ダイヴのある風景

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第二章

第二章 ⑧

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「星、本当にきれいね」冴子の声が僕を現実に引き戻した。そうだ。星を見ていたのだった。
「ああ。もう真っ暗だからね。星々の独壇場だ」そう言いながら、手が温かいな、と下を見る。いつの間にか、冴子と手をつないでいた。
 広場の真ん中のテーブルでは、花江が信良にもたれかかって、うっとりとしていた。信良が花江の頭をそっとなでている。
「ねえ、冴子。僕はまだ、童貞ということでいいのかな」星空を見ながら尋ねる。
 冴子が僕の顔を見た。ちょっと驚いたような様子だ。でも、すぐにふふ、と笑う。「あたしはバージンのままだわ。つまり、そういうことよ」
「そうか、そう考えるとわかりやすかったね」僕は妙に感心してしまった。
「でも、すぐにそうでなくなる可能性だってあるわ。前に言ったでしょ。あなた次第だって」
「冴子は星の名前、知ってるのかい? 僕は」
「もう黙って」冴子がため息をつく。「星のきれいな夜は、星の説明をするためにあるんじゃないのよ」
 冴子は身体をひねって僕に向き直った。そのまま顔を上げて目を閉じた。
 僕はもう一度、空を見上げた。本当に星がきれいな夜だ。
 たしかにこんな夜は、言葉はいらないのかもしれない。上手い言葉を持っていない男たちのために、星からムードのプレゼント。そう思えばいいと思う。
 僕は冴子を見た。星が誘惑したんだよな、言葉を持っていない僕を。
 僕は冴子と唇を合わせた。

 最初、なんの音かわからなかった。小さな音だったから、蝉の羽音のようにも聞こえたのだけれど、この時期に蝉がいるはずもなく、どうせ知らない昆虫か鳥の鳴き声だろうと、深く考えないでいた。
 時間が経つにつれて、その音はどんどん大きくなっていき、やがてはっきりと聞き取れるようになった。
 オートバイの音だ。
 信良と花江、僕と冴子。くっつき合っていた男女は、弾けるように離れた。
 なんで、バイクの音なんか。僕は信良と目が合った。彼も緊張した顔でうなずいた。
 とりあえず、もう少し様子を見てみようと全員に声をかけてから、音に集中する。耳が拾うバイクの音がブレてきた。一台じゃない。複数台いるはずだ。
 冴子が僕の手を強く握った。僕は握りかえして、だいじょうぶだと意思表示する。
 花江も、なんか怖いよお、と信良にしがみついている。
「なんか、ヤバそうだな。祥一、とりあえず隠れたほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。こんな場所でこんな時間にバイク音だからね。いやな予感がする」そう言いながら、僕は立った。冴子も続いて立つ。
「俺がさっき入った茂みの中がいいよ。あそこなら、ここからは見えないけど、茂みからは、ここの様子がよくわかるから」信良は、言うがはやいか、花江の手を引いて、茂みの中に入っていった。僕と冴子も続く。
 僕たちは茂みの中に隠れて、じっと星空の鑑賞にうってつけだった広場の様子をうかがっていた。
 バイク音は、どんどん大きくなり、爆音に近くなった。短い空ぶかし音がし始めたかと思うと、広場に三台のバイクが登場した。全部、真っ黒なボディだ。
 バイクは縦一列に並んで、広場の真ん中で止まった。三人の運転手は、空ぶかしをしながら廃屋を見つめていたが、そのうちエンジンを切りバイクを下りた。バイクのライトが消灯したため、辺りは一気に暗くなる。また、星明かりだけの夜が戻った。と思いきや、後方の二人がランタンを取り出して点灯したので、その周囲だけ夜が逃げた。
 全員、サングラスをかけているので、顔はわからない。
 サングラスの他にも、三人は共通している点がいくつかあった。みんな少し長めの髪を、ジェルかなんかでオールバックに固めている。真っ黒い革製のジャンパーとパンツ、それにブーツを身に着けているところも同じだ。
 一番先頭の男は、三人の中で最も背が高かった。高い上に、真っ黒な髪をオールバックに盛り上げているので、実寸以上に高く見える。後ろに二人を従えているところからすると、このグループのリーダーだろう。
 そう言えば、この男のバイクだけ、他の二人のバイクと異なっている点があった。
 ひとつは、バックミラーを取っ払っていることだ。とは言っても、先の鏡の部分だけ取り除いていて、シャフトの部分は左右とも残している。まるで角みたいだ。
 このシャフトに、戦利品でも刺して走るのだろうか。動物とか。
 人食い人種が、殺した人間の頭蓋骨をぶら下げて走っているのを映画で観たことがあるけれど、その現代ヴァージョンみたいだ。
 また、真っ黒なタンクには大きなドクロの絵が描かれてあった。目からは炎が吹き出し、見ている者を焼き殺さんばかりの迫力だ。
 もうひとつ、他の二人と比べて、タイヤがもの凄く薄かった。車のシャコタンというのは見たことがあるけれど、バイクにもあるとは知らなかった。でも、車もそうだけれど、乗り心地なんて最悪だろうに。
 先頭の男は、すでに真っ暗になってしまった広場を見回していたけれど、ふん、と鼻を鳴らして廃屋に向き直った。入り口辺りをじっと見ながら、煙草を取り出して火を点けた。
「入るぞ」後ろの二人に声をかけ、廃屋に向かって歩き始めた。後方の二人も、無言でついていく。
 リーダーの男が廃屋の階段に足を乗せようとしたとき、手下のうちの髪に金のメッシュを入れているほうが、ん? と階段のわきの暗がりを見つめた。「おい、なにか落ちてるぞ」
「なんだって?」髪に銀メッシュを入れている男が、どこだよ、と言いながら、金メッシュの見ているところを探った。「なんだこれは。パンツじゃねえか。なんでパンツがこんなところに落ちているんだ。ふざけるなよ、金」
「なんで俺がふざけなくちゃなんねえ」金と呼ばれた男が歯を剥いた。「だいたいよ、俺はブリーフ派なんだ。ボクサーパンツには興味はねえ」
「おう、そうだったな。それに、このパンツにはイカの絵が描かれてある。こんな趣味の悪いパンツを穿くやつは、俺のダチにはいねえ」
 しまった、と僕の隣りで信良がささやいた。「俺のだ。慌てていたから穿き忘れちまった」
 海老の次はイカか。イカすね、まったく。僕は首を振った。
「信じらんない大バカ者ね、あんたは」冴子がため息をつく。「穿いたかどうかなんて、ズボンを穿いた後でもわかるでしょ。違和感、ないの?」
「それが、まったく。この軍用パンツがゴツすぎて、そんな感覚、麻痺しちまってらあ。どうだ、この軍用パンツ。すげえだろ。軍の放出品だぜ」
 冴子が、やってらんないわ、と天を仰いだ。
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