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それは

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 クロエは ネイサンの極端な考え方に、ノーを突きつけたが 軽く弾かれた。ここで 言い争っても平行線だ。とりあえず今は、ネイサンの言う通り 伯爵夫妻が どう出るかわからないから、 一旦 逃げてしまおう。
背信行為だが、 万が一 ということもある。ネイサンと一緒なら 新しい人生も悪くない。
「はい。連れ出してください」
「では、行こう」
ネイサンの手に 自分の手を重ねる。 逃避行の始まりだ。

 繋いだ手を離さないでと、絡めた指に力を入れる。
歳の差があるから、恋人同士と言うより兄妹の方がピッタリくるのに、何だか駆け落ちする気分だ。
まずは 移動魔法でここから離れよう。 それから……どうしたらいいんだろう? 行き当たりばったりの行動だから 心配になる。だせど、一緒に歩き出したネイサンの横顔を見ていると、不思議とうまくいく気になる。二人ならどこへでも行ける。

さあ出発しよう。そう決心したのに、
「そんな事 言なくて良いわ」
それを引き止める言葉に 手を繋いだままギクリと振り返る。

 庭から外へ出る入り口に伯爵夫妻が二人が並んで立っていた。ネイサンが私を守るように体をピッタリと引き寄せる。
2人揃ってここに来たのは偶然じゃない。私が居ることを知ってきたんだ。それは2人が私をどうするか決めたということを表している。
(聞くのが怖い……)
庇うようにネイサンが私の前に出て視線を遮る。私も本能で、その後ろに隠れた。
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
対峙しているが、どちらも声を発しない。
( やはり 言いづらいことだから、黙っているんだろうか?)
でもさっき、逃げなくていいと言うようなことを言っていた。だったら、この家から追い出さないということだろうか?
それとも、体をこのまま使っていいということだろうか?
(それなら 一安心だけど……)

 二人とも疲れているようだけど、泣いた様子はない。
この分なら、時間が かかったとしても 今回の件も乗り越えられる。
そんな姿に心配事が一つ減ったと胸を撫で下ろした。
これなら安心して旅立てる。

「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
永遠に続くかのような沈黙の中、どんなことを話すのかと待っていると 彼女と目が合う。
すると、彼女が"私"に向かって淡く微笑む。それはいつもの 彼女の笑顔じゃない。
私に対して後ろめたい事があるか、その微笑みは悲しそうだ。
どうしたのかと 心配して声をかけそうになった。
「か……」
でもすぐに気づいた。
もう私に「母様」と呼ぶ その資格は無い。だから自分を抑えるしかない。

 私は続きの言葉を待っていた。
それなのに、何も言わない。
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
だったら、私から別れを言うチャンスだ。でも、私も言えない。
八年と言う年月は、そう簡単に感情を割り切れるものでは無い。
伝えたいことはいっぱいある。
でも、それを言葉にするのは難しい。
( 2人とも私と同じ気持ちだから 喋れないんだろうか?)
それでも、伝えたい。でも 何を言えばいいのか……。 感謝の言葉? 
それとも 謝罪の言葉?
「………」
「………」
「………」
言葉を探していると、彼女が重い口を開いた。

「あなたをこっちの世界に呼んだのは私なの」
「えっ?」
私を呼んだ? 召喚したってこと?
突然の告白に頭が真っ白になる。
まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。ネイサンの体がピクリと動く。 私と一緒で動揺してるのが伝わってくる。 
これは完全に予想外の展開で、どういうことなのか全くわからない。ただの冗談ということでもない。2人の様子を見るに 本当のことだ。 深刻な表情で 青ざめている。
「私も同罪だ」
そう言うと彼が彼女の肩を抱く。
(二人で私を呼んだの?)
魔術師でも無いのに、そんな事可能なの? 一緒に暮らしていたけど、秘密の部屋とか、地下室とか 、見知らぬ人の訪問など、そんなことは一切なかった。 どこだって自由に出入りできた。 黙っているネイサンを小突いてこちら向かせると、訊ねるようにネイサンを見る。しかし、分からないと首を振る。
「ここでは なんだから場所を移そう」 


 伯爵の提案で 応接室に来た。
 伯爵夫妻と
テーブルを挟んでネイサンと並んでメイドが出て行くのを待っていた。
(二人はどんな話をするんだろう)
緊張で顔がこわばる。 不安で無意識にギュッとスカートを握っていた。すると、ふわっと手に温かさを感じた。 見ると、ネイサンが私の手を包み込んでいる。ハッとして顔を見上げるとネイサンが微笑んでいた。そうだ 。たとえ 2人に捨てられても、私にはネイサン
がいる。 そう思うと気持ちが楽になった。


パタン!

ドアの閉まる音がやけに耳につく。メイドが出て行って 4人だけになった。いよいよ 話が始まる。 傷つくのは免れないだろう。 
でも 覚悟はある。 何を言われても大丈夫。
("私"は 私だ)
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
「 ……… 」
重苦しい沈黙を耐えきれず、誰もが紛らわせるようにお茶を飲むから、カップを置く音だけがなり続けている。このまま時間が過ぎるだけなのかと思った時、カップを置いた彼女が私をチラリと見る。 その瞳には恐れが浮かんでいた。
(えっ? )
私の方が悪いのになぜ?
答えを知ろうとしたが、その前に話が始まった。
「何から、話したら良いのかしら……」
躊躇いがちに口を開いたが、私の視線を避けるように彷徨わせる。 私を気にかけているようだ。 だけど 、ここまで来たんだから どんな内容でも全部聞く。
( 聞かなかったとしても気になって仕方ないだろうし……)
「最初から話して下さい。私は……どんな話でも最後まで聞きます」
私の言葉に彼女の視線が私に向けられる。私はその視線をしっかりと受け止める。
それでも言い出せないようで、俯いてしまった。そんな彼女を彼が手を握ると促すように頷く。 勇気づけられる姿に、どれほどの秘密を抱えているのかと考えると、ズシリと胃が重いものが、のしかかってくる。 
(多分私を召喚した方法だと思うけど……)
覚悟が決まったようだ。彼女がその時の事を語りだす。
「あれは……結婚して二年。待望の赤ちゃんが産まれて私たちは幸せの絶頂だったわ」


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