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第6章 反撃

7 さまよえる関東平野

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 かくして東方方面軍は関東に進出する。関東平野は広い。ルシアの援軍が小田原を目指して南下しているはずだった。次の作戦目標はこれを捕捉殲滅することだった。

    小田原の陥落を知れば新潟に引き返してしまう。その前に補足すれば、野戦において撃破するチャンスだった。

    だが、どこにいるかわからない。出来る限り早く補足して殲滅しなければならない。北に向かって動きながら索敵するしかなかった。参謀本部は熟慮の結果、司令部を中心に東方方面軍を東西南北の4つに分け、どの軍団が敵に遭遇しても1日で駆けつけられる距離を保ちながら前進することを決定した。

    北が第1軍団、東が第2軍団、西が第3軍団、南を第4軍団が担当した。

    兵法上、軍勢を分割するのはマズイって?その通りだが、現実に10万以上の人数をまとめたまま動かすのは非常な困難が伴った。あなたは人口15万以上の都市の市長をしてみたことがあるか?イヤ、元々そこに居住している住民の長になるだけなら、務まるかも知れない。だが、手足のごとくあやつって移動させ、食わせ、日常に必要な物を毎日過不足なく与え、維持するのは?

    鉄軌道の沿線なら可能かも知れない。だが今の関東平野は敵地で鉄軌道も通っていない。ごく短時間なら大軍をまとめて運用出来るが、長期間に渡っては無理だった。まず兵站部が音(ね)を上げた。

    ここで軍制に手が入れられる。

    師団は通常少将がなる。師団を3つか4つまとめて軍団とする。軍団は諸兵科協働を原則とする。つまり、歩兵・騎兵・砲兵を必ずバランスよく抱えている。兵站もだ。独自の兵站ラインを抱えている。軍団長は中将がなる。この軍団をまとめたものが方面軍だ。方面軍司令官は大将がなる。

    普段は軍団単位で動き、一朝(いっちょう)事あらば集合し、方面軍となって敵を叩く。とまあ、頭で考えた通りにならないことが現実にはしばしば発生する。

    とはいえ今は。関東に入ってから東方方面軍はどこに行っても大歓迎を受けた。待ちに待った解放者が現れたのだ。住民が喜ばないはずがない。だが、進軍速度は確実に落ちた。ルシアは噂はあれど、影も見えない。

    東方方面軍はさらに北上して行く。

    関東平野は広い。

    「山が・・・ない!    見渡す限り平野だ。    日ノ本にもこのようなだだっ広い平原があったのか。」

    真田繁信は信州人だ。信州は日ノ本有数の山国。何しろ8割が山だ。平野は2割しかない。山が見えていないと落ち着かない。

    「異国のような感じを受けますな。」

    平澤少将が答える。平澤少将は准将から昇進し、第3軍団第3師団の師団長となっていた。ああ、そうそう真田繁信も小田原の勝利の後、護国省から昇進の通知を受けていた。今や中将様である。凱旋したら朝廷から新しい官位もいただけそうな雰囲気である。

    真田繁信は方面軍参謀長として通信連絡網の確認のため、各軍団を回っているところだ。

    「いつまで第3軍団に?」

    「すり合わせも終わった。明日の朝帰ろうかと思う。」

    「軍団長は【鷲巣の英雄】の崇拝者ですから、残念がるでしょう。歳も石高も閣下より上なのに、閣下の下で働いてみたいなんておっしゃっていますよ。」

    第3軍団長は前田利常中将だ。40なかば。加賀前田120万石の当主である。

    たまたま真田繁信が第3軍団にいたこと。第3軍団長が繁信の指揮権発動に抵抗がなかったことが、後に第3軍団に勝利をもたらす。だがそれは未曾有の苦闘でもあった。

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