曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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 宇品港に到着する。やっとだ。なんか夏休み分の疲れがどっと出たような気がする。
「立石氏。港に着いたぜ」車を停めた修太郎さんが、立石さんのほうを振り返る。「ここで下りるかい? あんたが言っていたように、小さな会社ならそこらへんにたくさんあるから、手当たり次第に回ればどこか雇ってくれるかもしれないな」
「はい、そうですね」立石さんが窓の外に目を向けた。港周辺の様子をじっと見ていたけれど、その視線を車内に戻した。キャシー号の乗客に一巡させてから修太郎さんに向ける。「あのう、もしよろしければ、私も松山に連れて行っていただけませんか?」
「あ? まあそれはいいが」修太郎さんが、面白いことを言い出したぞ、というような顔をする。「それであんた、いいのかい? 一刻も早く就職先を探さなきゃいけないんじゃないのかい?」そこで、ニヤリと笑う。「家具付きで寮完備の会社を」
「家具付き、寮完備の会社です」立石さんが胸を張る。「私が探しているのは、そんな会社です。すばらしい会社です。でも、花火大会も見たくなってきました。なに、ちょっとくらい就職が遅れても差し支えありません。なんなら、松山で就職先を探してもかまいません。どうせ行く当てのない人間ですから」
「あんたがそう思っているのなら、俺たちには異存はないぜ。人数は多いほど楽しいからな。よし、じゃあ一緒に松山へ行こう」修太郎さんが親指を突き上げる。「ということで、庄三爺さん。乗船切符を買いに行こうぜ」
 修太郎さんと庄三さんが切符売り場に向かった。菜々実はお菓子が少なくなったから、売店で買ってくると言って車を下りた。
「あの、これ食べます?」花ちゃんが串団子を取り出した。「お口にあえばいいですけど」
 花ちゃんはそう言いながら、僕の口に串団子を近づけた。思わず僕は、花ちゃんが差し出すままに串団子をくわえた。顔を引くようにして一個抜き取りそしゃくする。うん。美味しい。
 また花ちゃんが差し出した串団子から二個目を抜き取ったとき、窓ガラス越しに菜々実が戻ってくるのが見えた。あわてて串団子を口に押し込む。ぐ。ヤバいヤバい。気管支に詰まるところだった。
「菜々実さんには内緒にしときますから」立石さんが口に手を当ててクククと笑った。「ですから、私にも串団子を一本下さい」
「どうしたの? なんか楽しそうね」車に乗り込んできた菜々実が、僕と立石さんの顔を交互に見る。花ちゃんはもう自分の座席に戻っていて、足元に置いてあるミニひまわりの花びらをいじっていた。
「いや、花火大会が楽しみなんだよ」僕は手についた餡をティッシュペーパーでこっそり拭った。「みんなそうさ。菜々実だってそう思うだろ?」
 立石さんが串団子を食べながら、「花より団子」とつぶやいた。
 立石さん。あなたもなかなか言いますね。賄賂を差し上げたでしょ? 僕は菜々実に気づかれないように、立石さんをにらんだ。
 修太郎さんと庄三さんが戻ってきた。うまい具合に乗船開始時刻になる。係員の誘導のもとに、キャシー号をフェリーに乗せるべく乗船待機場所に並べた。
 先頭の車両から一台ずつフェリーに乗っていく。キャシー号の順番まであと数台になった。
「おいおい、マジかよ」修太郎さんがハンドルを軽く叩いた。後方を親指で指し示す。「やつらだ。広誠連合の連中が、後ろのほうにいるぞ。車から下りて切符売り場のほうへ向かったようだ」
「ええっ。見つかっちゃったの?」姉貴が振り返り、顔をしかめる。「もうすぐ乗船できるってときに」
「いや、あの様子じゃまだキャシー号に気づいてはいないな。キョロキョロしているから、俺たちを探してたまたま港に来ただけだろう。ち。悪運のいいやつらだ」
「そんなあ」菜々実が不安そうな顔をする。「あの人たちに見つかる前に、はやくフェリーに乗れないかなあ。ああもう、あと四台でキャシー号の番なのに」
「幸運を祈るしかなさそうね」姉貴が座席の中で体を小さくする。まるでそうすれば見つからないかのように。
「あたしの描いたひまわりの絵、目立ちすぎるからいけないのよね」菜々実が頭を抱える。「こんな寂れた港町じゃ、あのアートは派手すぎたな。もうちょっとセーブするべきだったかも」
 当然だけれど、菜々実の言葉には誰もレスしなかった。
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