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第6章 反撃

12 咄嗟(とっさ)遭遇戦 6

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ルシア軍指揮系統の混乱

    アガペーエフ大将の負傷は、混乱に紛れてパーヴェル・アレクサンドロヴィチ元帥には伝わらなかった。イワン・オボレンスキー中将は戦場に未到着。

    何が起こったか?各師団長は指揮官の命令のないまま、独断で交戦するしかなかった。

    指揮権の継承が行われないまま、戦闘継続?まとまりを欠くのは明らかだった。


    皇国側の指揮官たちは、それを敏感に察知する。


皇国第3師団長平澤少将

    「敵の様子がおかしい。まとまりを欠いている。」

    それを聞いた真田中将

    「だがしかし、アンネンコフめしぶとい。もう少しで崩れそうなんだが。・・・確かにおかしい。チャンスかな?小官は司令部に戻る。平澤少将、後を頼む。もう予備はない。よろしくやってくれ!」

    「真田閣下!あの錦の御旗(にしきのみはた)、本当に帝(みかど)から賜ったのですか?」

    繁信、ぐいっと三澤少将の肩を抱きよせる。

    「三澤少将、【勝てば官軍】だよ。負けたらどうせ死ぬし。!あ~はっはっは!」

    突発した戦だった。以前から用意していたとしか考えられない。三澤少将は思った。

    こういうところが頼もしいが、ついていけない部分だ。畏(おそ)れ多いことを平気で・・・。



午前10時30分

    ルシア第1師団の残り4千が到着した。到着して、最初に目に入ったのがパーヴェル・アレクサンドロヴィチ大公の司令部だったのがよくなかった。

    最先任将校がお伺いを立てる。(師団長は既に左翼で指揮を取っている。)

    「第1師団第5・8・9・10大隊4千到着いたしました。直ちに原隊に復帰します。」

    「待て。右翼も苦戦しておるようだ。右翼に半分を援軍として出してやれ。」

    「はっ。」

    帝族の総司令官が出した命令に逆らえるはずがなかった。だが、結果として一時的な効果に終わった。わずか4千、たかが4千、だけど4千、まとめて右翼に投入していたらアンネンコフ少将が平澤少将を押し切ったかも知れない。

    所詮は結果論だ。パーヴェル・アレクサンドロヴィチ大公を批判してはいけない。彼は神輿としての役割は果たしたのだから。








    時間は過ぎる。当事者にとっては、もどかしいほどゆっくりと。


   
午前11時


    わずかの差で勝利の女神は真田繁信にほほえんだ。

    「中田少将、第1師団が到着しました!」

    欠けた最後のピース・第1師団が到着した。

    「中田少将に命令!左翼から回り込んでアンネンコフの師団を撃破せよ!」







アンネンコフ少将

    「げええ!ウソだろ?」

    新たに出現した1万。側面を突かれた。ひとたまりもなかった。

    アンネンコフ師団、崩壊。








第3軍団司令部真田中将

    「よくやったあ!中田少将。そのまま敵第3師団の腹を引き裂け!」



その時にイワン・オボレンスキー中将の1万5千が到着した。彼は直ちに右翼に駆けつけようとする。だが、崩壊したアンネンコフ師団の敗残兵が、その進軍の妨げになる。

    「くそ、どけ、邪魔だあ!」







12時



    第1師団・中田少将は続いてルシアの第3師団に襲いかかる。正面の池田・平澤少将と死闘を繰り広げていた第3師団も側面から更に1万が襲いかかって来てはひとたまりもなかった。





第3軍団司令部真田中将

    「よ~しよし。全軍に命令。総反攻を開始せよ。」


    こうなっては残った騎馬師団も第1師団も逃げるしかなかった。ルシア関東派遣軍のフロントラインは完全に崩壊した。

    勢いに乗った皇国軍は、そのまま前進。オボレンスキー中将の1万5千を取り囲んだ。






13時



    オボレンスキー中将を撃破。ルシア軍の組織的抵抗は終了した。パーヴェル・アレクサンドロヴィチ大公の手元にはまだ予備が残されていたが、投入されることはなかった。

    皇国軍はルシア軍を川越まで押し込んだ。追撃は夜になるまで続けられ、ルシア軍の損害を増大させた。


損害
    皇国軍          7,000
    ルシア軍    13,000    砲115門

    ルシア戦役において、実に2倍以上の敵を撃破したのは真田繁信だけである。彼はこの後、【不敗】の称号が増えることになる。遭遇戦というものは即断即決の連続であり、一つ間違うと致命的になりかねない。その的確な判断力は他に類を見ない。

    ともあれ関東は皇国の手に戻ったようである。
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