大砲と馬と 戦術と戦略の天才が帝国を翻弄する

高見信州翁

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第5章 混乱

8 対空砲

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ルシア軍新潟司令部イワン・レンドル大佐

    イワン・レンドル大佐、本来はモスコー工廠の所属なのに未だに新潟にいる。なぜか?対空砲の開発にかかりきりになってしまっている。

    「何?殿下が対空砲の開発を指示された?お、オレにも噛ませろ。やる。やりたい。やらせてくれ。」

    というわけでルシアに帰る気配はない。それどころか、モスコーから部下やら学者の先生やら大量に呼んでいる。予算は青天井だ。チャンス、チャンス。金を使い放題で面白いことをやらせてもらえる。

    とは言うもののアーネン・ニコライが言うほど、簡単ではなかった。空の360度、どこにでも砲を向けるというところから挫折した。従来の砲架では役に立たないことが、すぐにわかった。一定の仰角以上には上げられない。直立(90度)も可能にしなければならなかった。そして回転させないと360度はカバー出来ない。回転台の上に砲架を載せることでようやく、砲が空の360度に向けられるようになった。360度回転する丸い円盤状の板の上に砲架を載せ、上に載っかる砲架は0度(砲を寝かせた状態)から90度(砲をを直立させた状態)まで角度を変えられるようにした。おかげで回転盤を回す要員と仰角を調整する要員とが必要となった。(つまり通常より1人増えた)

    実際に無人気球を飛ばして、実践テストだ。

    「こ、これは!」

    実際にやって見ると、狙いをつけるどころではない。高さもわからない。距離もわからない。気球はゆっくり流れているだけなのだが、ねらいがつけられない。

    「回転台、遅いぞ。もっと早く回せ。」

    モタモタ回しているうちに、気球はすうっと流れて行ってしまう。

     「あああ、射程外に行ってしまった。」

対空砲開発部門会議室

    タバコの煙がもうもうと立ち込めている。広い会議室に数十人がむっつりと黙り込んでいる。レンドル大佐が辟易したように言った。

    「おい、窓を開けて空気を入れ替えろ。コーヒーのお代わりだ。」
    
    アキライヒ・カートーネン、モスコー大学数学部博士課程修行中。レンドルの甥だ。彼も呼ばれてやって来た。

    「まずですね。撃つチャンスは思ったより短い。そうですね?ここかなと思っても、全然違う場所に飛んで行く。うつ前に諸元を決めておかないと無理です。」

    「どうするのだ?」

    「数学を使います。三角測量ですね。気球を2地点から観測して角度を測れば正確な方角と高さがわかります。万全を期して3地点から測りましょう。気をつけないといけないのは、気球自身が動いているということです。3地点の観測結果から計算して距離と仰角と方向を割り出すわけですが、その時には気球は既にその位置にはいません。未来位置に動いています。ですからプラスすることの気球の動く方向とスピードを加味しなければなりません。」

    「任せる。お前の専門分野だな。」

    次にウマルディー・アランネ教授が手をあげる。サンクトペテルブルク大学の冶金学の重鎮だ。

    「結局、カルバリン砲ではダメだ。初速を早くして短時間で届くようにしないと、一層命中率が悪くなる。もっと長砲身のカノン砲を一から作ろう。結局、ハンドルを回して回転台を回していては間に合わない。兵士が1人で振り回せて、言われた諸元の方向に砲身を向けられないといけない。」

    「1から作るですか教授。どれぐらいかかりますか?」

    「わからない。が、急ぐよ。」

    アキライヒが発言する。

    「もうひとつ。確率論から言って1門ではダメです。出来る限りたくさんの砲で撃たないとあたりません。空中の目標に当てるということはそれほど難しいのです。連射も出来ませんし。」

    「わかった。殿下に相談する。で、最低何門だ?」

    「出来るだけたくさん!」

    「ふう、わかったよ。」

    今度は砲兵隊随一の腕前のヨンディ少佐が手を上げる。

    「ほい、ヨンディ少佐?」

    「実際に撃つ立場から言わしてもらいたい。空中の目標を狙うのに火縄ではダメだ。引金を引いた瞬間に撃てないと当たらんよ。火縄だといつ火がつくかわからんからね。」

    コーヒーを運んで来たボーイがふとそれを耳にした。

    「・・・あの、火打石はどうですか?」

    レンドル大佐。

    「それだ!」

    3人よれば、文殊の知恵とはよく言ったものである。必要は発明の母。フリントロック式のアイディアは銃にも応用されることになる。ようやく対空砲の目処が立つ。




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世界初の対空砲はプロイセンが開発しました。クルップ社製だそうです。プロイセンがパリを包囲したときにフランス軍が脱出に気球を使ったことから開発されました。
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