LYCAN

ナカハラ

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Chapter1

14

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「本当に頑固な奴だなぁ……ったく」
 どこまでも不器用な同居人は、一つ気になる事があると他の事が目に入らなくなるようで。グレイヴがどんなにお願いをしようが、気持ちを切り替えるきっかけを作ってやらないと次の事を見てくれようとしない。
「ルカくーん……早く食べないと……」
 仕方がない。溜息を吐いたグレイヴは一度顔を伏せゆっくりと息を吸い込むと、口角を吊り上げ意地悪の悪い笑みを浮かべる。
「そんな風に意地を張るんなら、これは俺が全部喰っちまうぞ!」
 素早く伸ばした手は目の前の皿へ。そこにあった肉を一切れ掴み取りと、ルカの目の前でぱくりと食べてやる。
「っっ!?」
 一瞬、何が起こったのか分からないような素振りを見せる同居人は、直ぐに自分の皿から食べ物を取られた事に気が付き席に戻る。急いで皿の中身を確認してみても、先程まで確かにあった肉切れが、今はどこにも見あたらない。慌ててスプーンを手に取り食事を再開させるのだが、無くなった食べ物は当然戻って来やしない。それに悔しさを感じたのだろうか。段々とルカの目が涙で潤み始める。
「ルカがさっさと食べないから無くなっちまったんだぞー」
 それを横目で見ながら、グレイヴは涼しい顔で冷めたコーヒーに口を付ける。
「……うー……」
 次々と姿を消していく皿の上の食べ物。綺麗さっぱり無くっても、悔しいという気持ちは拭いされない。それを悔しがるようにルカはスプーンを音を立てて噛みながらグレイヴを睨む。
「ルカが悪い!」
「っ!」
 上目遣いで睨またところで、何も恐いとは感じない。軽くデコピンをしてやれば、ルカは驚いて皿の上にスプーンを落とし、弾かれたおでこを何度もさすった。
「腹は膨れたな? それじゃあ皿を片付けるぞ」
 席を立ち、散らかった食べ物を拾いながら食器を片付ける。食べ方が雑でどうしてもこうなってしまうのだが、最初の頃に比べれば大分改善したほうだ。これは中々の進歩と言えるだろう。
「良い子だ」
 上達したことに対しては素直に褒めてあげるべき。そうやって頭をなでてやると、ルカは褒められた事が余程嬉しいのか、得意げに笑ってみせる。成人男性である彼が無邪気に笑う事に違和感を感じない訳では無いが、反応が素直なところは結構嫌いではない。だからこそ、グレイヴもつられて柔らかな笑みを浮かべそれに応えた。
 水切り籠の中で立てかけられた一人分の食器。
 ルカが来てから、この家の中は随分と温かくなった。室温的にというよりも、雰囲気的にという意味でだ。
「さて……」
 満腹感を得てしまった同居人は、もう既に寛ぎ始めている。
「夕飯はどうするかなぁ……」
 一人だとデリバリーやインスタントで済ませていた食事だが、最近では結構自炊もするようになった。それは主に共に暮らす相方のために行っている意味合いが大きかったのだが、有る意味良い傾向と言えるだろう。
「……とは言え、コイツさっき食っちまったんだよな」
 本来ならば、帰宅し作る夕飯は二人分。それを共に卓を囲み一緒に食べる。これがグレイヴの想定しているプランだ。しかし、今現在の流れがどうなのかと言うと、グレイヴの帰宅時間がルカの昼食時間となってしまっているため、彼の夕飯は大分後ろにずれ込んでいる状態。
「頼むから、一人で昼飯くらいは食ってくれねぇかなぁ……。じゃねぇと、俺の身が持たねぇ……」
 正直、腹は食い物を寄越せと催促を繰り返している。それでも、自分の食事の前にあるちょっとした格闘のせいで、個別に一人分の食事を作るのが面倒臭い。なのでルカの小腹が空くまで必然的にグレイヴは我慢を強いられる事になってしまうのだ。
「今度から、コイツが昼飯食うのと一緒に、俺も夕飯食っちまおうかなぁ」
 しかし、それをするとなると、今度は夜も更けた頃に腹が減ったと騒ぎ出すだろう。それはそれで質が悪い。
「現在の課題はこれだな……」
 はぁ。本日何度目なのか分からない溜息を吐いた時だった。
「クシュン!!」
 ルカの居る方から、盛大なくしゃみと共に奇妙な音が聞こえてくる。
「ん?」
「うー……」
 一体何事かと視線を向ければ、飛び散ったミルクにまみれて、ルカが情けない表情を浮かべながら呻っていた。
「…………お前なぁ」
 どうやらまたやってしまったらしい。
 これは、ルカがよくやらかす失敗の一つだ。カップを使って飲み物を飲めるようにはなったが、ルカはよく、そのカップを使って遊ぶことがある。中にミルクを残したまま、机の上に顎を乗せた状態で、カップの縁を囓り徐々に傾けていくのだ。そうして少しずつ流れてきたそれを、器用に舌で舐め取っていく。普通のに手でカップを持ち、口に運び傾けるのではなく、カップを手で固定して口を動かし液体を舐めると言うことなのだが、そういう時に鼻にむず痒さを感じると、当然くしゃみが出てこの様な悲惨な結果になってしまうと言うわけだ。
「いつになったらこの癖が直るんだか」
 やれやれと首を振りながらタオルを取ってくると、机の上で横になったカップを立てて零れてしまったミルクを拭き取ってやる。汚れてしまったルカ本体は、はこの後強制的に風呂に突っ込む事が確定。嫌がられても問答無用、無理にでもそこに押し込むつもりである。
「ルカー」
「?」
「分かってるよなぁ?」
「!?」
 そう言ってにっこりと微笑んでやれば、身の危険を感じたのだろう。ルカが素早く立ち上がり一目散に逃げ出そうと動いた。直ぐさま逃がさないとグレイヴは手を伸ばし、後ろから彼の身体を捕まえ抱きかかえてしまう。
「うっ……重い……」
 両腕にかかる負担は、成人男性一人分。背丈も自分とそれほど大差がないのだから、当然体重はそれなりに重たい。だが、此処で拘束を解いてしまえば、ミルク臭いまま色んな所へ逃げ込んでしまうだろう。そうなると掃除をするのが非常に面倒臭いのは分かりきっている。
「ほら! 大人しくしろって!」
 暴れるルカを引き摺るようにして向かうバスルーム。何とか逃れようと手足をばたつかせる彼の意志を無視し強制連行すると、扉を開けそのままそのの身体を押し込んだ。
「全く……」
 脱衣場で服を脱がせたいのだが、そうすると裸のまま逃走を謀るろうとするのでそれも叶わず。毎度のパターンながら頭が痛くなってくる。
「ガルルルル……」
 文句を言えない代わりの威嚇音。まるで、風呂嫌いの大型犬のようで、思わず吹き出しそうになった。
「はいはい。言い訳は聞かねぇぞ」
 笑い出したくなるのを堪えシャワーノズルを掴むと、グレイヴはルカの方へとそれを向け蛇口を捻った。勢いよく吹き出す水は真っ直ぐにルカに向かって吹き出す。それに驚いたルカは跳び上がり暴れ始める。
「お前が悪いんだって言っただろ? ほーら、大人しくしろ」
 一度シャワーの向きをルカから放すと、冷たかった水が適温の湯に変わるまで待つ。ずぶ濡れになってしまったルカはと言うと、しょぼくれて小さくなり、非難するようにグレイヴを睨みつけた。
「お前がもう少し上手くミルクを飲んでくれりゃあ、こんな事にはなんないでしょーが」
 漸く温かくなってきたシャワーを再びルカに向けると、またしてもルカが火が付いたように暴れ出す。本当に風呂が苦手らしい。これには毎回驚いてしまうが、いつになったらこの状況に慣れてくれるのだろう。
「おいおい。大げさだろう? その反応は」
 シャワーヘッドをフックに戻してから、濡れた服を脱がせるべく、ルカの腕を掴み引き寄せる。慣れた手つきで身につけていた服を脱がしバスタブに押し込むと、グレイヴも自分が着ている衣服を脱いで脱衣場へと放り投げた。その一瞬の隙を狙いルカがバスルームから逃走を謀ろうとするが、グレイヴの方が一枚上手。直ぐさま扉を閉め鍵を掛け、ルカの腕を掴み再びバスタブへと逆戻り。
「うー」
「まだ身体洗い終わってないだろう? だーめ」
 ルカの気持ちが落ち着いたところで、身体を洗うために彼をバスタブから出し、自分の足の間に座らせる。男と裸で密着するのは正直ゴメン被りたい。だがこうでもしなければ手が付けられないため、此処は自分が我慢すべき所なのだろう。
「風呂はまだ嫌いなのか?」
「うー……」
 ルカの身体を湯で湿らせ、シャンプーのポンプを押し出した洗髪料。それを手で揉んで軽く泡立てる。
「さっぱり出来た方が気持ちいいだろうに……」
 膝の間で縮こまるルカの頭をマッサージするように洗髪料を馴染ませ汚れを落としていく行為。その間、ルカは脅えるようにずっと目を閉じ震えていた。
「何もしないって言ってんのに、まったく……」
 これじゃあ本当に、風呂嫌いの子供というよりも犬や猫を相手にしているみたいだ。そんなことを考えながら、丁寧に髪の毛を洗い頭から湯を掛けてやれば、ルカは驚いて再び暴れ出そうと藻掻いた。
「こらこら! まだ泡が落ちてねぇって!」
 慌てて腕を掴み足の間に閉じ込めると、シャワーをあて急いで泡を洗い流す。一日の内に何度か有る格闘。その中で、一番疲れるのがこのバスタイムである。
「それじゃあトリートメントを馴染ませた後で、次は身体な」
 トリートメントの入ったポンプを押し手の平に適量を出すと、軽く伸ばして髪の毛に絡ませていく。こんな事、自分一人のときは気にして等居なかった。何となく習慣づいてしまったこれは、やめようと思えばいつでもできるのに、何故か毎日繰り返してしまう。髪全体にトリートメントが馴染んだことを確認すると、今度はボディタオルを手に取り、その上にボディソープを垂らす。少し多めに出した液体を軽く紋でタオルに馴染ませると、少しずつ泡が大きくなりあっと言う間にタオルが白い泡で包まれた。
「うー、うー」
「嫌がるなって。大人しくしてればいつも直ぐ終わるだろ?」
 この期に及んでも尚、必死になって逃げようとする態度はある意味素晴らしい。しかし、それは許さない、と。藻掻くルカの腕を掴むと、掴んだところからボディタオルを使い軽く洗っていく。この頃になると観念して大人しくはなるが、表情はやっぱり嫌そうである。
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