曇りのち晴れはキャシー日和

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第六章 スタンバイ! キャシー号

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 僕は今、これを記録としてキャシー号の中で書いている。キャシー号と愉快な仲間たちの物語。そして、その後。
 はじめに、僕は言った。僕の部屋で勉強の手休めに思い出を振り返ってみようと。あれ、嘘だ。本当は、はじめからキャシー号の中でこの記録をパソコンで打っているのだ。勉強なんか、まったくやっていないくせに、まだまだ体裁を取り繕う自分が顔を引っ込めそうもないな。
 僕はあのツアーから戻ってきてから『実況中継』をするのをやめた。それまでは、面白いことを見つけたらツイッターにそれを実況中継のごとく書き込むことに夢中になっていた僕。
 そんな僕に、以前、修太郎さんはこう尋ねたことがある。「反応が欲しい? 自己顕示欲? 認められたい? それとも自分の存在を確かめたいからかな?」
 そんなことはどうでもいいよ、と今の僕なら答える。
 僕は今ここにいる。足の裏で自分の重さを感じることができる。地面を蹴れば、同じだけの力で僕を押し返してくる。自分で動き、考え、結論も出すことができる。それが僕の存在の証だ。
 立石さんは「人間の足は犬を蹴るためのものではない」と言った。その通りだ。足は地面を蹴って、しっかりと立つためのものだと思う。自分の行くべきところへ自分を運んで行くためのものだと思う。そのことがわかっただけでも、僕のプチ家出から始まった今回のハッチャケツアーは有意義だったと思う。
 三センチメートルくらいは背伸びする予定だったんだけれど、と僕は拳を握りしめて頭の上に置いた。うーん、拳一つ分くらいは成長したかもしれない。
 改めて我らがキャシー号の中を見回してみる。思い出の数々が、じっと僕を見ている。
 ウエディングドレスを着ているカナさん。チャッピーを抱いた卓也君。それに、庄三さんと昌枝さんの肩を抱いた大二郎さんの写真が飾られている。五人とも、最高の笑顔だ。いや、五人と一匹か。
 あ、それと、卓也君の描いたひまわりの絵も飾ってある。菜々実はときどき腕組みしながらその絵を見て、ううむとうなっている。
 僕はキャシー号の中に幸せの笑顔を増やしていくことに決めた。キャシー号とかかわり合いを持った人たちの笑顔が集う場所。
 僕がそう提案すると、キャシー号のクルーたちは諸手を挙げて賛成してくれた。だから、もうすぐ修太郎さんと姉貴の写真も貼ることができるかもしれない。そのうち、立石さんと花ちゃんの写真も貼ることになったりして。可能性は高い。高いと思う。たぶん。
 僕? もちろん僕の写真も、いつの日かここに貼ってほしいと思う。みんなの写真と並べて。そのときのために、笑顔の練習をしとかなきゃ。
 僕はときどきキャシー号をきれいに洗ってあげることにした。もちろん、庄三さんの許可済みだ。庄三さんはアルバイト代を払うと言ってくれたけれど、もちろん断った。洗うのは、僕がそうしたいからだ。立石さんが手の空いたときには手伝ってくれるし、菜々実もときどき手伝いにきてくれるので、けっこう楽しくやっている。
 そうやって、キャシー号を常にスタンバイ状態にしておきたいと僕は思っているのだ。今度またいつの日かキャシー号に乗り込み、ぶっ飛びハッチャケツアーに出発できるように。
「また行こうな」と声をかけると、キャシー号は太陽の光を浴びてうれしそうに笑う。ひまわりが太陽を大好きなように、キャシー号も太陽が大好きなんだ。太陽の光を浴びながら、僕たちを乗せて走ることが大好きなんだ。僕はそう思う。だって、光を浴びて走るキャシー号は笑っているように見えるし、笑うキャシー号は、とってもカッコよく見えるから。たとえ特殊なひまわりの絵が描かれていても。
 僕は楽しみにしているのだ。待っているのだ。修太郎さんの「キャシー号、発車!」という野太い声が大空に響き渡るのを。

 僕はパソコンを打つ手を止めた。じっと画面に並んだ文字を見る。やがて、深呼吸をすると、マウスを操作してクリックした。今まで作成してきたテキストファイルが瞬時に削除される。パソコンを閉じ、キャシー号の中を見回した。
 いいさ。思い出は記録に残すものじゃない。頭の中に、心の中に残せばいいんだ。そのほうが、いつまでも新鮮なままで保存できるから。そうだよな、キャシー号?
 そのとき、キャシー号のドアが開けられた。顔を出したのは修太郎さんだ。白い歯を見せてニカッと笑う。
「なあ、俺の同級生の柴崎、知ってるか? 商店街の入り口でラーメン屋をやっているやつだ」
「いや、知りませんけど」
「当たり前だ。知ってるはず、ないわな。今初めて出した名前だし。わはははは」
 僕はため息をつきながら目をぐるりと回した。
「今からそのラーメン屋に行くぞ。お前も一緒にきな。柴崎は劇団員なんだ。リアルな演技力を身につけるために、強盗ごっこをやることにしたからな」
「また強盗ごっこですかあ」僕はうんざりした顔になる。が、半分は演技だったかもしれない。だって、こういうときのお決まりのリアクションでしょ。
「今度は前回よりもさらに真に迫った演技をやるつもりだ。お前も気合いを入れていけよ。あとで劇団からスカウトされるくらいのレベルでな。武器は俺のナイフを貸してやるよ」
 僕は苦笑しながら天を仰いだ。
 やれやれ。男の成長には回り道が付きものなのかもしれないな。
 たぶん、ね。

          了
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