『双子石』とペンダント 年下だけど年上です2

あべ鈴峰

文字の大きさ
40 / 46

逃避行

しおりを挟む
 クロエは 血が滲むほど 拳を作る。信じていた。私の心のよりどころだった。ネイサンが いたから 前向きになれたんだ。それほど大切な存在だったのに……。
その思いは 一方通行で、私のことなど何とも思っていなかった。
私の話に熱心に耳を傾けたのも 事情聴取だったからだ。

 羽をもぎられたように、天国から地獄へ突き落とされた。
もう "私"を受け入れてくれる人は、いなくなった。たったの1人もいない。
私の今までの人生は 何だったの?
笑顔も 優しさも それも幻だった。
私は この世界に拒絶されている。

 こんなことなら、生に しがみつくことなど しなければ 良かった。
さっさと死んでしまえば、こんな思いをしなくて済むんだのに……。
そうすれば、伯爵夫妻だって より辛い苦しみを与えることもなかったし、私だって罪悪感を持ちながら生きる必要もなかった。
ネイサンに 会うこともなかった。

 ひどい裏切りに折れそうになりながらも 立っていた。
その感情は怒りだった。
私だって好きでこ の体に転生した訳ではない。
(それなのに、それなのに……。何で私ばかり)
何もかも捨てて逃げたしてしまいたくなる。
「見逃して欲しい」そう口から出かかった。でも、それを言ってしまったら罪を認めたことになってしまう。何としても自分に罪が無いことを分かってもらわないと。
すがってしまったら自力で 立てなくなる。

 ネイサンが指をトントンとしながら、考えこんでいる。
( ……… )
大丈夫。客観的に理路整然と話しをすれば伝わる。
「ネイサン様、私」
「身体を返せと言われたら困るだろう」
「……はっ?」
ネイサンの言葉に、湧きあがっていた怒りが一瞬で霧散する。
(何で そう言う考えになるの?)
いつも考えることが斜め上なのよ。頭が痛いと こめかみを押さえる。

 紛らわしい言い方に 別の怒りが沸く。説明もなしに答えを言ったり、主語が無かったり、慣れたと思ったが 自分のこととなるとそうもいかなかったようだ。
「返せと言われる前に立ち去ろ」
即決したネイサンが私の手首を掴んで歩き出す。私を連れて逃げたいらしい。もちろん嬉しいし、ついて行きたい。
ネイサンなら間違いなく二人からクロエの体を奪われないようにしてくれる。王子だし、金も魔力も有り余っている。だけど、そんな事したら私は 二度と彼らと顔を合わせられない。
それのに 私なんかの為に罪を犯して欲しくない。


 そんなことで将来を棒に振ってほしくない。
「待って下さい」
その腕を振り払った。
逃げるのは簡単だけど、何も言わずに行方をくらますのは育ててくれた二人にたいして恩を踏みにじる事になる。そこには捨てきれない情があって、それが私を引き止める。この気持ちを何と言って伝えれば分かってくれるだろう。
( 多分、心のどこかに もしかしたら という小さな希望の芽があるからだ) 
でも そのことを口にしたら引っこ抜かれそうだ。
言葉を探していると、ネイサンが また 理解不能なことを言い出した。

「分かった。返せと言われたら返そう」
「はっ?」
また、斜めな方向に話が 進んでいる。ネイサンの頭の中では順序立てて考えているんだろうが、行き成り結論を言われても私のような凡人は理解に苦しむ。
ぶり返した痛みに、ため息とともに首を振る。
体と魂を別々にできないのに、体を返してしまったら、 私の魂は天国に帰ることになる。
「ネイサン様、落ち着いてください。わかるように」
「私は最悪、クロエが人で無くても構わないと思っている」
「どう言う事ですか?」
遮るように話す内容はあまりにも突拍子過ぎて逆に冷静になった。 人でも構わないって、私に幽霊にでもなれと言っているの?
( いくらなんでも、私の死を願うなんて、あんまりだ)
それに幽霊になったら 、霊感のないネイサンには 見えなくなるし、 声だって聞こえなくなってしまう。
( まさかの ネクロマンサー?)
そこまでして私に 生きてほしいの? でも、それって……生きてると言えるの? 首を稼げる私に対して、妙に興奮したネイサンが 身振り手振りで語り出す。


「研究者が双子石を使って無機物に魂を入れると成功したと結果を発表している」
「はっ?」
新情報に 間抜けな 声が出る。
双子石が軍事目的で 開発されたのは知っていたが 、そこまで サイコパスの実験をしていたと思わなかった。でもそんなことをする意味は? 情報収集のため?
その研究目的も分からないし、どうやって成功を確認したのか?
怪しすぎる。
双子石の研究は とうの昔に禁止されているから古い情報だ。そんなカビの生えたような話しを信じるにはリスクが高過ぎる。

 そもそも 何でそれが私に関係あるの? 無機物って、人形やぬいぐるみことでしょ。
(まさか……)
つまり、私の魂を人形に入るって事? 何て極端な考え。
(あり得ない)
ネイサンから、ジリジリと後ずさる。
「それは……ちょっと」
「どうして?」
何故駄目なんだと首を傾げるネイサンに呆れかえる。
いやいや、当たり前でしょ。
人間として生きてきたのに、いきなり ぬいぐるみなれなんて。 人間を諦めると言ってるようなものじゃない。完全に、ネイサンの思考回路が バグってる。
銅像なんかに入れられたら半永久的に生きることになる。ネイサンは いいだろう。 でも 私は? ネイサンが死んだら私はどうなるの?
絶対そこまで考えて無い。

 冷静なようで実は ネイサンも動揺しているのかも。 だから、目の前のことだけしか考えてない。 
(強行次第に出られる前に何とか説得しないと……)
「それで、良いんですか? オムライスが 2度と食べられなくなるんですよ」
「構わない」
(なんで、オムライス! もっと他にあるでしょ)
説得するには 内容が弱い。 もっと考えを改めさせるような内容じゃないと。
(ええと……)

「そうなったら助けることも 何もする事も出来なんですよ」
「構わない」
(助けられるのは私の方だ)
もっと情に訴えることを言わないと。

「人形は作り物なんですから、笑いかけることもできないんですよ」
「構わない」
( ……… )

 「字だってかけないし、1人で動けないから いつも私の面倒を見続けなくちゃいけないんですよ」
「構わない」
( 私は構う!) 
もう本当、 思い込みは激しいんだから。
「言うのは簡単ですけど 、一生ですよ。一生! 死ぬまで面倒見るんですよ。それでいいんですか?」 
「構わない」
「 ……… 」
さっきから同じ答えばかり。ネイサンは 私に何を求めてるの?
(……ペット!?)

「私はクロ……。君が傍に居て……生きてさえいれば良いんだ」
「………」
真剣だ。切なそうに訴えるネイサンの目に迷いがない。 本気で私の魂を ぬいぐるみ 押し込める気だ。 そこまで 私にこだわる。その気持ちはどこから来るの?
「はぁ~」
ネイサンは良いだろう。私が死ぬまで傍に居るんだから、でもネイサンが死んでしまったらどうなるの? 自分で動くことも出来ない。
体が朽ちるまで死ぬこともできない。何処かに押し込められたら おしまいだ。永遠に闇の中で生き続ける。たった一人。忘れ去られて話し相手も居ない。そんな地獄みたいな未来 嫌だ。
私は、たとえ短くても人間として行くことの方が 良い。

 まだ諦めて無いネイサンを何とかしないと、このままだと殺されそうだ。
( ………思い付かない )
ここは一旦 逃げて、ネイサンが 落ち着いた頃 話し合う方がいいだろう。
「ネッ」
「君を 決して悲しませない。大切にするから」
ネイサンが そう言って手を差し出す。 ひざまずいていたら告白 と勘違いしそうだなセリフだ。
「 ……… 」
 気持ちが重い。まるで、ヒーローがヒロインに言うような言葉だ。
まるで、私でなければ駄目だと言っているようだ。
でも、何故 そこまでして私を側に置きたがるんだろう。ネイサンは 王子で、金も、地位もある。
(その気になれば、魔力ゼロの私より 健康で優秀な令嬢と出会えるの……)

ネイサンの溢れる刹那さに、絶対止めようと決めた。
ネイサンの手をギュッと握る。
「温かいでしょ。私が ぬいぐるみになってしまったら、こんな事も出来なくなるんです」
「 ……… 」
ネイサンが繋いだ手に目を落とす。 生きてさえいれば良いと言うが、私と今のネイサンとでは、『生きている』の基準が違う。 
でも、 共に生きたいというところでは一緒だ。
「私は普通に泣いて笑って暮らしたいです」
「 ……… 」
それはネイサンと過ごした時間のことだ。 驚きも、喜びもあった。
ゆらぎ始めたネイサンに 言葉を続ける。
「ネイサンが倒れた時は 看病したいし、敵が現れた時は一緒に戦いたいです」
「 ……… 」
それは一緒に 経験したものだ。
大切な思い出。それを これからも 増やしたい。凄く嫌そうな顔をする。その顔にクルリと笑う。
でも、私と手を離そうとはしなかった。私にも譲れないものはある。私の気持ちを尊重してほしいとじっと見つめて訴える。
腕組みして私を凝視する。

「どうしても?」
「はい 。どうしても」
「 ……… 」 
いくら策士と言えど、人の心を変えるのは難しい事は知ってるはずだ。お互いに睨みあっていたが折れたのはネイサンの方だった。
ネイサンがストンと肩の力を抜くと手を引き抜く。
説得は無理だと判断したようだ。ほっとしたのもつかの間、 次の言葉に頭が痛くなる。
「この話は後でしよう」
「分かりました」
(諦めてない)
今は引き下がろう。ネイサンと 同じように、私にも相手を説得するチャンスはあるんだから。
「兎に角逃げよう。そうすれば時間が稼げる」
そう言って私に手を差し出す。
私に向けられた唯一の救いの手。
私が生きることを許してくれるのはこの手しかない。
掴んでしまいたい。

私の決断を待っているネイサンのその瞳は、明日の自分を約束してくれているように輝いている。
その瞳に魅せられて、コクリと頷くとネイサンも頷いた。
「はい。連れだして下さい」
「では、行こう」
ネイサンの手に自分の手を重ねる。

逃避行の始まりだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智
ファンタジー
 異世界転生ファンタジー。  幼馴染みへの恋心に悩む親友の背中を押した日、不運な事故によって命を落としたトールは、何故か、異世界の『本』に転生してしまっていた。異世界で唯一人、トールの思考を読み取ることができる少年サシャを支えることで、トールも、『魔導書』として異世界で生きる意味を見出していく。  ――一人と一冊の武器は、知識と誠実さ、そして小さな勇気。 ※ 小説家になろう、カクヨム、エブリスタ掲載済。

処理中です...