巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第三十八集

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3の71
 容容は流しの上の戸棚を開けた。すると同時に何かが落ちてきたいた。
「痛っ」
額をこすりながら下を見ると それは紅茶の茶葉だった。物は小さいが 真空パックされているから重い。
(………)
気を取り直してもう一度 しまうとその横 にしまっておいた春雨の袋を取り出した。今夜は 春巻きだ。
ピンポーン。

 容容はまたもや届いたダンボールを見て暗雲たる気持ちになっていた。連日 この調子だ。
「はぁ~」
呆れはてて溜め息を付く。このところ通販にハマって買い物ばかり。
買い物を控えて欲しいのに……。
私の苦労も知らず、商品が届く度、いかに得な買い物をしたと自慢気に言う。それが、『ダージリン10キロ』(全部飲み切るのに何年かかるの?)『紳士靴下100足』(これに至っては何年かかるか分からない)
そんな調子で何でも買ってしまうから、台所にもリビングにもまだ開封していない、食料品や服が積まれている。

今度はいったい何を買ったの? 何も知らされてない。腹を立てても仕方ない。取りあえずここには置けない。移動しよう。その時ふとダンボールに貼ってある伝票が目に入った。『一つで七役万能鍋』
(万能鍋ね……)
箱の側面に何が入っているか 写真が載っていた。普通の鍋で十分。付属に付いている網が六個あるだけ。肉まん用、焼売用、ショロンポウ用。別に同じ網で足りる。どう考えても騙されている。私だって分かるのに、その自覚がない。頭の良い人なのに……。
昔の人で純粋だからだろうか?
このまま買い物を続けていたら、あっという間に物であふれかえる、いくら部屋が広くても限界はある。部屋がダンボールでいっぱいになる前に何とかして止めさせないと……。私が注意してもきっと聞いてくれない。
(どうしたら止めてくれるかな?)
腕組みしてしばらく考えていると、いいアイデアが浮かんだ。でもそれだけじゃ心配だ。
王元さんに私の代わりに言って貰おう。彼の話なら聞いてくれるはずだ。


3の72
 沈天祐は王元の小言を魚にバーで飲んで帰ってきた。シャワーを浴びても ほろよ気分だ。タオルを机に向かって放り投げて、寝ようと寝台に腰を掛けた。すると踵が何か固いものにぶつかった。何だと下を覘くとダンボールが置いてある。
(何でこんなところに?……まぁいい)
明日にでも容容に片付けさせよう。そう思って横になったがどうも気になる。
「………」

いったい何が入ってるんだ?
箱の蓋を開けると靴下がぎっしりと詰まっていた。容容が片付け忘れたのか? ここに置いておくと目障りだ。自分でしまおうと箪笥の引き出しを開けた。満杯。なら次の段。
「………」
次々と引き出しを開けた。全て同じ靴下が
ぎっしり詰まっている。
「成程………」
王元も彼女の差し金か。ここまでされれば
その意図を理解した。流石に買い過ぎたかとポリポリと鼻を掻く。しかし、このまま此処に箱を置きっぱなしにして置くのは落ち着かない。寝台に腰かける度ぶつかるのはストレスだ。二度と勝手に買わないと言えば何処かに仕舞ってくれるだろう。
今晩だけの我慢だ。


3の73
東岳国 過去
 日が傾くのを待って徐有蓉は夜に紛れて東宮へ向かっていた。白粉屋で眉をかき 紅をさし、爪は火であぶって形を整えた。着物は大したことはないが精一杯のおしゃれだ。
枯れ草をかき分けて廃寺の庭石の下から鍵を取り出すと、寺の物置小屋の扉を開ける。
小屋の奥に掛かっている掛け塾を捲ると入り口が現れた。宮殿への抜け道は多い。
何度もこの道を通った事を思い出す。彼を皇太子にする為に二人で色々相談した日々。あの頃が一番幸せだった。その幸せを想い、噛みしめた。



3の74
 容容にとって移動はお手の物だ。
地下鉄の改札を通り、目の前のエスカレーターを昇り切ると巨大なデパートがそびえ建っていた。目的地に到着。
毎日大学へ弁当を届けに電車に乗っているからか自信が付いた。他の路線も問題無く乗れるようになった。今日は天祐さんに頼まれて商品を受け取りにデパートまで来た。
新しい体験がまた一つ増えた。

 回転式のドアに押し出されるように店内に入った。広いホール 星空のように輝いている
シャンデリア。 3階直通 へのエスカレーター。すごく明るくてキラキラしている。
働いている人も、お客さんもみんなモデルやタレントさんみたい。その中に自分が居る事が場違いな気がして居心地が悪い。
用がなければ一人では絶対来ない。
声を掛けられる前に移動しよう。

 エスカレーターで昇る度に洋服、家電、家具と売っている商品が変わり驚く。まるで遊園地みたい。見て回りたいけれど、夢中になって時間を忘れそう。それに来るなら天祐さんも一緒が良い。きっと喜ぶはずだ。そうでないと拗ねてしまうかもしれない。


無事終わった。ホッとした。それでも念には念だ。デパートの出入り口の所でメモを見ながら受け取り忘れが無いか紙袋を開けて中身を確認する。
「筆櫛、筆吊り、筆置き……」
よし全部受け取った。さぁ帰ろう。そう思って出入りに向かったが、
「徐有容?」
名前を呼ばれた。振り返ると派手な服を着た三人の女の人が立っている。年の頃は私と一緒だけど……。私に声を掛ける知り合いは居ない。ここは田舎じゃない。
(誰だろう?)
ファッション誌に出て来そうな服を着ているが……。はっきり言って似合って無い。
素人の私でも分かる。でも相手は知ってる……。腕組みして私をニヤニヤ笑いながら見ている。
(この感じ……)
私を虐める時のあの感じだ。

瞬間、頭の奥に押し込まれていたはずの忘れたい記憶が一気に噴き出した。
陳芳をはじめとする三人組だ。彼女たちは小学校の同級生でいつも私をいじめていた。
小学校を卒業して八年も経つのに顔を見ただけで心はあの頃の小学生に戻ってしまう。まだ、お母さんが生きていたけれど、生活は苦しくお父さんの暴力は既に始まっていて、学校に行けない日が多かった。だから、友達も居ないし勉強も付いていけなかった。何時も一人でいたからいじめの恰好の的だった。それでも酔っぱらったお父さんから死ぬ程殴られるよりましだったし、給食が食べられた。
でも、そのせいで余計にいじめられた。
(にっ、逃げよう)
出入り口に向かって駆け出そうと向きを変えた。しかし、その前に肩を掴まれて引き戻された。しまった!
「何処行く気?」
「………」
ギュッとしわが出来るほど紙袋を抱き締めた。一緒に遊ぼうと言って校庭の隅に連れて行かれた。その時と同じだ。
もう駄目だ。逃げられない。三人に取り囲まれると昔に戻って身体が縮こまる。
下手に逃げたらどこまでも追い掛け回される。あの喉が裂けるほどの痛み、苦しくて苦しくて胸が痛かった。

「久々なのに挨拶も無し」
「そうだよ。会えて嬉しいでしょ」
「………」
彼女たちがのしかかるように近づいて来る。
容容は無意識に体を小さくしていた。
卒業してずっと会って無かったのに……。
どうして今日ここで会うの? 運の悪さを呪う。

なすすべなく両側から腕をガッチリ掴まれて陳芳を先頭にデパートを出た。


3の75
「ただいま~」
自宅の扉を開けた天祐は「お帰りなさい」と言う声が聞こえない事にあれっと思った。そして、容容の靴が無い事にも気付いた。空っぽの部屋に戻ったようだった。
腕時計で時間を確認する。商品を受け取りに行っただけなのにまだ帰ってないのか? 
とっくに帰っていても可笑しくないのに……。
あるべきものがない。そんな物足りなさを感じる。帰れば彼女が迎えてくれる。
部屋には灯りが付いている。それが当たり前になっていたからか……。
「………」
少し遅れているだけ。そう思っても心配で落ち着かない。不安を解消したくて電話を掛けたが、掛けてもコール音だけ。切ってもう一度掛け直しても留守番サービスに繋がるだけだった。
「お客様のお掛けになった」
さっきから電話しても出ない。
迷子? 迷子になったのか? 否、この時代の人間だ。違う。
天祐は部屋を行ったり来たりしていた。胸騒ぎがする。遅い、遅すぎる。無事が知りたい。それが無理なら せめて、今どこに居るのか知るだけでも知りたいだけなのに……。
「お客様のお掛けに」
万能道具だと思っていたのに肝心の時に役に立たない。八つ当たりしてスマホを放り投げた。

「落ち着け。落ち着くんだ」
何か方法があるはずだ。
こういう時は……。
額を指で何か出て来いとトントンと叩く。
「あっ!」
そうだ。GPSだ。前に浮気調査の番組のテレビで見た。慌ててスマホを拾い上げた。
しかし……どうやって調べるんだ?
見流ししないで、ちゃんと見ておけば……。
そうだ! 知らないなら聞けば良いだけだ。早速電話を掛けた。
「ああ。王元か。私だ」
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