曇りのち晴れはキャシー日和

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第四章 ノンストップ! キャシー号

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「とにかく、優先すべきは花火なんだが」修太郎さんが車の鈍い流れを指さす。「ヤバいな。これじゃ開始時刻に間に合わないかもしれないぞ」
 一悶着あった間に渋滞はますますひどくなっていて、車はカメのようなスピードで進んでいる。横を通る自転車が車群をいとも容易く追い抜いていく。
「お任せください」サングラスの男──さっきのサングラスは壊れてしまったので、別のサングラスをかけている──自分の車の助手席に乗り込んだ。「俺たちのせいで遅くなっちまったんです。ここはきっちり落とし前をつけさせていただきますので」
 サングラスの男が他の車に合図する。「おい、てめえら! 広島モンの道の作り方、示してやれえや」
「無茶はしないでくださいね」花ちゃんが釘を刺す。「ここは、地元ではありませんから」
「承知しています。広誠連合の看板に泥を塗るようなマネはしません。少しばかり道を譲ってもらうだけですから」
 サングラスの男は花ちゃんに一礼すると、仲間の車に合図する。仲間の車が路肩を離れ、順次、流れの中に割り込んだ。連中は巧妙に幅寄せ、煽りなどを駆使して縦一列となった。そして、それぞれが車間距離を広げていき、道路の一定間隔を支配した。危なげな雰囲気の車に恐れを抱いたのか、他の車は素直に道を譲り、割り込んでこなかった。
「さあ、ついてきてください。連中の間に割り込みますので」サングラスの男が運転手に合図する。「車線を確保しましたので、花火会場までスムーズに移動できます」
「あなた、お名前は?」花ちゃんが出発しようとするサングラスの男に尋ねた。
「はい、渋谷といいます」サングラスの男が頭を下げた。
「お世話になりました、渋谷さん」花ちゃんが頭を下げ返す。「お互い、面倒はなにも起こらなかったことにしましょう。それでよろしいですか?」
「あ、いえ、よろしいなんてそんな」渋谷さんがサングラスを外した。驚いた顔で花ちゃんを見る。「めっそうもございません。三代目からのお慈悲、もったいないことです」
 渋谷さんが目頭を押さえる。「三代目に名前を呼んでもらえた。こんなうれしいことはない」
「よかったですね、リーダー」運転手の男が手の甲で涙を拭いた。「地道に走り続けてきた甲斐があったってもんだ」
 渋谷さんが車を出し、キャシー号がその後をついていく。渋滞の中、キャシー号はまるで専用道路の走るかのようにスムーズに、花火大会の会場へ向かった。
「あの人たち、みごとに道を切り開いたわ」姉貴がかすれた声を出す。「まるでモーゼね」
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