ダイヴのある風景

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第三章

第三章 ②

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 まず、キャップ男。
 名前はジャックという。個人で宅配業を営んでいるらしい。言葉遣いは荒くはないけれど、よくしゃべる。でも、言葉の中に妙な迫力があり、なんか油断できないって感じの男だ。
 懸賞ハガキの応募が趣味らしく、毎日郵便局に出しに行くのが楽しみだそうだ。彼に言わせると、ポスト投函なんてのは怠慢な人間のやることらしい。本気で懸賞に当たりたいのなら、絶対に郵便局の窓口に直接出すのが正しい選択らしい。窓口の係の目を力を込めて見ながら、お願いします、って言うと、当たりやすいとのこと。なんだそりゃ。まあ、懸賞なんてまったく興味のない僕には、どうでもいい話だけれど。
 ジャックは左手の小指の第一関節から先がない。ちょっと危ない人なのかと思って見ていたら、そんな視線に気づいた彼が説明してくれた。昔、事故で失ったものなのだと。決してその筋の人間じゃないよって笑っていた。
 その左手にリストバンドをはめている。年から年中、これだけは肌身離さずつけているらしい。なにか思い出の品なのか、って信良が聞いたのだけれど、別にそういうわけじゃないらしい。ただ単に気に入っているだけとのこと。
 でも、冴子に言わせれば、あれはリストバンドじゃないわよ、女性が髪を留めるのに使うシュシュよ、ってことだ。別に個人が気に入っているのなら、なんでもいいとは思うけれど。
 気に入っているといえば、彼が被っているキャップもそうみたいだ。キャップは好きでけっこう持っているらしく、特にこのキャメル色のキャップがお気に入りだそう。だから、遠方に出かけるときには、このキャメル色のキャップをお供にするのがお決まりらしい。
 次に、包帯男。
 名前はゾンビという。本名じゃないとは思うんだけれど、他のみんなからそう呼ばれているので、それが定着したらしい。ちょっとひどい名前だなあって思うけれど、彼の足がもげたり、さっきは腕を外して包帯を巻き直していたりなんかして、やっぱり僕もゾンビという名前が彼にはふさわしいんじゃないかと思い始めた。ごめんね、ゾンビさん。
 おっと、今、こうして説明している間にも、彼は頭をくるくる回している。花江がなにをしているんですかあ、なんて間抜けな質問をしているんだけれど、ちょっと首のメンテナンスをね、これをときどきやらないと首と胴体の接続が悪くなるんだ、なんて言っている。やっぱりゾンビしかないな、彼の名前は。
 職業は、マジシャンとのこと。小さな公民館なんかを回って、お年寄りに手品を披露して楽しんでもらうのが生き甲斐らしい。
 包帯の隙間や外した足や腕から、品物を出現させるのが十八番。鳩やカエルなんかの一般的なものも出すけれど、とびきり価値のある古いお札やコイン、そしてなぜか古い印鑑なども出してくるらしい。そんなもの、どこで仕入れてくるのかが謎で、誰が聞いても教えてくれないらしい。
 ジャックが顔をしかめながら教えてくれたんだけれど、品物を出す際に、包帯の隙間から腐臭がするとのこと。それが、息が止まるほど臭いので、マジックを前列で見ていた客の中には気絶する者もいるそうだ。
 他の特徴としては、顔に巻いてある包帯の間から、シューシューとガス漏れのような呼吸音を出すこと。まあ、匂いに関してはガス臭より腐敗臭といったほうが近いかも。
 しゃべり方はとてもゆっくりで、ときどき首を傾げてしばし考えるクセがある。断続的に思考が停止しているように見えるのは、僕だけかもしれない。
 でも、ジャックが、ゾンビめ、また脳機能が停止したな、なんて言いながらゾンビの頭を叩いているのを見てしまったので、僕の想像も、あながち間違いじゃないかもしれない。
 そのジャックに聞いた話によると、もげた手足や指をいろいろな場所に忘れてしまうので、みんなによく怒られるそうだ。
 その他、ささやかな楽しみにしているのが、ペンフレンドへ手紙を出すことだ。郵便局でペンを借りて宛名を書くらしいんだけど、小一時間かかるらしい。ペンを持つ指がすぐにとれてしまうので、なかなか大変なんだと本人は言っていた。なので、ジャックが郵便局で出会ったときは、ゾンビを手伝ってやるとのこと。それでも手紙を一通書くのに数日かかるので、毎日郵便局に通っているらしい。
 手紙には、差出人つまり自分の住所と名前は、一切書いてないらしい。ジャック曰く、あの調子じゃも中身も書いてないんじゃないか、まあ本人に確認したわけじゃないがね、とのこと。なにはともあれ、あんな身体じゃ手紙ひとつ書くのも大変そうだ。
 今度は、杖のおばあさんだ。
 名前はお絹。とっても小柄だけれど、歳を感じさせないくらいに元気だ。そうそう、年齢は八十二歳ってことだけれど、ジャックは、お絹ばあさんも一応、女だからな、年齢はさばを読んでるかも知れないぜ、なんて言っていた。でも、僕くらいの年齢の人間から見れば、七十歳も八十歳も九十歳も、たいした違いはないように思えるんだけど。
 そうつぶやいていたら、それを聞いた冴子が、あなたそんなことを本人の前で言ってごらんなさい、殺されるわよ、なんて思い切り脅かしてくれた。こういう問題については、僕はよくわからないので、極力触れないのが正解だろう。
 職業は金融業。個人相手にお金を貸している小さな会社の社長らしい。取り立てはけっこう厳しく、鬼のお絹と呼ばれている。もっとも、箔を付けるために、本人自らそのニックネームを広めたとの噂もあるようだ。
 さっき信良が杖で叩かれたことからもわかるように、誰彼かまわず叱りまくるらしい。杖は、昔は木製だったそうだけれど、あまりにも人を叩きすぎて折れてしまったので、今はアルミのものを愛用しているそうだ。これなら折れにくいし、第一軽いので、振り回しやすいのだろう。
 杖のグリップ部分に「はやぶさ君」という人形がついている。これは、お絹さんの取引先である大手宅配会社のマスコット人形で、知り合いからもらったものらしい。宅配業を営んでいるジャックが、自分のところと契約しないかと常にアプローチしているのだけれど、小さいところはいやだと、首を縦に振らないらしい。けっこう頑固なおばあさんらしい。
 お絹さんに借金をしている債務者の家に押しかけて、お年玉付き年賀ハガキやお年玉付きかもめーる、その他、書き損じたハガキなどを強引にもらってくるのが楽しみらしい。それらを根こそぎ回収してきて、郵便局で換金するらしい。
 お年玉付きハガキのときなど、手持ちの番号が当選番号と少し違っていただけで郵便局員に食ってかかるそうだ。
  結論を言えば、あまり関わりたくないタイプかもしれない。
 さて、お次は例のお水の女だ。
 二十六歳、バリバリ水商売の女性で、セクシー服に厚化粧というのが、彼女の特徴だ。
 名前はリリィ。煙草の煙で身の回りの空気をを真っ白にするのが趣味、というわけではないけれど、超がつくヘビースモーカーだ。
 リリィは、笑ったときでも目の表情が変わらない。口元だけ歪ませて笑い、目はそのままだ。なぜだろう。
 思うのだけれど、人間、笑ったときには隙ができるはず。その隙って、無防備な状態でもある。リリィはみんなに混じって笑いながらも相手の心の隙間に潜り込んで、裸の心を観察しているんじゃないだろうか。
 リリィの目の表情が変わらない理由について、僕の考えをそれとなくジャックに言ってみたんだけれど、彼はしばらく考えた後、なんとも言えないねえ、と首を振った。
 でも、僕の考えは面白いかもしれないと言っていた。なぜなら、彼女は人を本当には信用しないから、ということだった。
 ジャックはちょっと悲しそうな顔をして、こうも言った。どういう理由かはわからないけれど、リリィはいつも猜疑心に満ちた心で生きているのさ、だから彼女はとてもつらいと思う、かわいそうな女だ、と。
 そして、今度はウインクしながら、もう一つ付け加えた。そんなリリィに俺は惚れているのさ、と。お前と俺の仲だから告白したんだ、内緒だぞ、と。
 お前と俺の仲だからって。そんな仲、作った覚えはないんだけれど、僕はあえて言わなかった。
 その代わりに、もう一つだけ質問した。「内緒って、じゃあ、他のみんなはそのことを知らないんですか?」って。
 ジャックは大きな声で笑いながら、こう言った。たぶん知ってるだろうね、と。
 この男が一番信用できないんじゃないか、とリリィは思っているんじゃないだろうか。たぶんそうだ。そう思ってほしいと思う。
 リリィの特徴に戻る。これもジャックの言ったことだけれど、ケバい化粧を落とせば、かなりかわいいんじゃないか、って話だ。それも、お嬢様タイプ。
 化粧なんか邪魔だよ、君は素顔のままでとってもかわいいんだから、とジャックが言ったら、余計なお世話よ、と頬を張られたらしい。
 あと、変わっていることがもう一つ。リリィはいつも象牙のペンダントトップが付いたネックレスをしているのだけれど、どうやらそれは母の形見らしく、とても大事にしているらしい。そこまではいいんだけれど、他人がそれに触ろうとすれば、烈火のごとく怒り出すらしい。その形相の変化に、さすがのジャックも固まってしまったそうだ。
 まあ、そんなこんなも含めて、ジャックのお気に入りの女性がリリィってことだ。
 リリィは、昼過ぎにふらりと郵便局にやってきて、夕刻の仕事時間になるまで過ごすことが多い。本人曰く、エアコンのある快適な生活ができるかららしい。
 だから、郵便局に来る前は簡単な化粧だけでやってきて、帰る直前に本格的な化粧を施して出勤できるように、化粧道具一式を持ってくる。リリィが帰った後の郵便局は、化粧と香水の香りがプンプン漂っているそうだ。郵便局で過ごしている間は、雑誌や本を読んでいるのだけれど、それにも飽きたら、郵便局のパンフレット類を片っ端から読んでいるらしい。そのせいで、施策商品の説明なんかは丸暗記しているとのこと。本当に、変わった人だと思う。
 最後に、男の子の紹介を。
 名前はケンイチ。八歳。いつもラジコンカーを持ち歩いていて、ところかまわず走らせて遊ぶそうだ。ラジコンカーは「ファイアー号」と名付けていて、消防車だ。
 ケンイチは記念切手を集めるのが趣味で、それを求めて郵便局にやってくる。もちろん、毎回毎回、購入するわけではなく、というか、購入することのほうがまれで、どんな切手があるのかを見て楽しむことがほとんどだ。
 ケンイチは郵便局で、よくラジコンカーを走らせて遊ぶ。お客さんの足下や、テーブルや椅子の脚を縫うようにして、見事にファイアー号を操っている。操作を誤ってぶつけることはないらしい。
 ところが、ゾンビが来局しているときは話が違う。ケンイチは必ずゾンビの足めがけてファイアー号を走らせ、ヒットさせるのだ。どんな片隅にゾンビが逃げようとも、執拗に追いかけて目標を攻撃するらしい。
 ゾンビの足にファイアー号が当たれば、ゾンビの足は必ずもぎとられる。足を元通りにくっつけるのに時間がかかるので、ゾンビはとても迷惑がっているが、ケンイチのことを怒ったりはしないらしい。ゾンビの性格をよく表していると思う。
 ケンイチは、ゾンビの足をもぎとったことで謝ったりしない。いや、正確には謝れないのだ。彼は言葉がしゃべれないから。
 数年前、ケンイチは養親から虐待され、それ以来、声が出なくなってしまった。だから、郵便局では、リリィがケンイチの代弁をしてあげている。リリィは読唇術ができるから。
 郵便局にゾンビがいる間、リリィの「いけ、ファイアー号」という声、次に、ファイアー号が足にぶつかる音、そして、「ごめん、ゾンビのおじさん」というリリィの声。これらがセットで聞かれることが多い。来局しているお客さんの中には、そのことをよく知っていて、それら一連の出来事を楽しんでから帰る人もいるらしい。ある意味、郵便局の名物のようなものになっているようだ。
 虐待以来、児童相談所の計らいで、ケンイチは現在養親の元を離れて、ある診療所に世話になっているようだ。ケンイチはもともと養子で、自分もそのことを理解しているから、養親の元を離れて見知らぬところで暮らすことにほとんど抵抗がなかったらしい。
 生活に平和が戻ってきたので気持ちに余裕ができたのだろう、現在は毎日、郵便局へ遊びに来ることが彼の楽しみになっている。
 ケンイチは、ゾンビが来局すると目を輝かせる。逆にゾンビはやれやれというような顔をする。もっとも、包帯の下にある表情をある程度推測しての話だけれど。そんなわけで、ケンイチはゾンビが大好きらしい。
 簡潔と言いながら、少しばかり詳しい紹介になってしまったけれど、でもこれで第一グループのメンバーのことが、ある程度は理解できたと思う。
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