巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第六十三集

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 東岳国では徐有蓉が、池に飛び込み自害を図ろうとしていた。その頃 現代では自分のミスに気づき、沈天祐が運命の輪から容容を
救おうと自宅へ向かっていた。


5の17 現代

 容容は満足げに額の汗を拭う。その顔は、どこか誇らしげだ。視線の先にはピカピカに磨かれた浴槽があった。全自動洗浄機という機能が付いているが、やはり 手洗いに勝るものはない。


 お風呂掃除が終わり、捲くっていた袖を直しながら、台所へ向かう。もうすぐ帰って来る天祐さんのためにお茶の用意をしよう。
美味しいケーキを買っておいたから、紅茶もそれに合うものが良い。トレーにカップとポットを置くと、くるりと振り返る。
並んだ茶筒の前にでどれにしようかと顎を指で叩く。
(何が良いかな? アールグレイ? アッサム? それとも……)
悩んでいるとお風呂からお知らせのチャイムが鳴る。
『お風呂が沸きました』
あれ?
お風呂を沸かした記憶は無い。故障でもしたんだろうか? 

様子を見ようとお風呂場のドアを開けた。すると、浴槽から水が溢れ床までびしょびしょになっている。
「なんで?」 
栓を閉めた覚えがない。何より僅か数分で溢れる程お湯が溜まるなど普通では考えられない。
(………)
不審に思いながらも、裾をまくって ジャブジャブと尽きるつる。
まずは水を止めないと。
部屋まで水が流れ込んでは困る。
蛇口に手を伸ばした。すると、何かに引っ張られるみたいにそのままバランスを崩した。
「えっ?」
気付いた時には真っ逆さまに落ちてぶくぶくと湯船に沈んでいた。
びっくりして 思考が止まる。

「………」
水から出ようと湯船の縁を掴もうとするがツルツルと滑って掴めない。
だったら、普通に起きあがろうとしても、何かに押さえつけられているみたいに体が言う事を聞かない。何で? 湯船から出たいだけなのに何かに邪魔されている。
息も苦しくなってきた。その記憶にある息苦しさにハッとした。これは入れ替わろうとしていると、瞬時に理解した。
じゃあ、これは事故じゃない。
また徐さんが私と入れ替わろうとしてるんだ。その事実に胸に込み上げるものがある。
何時までも振り回されているのはもう嫌だ。
私は天祐さんと一緒に



生きていきたい。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。


池に飛び混んだ徐有蓉の鼻と口に濁った水が流れ込む。肺の奥を焼くような痛みに、さらに口が開く。視界は閉ざされ、上下の感覚さえ失う。本能で手足をバタつかせていた。





5の18 東岳国 過去

 ザブンと大きな音を立てて水しぶきが散る。いくら人工池でも深さはそこそこある。
枷をしているから泳ぐことは出来ない。それを分かって入ったと言う事は入れ替わる気だ。そうはさせてなるものか。
「俊豪様、早く引き上げないと」
若渓の指摘に 兵士たちが一歩も動かず 遠巻きに見てることに気づいた。
「何をしている。さっさと助けろ!」
催促してやっとわらわらと池に入って行く。だが、死んで当然と思っている配下たちはどうも動きが悪い。
「自害されましたでは、陛下からどんな叱責を受けるかわからないぞ」
その一言に、やっと配下たちが救出しようと急いで潜る。
「小有容と入れ替わったらどうしましょう」
 固唾を飲んで見守っていた若渓が 身を乗り出した。


現代
 沈天祐は引きちぎる勢いで天祐はドアを開けた。しかし、そこに彼女の姿は無い。
帰ると知らせているのに迎えに出て来ない。
何かしているのか? それとも……。逸る気持ちで居そうな場所を探して行く。
「容容! 何処だ」
名前を呼んでも返事がない。一秒でも早く彼女の顔を見ないと死んでしまう。心臓がミシミシと音を立てて凍って行くかのような時間。


東岳国
 徐有蓉を水から出そうとしても、部下たちの手を払いのけて水に沈もうと、手こずらせていた。
「何している。早く引き上げろ」
「「はい!」」
徐が配下たちと揉めながら何度も顔を水に漬ける。しかし、四肢を配下に捕まえられ岸へと向かって来る。
良かった。これで面目が立つ。



5の19 現代
 容容は空気を求めて顔を水面へと出そうとするが、自分の体と思えない位重くて動かない。水面は、すぐそこにあるはずなのに、届かない。喉の奥から泡が一つ 二つ 儚く浮かび上がっては消えていった。
駄目だ……。
本物の徐有蓉がこっちに来たいと言ったらそうなってしまう。私に抗う術は無い。私にはどうする事も出来ない。でもそれは不公平だ。
負けるものか!
もう一度全力で起き上がろうとした。すると急に体が自由になった。
「えっ?」
いったいどうなっているの?
起き上がると肩で息をしながら外へ出ようと立ち上がった。



5の20 東岳国 過去
 引き摺り上げられた徐が咳きこんでいる。捕まえようと手を伸ばしたが、やみくもに暴れ回られ遠巻きに見ているとまた池の中に飛び込んだ。
「ちっ! 何をやっている早くしろ」
唖然としている配下たちに声を掛けた。
しかし、疲れたようで動きが緩慢になっている。


現代
 滝のように 水が顔を流れていく。視界もままならない。 それでも、体を動かす。
ここに居たら危険だ。
浴槽をまたいだ。ところがまたそのまま足が滑って湯船に沈んでしまった。

終わりじゃなかったの!?

湯船の底から必死に手を伸ばしても縁を掴めない。もがけばもがくほど、底に引きずり込まれ、視界は暗く息は詰まり 指先から 感覚が消えていく。
ここまでなの? 
今までの事が甦る。幼い頃のまだお母さんが生きている頃の私、お父さんの居ない夜のお母さんと二人で食べた担々麺、小学校の給食、アイスの当たり棒、中華店で金オバサンさんがくれるお菓子。ささやかな幸せが次々と思い出される。しかし、それを突き破るように天祐さんが現れた。初めての出会い、お父さんから守ってくれた。スーパーに買い物に行ったり、料理を美味しいと言ってくれたり首飾りをもらったり。ああそうだ。天祐さんと知り合って世界が広がり、私は新しい人生を歩いている。もう馬鹿にも見下しもしない。彼は今まで生きて来て私を一番大事にしてくれた人。
離れ離れになりたくない。
(会いたい。会いたい。……会いたい!)
心の中で必死に助けを求める。酸素が無く息が続かない。どんどん意識が遠のく。もう会えないの?
神様がいるなら私の願いを聞き入れてください。その時
「蓉蓉! 蓉蓉! 何処だ! 返事をしろ!」
天祐様の声に諦めかけていた希望が甦る。
『此処に居ます』
鉛のように重い手を必死に動かす。しかし、指先が少し出ただけだった。
お願い。私を見つけて! 



生きていく。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


沈みゆく水の中で、必死に唱える。
死を望みながらも生を求める。
その矛盾が彼女の希望。



5の21 現代

 ここにもいない。 ここにもいない。この家がこんなに広いと思ったことはなかった。
ドアを開けるたび 期待が裏切られ 恐れと変わっていく。
(まさか 外へ……)
そんな時 ザーザーと水の流れる音が聞こえてきた。

 浴室のドアの外まで水が漏れている。
開けると湯船から溢れかえった水がつま先を濡らす。
まさか!
湯船を覗き込むと底に容容が沈んでいた。
助けを求めて水の中から手を伸ばしている。
「容容!」
あのクソ女!
徐が入れ替わりの術を使ったんだ。早く引き上げないと連れていかれてしまう。
「今助けるから気をしっかり持つんだ」
彼女がコクリと頷く。

 蛇口を締め、湯船に入って彼女の体を引っ張り起こそうとした。彼はこめかみに青筋を立て真っ赤な顔になる。しかし、彼女の体は張り付いているかのようにビクリともしない。クソッ! このままでは徐の思い通りだ。
「はぁ~」
怒るより救ける方が重要だ。まずは、窒息しないように空気だ。
息を胸一杯吸い込むんでそのまま潜った。
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