身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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素姓

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 夜中に目を覚ましたフィアナは、アルが居ないことに不安を覚え 探すことにした。


 もうすぐ死ぬと分かっている女と、一緒の生活なんてしたくない。
だから、一緒にいるのが辛くて逃げたのかもしれない。
一度そう考えると出すと、消し去る事が出来ない。
アルが、そうなのかと思うと辛くて唇を噛み締める。
(本当は私と別れたのに、可哀想だと思って嘘をついていたの?) 
あんなに 心が通じ合ったと思っていたのに……。同情だけだったのかもしれない。全ては偽物だったんだ……。 

 そんな気持ちならいらない。
私の心は本物だから、今までの思い出を穢したくない。
だけど、アルの気持ちも理解できる。
(もしそうなら自由にしてあげよう)
「今すぐ会って、確かめなくちゃ」
突き動かされてようにフィアナは 暗闇の中、ランプを持たずに部屋を飛び出すと、家中のドアと言うドアを片っ端から開けて回っていた。客間、書斎、食堂、テラス。
それなのに何処にも居ない。
「アル、何処、何処に居るの! 返事をして!」
まるで幻の家に閉じ込められているようだ。
(これは私の悪夢なの? だから見つからないの)
信じたいという気持ちも捨てきれない。それだけを頼りに探しているのに、アルが見つからない。
胸が抉られるようだ。
時間が経てば 経つほど、見つからなければ 見つからないほど、別れたいと言われそうで、息苦しさに涙が溢れる。でも、止まることは 諦めを意味するようで歩みを止めない。
(居るなら どうか私の前に現れて)
そう心の中で何度も願う。 

 涙で滲む瞳に救いのように、灯りがドアの隙間から漏れている部屋を見つけた。ドアの前で両手を組むと
(神様、どうか アルがいますように)
祈る気持ちでドアを少し開けた。
すると、部屋を埋め尽くすほどの本の山が飛び込んで来た。
(これは……もうひとつの図書室? 知らなかった)
フィアナは 本を避けながら中に入った。至る所に開いたままの本が散乱している。
踏まないように奥に進むと、ブツブツ言いながら本を読んでいるアルを発見した。全身から緊張が解け、安堵しているとアルが面を上げた。
その刹那二人の視線が絡み合う。
「アル……」
「フィアナ?」
アルの瞳には純粋に驚きの表情が浮かぶ。 出て行こうと、荷造りしているわけでも、辛さを酒で紛らわせているわけでもなかった。
「一人にしないで……」
目覚めたときの独りぼっちだった寂しさを埋めるようにしがみ付く。
確かな感触にやっと安心した。
夢じゃない。不安で、不安で、仕方なかった。そんな私をアルが宥めるように髪を撫でる。
「ごめんよ。心配かけて。ちょっと調べ物をしていたんだ」

 部屋中に置かれている本を見れば、アルが何を調べていたのかは 察しが付く。私の寿命を長くする方法を探していたのだろう。 だけどそれは 無理な話だ。病気で死ぬわけじゃないんだから、意味はない。フィアナは諦めてと首を振る。
「気持ちは分かるわ。でも」
「フィアナ。失いたくないんだ。君を……失いたくないんだ」
アルは私の両手を掴むと力を入れる。
「君の為なら何でもしてあげたい。だから、ただ見ている事なんか出来ない」
(ああ、私だって一緒に生きたい)
泣きそうな顔で本音で吐露するアルの代わりに涙が零れる。だけど、それを否定する。今まで 何人もの妖精が光の粒になるのを見送って来た。誰一人、早くなることも、遅くなることもなかった。ピッタリ、その日に消えていった。例外はひとつもない。
「アル」
「諦めたくないんだ」
私の言葉を遮るように言うと、私の頬に触れる。

「初めて好きになった人だから……」
「えっ?」
アルが照れてたように頬を染める。その顔は少年のようだ。
「教会でフィアナを一目見たときから虜になった。息が止まりそうなほど心を掴まれたんだ」
「アル……それは、一目惚れってこと?」
「そうだ」
信じられないと首を振った。
あのときのアルの態度は、性急に返事をしろと脅してるようなものだった。
(アルのオーラの色が ピンク色じゃなかったら逃げ出していた)
「そんなのちっとも気づかなかったわ。凄く睨んでいたわから、怒っているものとばかり」
「それは……一目惚れなんて、私らしくないから悩んでいたんだよ」
「悩む?」
どうして悩むんだろう。
一目惚れは、言葉の通り一瞬で恋に落ちるものなのに……。
首をかしげる。好き嫌いも、分から
なかったんだろうか?

「一目惚れなんて信じていなかった。どうせ、下心をロマンチックな言葉で誤魔化していると馬鹿にしていた。でも、自分がそうなって初めて 気持ちが
分かった。一目惚れは存在する」
力強く頷くアルに、それ私も同じだと
頷き返した。
アルの無茶なような要求を断りきれなかったのは、好きだったからだ。
奇跡のように出会い。愛した人。
「私も初めてアルの瞳を見た時、綺麗だと思ったわ」
「瞳? 一度もそんなこと言われたことがないが、フィアナが言うんだから、そうなんだろう」
嬉しそうに輝くアルの瞳は、天使の梯子を連想させる。
もっとよく見ようとアルの頬に手を添える。すると、その手をアルが掴んで手の甲に口づけした。

*****

 アルフォンは当時を思い出して、よく乗り切れたと自分でも感心する。

 フィアナは美しかった。だが、それと同時に、壊れてしまいそうなほど儚さが漂っていた。そして、このチャンスを逃せば二度と会えないと直感的に思った。
「このまま別れたくないと思った。だから、多少強引だったけど結婚しようと思ったんだ」
「多少?」
フィアナに指摘されて、掴んでいた手が離れる。自分でも強引に言いくるめたことは知っている。その後、大切にすればチャラになると計算していた。
しかし、呆れたように言うフィアナの態度にバツが悪い。
「否、…… すごく強引だった」
でも仕方ないことだった。
場所が 教会で、自分の結婚式で、参列者たちも居た。そんな悪条件の中、引き止めるには、あの方法しかなかった。
「もしかして……魔法のドレスっていうのも嘘なの?」
 「えっ?」
フィアナの質問にドキンとして顔がこわばる。腕組みしたフィアナが、私に胡乱な目を向ける。
(フィアナの言う通り、ただのドレスだ)
嘘だと告げたら 軽蔑されるかもしれない。だけど、これ以上嘘をつきたくない。だけど……。
「いや……あの……」
「嘘だったのね」
口ごもる私を見てフィアナが目を三角にする。なんとか取り繕おうと言葉をひねり出そうとするが、すでにそう思ってるフィアナは、そんな私を黙って見ている。その態度に嘆息する。
(正直になろう)
「そうだ……」
「やっぱり」
どう思ったのかとフィアナを盗み見すると、小さく首を左右に振る。怒ってはいないようだ。
ホッと胸をなでおろした。

「もう嘘はないでしょうね」
鼻にしわを寄せて詰め寄ってくるその姿の、なんと愛らしいこと。
(怒るとこんな顔するんだ)
思わずニヤけそうになるのを、何とか我慢して約束した。
「分かった」
本当に色々あった。それでもフィアナ
を求める気持ちは揺るぎない。
これが 愛なのかもしれない。


*****

 フィアナは 反省しているアルを見て微笑む。思い起こせば、何も知らないまま結婚してしまった。アルに簡単に言い包められた感は否めない。あの時は、ビビアンと入れ替わった事で よく考える時間が無かった。でも、それで良かったのかもしれない。

 アルが私の髪を一房掴むと口づけする。
「27年生きてきたけど、自分が妖精と結ばれるとは思わなかった。でも、それは相手がフィアナだからかもしれないな」
「アル……」
私も人間と結婚して、愛するとは思わなかった。ただの思い出作り。そう思っていたのに……。人間の世界に留まったのは相手がアルだからだ。
そして、最期を迎えると知っているのに、心が凪いでいるのはアルに愛されているからだ。

 フィアナはアルの手を取ると裏返して手のひらを撫でながら 自分の願いを口にした。
「アルの気持ちは嬉しいわ。でも、見つかるかどうか、分からないことに時間を取るより。今は 沢山話して、一秒でも長く彼方を見ていたいの」
「 ……… 」
しかし、アルの返事がない。
このままの生活をしていたら病気になってしまう。頑なな態度のアルに言葉を重ねる。
「私は一緒にお茶を飲んだり、 1日の出来事を話したり、背のびして、いってらっしゃいのキスをしたり……。そんな普通の思い出が欲しいの。だから、私の我儘を叶えて」
「……そうだね。……君を不安にさせたら本末転倒だ」
アルが頷く。しかし、眉間に皺を寄せて渋そうか顔をしている。
(ああ、この顔……)
今夜はこれで終わりだけど、諦めつもりはないわね。
本当に頑固なんだから。でも、何の問題もない。また同じことがあったら、ここへ来ればいいだけの事だ。

 フィアナはランプを掴むと私たちの部屋に戻ろうとアルへ手を差し出す。
すると、私を見上げるアルの口が弧を描く。


残り6か月

 雪が降り積もり街は冬へとまっしぐら、窓の外には寒い世界が広がっている。その景色に、ふと妖精だった頃のことを思い出す。 
(霜から隠れるように木の葉の中に埋もれてたわね)
今は天国のように暖か 場所で生活している。

 私の背中を撫でるアルの温かい手に
振り返る。
「いくら触っても、生えてこないわよ」
「そうだけど……」
私の羽が抜け落ちたのが 信じられないらしい。今朝起きると取れていた。痛くも、痒くもなかった。いつ取れたのかさえ分からなかった。
「昨日まで、あった物が無くなるのは
変な気分だよ」
「そう? 私は幸せ。やっと本物の人間になったんだから」
これで妖精として最後の名残が無くなり、本当の人間になった。
甘えるようにアルに腕を組む。

 ビビアンに約束通り、抜け落ちた羽を
無事渡すことができて、ホッとしている。これでビビアンは 人間に戻れる。 でも、ひとつ気がかりなことがある。
(妖精王が約束を 守ってくれるといいけど……)
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