曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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 修太郎さんが肩越しに親指を立てたとき、サイレンの音が鳴った。窓から顔を出して後方を見る。え? なに?
「ねえ、白バイよ」姉貴が眉をひそめた。「なんか、わきに寄せて停めろって合図しているわ。なんで? 何か違反した?」
「いや、まだしてねえよ」と修太郎さん。
 まだ、って。僕は菜々実と顔を見合わせた。
「静香。お前、屁でもこいたんじゃないのか?」修太郎さんが横目で姉貴を見る。
「回し蹴りと正拳突き、どっちがいい?」姉貴が拳を手の平に叩きつけた。
「申し訳ない、わしだ」庄三さんが頭をかく。「さっき、屁をしてしまったんだ。音がしなかったので、あえて言うこともないと思ったんだが」
 数秒の沈黙が終わるころには、キャシー号は路肩に停まっていた。白バイから下りた警官が、修太郎さんのほうへやってきた。
「ちょっと尋ねたいのですが、向こうの商店街で、ちょっと事件がありましてね。傷害事件なんですが、ご存じないですか?」
「いや、知らないな」修太郎さんが首をひねる。「そんなの、見たことも聞いたこともないな。ましてや、食べたことなんてあるはずがない」
 ちょ、ちょっと、修太郎さん。僕や姉貴をはじめ、乗客の顔が引きつった。
 警官が修太郎さんを見つめる。無表情。「殴られた男が、やたら『ひまわり、ひまわり』とうわごとのように繰り返しているんですよ」そこで、ちらとキャシー号のボディに描かれたひまわりの絵を見た。「本当に知りませんか?」
「知らないと言ったら、知らないんだ」修太郎さんが面倒くさそうな声を上げた。なあ君たち、と僕らの顔を見る。「みんなも知らないだろ?」
 僕は引きつったままの顔で笑った。イエスともノーとも答えられない状況。他のみんなもほぼ同じ表情だ。修太郎さんのような強心臓は持ち合わせてはいない。
「ほほう。ひまわりですか」警官がキャシー号の絵をのぞき込む。車から少し離れたところまで行き、再びひまわりの絵をながめた。「へえ。これ、誰かが描いたんですか? 下手くそな絵だな。食器洗いのスポンジの絵かと思ったぞ」
「なんなんですか、お巡りさん」菜々実の顔色が変わった。ふう。もう僕が軌道修正できるレベルじゃない。「あたしの描いたひまわりとスポンジを一緒にしないでください。目、見えているんですか?」
 おいおい、菜々実。まいったなこりゃ。僕はますますヤバくなる雰囲気に不安を覚えた。無事に港に到着できるんだろうか。このドライブ、のっけから障害が多すぎる。
「なかなか言うねえ、お嬢さん」警官がニヤリと笑う。「そうか、あんたが描いたのか。幼稚園児が描いたのかと思ったよ。勘違いして悪かった」
「この個性的なひまわりに文句があるのかな?」修太郎さんがドアを開けて下りた。警官の正面に立つ。一メートルほどの距離を保ったまま、二人は睨み合った。
 動いたのは、修太郎さんのほうが先だった。柔道の構えのように両手を広げた。それに対応するかのように、警官も両手を上げる。一歩踏み込み、二人の距離が狭まった。
 僕は息を飲んだ。菜々実が僕の手をぎゅっと握る。
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