ダイヴのある風景

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第二章

第二章 ①

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   第二章 ①

 翌日、僕たちは中学校の正門で待ち合わせ、麻米川に向かった。今日もアルバイトだ。
 見上げると、空は抜けるような青さで地球を被っている。こんな日は仕事がやりやすい。遠くまで見通せるからだ。川面もくっきりと見えるので、水の流れにごまかされることなくダイヴ者を発見できる。たとえ岩陰に隠れている死体であっても、服のごく一部さえ見えれば回収する自信がある。元気のいい太陽は、そんなデリケートな探索に力を貸してくれるのだ。
「昨日、母ちゃんが言ってたんだけどよ」信良が歩きながら言う。「今日もダイヴ者は多いらしいぜ。しかも、隣町からのお客さんがまた増えているみたいだって」
「そうか、信良のお母さん、町内会の役員をしているんだったね。それで情報が入ってくるんだ」僕はうなずいた。「じゃあ、隣町のダイヴ者が増えている理由についても知っているんじゃないのかい?」
「いや、そこまでは知らないらしい。町内会の役員といっても、町役場の執行部と一般家庭とを結ぶ単なる伝達役にすぎないんだ。うまく使われているだけの雑用係さ」
「あたしが聞いた話では、浮葉町の工場の乱立が原因らしいわよ」冴子が長い髪に手櫛を入れながら言う。「自然破壊が進んで、ダイヴする場所にも困るほどらしいわ」
 花江が、それに、と続ける。「この町は、自然がとってもステキだしねー。この町の人じゃなくてもお、ここでダイヴしたくなっちゃうのよお」
「ま、いずれにしても、本日も稼がせていただくとするか。隣町のダイヴ者、ウエルカムだ」
 信良が拳を振り上げると、花江がそれを真似た。

 近道を抜けて麻米川に突き当たる。この地点は、ちょうど、出発点と終点の中間くらいに位置している。このまま川沿いにさかのぼれば、二十分ほどで出発点に着く。
 信良が急に立ち止まった。「おい祥一。なんか声がしねえか?」
「ああ。僕にも聞こえてるよ。ずっと川上のほうからだね」僕も立ち止まり、川上に目を向ける。でも、すぐ先に大きなカーブがあって見通しが悪く、上のほうの様子まではわからない。
「ダイヴ者の声じゃないみたいね」冴子も険しい顔を川上に向けた。「もっと若い声だったと思う」
 冴子の言葉が終わるのを待っていたかのように、再び声が聞こえてきた。複数の声だ。なにか大声で叫んだり、笑ったりしている。それが次第に大きくなってきた。
「ありゃあ、同世代のやつの声だな。男か。二人、いや、三人はいるな」信良が花江に目を向けた。「違うか?」
「四人だよお」花江がニコニコしながら応える。「声の似ている人もいるからあ、三人っぽく思えるけどお、絶対、四人だよお」
「じゃあ四人だ」信良がうなずく。「こいつの声を聞き分ける能力は尋常じゃないらな。似たような声のやつがたくさんいても、そいつらの会話をちょっと聞いただけで、何人いるか当てられるんだ。まったく、変な能力だぜ。役に立つのかどうかわかりゃしねえ」
「じゃあ、もしかして。まさかそんなこと」冴子が眉を寄せる。
「そのまさかかもしれないな。ほら、声が近い。間もなくカーブの先に見えてくると思う」僕は三人にカーブの先を顎で示した。
 見えた。舟だ。舟が岩を避けながら、もの凄い勢いで下ってきた。
 舟には、僕たちと同世代の男たちが乗っていた。いや、高校生か。口を開け、大きな声で笑っている。
 こっちを向いている男が僕たちに気づいたようだ。仲間内でなにやらしゃべり合っていたが、また大声で笑った。さっきまでと明らかに笑いの質が異なっている。
 舟は、僕たちに近づくにつれて速度を落とした。そして、僕たちに最も近い位置で止まった。
「よう、お前ら、中学生か?」鎌を持った男が片膝を立てた格好でこっちを見た。「中学生の分際で、こういうアルバイトをしちゃいかんだろ。っていうか、十年はやいんだよ」
 鎌男はにやにやしながら、仲間に同意を求めた。「な、そうだろ、そう思うだろ」
 舟の男たちはそれには応えず、大爆笑する。
「十年って。十年たてば、高校生の年齢なんて、はるかに超えるんだけど」信良が男たちに聞こえないようにつぶやく。「だいたい、何者なんだ、こいつら」
「あのう、ここで何をしているのですか?」僕はとりあえず、ありきたりな質問をしてみる。「今から僕たちが回収する時間なんですけど」
「ばーか。時間もクソもあるかよ。ちなみに、俺は今日、クソが出てねえから機嫌が悪いぞ。とにかく、はやいもん勝ちなんだよ。お前らみたく、ちんたらちんたらやってきて、あれえ? まいったなあ、回収係、とられちゃったあ、困ったなあ、なあんてほざいてたんじゃ、世の中、渡っていけねえんだよ。『焼肉定食』って言葉、知らねえのかよ。中学校で、なに習ってんだ」
「弱肉強食って言いたいんじゃないのか?」信良がまた小さくつぶやく。
「ああ、そうらしい」僕も小さくつぶやいた。
「そういうことで、お前ら」鎌男が大げさに敬礼する。「わざわざお越し頂きごくろうさん。後は俺たちが引き受けるからよ」
「今日、ダイヴ者が多いって聞いて、やってきたのよ」冴子が僕の腕に触れる。「隣町のダイヴ者も増えてるから、荒稼ぎするつもりなのね」
「あのう、それって規則違反になるんですけど」僕は一応、言うべきことは言ってみる。「終点に行けば、簡単にバレると思いますけど」
「ところが、そうはならなんだよなあ」鎌男が、櫓を持つ男ふたりに、な、な、そうだよな、と同意を求める。櫓男たちはまたまた爆笑する。
 鎌男が続ける。「昨日の夜、終点の小屋に忍び込んでよ、予定表を書き換えておいたのよ。この時間は、俺たちの担当だってことにな」
「夜、わざわざここまで来て? 高校生って、けっこう暇なんですね」
「暇って言うんじゃねえ!」鎌男が血相を変えた。「そりゃあ、俺は金欠病で金がないのは事実だよ。十二段変速の自転車も買えねえほどにな。図書館で借りてきた『カラマーゾフの兄弟』も、途中で挫折しちまって読むことができねえ。だから、時間だけは、たっぷりあるのさ。だが、それは余裕というものであり、決して暇なんかじゃねえんだ!」
「でも、回収係は四人一組なんですよ。あなたたちは三人でしょう? それじゃ終点で注意されることはあっても、認められることはないと思いますけど」
「ふん。俺たちはお前らのようにトロくはないんだよ。三人で四人分の働きをすることができるんだ。能力優先さ」
 そういう問題じゃ、と言いかけたとき、信良が花江に耳打ちする声が聞こえた。
「なあ花江。四人じゃなく、三人じゃないかよ。あのTシャツを裏返しに着ているのに気づかない鎌男と、爆笑するだけしかできない櫓男二人。合計三人じゃんか」
「違うもん。絶対、絶対絶対、四人の声だったんだもん」花江が首を振った。
「当然、よねえ」冴子が僕に言う。ああ、当然だ。当然、花江の耳のほうが正しい。
「あなたたち本当は、四人なんじゃありませんか?」
「お前ら、目がないのか? これが四人に見えるのか?」鎌男が両手を広げた。櫓男たちが、またまた爆笑する。
「本当は、船底に一人寝そべって隠れているとか」
「……なんだ、知っていたのか」鎌男の顔から笑いが消えた。「お前も相当、人が悪いな。中学校じゃ、裏番でも張っているのか?」
 鎌男がそういうやいなや、舟底に寝そべっていた男が起き上がってきた。「もう限界だ。背中が痛くてかなわん」
 あのう、と信良。「それって、なんの意味があるのか、よくわかんないんですけど。そこまでやっても、あまり意味がないような」
「バカかお前は。小さな成功の積み重ねが、やがて大きな成功になるってことだろうが。『尻を祭れば大和撫子』って言葉、知らんのか」
「塵も積もれば山となる、って言いたいんじゃないのか?」と信良。
「ああ。そうらしい。ま、訂正する気はないけど」と僕。
「だいたい、お前ら」鎌男の顔が歪んできた。「そんなアホ面さらしてんのに、こんなところでバイトしていて高校へ行けんのかよ。ちったあ勉強したらどうだ。お前ら、成績いいのかよ。たとえば、そこの中学生とは思えないほど色っぽい女」
 鎌男が冴子を指さす。色っぽいという言葉に反応したのか、櫓男たちと寝そべり男がさっと冴子を見た。「お前みたいなのは色気がある分、脳みそが空っぽだろ」
「成績なら」と僕。「彼女の場合、この前の統一模試で三番、僕は凡ミスをしてしまって九番。この大雑把そうに見える男は十八番。天然のこの子は二十四番」
「二十一番よお」と花江が訂正する。
「僕たち、まだまだ努力が足りないのかな。あなたたちの高校は、もっと上ですか? 僕たちの成績では、無理なレベルですか?」
 僕の質問に鎌男の顔から血の気が引いた。他の仲間とひそひそ話を始めた。
「お前、中学のときの統一模試、何番だったよ?」
「たしか三千くらいのところを行ったり来たりしていたような」
「そんなのまだましだ。俺は六千より上がったことがない」
「俺も同じようなものだ」
「俺なんて、模試を申し込んでおきながら、三回に一回の割合で欠席していたぞ。模試の当日になると、決まって腹が痛くなるんだ。これは遺伝的な体質だ。すべてオヤジが悪いんだ」
 一通り話し終えると、舟の中の四人は通夜のように静まりかえった。ときおり肩をたたき合ったり、うなずき合ったりしている。
 やがて、そうだな、それしかないな、という声が聞こえたと思ったら、鎌男がまた片膝を立てたポーズをとった。
「確かにお前らは頭がいいかもしれん。だが、お前らにもこんな芸当はできねえだろう」鎌男と寝そべり男が櫓男たちと同じく舟の後方を向いて座った。四人とも、舟の進行方向に対して後ろ向きに座ったわけだ。
「いいか。進行方向など見ていなくても、舟は操れるんだよ。川の地形や岩の位置を完璧に覚えているからできる技だ。お前らには、百年経っても無理な神業だ」
 ゴー、の合図とともに、舟が動き始めた。鎌男が後方を向いたまま、右、もう少し左、と指示を出し、櫓男二人がそれに合わせて櫓を操っている。確かに神業だ。
「見たか! これが現役高校生の実力よ。よおく目に焼き増しておけ!」
「焼き付けておけ、と言いたかったのかな?」と僕。
「ああ、そうらしいな。どうでもいいけど」と信良。
 突然、高校生たちの操る舟が重々しい音とともに傾いた。岩に乗り上げたらしい。舟は勢いのあった分、大きく傾き、とうとうひっくり返ってしまった。
 水面に投げ出された高校生たちが叫んだ。
「完璧に地形を覚えていたんじゃなかったのかよ!」
「岩の位置まで把握しているって言ってたくせに!」
「二日前には、あんなところに岩なんてなかったんだ。本当だぞ」
 高校生たちが投げ出されたのは、ちょうど足のとどかないくらいに深い場所だったので、高校生たちは岸辺に向かって泳いでいた。
 鎌男は、俺は泳げないんだあ、と叫びながら、真横にいる男にしがみついていたけれど、その男が、舟に縛り付けていたダイヴ者だと知って「おひょう」と叫び、溺れかけていた。
「櫓男、話せるみたいだね」と僕が言うと、信良も「うん、爆笑するだけじゃなく話せたみたいだな」と、どうでもよさそうに言った。
「あれ、菊江おばあちゃんの抱いていた岩だよお」花江がうれしそうに手を叩いた。「菊江おばあちゃん、このことを予測していて、岩を動かしてくれたんだあ。おばあちゃん、ありがとお!」
 僕は、ほんとかな、と思わないでもなかったけれど、花江の言うことだ、とりあえず信じておこうか、と思った。
 そんなわけで、今日も無事にアルバイトができそうだ。
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