巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第五十八集

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5の1 現代

 容容は咳き込みながら空気を求めて息を吸い込んだ。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
排気ガスの混じった懐かしい匂い。元の時代へ変わった事に気付いた。まだ息苦しいが帰って来られた事が嬉しかった。
どこかの工事現場だ。
あたりに灯りも人の気配もない。ふと見上げた淀んだ空に自然と口元がほころぶ。
(ああここだ。ここが私の故郷だ……)
満点の星も、小鳥のさえずりも美味しい水も無い。でもここが天国だ。
天祐さんのところへ帰ろう。フラフラした体で起き上がると、ドカンと何かが壊れるような音が響き渡った。
「えっ?」
釣られるようにそちらを見た。
若い男がバタリと男が地面に突っ伏した。
何? 誰? 何が起きているの? 驚いて棒立ちになっていると、その男に向かって天祐さんが歩いて行くのが見えた。
「天祐さ……」
名前を呼ぼうとしたが凄く怒っているのに気づく。離れていても感じる。その顔は見た事も無いほど恐ろしい。お父さんが激怒した時より怖い。
このピリピリとしたものが殺気なのかも……。
天祐さんが男を片手で引き摺り起こすと男の顎を逆の手で掴む。そこで初めて男の顔が見えた。殴られたのかボコボコに顔が腫れている。天祐さんは理由もなく暴力を振るう人じゃない。
あの男の人は何をしたの?
「俺の言いたいことは分かったな?」
男が分かったと何度も頷く。すっかり戦意喪失している。
「だったら、二度と近づくな!」
天祐さんが男を投げ捨てるように手を離した。あんな顔で脅されたら誰でも言う事を聞く。男が這うように逃げて行く。それを厳しい顔で見続けている。自分に向けられた怒りでなくてもやはり怒っている人は怖い。八つ当たりされるかもと覚悟して、激昂している天祐さんに恐る恐る近づく。
「てっ……天祐さん」
名前を呼ぶと驚くほどの速さで反応した。怒りの炎を燃やしていた天祐さんの瞳が私を捉える。硬い笑みを浮かべて出迎えた。
「容容!」
「ははっ……」
視線が合うと天祐さんが嬉しそうに駆け寄って来る。さっきまでの怒りが嘘のように消えて目じりを下げて私の前に来た。
「本物か?」
「はい。帰ってきました」
両手で私の頬を押さえる。
「ああ、本物だ~」
向こうの時代での私は 本物の徐有容では無い。偽物……。でも天祐さんにとつては私が、本物。些細なことかも知れないけど私に取っては大きなこと。
「はい。本物です!」
「良かった……。ずっと心配していたんだ」
「すみませんでした」
「もう一度顔を見せてくれ」
体を離すと私の両肩に手を置いてジッと見つめて来る。こんな真近で見られると恥ずかしい。でも、嬉しそうな天祐さんの顔を見ると目を伏せられない。
「お帰り」
ふわっと笑うとそう言って天祐さんが私を抱きしめた。私も天祐さんの背中に手を回して衣を握りしめる。
「ただいま……」

過去に行くのも突然だったけど、戻ってくるのも突然だった。

 向こうの時代で幸せだと思っていたけれど、こんな風に歓迎されるとそれ以上に幸せだと思う。やっぱり自分の居場所はこっちだ。

**

 旅行から帰った人がみんな我が家が一番と言うが、その通り。安心するし、落ち着く。
家のドアを開けた。パッと灯りが灯る。埃 一つ なかった 廊下の両端に白いものが……。
中に入ると、案の定足の踏み場もないゴミ屋敷と化していた。初めてこの家に入った日を思い出す。
(デジャヴ!? そう思っちゃう)
だけど、この光景に本当に戻って来たんだと実感した。
まったく私が居ないとこの有様なんだから。

こんな部屋では落ち着かない。さてと、掃除からね。白いコートを脱ぐと腕まくりする。「疲れただろうから休め」と言う天祐さんをリビングのソファーに座らせるとテキパキと洗濯と掃除と炊飯の三つを同時進行。向こうの時代では公主のような生活をしていた。
美味しいお菓子を食べて若渓さんとお喋りして楽しい時間を過ごした。指一本動かさなくても良かった。でも、こうして忙しく働いて居る方が性に合う。そんな私を天祐さんがずっと目で追っている。しかも嬉しそうな顔で。
何が楽しいのか家事は芸事じゃないのに。
掃除をすれば埃が舞い、料理をすれば油が跳ねる。洗い物をすれば水しぶきが掛かる。
それなのに飽きずに見ている。
こうも見られ続けると流石に居心地が悪い。

 気を逸らそうと料理をしながら向こうの時代の話をすることにした。
「そうそう、向こうの時代で俊豪さんたちに会えました」
「そうか。それで、どうだった?」
俊豪さんの名前を聞いて天祐さんが期待に満ちた顔で私を見つめる。
家事の手を止めると首飾りを取り出した。
「この首飾りのお蔭で皆さん信じてくれました」
「やはり、私の考えは正しかったんだ」
天祐さんがパンと自分の太ももを打ち付けて立ち上がるとその場で行ったり来たりしながら続きの話を催促して来る。
「徐の話はしたか?」
「勿論です」
「それで……俊豪たちは何と」
立ち止まると不安そうな目を向ける。自分の話を信じて欲しいと言う気持ちが表れている。信じてくれなければ自分の無罪も皇太子たちが捕まらないまま全てが闇に葬られてしまう。それだけじゃない。妹や親友に自分が徐有蓉を愛した為に命を落としたと思われ続けるのは耐えがたい苦痛のはずだ。
「はい。信じて下さいました。俊豪さんも皇太子暗殺事件には不審な点が多いと思っていたようです」
「良し、良し。徐が元の時代に戻ったなら後は俊豪たちに任せよう」

何度も頷いた。これで真実がつまびらかになる。この手で捕まえられないのは残念だが 俊豪たちを信じよう。

 手を組んで空を見る。きっとその視線の先には向こうの時代の人たちの姿があるんだろう。
一役買うことができて嬉しい。自然と口元に笑みが浮かぶ。


5の2 東岳国 過去

 この時を待っていたのに手も足も出ない。
悔しさに臍を噛む。
若渓を人質に取られ思うようにならない。
多くの配下が見るなか徐有蓉たちが門をまたぐ。このままでは、逃げられてしまう。
徐有蓉の勝手にさせるしかない状態に苛立ちが隠せない。だが、こちらも手を拱いてはいない。配下たちには姿を隠して監視をするように言ってある。
狙うなら若渓を離すその時だ。
若渓に破片を押し付けたまま通りに出た。事件を聞きつけた 野次馬たちが遠巻きに見ている。直ぐには逃げず辺りの様子を調べている。
(慎重だな)
人混みに紛れる気か?

 お互いに一定の距離を保って睨みあいながら移動する。
「近づいたら殺す!」
立ち止まった徐有蓉が付いて来る我々に
怒鳴りつけた。
「私のことは気になさらず。構わないからこの女を捕まえてください」
駄目だと首を振る若渓に向かって俊豪も首を振って返事をする。
「動かないで!」
徐有蓉が若渓に押し当てた破片に力を入れた。若渓の白い首に赤い筋が出来る。
本気だ。逃げる為なら人殺しも辞さないつもりだ。
「分かった。これ以上は近づかない」
片手を上げて配下の者を止めた。
若渓をこんな事で犠牲に出来ない。

**

 俊豪は遠ざかっていく 二人を見守ることしかできないことにじれていた。
だがこうなっては、どうする事も出来ずに徐たちが遠くなるのを見送るしかなかった。
新たな人質かできないように、念のため通行止めにしているから人通りはない。
(早く。早く。若渓を放せ)
永遠とも思えるほどの時間が進むのが遅い。と事態が動いた。
徐が若渓を突き飛ばして裏路地に入った。
「追え!」
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