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第四章
第四章 ①
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殺風景な山のふもとに性格の悪そうな岩がたくさんあり、バスはその岩を縫うようにして走った。当然、最悪の乗り心地だ。
ケンイチは真っ青な顔をして喉を鳴らしている。ときおり、リリィが背中をさすってやって、吐きそうなら言いなよ、と声をかけていた。
「間もなく、記憶の墓場に到着するぞ」局長は前方を見ながら言った。「用意はいいかな」
「記憶の墓場?」ジャックが不審そうな目で、バスの一番前に座っている局長に尋ねた。「なんのことだい、それは」
「まあ、簡単に言うとだな、人の記憶の失われた一部分が眠っている場所だよ。特別記憶喪失者の記憶がね」
「要するにこういうことかい? 俺たちみたいな記憶喪失者の失った記憶は、すべてここに納められているってわけかい?」
「ちょっと違うな。さっき、特別記憶喪失者って言っただろう? 記憶のない人間のすべてが該当するわけではないのだよ。『特別』の定義に関しては、後ほど、ここの管理人から説明があろう」
「なぜ、あたしたちの記憶がここにあるのよ。そもそもどうやって、なんの目的で」リリィがそこまで言ったとき、前方になにかが見えてきた。
局長がリリィの話を止めた。「聞きたいことは山ほどあろうが、とりあえず墓場に入ろう。その後で、詳しい説明をする予定だ」
前方に見えてきたのは、大きな鳥居のようなゲートだった。局長の指示で、バスはその直前で止められた。ゲートの上になにかがいるのが見える。
「おい、ありゃあ猿だ」ジャックがゲートの上を指さしながら言う。
ほんとだ。猿だ。シンバルを持った猿が、ゲートの上でバスを見下ろしている。
猿がシャアアアン、とシンバルを鳴らした。そして、歯を剥き出しにして笑った。「キキキッ」
「久しぶりだなあ、モン」誰の声かと思えば、笑顔のウエキが猿を見上げて、手に相当する枝を振っていた。「お前、ぜんぜん変わってないなあ」
局長が窓から顔を出してモンと呼ばれる猿を見上げた。「おう、ウエキの言う通り、モンは変わらないなあ。元気だったか? 寝小便のクセは治ったか?」
モンがゲートの上から小便を局長めがけて放った。
局長が慌てて引っ込む。「おい、ウエキ。モンとの話はお前に任せるよ」
「がってん承知」ウエキが枝で胸を叩いた。「おい、モン。ちょっとやせたようだな。しっかり食っているのかあ」
「キキッ」
「そうか。朝はパン食で、昼は中華、夜は和食で決まりってか。美味そうだな」ウエキが枝をばさばさ揺らした。「ところで、管理人の痔は、快方に向かってんのかい?」
「キキッ」
「そうかそうか。先月まではイボ痔だったのだけど、今月に入ってからは切れ痔が続いているのか。便秘が続くので、産みの苦しみを味わいながら踏ん張っているんだな。そうかそうかそうか」
「キキッとしか言っていないじゃないか!」お絹さんがバスの窓に張り付いて上を見る。「なぜそんな長い返答になるのじゃ」
ウエキはお絹さんの文句を無視して続ける。「昨日、テレビを観たかい? 八時からの『みんなで料理すれば怖くない』ってやつ。いくらなんでもあれはないよなあ。まさか毒蜘蛛の脳みそを」
「いつまで話しているのだ!」局長が窓から手を伸ばしてウエキをひっつかみ、バスの中に入れた。「バスが進まんではないか。さあ、行くぞ」
ゲートを抜けて走り出したバスは、やがて真っ白な建物の前で止まった。
「さあ、着いたぞ。下りてくれ」
局長の言葉に乗客は、ここはどこなんだ、と探るように見回しながらバスを下りた。
ケンイチは真っ青な顔をして喉を鳴らしている。ときおり、リリィが背中をさすってやって、吐きそうなら言いなよ、と声をかけていた。
「間もなく、記憶の墓場に到着するぞ」局長は前方を見ながら言った。「用意はいいかな」
「記憶の墓場?」ジャックが不審そうな目で、バスの一番前に座っている局長に尋ねた。「なんのことだい、それは」
「まあ、簡単に言うとだな、人の記憶の失われた一部分が眠っている場所だよ。特別記憶喪失者の記憶がね」
「要するにこういうことかい? 俺たちみたいな記憶喪失者の失った記憶は、すべてここに納められているってわけかい?」
「ちょっと違うな。さっき、特別記憶喪失者って言っただろう? 記憶のない人間のすべてが該当するわけではないのだよ。『特別』の定義に関しては、後ほど、ここの管理人から説明があろう」
「なぜ、あたしたちの記憶がここにあるのよ。そもそもどうやって、なんの目的で」リリィがそこまで言ったとき、前方になにかが見えてきた。
局長がリリィの話を止めた。「聞きたいことは山ほどあろうが、とりあえず墓場に入ろう。その後で、詳しい説明をする予定だ」
前方に見えてきたのは、大きな鳥居のようなゲートだった。局長の指示で、バスはその直前で止められた。ゲートの上になにかがいるのが見える。
「おい、ありゃあ猿だ」ジャックがゲートの上を指さしながら言う。
ほんとだ。猿だ。シンバルを持った猿が、ゲートの上でバスを見下ろしている。
猿がシャアアアン、とシンバルを鳴らした。そして、歯を剥き出しにして笑った。「キキキッ」
「久しぶりだなあ、モン」誰の声かと思えば、笑顔のウエキが猿を見上げて、手に相当する枝を振っていた。「お前、ぜんぜん変わってないなあ」
局長が窓から顔を出してモンと呼ばれる猿を見上げた。「おう、ウエキの言う通り、モンは変わらないなあ。元気だったか? 寝小便のクセは治ったか?」
モンがゲートの上から小便を局長めがけて放った。
局長が慌てて引っ込む。「おい、ウエキ。モンとの話はお前に任せるよ」
「がってん承知」ウエキが枝で胸を叩いた。「おい、モン。ちょっとやせたようだな。しっかり食っているのかあ」
「キキッ」
「そうか。朝はパン食で、昼は中華、夜は和食で決まりってか。美味そうだな」ウエキが枝をばさばさ揺らした。「ところで、管理人の痔は、快方に向かってんのかい?」
「キキッ」
「そうかそうか。先月まではイボ痔だったのだけど、今月に入ってからは切れ痔が続いているのか。便秘が続くので、産みの苦しみを味わいながら踏ん張っているんだな。そうかそうかそうか」
「キキッとしか言っていないじゃないか!」お絹さんがバスの窓に張り付いて上を見る。「なぜそんな長い返答になるのじゃ」
ウエキはお絹さんの文句を無視して続ける。「昨日、テレビを観たかい? 八時からの『みんなで料理すれば怖くない』ってやつ。いくらなんでもあれはないよなあ。まさか毒蜘蛛の脳みそを」
「いつまで話しているのだ!」局長が窓から手を伸ばしてウエキをひっつかみ、バスの中に入れた。「バスが進まんではないか。さあ、行くぞ」
ゲートを抜けて走り出したバスは、やがて真っ白な建物の前で止まった。
「さあ、着いたぞ。下りてくれ」
局長の言葉に乗客は、ここはどこなんだ、と探るように見回しながらバスを下りた。
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