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第2章 鷲巣砦の攻防

2 鷲巣砦までの6駅伝

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駅伝とは道路上に等距離に設けられた、官用の宿舎・馬房を備え、軍や役人が緊急時の連絡に使えるよう馬を常時養っている施設である。真田軍が当面の防御拠点にしようとしている鷲巣砦まで春日・有賀・豊田・高島・四賀・小和田の6つがある。その第1防御拠点である春日駅伝。逃げてくる将兵でごった返している。

 「兵站参謀伊藤中尉である。配給所で食い物と水を受け取れ。ただあ~し、一人おにぎり一個だ。水はいくら飲んでも良い。食い終わったら、次の駅伝へはしれえ。小和田駅伝から最初の二股道で右が大津、左が鷲巣砦だ。鷲巣に着いたら、腹いっぱい食わしてやる。急げえ、重たいものは捨てろ。銃と弾薬は兵站将校に渡せ。安心しろ、荷馬車で運んで鷲巣砦で返してやる。お前らは身を軽くして、鷲巣砦にたどり着くことだけを考えろ。馬車には道を譲れ。ルシアは真田が食い止める。いけえ~。」

 目的を与えられた人間の行動は、見違えるように変わった。ガヤガヤ、ワイワイは変わらないが流れが滑らかになっていく。街道をウスリー方面から騎馬が駆けてくる。座光寺繁信だ。伊藤中尉を見つけて止まる。

 「伊藤中尉、真田閣下は?」
 「次の有賀駅伝で土橋大佐とすり合わせ中です。もう戻られると思います。」
 土橋大佐は連隊長だ。大隊3つで戦隊、戦隊3つで連隊だ。2人いる連隊長の1人だ。豊田の防御司令官となる。
 「もう間もなくルシアの騎馬隊が来る。第5大隊が手投げ弾で遅滞行動をしているが、もうすぐ手投げ弾がなくなりそうだ。無くなり次第、一目散に春日を素通りして豊田に向かう手はずだ。」
 「手投げ弾、もっと欲しいですね。本国へ手配中ですが、船がつくのに1ヶ月かかりそうです。」
 「大事に使わねばね。ここの準備状況は?」
 「兵站の説明からさせていただきます。ウスリーの戦いに用意した物資五千トン、春日から小和田までの6駅伝に散らばっておりましたが、兵站には馬車が712台しかありません。鷲巣まで2往復させるのが精一杯でした。1400トンちょっとですね。武器・弾薬を優先しました。馬糧等は諦めてください。」

 この兵站参謀は頼りになる。的確な判断ができている。

 「 うむ、仕方ない。馬は大津へ持って行ってくれ。山の上ではどうせ馬は使えん。小和田で馬を降りて、鷲巣砦に登る。だが100頭程度は持っていきたい。」

 馬は1日15キロの餌と20リットル前後の水を飲む。1頭あたり35キロを消費する。それが5千頭で175トン、20日分だと3500トン、騎馬隊の兵站はほとんど馬のためにある。

 「ん?伊藤中尉、さっき水はいくら飲んでも良いと言っていたな?」

 伊藤中尉がフッと顔を逸らす。

 「あはは、兵に飲ませているのは本来馬用の水です。飼い葉は無理ですが、水は人も飲めますからね。」

 伊藤中尉の肩をバンバン叩く。

 「クッククク、後で小官ももらおう。もったいないからな。どうせ捨てる飼い葉だ、馬たちにはたっぷりやってくれ。活躍してくれたからな。」
 「ニンジンや豆もたっぷり入れてやります。ニンジンや豆は人も食えますがいいですよね。春日駅伝の応急防御工事については、工兵隊から説明してもらったほうが早いでしょう。お~い、佐藤中尉、作戦参謀に工事の進捗を説明してくれ。」

 帽子に工の字を縫い付けた工兵士官がかけてくる。

 「嚮導工兵隊第1大隊第3中隊第1小隊の佐藤中尉であります。 応急陣地構築状況を説明いたします。駅伝周辺に土嚢を3段に積み上げ、ルシア方面の道路には逆茂木を3段に設置、さらにその後方には土嚢を積み上げております。」

 嚮導か、これは無事に経験を積ませて本土に帰さないと工兵隊の進化が10年は遅れるな。

 「うむ、ご苦労だった。工事の遅れているところはあるか?」
 「は、高島・四賀がまだ完全に駅伝舎を囲えていません。」
 「わかった。間に合わないなら仕方ない。高島・四賀は防御拠点としては放棄する。なあに、春日・有賀・豊田で痛い目にあえば、無警戒で素通りなんかできんさ。多少の時間は稼げるはず。高島・四賀の工兵隊は小和田の強化に回してくれ。」
 「は、了解しました。われわれも小和田に向かいます。」

 再び伊藤中尉を呼ぶ。

 「食料・弾薬がなければ戦えない。兵站要員の活躍に期待する。よろしく頼む。」
 「了解であります。」

 伊藤中尉がピシッと敬礼する。階級はこちらが上だが、年齢は伊藤中尉の方が高い。皇国でも兵站関連業務に従事する者は一段低く見られる傾向がある。だが、これからは火力の時代だ。打つ弾がないのに火力を語れるか?バンバン打てる弾があってこその火力だ。補給は大事だよ、ウン。これからはドンドン発言力を増してもらうようにしよう。

 「指揮所はどこだ?」
 「駅伝の中です。司令官不在の間は三澤連隊長が指揮をとっておられます。」
 「参謀長も一緒か?」
 「はい。」
 「わかった、ありがとう。一緒に来てくれ。」

 駅伝舎に急ぐ。駅伝舎の会議室が指揮所になっていた。三澤大佐と参謀が勢揃いしていた。

 「おお、座光寺少佐戻ったか。状況は?」

 三澤大佐が聞く。もう1人の連隊長だ。

 「第五大隊が逃げながら手投げ弾を使い、敵の追撃速度を遅らせています。逃げながらの手投げ弾、効きますね。手投げ弾を捨てるだけで、敵が突っ込んで来てくれます。おかげでだいぶ時間が稼げました。ですが、敵もなかなか諦めません。付かず離れずついて来てます。」

 「そうか、もうすぐ日が暮れる。それまで頑張れば、夜のうちに歩兵どもは鷲巣にたどり着ける。」

 「ここの守備は三澤連隊長麾下の2千ですね。頑張りましょう。そろそろ、第五大隊が戻って来る頃です。道路をふさいでいる逆茂木、土嚢をどけてやってください。敵騎馬が追って来るようなら、道路の両側の家の屋根からつるべ打ちしましょう。」

 「うむ、参謀長いかがですか?」

 この場合、指揮権は三澤大佐にあるが、三澤連隊長は大佐で平澤参謀長は准将なので敬語となる。

 「良いと思う。馬は街中では使えん。不用意には入ってこないだろうが、もし入って来たら目にもの見せてやれるな。」

 「では、第15大隊は道路上の逆茂木・土嚢を撤去、命令あり次第に元に戻せ。第16から18大隊は道路両側の屋根に登れ。弾は1人300発持たせろ。守屋大尉、馬に乗って道路から見えないか確認しろ。必ず、ポカをやる奴がいる。」

 司令部内が一気に騒がしくなる。春日駅伝を守る兵力の半分が、宿場町の屋根や2階に登っていく。皇国軍真田騎馬隊の長い夜が始まろうとしていた。


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