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1.それでも私を愛してくれますか
それでも私を愛してくれますか-3
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「お父さん。お母さんは、どうしちゃったの」
麗奈の事など何も言っていないのに、そうだと気付いたらしい。
歳不相応な洞察力と、子供に不安を与えてしまったことに対する焦りが隠せない。
あるいは、迎えに来たのが麗奈ではなかったから、と言う単純な理由だろうか。
いや、こんな空気なら誰だって気付くのかもしれない。
夕夜の視線は変わらず窓の外に向いている。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
白々しい僕の言葉に、夕夜は黙り込んだ。
このただ事ではない雰囲気に、呑まれてるんだ。
僕も、夕夜も。
「お母さんは夕夜を迎えに行く途中、事故にあっちゃったんだって。今は病院にいる。でもお医者さんがなんとかしてくれるよ」
「お父さんはお母さんが事故にあったって、誰に教えてもらったの?」
「……病院からだよ」
「それなら、大した事なかったら教えてくれるよね。事故にあったとしか、教えてくれなかったの?それともお母さんは、そんなにひどい状態なの?」
まだ四歳の娘の言葉だった。
泣く事もなく、怯える事もなく、淡々と、詰め寄るような言葉だ。
僕よりも夕夜と共にいる時間の長い麗奈が言ったことがあった。
時折、子供と話しているとは思えない時があると。
静かで感情の起伏の少ない夕夜からは、普段から子供らしさを感じることはほとんどなく、不気味に感じると。
その言葉を聞いて僕は我が子に向けて思うことじゃないと軽く怒りを感じてしまったが、最近は麗奈の言う事にも理解を得てしまう。
四歳と言えばまだまだ赤ん坊に近く、情緒も安定しないのだ。
ましてや理路整然と言葉を並べることなどほとんど無い。
たまに真理を突くような事も言うだろうが、夕夜から感じる不気味さはそれと比べると異質だった。
妻の安否に対する不安感と、娘に対する自身の後ろめたい感情が、心情をないまぜにした。
「……意識はないって言ってたよ。起きないって。出血もあるらしいし、怪我も酷いって聞いた」
「それだけ?」
今も窓の外を眺めたまま、娘はさらりと言った。
「死んじゃうかもとか、言ってなかった?」
ゾワっとした。
母の死を匂わせる言葉に僕は、大人気なく毛を逆立てる。
何を言っているんだ?
何故そんな言い方をするんだ。
そんな、わざわざ不安を煽るような。
軽々しく死ぬとか、言うものではないのに。
いや落ち着け、そんな意図があるわけが無い。
ただそう言っただけだ、他意なんて無い。
僕は意識して憤慨を抑え、なるべく冷静に努めたまま、前を見つめた状態で言葉を返す。
しかし、間違った言葉を放ってしまった。
「夕夜は、お母さんに死んで欲しいのか?」
信号で車を止める。
少し怒り混じりに助手席を見ると、ギクリ。
心臓が跳ねるのを感じた。
実の娘が双眸を見開いて、こちらをじっと覗き込んでいた。
「そんなわけ、ないだろ。なんでそんな馬鹿な事を言うんだ」
「あ、ご、ごめん。何でそんなこと、言ったのかなって」
「心配だからに、決まってる。否定してほしかっただけに、決まってる」
ふい、と、また窓の方へと首を向けてしまった。
僕はただ娘を誤解していただけだった。
そうだ、その通りだ。
ただ否定してほしかったから聞いてきただけなんだ。
夕夜はただ安心したいだけだったんだ。
そう思うと、僕はすぐに安心した。
だが。
こちらを見つめてきた夕夜の瞳は、寒気を感じさせ、ぶわっと冷や汗を勧誘するような不気味さがあった。
鼓動が早まる。
体感温度が数度下がったように感じた。
まるでこちらを見下しているような。
信じられないものを見ているような、蔑んでいるような視線。
そして、聞いた事のなかった夕夜の、トーンの低い声。
失望したと言わんばかりの、怒りを抑えているような声。
あの目、声、言葉。
生まれて四年しか経っていない、幼女とは思えない。
「……お母さん、きっと大丈夫だよね」
夕夜が呟く。
はっとして、思い直した。
何を考えているんだ。
どれだけ大人びていようと子供に変わりはない。
麗奈にもそう言い聞かせたじゃないか。
「当たり前だ。大丈夫だよ」
その“大丈夫”は、どう言った意味の“大丈夫”だったのか。
頬を伝った汗は、きっと妻の安否に不安を抱いてのものだ。
そう思い込んで、アクセルを踏んだ。
麗奈の事など何も言っていないのに、そうだと気付いたらしい。
歳不相応な洞察力と、子供に不安を与えてしまったことに対する焦りが隠せない。
あるいは、迎えに来たのが麗奈ではなかったから、と言う単純な理由だろうか。
いや、こんな空気なら誰だって気付くのかもしれない。
夕夜の視線は変わらず窓の外に向いている。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
白々しい僕の言葉に、夕夜は黙り込んだ。
このただ事ではない雰囲気に、呑まれてるんだ。
僕も、夕夜も。
「お母さんは夕夜を迎えに行く途中、事故にあっちゃったんだって。今は病院にいる。でもお医者さんがなんとかしてくれるよ」
「お父さんはお母さんが事故にあったって、誰に教えてもらったの?」
「……病院からだよ」
「それなら、大した事なかったら教えてくれるよね。事故にあったとしか、教えてくれなかったの?それともお母さんは、そんなにひどい状態なの?」
まだ四歳の娘の言葉だった。
泣く事もなく、怯える事もなく、淡々と、詰め寄るような言葉だ。
僕よりも夕夜と共にいる時間の長い麗奈が言ったことがあった。
時折、子供と話しているとは思えない時があると。
静かで感情の起伏の少ない夕夜からは、普段から子供らしさを感じることはほとんどなく、不気味に感じると。
その言葉を聞いて僕は我が子に向けて思うことじゃないと軽く怒りを感じてしまったが、最近は麗奈の言う事にも理解を得てしまう。
四歳と言えばまだまだ赤ん坊に近く、情緒も安定しないのだ。
ましてや理路整然と言葉を並べることなどほとんど無い。
たまに真理を突くような事も言うだろうが、夕夜から感じる不気味さはそれと比べると異質だった。
妻の安否に対する不安感と、娘に対する自身の後ろめたい感情が、心情をないまぜにした。
「……意識はないって言ってたよ。起きないって。出血もあるらしいし、怪我も酷いって聞いた」
「それだけ?」
今も窓の外を眺めたまま、娘はさらりと言った。
「死んじゃうかもとか、言ってなかった?」
ゾワっとした。
母の死を匂わせる言葉に僕は、大人気なく毛を逆立てる。
何を言っているんだ?
何故そんな言い方をするんだ。
そんな、わざわざ不安を煽るような。
軽々しく死ぬとか、言うものではないのに。
いや落ち着け、そんな意図があるわけが無い。
ただそう言っただけだ、他意なんて無い。
僕は意識して憤慨を抑え、なるべく冷静に努めたまま、前を見つめた状態で言葉を返す。
しかし、間違った言葉を放ってしまった。
「夕夜は、お母さんに死んで欲しいのか?」
信号で車を止める。
少し怒り混じりに助手席を見ると、ギクリ。
心臓が跳ねるのを感じた。
実の娘が双眸を見開いて、こちらをじっと覗き込んでいた。
「そんなわけ、ないだろ。なんでそんな馬鹿な事を言うんだ」
「あ、ご、ごめん。何でそんなこと、言ったのかなって」
「心配だからに、決まってる。否定してほしかっただけに、決まってる」
ふい、と、また窓の方へと首を向けてしまった。
僕はただ娘を誤解していただけだった。
そうだ、その通りだ。
ただ否定してほしかったから聞いてきただけなんだ。
夕夜はただ安心したいだけだったんだ。
そう思うと、僕はすぐに安心した。
だが。
こちらを見つめてきた夕夜の瞳は、寒気を感じさせ、ぶわっと冷や汗を勧誘するような不気味さがあった。
鼓動が早まる。
体感温度が数度下がったように感じた。
まるでこちらを見下しているような。
信じられないものを見ているような、蔑んでいるような視線。
そして、聞いた事のなかった夕夜の、トーンの低い声。
失望したと言わんばかりの、怒りを抑えているような声。
あの目、声、言葉。
生まれて四年しか経っていない、幼女とは思えない。
「……お母さん、きっと大丈夫だよね」
夕夜が呟く。
はっとして、思い直した。
何を考えているんだ。
どれだけ大人びていようと子供に変わりはない。
麗奈にもそう言い聞かせたじゃないか。
「当たり前だ。大丈夫だよ」
その“大丈夫”は、どう言った意味の“大丈夫”だったのか。
頬を伝った汗は、きっと妻の安否に不安を抱いてのものだ。
そう思い込んで、アクセルを踏んだ。
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