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第2章 鷲巣砦の攻防
1 ウスリーからの撤退
しおりを挟む皇国軍歩兵は完全に総崩れとなっていた。本多勢はルシアの砲撃により壊滅状態であったし、酒井勢も井伊勢も師団長が所在不明で、指揮系統が大混乱に陥っていた。このような状態で騎馬隊に追撃されたら、ひとたまりもなかった。後背に回り込んだダレン騎馬隊を止めなければならなかった。待てよ、試してみてもいいな。
「真田少将に意見具申!」
「辰一郎、なんだ?」
「は、那須与一殿の鏑矢、今一度試してみたく思います。ひょっとすると敵の馬たち、鏑矢の音を初めて聞くかもしれません。」
「うむ、試してみても損はない。有賀中尉、イヤ、なすのよいち!」
「はっ!」
「鏑矢はまだあるか?」
「は、ございます。」
「よし、いいぞ。一番派手に鳴りそうなのを敵の馬の頭の上にお見舞いしてやれ。」
馬というのはとても臆病な動物だ。銃の発射音を初めて聞こうものなら、必ずパニックを起こす。だから、軍馬として使うときは音に慣れさせる訓練を行う。ルシアの馬にも当然そういう訓練が施されている。だが、古式豊かな異国の鏑矢の音はどうか?試してみる価値はある。
「皆の者、きけえ!今よりダレン将軍の騎馬隊に突っ込む。ここにおる那須与一が矢を放ったら第4騎馬隊を先頭に突進せよ。今回の手投げ弾投擲は第4大隊じゃ。しかるのち左旋回。敵の列を右に見ながら走る。後続の大隊は銃を撃ちまくれ。」
真田公が大きく手を振り下ろす。
「いくぞお。」
有賀中尉が突進して来るダレン騎馬隊に矢を向ける。ギリギリと引きしぼり、放つ。ヒョーーーという、かん高い音を発しながらダレン騎馬隊の頭上を飛びすぎる。初めて聞く、気味の悪い音だろ?不安だろ?効け、効いてくれ。
「ヒヒーン!」
ダレン騎馬隊の先頭を走っていた馬たちが棒立ちになる。真田騎馬隊の誰かがつぶやく。
「き、効いたぞ。」
先頭の馬たちが止まったため、後ろの馬たちも前がつかえて止まる。騎馬隊の突進力が失われた。そこへ真田騎馬隊が襲いかかる。ポイ、ポイ、ポイ。300近い竹の節のようなものが宙を舞う。
「ズガーン!」
大混乱に陥るダレン騎馬隊。その鼻先をかすめるように左に回り、停滞して止まっているダレン騎馬隊の長い列に沿って走る。
「第5大隊以降の手投げ弾は温存せよ。銃を撃て、撃ちまくれ!」
ルシア本陣
ダレン騎馬隊が真田騎馬隊に翻弄されているのを見てアーネン・ニコライが渋い顔をしている。
「左翼の騎馬隊6千を全て投入、真田をケツから叩け!歩兵の追撃には騎馬が一番なんだが、やむを得まい。本陣歩兵隊前進、逃げる蛮族歩兵を追撃せよ。・・・どうも真田にはやられっぱなしだな。あの投擲弾、わが軍でもすぐできるだろう?兵器廠に言ってすぐ作らせてくれ。」
真田騎馬隊
出るときに1騎馬あたり1個の手投げ弾を持ってきた。真田騎馬隊は18大隊で構成されている。1大隊270名。1から4大隊まで使ったので、残りは第5から第18までの14大隊。手投げ弾の残り、3780発。装備提案者は座光寺繁信。論文【火力の薦め】の中で銃・大砲と並べて火薬を使った爆発物についても言及している。座光寺家では平出屋という隠れ蓑を作って、火薬・武器の製造・販売を行なっている。その平出屋で試作・製造したばかりのものを五千だけ持ち込むことが出来た。この戦で使えるのはこれだけだ。
真田騎馬隊が小気味よいほどダレン騎馬隊を圧倒していく。さて、歩兵どもを逃げさせないと。グズグズしてると皇太弟が残りの騎馬隊を投入して来る。
「参謀長、逃げ水行きます、よろしいですか?」
参謀長、平澤俊一郎繁紀(しゅんいちろうしげのり)准将、伊那で1万石を食む真田家の家老だ。【切れ者繁紀】と呼ばれている。文禄・慶長の役では真田公に従って従軍している。主に諜報を担当していた。朝鮮語を使いこなせる者を大量に準備していたことから、先見の明を高く評価されている。
「うむ、許可する。」
「はっ、参謀諸氏、逃げ水作戦を発動する。所定の役割分担に基づき、各兵に春日駅伝に逃げるよう指示。槍兵は槍を捨ててかまわない。但し、銃兵は銃を捨ててはならない。必ず持ち帰れ。それ以外は捨ててかまわない。水と食料が春日駅伝に用意してある。そこで指示に従えと伝えてください。」
参謀たちが騎馬で四方へ走り出す。
「春日駅伝までにげろお!」
「槍は捨ててよい!」
「銃は捨てるなあ!持ち帰れえ!」
「春日駅伝には水と食料があるぞお!」
それを聞いた皇国兵は
「おい、聞いたか。駅伝だ。」
「駅伝って、どっちだよお?」
「こっちだ。」
「バカ、聞いてなかったのかよ。槍なんか 捨てろ。」
ただルシアから逃げ惑っていただけの状態から、目的が出来て立ち直っていた。一斉に春日駅伝のある東南に向かって走りはじめた。
「権蔵よお、待ってくれ、もう走れねえ。」
「だああ、しっかりしろ、命がかかってんだぞ。」
権蔵の幸運は、支給された砲という字が縫い付けられた軍帽を落とさずかぶっていたことだ。参謀飾緒をつけた騎馬の将校が権蔵たちのそばを走り抜けた。と、思ったら馬首をひるがえして戻ってきた。
「その帽子、砲兵か。貴様、名はなんという?」
「はい、権蔵2等兵であります。」
「最上級者は誰か?」
「はい、ここには2等兵しかおりません。」
「そうか、では権蔵、貴様の生まれはどこだ?」
「はい、播磨国の国、黒田庄村であります。」
「うむ、そうか、ちょっと待て。」
そう言うと士官は馬上で筆を取り出して、サラサラと何やら書きだした。
「権蔵、貴様は今から軍曹だ。砲兵どもをまとめて鷲巣砦まで連れて行け。われ、真田家寄子(よりこ)、作戦参謀座光寺繁信少佐が与えられた権限により戦時任命する。これが命令書だ。」
「はは、はいい。」
「待て、同時に権蔵を座光寺家に召しかかえる。今より黒田権蔵信播(のぶはり)と名乗るがよい。」
「はひい」
「皆も聞け。諸君は砲兵だ。しかもルシアの新型砲を身をもって味わった、貴重な実戦経験者だ。真田家は厚く扱うであろう。権蔵に従って必ず鷲巣砦までたどり着け。権蔵、着いたら参謀に到着報告して次の命令を待て。」
そう言うや馬首をひるがえして去っていった。座光寺繁信少佐、座光寺繁信さま、ざこうじ しげのぶさま。権蔵の脳裏には座光寺繁信の参謀飾緒をつけた華麗な軍服姿が焼き付けられた。以後、黒田権蔵信播は座光寺繁信に忠誠を誓い、砲兵司令官までのぼり詰める。
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