曇りのち晴れはキャシー日和

mic

文字の大きさ
24 / 49
第三章 出会いは風のごとく

しおりを挟む
 修太郎さんが肩越しに親指を立てたとき、サイレンの音が鳴った。窓から顔を出して後方を見る。え? なに?
「ねえ、白バイよ」姉貴が眉をひそめた。「なんか、わきに寄せて停めろって合図しているわ。なんで? 何か違反した?」
「いや、まだしてねえよ」と修太郎さん。
 まだ、って。僕は菜々実と顔を見合わせた。
「静香。お前、屁でもこいたんじゃないのか?」修太郎さんが横目で姉貴を見る。
「回し蹴りと正拳突き、どっちがいい?」姉貴が拳を手の平に叩きつけた。
「申し訳ない、わしだ」庄三さんが頭をかく。「さっき、屁をしてしまったんだ。音がしなかったので、あえて言うこともないと思ったんだが」
 数秒の沈黙が終わるころには、キャシー号は路肩に停まっていた。白バイから下りた警官が、修太郎さんのほうへやってきた。
「ちょっと尋ねたいのですが、向こうの商店街で、ちょっと事件がありましてね。傷害事件なんですが、ご存じないですか?」
「いや、知らないな」修太郎さんが首をひねる。「そんなの、見たことも聞いたこともないな。ましてや、食べたことなんてあるはずがない」
 ちょ、ちょっと、修太郎さん。僕や姉貴をはじめ、乗客の顔が引きつった。
 警官が修太郎さんを見つめる。無表情。「殴られた男が、やたら『ひまわり、ひまわり』とうわごとのように繰り返しているんですよ」そこで、ちらとキャシー号のボディに描かれたひまわりの絵を見た。「本当に知りませんか?」
「知らないと言ったら、知らないんだ」修太郎さんが面倒くさそうな声を上げた。なあ君たち、と僕らの顔を見る。「みんなも知らないだろ?」
 僕は引きつったままの顔で笑った。イエスともノーとも答えられない状況。他のみんなもほぼ同じ表情だ。修太郎さんのような強心臓は持ち合わせてはいない。
「ほほう。ひまわりですか」警官がキャシー号の絵をのぞき込む。車から少し離れたところまで行き、再びひまわりの絵をながめた。「へえ。これ、誰かが描いたんですか? 下手くそな絵だな。食器洗いのスポンジの絵かと思ったぞ」
「なんなんですか、お巡りさん」菜々実の顔色が変わった。ふう。もう僕が軌道修正できるレベルじゃない。「あたしの描いたひまわりとスポンジを一緒にしないでください。目、見えているんですか?」
 おいおい、菜々実。まいったなこりゃ。僕はますますヤバくなる雰囲気に不安を覚えた。無事に港に到着できるんだろうか。このドライブ、のっけから障害が多すぎる。
「なかなか言うねえ、お嬢さん」警官がニヤリと笑う。「そうか、あんたが描いたのか。幼稚園児が描いたのかと思ったよ。勘違いして悪かった」
「この個性的なひまわりに文句があるのかな?」修太郎さんがドアを開けて下りた。警官の正面に立つ。一メートルほどの距離を保ったまま、二人は睨み合った。
 動いたのは、修太郎さんのほうが先だった。柔道の構えのように両手を広げた。それに対応するかのように、警官も両手を上げる。一歩踏み込み、二人の距離が狭まった。
 僕は息を飲んだ。菜々実が僕の手をぎゅっと握る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...