曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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「やっと港に向かえるわねえ」姉貴が安堵のため息をつく。
「その前に」修太郎さんが横目で姉貴を見る。「約束を守らなきゃな」
 脇道に脇道を継いで走り、キャシー号は己斐本町に到着する。スマホで検索した結果、スズメ運送はこの道を真っ直ぐ進んだところにあるはずだ。もちろん、スマホのナビとにらめっこするのは僕の役目だ。いや、僕の役目にさせられている。
 あった、あそこだと僕が指さした場所に、スズメ運送と書かれた看板があった。縁にちょっぴり錆が浮いた看板の文字の下には、力の強そうなゴリラがガッツポーズを決めている絵があった。
「なんでスズメの絵じゃないんだ」修太郎さんがハンドルをバンと叩く。「看板に嘘偽りありだろ、それは」
「いや、この場合は嘘偽りとは言わないんじゃないんですか? 別に仕事の内容に偽りがあったわけではないから。スズメが荷物を運ぶわけでもないし」僕はためらいがちに言った。そりゃそうだろう。僕だっておかしいと思うさ。なんでゴリラなんだ。
「きっとゴリラにしか持ち上げられない荷物が多いんだと思います」立石さんがボソリとつぶやく。「スズメは空を飛べるけど、重い荷物は運べませんから」
 あのう、立石さん。それ、意味わかんないし。
 キャシー号から下りた僕は、事務所に行き、受付で守さんのことを尋ねた。事務所のおばちゃんは、外を指差しながら、「守さんならたった今、出て行ったところだよ。ああほら、あの車がそうだよ」と言ったので、僕はあわてて事務所を走り出た。今にも会社の門から出ようとしているトラックの運転席に走り寄る。
「あの、守さんですね?」
「え? そうだけど、君は?」
「よかった。間に合った」僕は安堵のため息をついた。「あなたのお母さんから預かったものがあるんです」
 僕がそう言うと、守さんはトラックを下りて、キャシー号まで来てくれた。お婆ちゃんから預かった包みを姉貴から受け取り、守さんに渡した。守さんが包みを開けた。
「ああ、今年も作ったんだな」守さんが包みから取り出したものを掲げて見せた。「ほら、四つ葉のクローバーで作った栞だよ。僕が本好きなのを知っているから、お袋が毎年作ってくれるんだ」
「へえ。すごーい」菜々実がうらやましそうに栞を見る。「いいお母さんですねえ」
「ま、手作業をしていれば頭のほうも衰えにくいから一石二鳥かもな。お袋もそれをわかっているんだろう」守さんが頭をかいた。「とにかく、ありがとう。わざわざすまないね。どこかへ行く途中だったんだろう?」
「ちょっと松山まで。みんなで花火を見に行くんです」僕はキャシー号の乗客全員を手で指し示した。
「ほう。それはうらやましいな。楽しんでくるといい。それにしても」守さんがキャシー号のボディに目を向けた。「なかなか目立つデザインだねえ。いいねこれ。思わず微笑んでしまうな」
「でしょう? そのひまわり、あたしが描いたんです」菜々実が僕を押しのけて身を乗り出す。「わかる人にはわかるデザイン、ってやつです。斬新すぎて、この人たちは理解が追いつかないみたいですけど」
「あれ?」守さんが首をかしげてキャシー号のバンパーを見る。「ここ、けっこうひどく当てたみたいだね。バンパーが割れてるよ。この傷、まだ新しいけど、もしかして、ここへ来る前にぶつけた? お袋が用事を頼んだばっかりに、申し訳ない。僕が修理代を払うよ」
「いえ、そうじゃないんです」僕はあわてて手を振った。状況を説明する。広誠連合の連中の車に当てたこと。今、僕たちは追われていて、彼らが必死で探していることなどを。
「そうだったのか」守さんがうなずく。「でも、広誠連合ってまだいたのかい? だいぶ前に解散したと聞いたけど」
「よくわからないけど、車のボディにそう書かれていました」そこで僕ははっと気づいた。「あの、長々とお引きとめしてすみません。お仕事中なのに」
「いや、こっちこそわざわざありがとう」守さんが頭を下げた。「じゃあ申し訳ないけど、配達の時間に遅れるので僕は行きます。何か役に立てることがあれば、いつでも営業所へ連絡してくれ」
 守さんは手を上げてトラックに戻った。クラクションを一度鳴らしてから門の外に消えた。
「さあ、出発しましょ」姉貴がみんなの顔を見る。「あれ? 立石さんは?」
 え? 僕は立石さんが座っていたはずの座席に目をやった。いない。そういや、さっき車のドアが開いたような。守さんとの会話に集中していたから、気にとめなかった。
「あそこにいらっしゃいます」花ちゃんは指さしたのは、事務所だ。立石さんが、さっき僕が話した受付のおばちゃんと話している。
 修太郎さんに言われて、僕は事務所に行こうとした。が、ちょうど立石さんが戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「いえ、従業員の募集はしてないか尋ねてみまして」
「ああ、そういうことか」修太郎さんがうまい考えだとばかりに手を打った。「で、どうだった?」
「はあ。ドライバーなら募集していると言っていました。できますか、と聞かれたので、私、答えたんです」
「答えたって、どういうふうに?」修太郎さんの微笑みが顔から消えた。僕も嫌な予感がした。
「はいできます、運転中に眠るのが得意ですと」
「ようし、出発だ」修太郎さんがエンジンをかけた。「みんな、その引きつった顔を元に戻せ。楽しく行こうぜ」
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