巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第三十一集

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 私より先に沈天祐さんの就職が決まった。
驚いたが納得もした。貴族と庶民。
そもそもの育ちが違う。それに伴い別の話が出てきた。

「容容をメイドとして雇うことにしたんだ」
「えっ? えっ? まっ、待って下さい」
予想外の事におどろいて声がうわずる。
無意識に立ち上がってもいた。
天祐さんの申し出はありがたい。天から降ってきたみたいな幸運だ。だけど……職が決まらない私をあわれんでのことなら……。
そう思うと首を縦には振れない。断るべきだ。だけど最高の職場だ。甘えたいと思う気持ちが、私にうなずけと言っている。
「私の元で働くのは嫌か?」
「とっ、とんでもない。うれしいです」
あわてて両手を振って否定した。見ず知らずの私をここに置いてもらっているだけでも
感謝している。すると、天祐さんが紙を私に押して寄越した。自然と紙を見ると私の名前が書いてある。
(すでに用意してあるんだ)
気早いと言うか、断られるとは思ってないみたいだ。いったい何時用意したのかてぎわの良さに感心する。天祐さんの期待に応えたい。でも、お金を貰うのは抵抗がある。見るとはなしに、見ていると給料の数字に目がとまった。
「にっ、二十万?」
「そうだ。正確には日給八千円で週休一日だから、月に直すと二十六日だから、……二十万八千円だ」
「そんなにいただけません」
あまりの高額におどろいて立ち上がってしまった。中卒の私の皿洗いのバイトの時給は四百円だった。それが……なっ、何倍!? 
そのうえ前の仕事に比べたら天国のように楽なのに……。そんなにもらったら罰が当たる。
(私にそんな幸せがやって来ていいのだろうか?)
あまりにも良い条件に足がふるえる。
「むっ、むりです。私にそんな」
「まぁ、待て!
しかし、天祐さんが手を突き出して言葉をさえぎる。
「この家に住むんだから家賃、食費、光熱費等を差し引くから手取りとしては五千円だ」
「五千円……」
ため息とともに金額を口にした。
言われてみればその通り 今までの分を請求されないだけ ありがたい。それでも五千円は私にとって大金だ。今までは全部お父さんに渡していたから 自分で使って良いお金なんて一円も無かった……。おこづかいもお年玉もなかった。もらったことがあるのはタバコのおつり。それも 後で返せと言われた。
天祐さんを見る。この人はお金持ちだから大丈夫。後で取り上げられたりしない。
(私のお金か……)
もらったら一番最に初を何を買おう……。天祐さんの食事を作るようになって大概の物は食べた。でも、天祐さんは甘いものはさして食べたいと言わないから おやつのような物は買った事も無い。果物ぐらいしか食べてない。
やっぱり……アイスクリームが食べたい。学校に入る前にお母さんに食べさせてもらったきりだ。何味を食べようかな……。
チョコ? イチゴ? バニラ?……う~ん。悩む。

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 天祐は幸せそうにあれやこれやと考えている容容を見て王元の助言を受け入れて良かったと思った。
最初は理解できなかった。月給が五千円など、子供のこづかいじゃなあるまいし話にならないと却下した。しかし、王元が彼女の事を分かっていないと首を振られた。一回しか会ってないのに何が分かると むっとした。
「貧乏人が大金を手にすると使わずに貯め込むんですよ」
「どうして?」
「貧乏人にとって金は奪われる物なんです」
「………」
「だから、隠すんです」
「………」
そう言われて初めて自分が彼女の事を分かっていなかったと知った。驕っていた。
同情だけでは容容を助けたとは言えない。相手の立場に立って考えてこそだ。自立させる事こそが彼女の為になる。そして大学で仕事をしている私が保証人になれば容容の希望する仕事に就けさせられる。
なんなら 学校に通わせても構わない。



3の51

 カーナビの指示通り右折すると大学の駐車場の入り口に着いた。勿論ルートは王元にセットして貰った。慣れるまでは指示に従えとのことだった。一度も行った事が無い場所でも地図無しで行ける。今の時代は便利だ。
本当にたどり着いた。車を指定された駐車場に停める。

初出勤。
なんだか 適時に乗り込む 気分だ。
天祐は慣れぬネクタイに手を掛ける。自分では着られないので容容にやって貰った。これから毎日着るのかと思うと憂鬱になる。首に縄をかけられているようだ。しかし、大学に仕事が決まったと言ったら容容が自分の事のように喜んでキラキラして目で見られた。
そんな目をしてくれるなら我慢しても良い。
今朝も嬉しそうに送り出してくれた。

案内標識に従って行くと大学の職員入り口に着いた。奥には大きな石造りの建物が見えた。それでも大きな建物だ。
『これが大学というところか)
ビルと違って少し古く感じる。鉄柵で周りが囲まれている。色んな様式の建物がある物だと感心していると、小さな箱に入った門番らしい男が近づいて来た。歳を取った日に焼けた農民のように愛想が良く笑顔だ。
「どちらへ御用でしょうか?」
「今日から国文科で働くことになった沈天祐だ」
そう言って採用通知を見せた。
「はい、はい。話は聞いてます」
「これが駐車許可書。車の見えるところにおいて置いてください。それから……」
男が説明しながら紙や物を渡して来る。門番では無く役人なのか?
そんな事を考えながら聞き流していると、
「これが身分証になります。大学に居る間は退所するまで首に掛けて下さい」
そう言って青い紐を首に掛けた。紐の先に四角いカードが付いている。
私の名前と顔写真が載っている。何でこんな物を身に付けてないといけないんだ?
そう問おうとしたがその男も身に着けていた。庶務と書いてある。やはり、門番では無かった。郷に入っては郷に従えと言う。素直に受け入れた。


 建物の奥へ奥へと進む。しかし、地下だと言うのに昼のように明るい。この時代は不夜城と言っていい。まさかこんな時代が来るとは、良い事なのか悪い事なのか……。誰かが起きている。そんな街では安心できる事も無いだろう。そんな事を思っていると部屋に着いた。確かめるようにドアの名札の字を見る。
「古文研究室」合っている。
髪を撫でつけて名札の向きを確認する。
(さてさてどんなメンツが揃っているかな)
期待と好奇心を胸にドアを開けた。

 部屋の中は机が並べられていて、物に埋もれた席から私に気付いた数人が立ち上がる。王元のように軽い男は居ない。皆一様にうだつの上がらぬ文官を思わせる風体だ。全員で五人。気取られぬように一人一人の顔を確かめた。人の心は顔に出るものだ。別に顔立ちの美醜を言っているんじゃない。不思議な事に性格的なものが表情として出る。その能力が優れていると認められて間者になるべく訓練を受けていた。悪意の感じはしない。どの者も害はなさそうだな。これなら上手くやっている。すると、奥に座っていた年配の男が近づいて来た。面接の時にいた男だ。
「おお待ってたよ。時間ピッタリだ」
「はい」
「今日から一緒に働く事になった沈天祐くんだ」
そう言って私の肩に手を置く。馴れ馴れしさにピクッと瞼が動く。しかし、そこは我慢して愛想笑いを浮かべて皆を見る。
気性が荒いものだと思われては困る。
「どうぞよろしくお願いします」
「分からないことは張勇くんに聞いてくれ」
「はい」
自分ですと張勇が手を上げた。丸っこい顔に丸メガネ。身体も丸い。歳は三十近い。
お人よしそうな人相だ。だから、こう言う面倒ごとを押し付けられているのだろう。
返事がわりに会釈を返した。

仕事の説明を一通り受けた後、自分の机に座った。こうやって机を並べて何かするなど子供の頃以来だ。それぞれ物が積まれているのも私塾に通っていた頃を思い出す。
それでは仕事に取り掛かるか。
仕事は古代の言葉を現代語に直す事。しかし、私にとっては生きていた時代だ。容易い。机の右側に受け取った紙を置くと自分の前に新しい紙を左側に置く。机には予め筆や墨が用意されていた。
(これが墨汁か……)
筆に付けて文字を書き始めると、本当に何文字書いても色ムラが無い。不思議で楽しい。
墨を磨らなくて良いし均一に色がなるのも良い。夢中で筆を動かしていると人の気配を感じる。面を上げると皆が仕事の手を止めて近寄っていた。何事だ。まさかの虐めか? 
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