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【完結】頭が痛いと言ってくれ!【閲覧注意/催眠】
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しおりを挟む「お前の――――ろうが」
心地いい話し声にふっ…と意識が浮上する。
部屋の明るさを瞼越しに確認してからゆっくり目を開けると、ぼやけた視界にカーテンレールと白い天井とが映し出された。
見覚えのない天井。
どこだ、ここ…。
霧散していた思考がじわじわと戻ってきて、どうやら自分の部屋ではないベッドに横になっているらしいことに気付いた。
「――しで―――なん――しろ」
きっちり閉じられたカーテンの向こうから江國課長の声がする。相手の声は聞こえないから、誰かと電話しているみたいだ。
「――頼むよ。大事なんだ…」
どこか切なげな、切羽詰まったような。初めて聞く声色に「あ、多分聞いちゃ駄目なやつだ」と耳を塞ぐように寝返りを打つ。
口元に持って来た手の甲に刺された点滴で、やっとここが病院で、課長が付き添ってくれてるらしい、ということに気付いた。誰が連れてきてくれたかもこの状況ならもう明白だ。
最悪だ。このクソ忙しい時に…。
「…高坂?」
背中側でカーテンが開かれる軽い音がした。
つい今寝返りを打ったばかりだったけど、ごそりともう一度身動ぎして課長に向き直る。
起きようとするのを手で制しながら、課長は困ったように苦笑いを浮かべて「よかった」と息を漏らした。
「かちょう…すみません…」
居た堪れなさに肩を窄める。
開口一番そう謝ると、課長は俺の枕元の椅子に座って額にそっと手を置いてもう一度、ふぅ、と息を吐いた。
「肝が冷えた」
それからちょっとわざとらしく怒ったように眉間に皺を寄せて見せる。
本気で怒ってるわけじゃない。
課長がこの顔をする時はいつもほんの少しだけお小言と、3倍くらいの気遣いの言葉が掛けられる。
そんな事が分かってしまうくらい俺は課長に心配をかけてしまってるということだ。
「無理をするなとは言わないが、心配かけるな。辛いなら辛いって言ってくれ。…頼むから」
その表情がちょっと泣きそうに歪んだように見えて、慌てて身体を起こそうと身を捩れば、額に置かれた手に少し力が籠って遮られた。
「寝てろ。今日は大事を取ってこのまま入院。明日は休め。申請は俺がしておく」
明日は今までのミーティングの報告会議がある。こんな状況になってしまったせいで資料もまだ全然仕上がってない。俺が休んだら他のメンバーにしわ寄せが行ってしまう。
俺がそう言おうとしたのを察したのか、課長は今度はホントにちょっと怒ったような顔をして俺を軽く睨んだ。
「…お前の体調管理も俺の仕事の内だ。お前に俺の下で再起不能になんかなられたら俺の評価にかかわるんだよ。だから、頼むから休んでくれ」
そんな風にちょっとぶっきらぼうな物言いをされても、課長がそれを本気で言ってるわけじゃないことなんてすぐにわかった。でもそう言われてしまうと嫌ですなんて言えなくなってしまう。それをわかっててわざとそんな言い方をするんだ。この人は。
気を遣わせてばかりで、ホント、情けない…。
不甲斐なさに消沈した所で、意識の隅にいた頭痛がまた蘇ってきた。
「…っ…」
鼓動に合わせて大きくなったり小さくなったりする頭の中の異物感に思わず息を詰める。視界からの情報すら辛くて目をぎゅっと閉じると、課長が瞼の上に手を置いてくれたのがわかった。眩しさが和らいでほんの少しだけ頭痛がまぎれる。
「…色々問い詰めたいところだが、今日はもうこのまま寝ろ。明日退院までにまた迎えに来る」
課長の涼し気な声は、不思議と聞いてるといつも少し頭痛が和らぐ気がする。がんがん攻撃されてる俺の脳を守ってくれるみたいに。
…ずっと喋っててくれないかな。そんなこと言えないし言わないけど。
出来るだけ頭痛を意識しないようにそんなことを考えてるうちに、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
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