオはそう呟いて微笑んだ。彼と同じように自分の瞳も淡く光っているのだろうか、とフィーリアは思う。
 この状態でしばらくヴィセリオの魔力だけを感じていると、彼の手がゆっくり離れていった。

「うん。大体分かったよ。フィアの魔力は一般よりかは少なめだけど、君の体にちょうどいい多さだね。体に見合わない魔力量を持っているほうが、体調不良を起こしやすいのだよね」

 覚悟はしていたが、今世も一般よりも魔力量は少ない、という事実にフィーリアは多少ショックを受ける。しかしヴィセリオに気を遣わせないためにその気持ちが顔に出ないように努めた。ちょうどいい魔力量が一番なのである。多くを望みすぎるのは良くない。

「魔力量が少なくても、十分魔法は使えるよ。逆に、多くの魔力を持っている者のほうが魔法技術を疎かにしがちだから、寧ろ少ない方が技術を極められる。……私はそう言える立場ではないのだけどね」

 ヴィセリオの魔力量は、世界でも五本の指に入るほどの多さである。ユリース侯爵夫妻の魔力量は一般と同じ程度の量であるが、その二人から彼のような魔力を持った者が生まれることは異例とも言える。本来親の魔力が子に関係してくるので、このようなことはめったにない。
 しかしヴィセリオは周囲の人間が様々なことを言ってきたとしても、一切動じることなく、逆に力を見せつけて黙らせてきた。そんな彼が兄であることに、フィーリアは頼もしさと自分の能力の低さに恥ずかしさを感じた。ヴィセリオが彼女と同じ年の時には、既にユリース侯爵家付きの騎士を全員打ち負かしていたことも相まって。

「フィア。どうしたの?」

 ヴィセリオはフィーリアの顔を覗き込んだ。目の前に空が広がり、彼女は目を瞬かせる。

「……なんでもありません。ごめんなさい」
「フィアは何も悪いことをしていないよ。いいかい、君は君らしく、君の好きなように生きるのだよ。……愚かな者達が、私のせいで君の事を悪く言うことがあるかもしれないけど、絶対に気にしないで」

 優しく笑むヴィセリオの顔を見て、フィーリアは自分の考えを恥じた。彼は彼なりに、その強大過ぎる力で苦労をしてきたということが、彼の笑みから伝わってきた。フィーリアには過去四度の記憶があり、その分人生を積んできているが、ヴィセリオはまだ八年しか生きていない少年だ。それなのに、彼のほうが人生経験を積んでいるのではないか、という気分になる。

「さあ。魔力を扱う練習をしようか」

 少し沈んだ雰囲気を払拭するように、ヴィセリオは明るい声を出した。フィーリアも微笑んで気持ちを改める。

「魔力を扱うにあたり、一番大切にするべきことは、魔力の流れを一定にすることだ。フィアは自分の魔力の動きを感じることができる?」

 フィーリアは目を瞑って彼女の身体に意識を向けた。先程ヴィセリオの手のひらから感じた温かいものが体内にあることを感じて、ゆっくりと目を開ける。

「……はい、魔力を感じます」
「じゃあそれを動かしてみて。ゆっくりと動かすのだよ。一気に動かすと体に悪い」

 フィーリアは頷いて再び目を瞑る。そして魔力を感じ、ゆっくりとそれを動かす。過去にも魔力は扱ったことがあるので、この程度であれば簡単に行える。

「フィアは魔力の扱いが上手だね。初めてでこんなに魔力を動かせたら、君は魔法師になれるかもしれない」

 ……実は初めてではないのですけど。
 フィーリアは曖昧に微笑み、魔力を動かすことを続ける。一定の量の魔力を体中に巡らせる。

「その魔力を手のひらに集めるんだ」

 ヴィセリアの指示通り、魔力を手のひらに持ってくる。手のひらに熱を感じた時、ヴィセリオが彼女の手を握った。

「上出来だ。これは教えがいがありそうだよ」

 すっと手のひらの熱がなくなった。ヴィセリオが魔力を吸いとったのだと思う。あのままだと魔力がそのまま手のひらから飛び出て、怪我をしていたかもしれない。

「うーん。魔法の練習をするのはまだ危ないかな。今日は一定の魔力をずっと体内で巡らせる練習で終わろう。初めて魔力を動かした後は、体に負荷がかかるからね」

 その後もフィーリアはヴィセリオの指示に従いながら魔力を動かした。
 少し体が疲れてきた、と感じたちょうどその時、ヴィセリオは彼女の頭を優しく撫でて言った。

「このくらいで終わっておこう。明日は魔法を使ってみようか」
「はい。ありがとうございました」

 フィーリアはヴィセリオに微笑みかけ、頭を下げた。彼も微笑んで、彼女の手を握る。

「部屋まで送るよ」

 フィーリアはヴィセリオに手を引かれて立ち上がり、彼に送られて部屋に戻った。
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