曇りのち晴れはキャシー日和

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第四章 ノンストップ! キャシー号

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「ありがとう、ひまわり軍団のみんな」卓也君が僕たち一同を見回す。「おかげでチャッピーが見つかったよ。それに」歯を出して笑う。「カーチェイス、ものすごく楽しかったし。またやりたいな」
「誰がひまわり軍団だ」修太郎さんが卓也君の頭をコツンと叩く。「少なくとも、俺は違うぞ」
 っていうか、みんな違うし。
「でも、広島の人って、いい人もいるんだね」卓也君がチャッピーの頭をなでながら言う。
「当たり前だろ。広島人は、どんな人間だと思っていたんだ?」修太郎さんが尋ねる。
「拳銃や刀を持った恐い人ばかりが住んでいるところかと思ってた」
 おいおい。それが本当なら、僕はとっくに広島から逃げているよ。僕は菜々実と顔を見合わせて苦笑する。
「そりゃあお前、ヤクザ映画の見過ぎだろ。親父と一緒に映画を観るのはやめたほうがいいな」
「ううん、父さんが観るのはアニメだよ。ヤクザ映画が好きなのは、母さんのほう」
 そりゃ、失礼したね、と修太郎さんが驚きの目で卓也君を見る。みんなの顔も引きつっている。
「菜々実ちゃん」卓也君がスマホを取り出す。「メアド、交換しよう。いい絵が描けたら、画像を送って。俺がまた評価してやるから」
「こいつ、マセたことを」菜々実が笑いながらスマホを取り出した。メアドの交換をする。「近いうちに、必ずうならせてあげるから覚悟しておきなさい」
「十日分のチャッピー爆弾を送るから、楽しみにしておいてくれ」修太郎さんが微笑んだ。
「うん。待ってる」卓也君が真面目な顔になる。「チャッピーを探してもらったお礼、できなくて悪いけど」
「ガラにもないこと、言うんじゃねえ」修太郎さんが卓也君の首に腕を回して絞めるマネをする。「礼は、十年後に受け取ってやる。それまで貸しだ」
「うん」卓也君がうれしそうに笑った。「また会える?」
「当たり前だ。俺はそう簡単には死なないからな」修太郎さんが豪快に笑う。
 卓也君をはじめに乗せた場所までキャシー号を走らせ、彼を下ろした。キャシー号をバックに、卓也君とチャッピーの写真を撮る。それを卓也君のスマホに転送した。
「記念にどうぞ」花ちゃんがミニひまわりを卓也君にあげた。「チャッピー爆弾で助けてくれたお礼も込めて」
「ありがとう。僕が大事に育てるよ」
「チャッピーの子供が生まれたら、連絡しろ。俺がもらってやる」修太郎さんが運転席から片手を上げた。
「あはは。無理だよ」と卓也君。
「無理なもんか。俺だって犬の一匹や二匹くらい──」
「無理だって。チャッピー、オスだもの。子供は産まないよ」
「はいはい。左様で」修太郎さんがシートに沈み込んだ。
「公彦兄ちゃん、菜々実ちゃんと仲よくね」卓也君が悪戯っぽく笑う。「でないと、菜々実ちゃん、俺がとっちゃうぞ」
 おいおい。なんてことを。菜々実に聞こえるじゃないか。
「だいじょうぶよお」地獄耳の菜々実が僕の腕に自分の腕を回した。菜々実スマイル炸裂。「あたしたちの間に割り込める人なんて、いないから」
 修太郎さんが口笛を吹いた。
「若いことはいいことだ」庄三さんが腕組みをしてうなずく。「昌枝、わしにも茶をくれ。彼らの若さに乾杯だ」
「じゃあ、さよなら」卓也君が手を振りながら歩き始めた。その回りをチャッピーがうれしそうに飛び跳ねる。「みんな元気でねー!」
 卓也君が去ったあと、キャシー号もすぐに出発した。
「さあて、そろそろ花火大会が始まる時間だ」修太郎さんがハンドルを切りながら言う。「目指すは三津浜港、最短距離で行くぞ」
「道路がだんだん混んできたわ」姉貴が窓を外を見る。「みんな港に向かっているのね。走りにくくなったわね」
「花火の開始時間は七時か」修太郎さんが時計を見る。「まあ、なんとか間に合うとは思う。これ以上、混めばちょっと厳しいかもしれないが」
「あのう、向こうの道路って裏道ですよね?」立石さんが右側にある道路を指さす。「すごく空いているんですけど」
 細い道が建物の陰に見え隠れしている。今走っている海岸通りと並行に走っている道だ。住宅街を通っている道だろう。
「お。なんだ、あんな道路があったのか」そう言うやいなや、修太郎さんがハンドルを切る。「あそこを通れば、もっとはやく着くぞ。迷わずゴーだ」
 キャシー号は海岸通りから離脱し、裏道に入った。道の両側には建売住宅が建ち並んでいる。細い道だからスピードを出すことはできないけれど、それでも渋滞になりつつある海岸通りを進むよりはずっと速く走ることができた。ただ、かっ飛びドライバーの修太郎さんにしては、ずいぶんとゆっくり走っているような気がするけれど。
「へえ。修太郎、昔と変わっていないわねえ」姉貴がうふふと笑う。「意外なところで気を使うのは、学生の頃と一緒ね」
「あ、もしかして」僕は思わず話に加わってしまう。「わざとゆっくり走ってるんじゃ」
 そうよ、と姉貴が振り向いて僕の顔を見る。「ここ、住宅街でしょ? こんな細い道をぶっ飛ばしたんじゃ、うるさいし危ないし、とっても迷惑よねえ。赤ちゃんが寝ているかもしれないし。この人、こういうところではきっちり気を使うのよねえ。そうかと思ったら、信じられないところで超迷惑なことばかりするし。よくわかんない人なのよねえ」
 ほっといてくれ、と修太郎さんが鼻を鳴らした。単なる気まぐれさ、とつぶやく。
 あ、もしかして修太郎さん、照れてる? 僕はなんだかうれしくなって、思わずキシシと笑った。なるべく聞こえないような小さな声で。
「でもさ、なんか嫌な予感がするのよね」姉貴がさっきまでとうって変わって真剣な表情になる。「この辺り、ヘンな匂いがプンプンするのよ」
「どなたか屁をこきましたか?」立石さんが口をはさむ。「ちなみに、私はやっていません」
「違うの、そう意味じゃなくて」姉貴が手を振る。「危ない予感がするってこと」
 危ない予感? なんだろう。僕は眉をひそめた。姉貴のこの手の予感って、昔からけっこう当たっているのだ。気になるな。
「あたしじゃないよ、オナラをしたの」菜々実が切実に訴える。「誰よ。正直に名乗り出て」
 もう一人、意味不明な人間が僕の隣りにいた。僕は体から力が抜けそうだった。
「あ」姉貴の声が裏返る。「向こうを見て。海岸通りを」
 住宅街の切れ間からときおりのぞくのは、さっきまで走っていた海岸通り。そこにはキャシー号と並行して走る数台の車が見えた。あれは。
「広誠連合だ!」菜々実が叫んだ。「まだあたしたちを追っていたのね」
「しつこいよなあ、まったく」修太郎さんがうんざりした声を出す。「あの様子じゃ、キャシー号に気づいているようだな。しょうがない、ここじゃ住民の迷惑になるからもう一度海岸通りに出るか」
 次の四つ角で修太郎さんはハンドルを切り、キャシー号はふたたび海岸通りに合流した。
「しまった、挟まれたぞ」修太郎さんが舌打ちする。「やつら、この車があの位置で海岸通りに出てくるのを見越していたんだ。だから、前後に別れて、その間にキャシー号を滑り込ませるように仕向けたんだ。やられたな」
「ええっ。どうするのよ」姉貴が心配そうな顔をする。「これじゃ、逃げられないわよ」
「ち。前後の車の距離を縮めてきやがった。キャシー号をストップさせる気だ」修太郎さんがブレーキを踏む。「不本意だが、停まるしかなさそうだ」
 キャシー号は次第にスピードを落とし、道路脇に停まった。前後にはほとんどピッタリと広誠連合の車がくっついている。
 広誠連合の連中が一斉に車を下りた。迷わずキャシー号に走り寄ってくる。いかにも、ってファッションに身を包んでいる男たちだ。
 これ、超ヤバいでしょ。菜々実が僕の腕にしがみつく。僕は思わずツバを飲み込んだ。
 立石さんが、極度の緊張から入眠状態になる。座席からこぼれ落ちそうな立石さんの体を、僕はあわてて支えた。
「俺が対応するから、みんなはじっとしていてくれ」修太郎さんが車のドアを外から開けられないように全部ロックした。「中にいれば、とりあえずは安心だろうから」
 とりあえずは、って。とりあえずを超えたところにあるものって、なんだろう。くそ。空手くらい習っておけばよかった。いまさらそんなことを考えても後の祭りだ。
「俺たちに何か用かい?」窓を開けた修太郎さんが広誠連合の人たちに話しかけた。人数は、十人くらいか。
「あ? 今さら何の用だはねえだろ? ふざけてんのか、お前」連中の一人が真っ黒いサングラスをしたまま修太郎さんを見る。他の連中が一歩下がって立っていることからすれば、このサングラスの男がリーダーなのかもしれない。
「いや、ふざけてはいないけどね」修太郎さんが微笑む。「だが、わざわざ広島から追いかけてくるくらいだから、つまらない用じゃないことだけは確かだろうな」
「心配しなくてもいい。出張費は別途、請求することになるからな」リーダーの男がポケットに両手を突っ込んだまま肩を揺すって笑った。後ろの連中が首を回してコキコキ音をさせる。
「別途ということは、本請求ってのがあるってことかい?」修太郎さんが尋ねる。
「ふ。とぼけた野郎だぜ」リーダーが鼻で笑ったあと、タバコを出して火を点ける。煙を修太郎さんの顔に吹きかけた。「おたくはウチの看板に傷をつけたんだ。この代償、けっこう高くつくぜ」
「まいったな」修太郎さんが頭をかく。姉貴が修太郎さんの腕をギュッとつかんだ。「で、どうしろと?」
「とにかく車を下りろや」リーダーが一歩下がった。ドアを開けやすくするためだ。「いつまでも上から見てんじゃねえ。下りてこい。話はそれからだ」
 ドアのロックが外れる音がした。修太郎さんがドアを──
 え? 今の音、運転席からじゃない。後ろから聞こえた。後ろのドアのロックが外れる音だ。誰かがドアロックを外した?
「勝手にロックを開けるな」修太郎さんがもう一度ドアロックをかけた。僕たちに向かって言う。「じっとしていてくれ」
「あ、いいです」花ちゃんが微笑んだ。そして、ドアロックを外した。「ちょっと下ります」
「あんたは中にいなさい」庄三さんが、どっこいしょと腰を浮かせた。「若い者は命を大事にせんといかん。ここは一つ、わしが行くことにしよう」
 な? そんな……さっきロックを外したのは、花ちゃんだったのか?
「いえ、だいじょうぶです」花ちゃんが手で庄三さんを留めた。「話せばわかっていただけると思いますから」
 全員があっけにとられて見ている間に、花ちゃんはゆっくりとドアを開けて車から下りた。
「あ? なんだ、姉ちゃん」リーダーがタバコを投げ捨てた。「なんで女が下りてくるんだ?」それから修太郎さんに目を向けた。「おたくは女に話をさせる主義なのか? こりゃあ驚いた。すげえヒーローがいたもんだ。笑っちまうぜ」
 リーダーをはじめ、他の連中が爆笑する。
「いい加減にしてもらえますか?」花ちゃんが微笑みながらリーダーに言う。「急がないと、花火大会に間に合いません。通してください」
 リーダーが、信じられないといった顔で花ちゃんを見る。が、すぐにニヤニヤ笑い始めた。「おいおいおいおい。こりゃたまげたぜ。花火大会ときたもんだ。広誠連合の看板と花火を一緒に語られたんじゃ、俺たちも事を穏便に済ませるわけにはいかなくなったな。姉ちゃん、吐いた唾は戻らねえぜ。それなりの覚悟はあるんだろうな」
「花ちゃん、車へ戻るんだ!」修太郎さんが叫んだ。「はやく乗れ!」
「おっと、そうはいかねえな」リーダーが花ちゃんの手首をつかんだ。「後戻りはきかねえんだよ。きっちり落とし前を──」
 リーダーが言葉を切った。ゆっくりとサングラス外す。いかにもって感じの鋭い目が、じっと一点を見つめている。花ちゃんの手首だ。そこには、ひまわりのタトゥーがあった。
「これは……このひまわりの墨は」リーダーの顔がみるみるうちに青白くなっていく。「まさか……まさか、あんたは」花ちゃんの手首を離したリーダーが数歩後退した。
「龍野弘美です」花ちゃんが淡々とした声で言った。
 リーダーがサングラスを落とした。ガラスが割れたが、そんなことには気づいていないらしかった。吸い込まれるように花ちゃんの顔を見続けるリーダーの体が、ブルブルと震え始めた。
「どうしたんです、リーダー」広誠連合の別の一人が前に出た。アゴ髭を生やしている。「この女、車に連れ込んでヤッちまいますか」
「バカ野郎!」リーダーがアゴ髭の男を一喝した。「この人は、この方は、血花の龍さんだ」
「血花の龍……え、まさか」アゴ髭の男が青くなった。「それじゃ、あの」
「そうだ。広誠連合三代目、『血花の龍』こと龍野弘美さんだ」
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