曇りのち晴れはキャシー日和

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第四章 ノンストップ! キャシー号

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 リーダーがその場に土下座した。頭を地面に擦りつける。他の連中もあわてて右へ倣った。
 行き交う車や通行人が驚いて僕たちのほうを見ている。いや、驚いているのは、僕たちのほうだ。広誠連合の三代目? 花ちゃんが? それっていったい……。
 キャシー号の乗客たちは、みんなポカンと口を開けて花ちゃんを見ていた。
 リーダーがゆっくりと頭を上げた。が、花ちゃんを直視することはない。じっと地面を見続けている。
「申し訳ありませんでした。知らぬ事とはいえ、とんだご無礼を」リーダーがもう一度、頭を下げた。「三代目に啖呵切ったんじゃ、俺たちは連合の先輩たちに合わす顔がありません。広島に戻れば、間違いなく半殺しにされます。その前に、どうぞ気が済むようにしてください。それで、少しは先輩たちに申し開きが」
「おい、ちょっと」修太郎さんがせき払いをする。「ちょっと話がよく見えないんだけど。いったい、どういうことだい?」
 花ちゃんが苦笑する。「いえ、たいしたことじゃありません。昔、ちょっとばかりヤンチャをやっていまして。お恥ずかしい限りです」
 花ちゃんはあまり語りたがらなかった。語りたくないというよりも、高校生のときのことだから恥ずかしい、という理由らしい。
 でも、花ちゃんの了解を得てリーダーが語ったところによれば、こういうことだった。
 花ちゃん──本名、龍野弘美さん。広島の最強暴走族『広誠連合』の三代目総長。当時はまだ高校生で、広誠連合史上最年少・最強の総長。
 さっきサングラスのリーダーが言っていた『血花の龍』という呼び名の由来──。
 昔、対立していた暴走族に広誠連合の仲間が闇討ちされ、ブチ切れた龍野さんが一人で乗り込んでいき、相手の族をぶっつぶした伝説が残っている。そのとき、辺りに咲いていた花は、倒れた人間の返り血を浴びて真っ赤に染まっていたらしい。それゆえ、広誠連合三代目総長の龍野弘美の通った後には、血の花が咲くという噂が広まった。そこから付いた呼び名が『血花の龍』らしい。
「だから、今は花ちゃんと呼ばれているのですか」立石さんが納得顔でうなずく。
「いえ、それは関係ありませんから」花ちゃんが苦笑する。
「でも、広誠連合って、解散したんでしょう?」姉貴が花ちゃんに尋ねる。「今はもう存在しないはずだけど」
「はい。解散しました。この人たちがどういう理由で広誠連合の看板を掲げているのか、私にもわかりません」花ちゃんがリーダーに目を向ける。
「はあ。面目ありません。あの当時、俺はまだ中坊だったんですが、伝説の龍野さんに憧れて広誠連合に入れてもらったんです。下っ端の下っ端だったんですけど、龍野さんと同じ広誠連合で活動できるだけで幸せでした。連合の解散が決まったときには、死ぬほど悲しかったです。別に、広誠連合が正式に復活したわけじゃないんです。いや、復活はもうないでしょう。それも時代の流れです。けど、俺やこいつらのように、いまだもって広誠連合を愛している連中がいるんです。そんな仲間が集まって、非公式にですが、看板抱えて走らせていただいているんです。あ、ご迷惑をおかけしているようなら、即刻解散しますので」
 リーダーをはじめ、連中が頭を下げた。
「あの」菜々実が遠慮がちに尋ねる。「花ちゃんて、何歳なんですか?」
 花ちゃんは、それには答えず、ふふふと笑っただけだった。
「やれやれ、まいったな。俺たちはとんでもない人物と乗り合わせていたんだなあ」修太郎さんが頭をかく。「俺としたことが、まったく気がつかなかったよ。でもまあ、花ちゃんのおかげで助かったけどな。あ、そうそう」修太郎さんがリーダーに目を向けた。「おたくの車の修理代は実費請求ということで了承してくれるかい? ここまでの出張費の請求はなしってことで」
「と、とんでもありません」リーダーが顔の前で手を激しく振る。「俺らの車なんて、こっちで修理しますのでご心配なく。いやなに、仲間には車の修理屋が何人かいましてね。これくらいの修理、朝飯前です。あ、あなたのワゴンも修理させていただきます。もちろん代金はいただきませんので」
 いや、それはよくないよ、と言う修太郎さんだったけれど、花ちゃんが微笑みながらうなずいたので、修太郎さんは「じゃあ、お言葉に甘えさせていただこうかな」と答えた。
「あのう、花ちゃん」と僕は誰も尋ねない恐ろしい事を、勇気を振り絞って尋ねることにした。「花ちゃんって、その、もしかして……男?」
 にっこり笑う花ちゃん。顔が引きつる僕。
 愛すべきキャシー号の乗客たちよ、僕の質問が聞こえなかった振りをしているでしょ。ずるいぞ、みんな。
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