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第24話 第一のルール
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ゆっくりと世界は浮かび上がっていく・・・・
「・・・NaGraphGon!」
・・・正体不明の言霊が世界全体に囁いている・・・・
「・・・GonMedVan MedVehUnGon!?」
・・・言葉の意味は不明だが、
それがなにか切迫した様相を呈しているのはわかる・・・
「VehUnDrux GonMedVan NaGraphUnDon TalGraph!?」
ガクガクガク・・・・
世界が揺さぶられている・・・
バチーーーン!!
痛い・・・
世界・・・いや・・・僕の頬に痛みが走った・・・・
混沌の中で朦朧としていた意識が徐々に明瞭になっていく。
「・・・・・・・・おい!」
「・・・・お前、聞こているか!?」
・・・そこでようやく声の主が僕を呼びかけていると認識した。
顔を上げて、閉じていた目をゆっくりと開いていく。
「・・・気づいたか?」
・・・目を開けると、黒い天幕が僕の目に飛び込んできた。
横では白い法衣を着た男性が僕の顔を覗き込んでいる。
「・・・ふ、ふぇ!?・・・って・・・えっ」
要領を得ない腑抜けた返事をしてしまう。
僕はマットレスのような簡易ベッドの上に寝かされていた。
「・・・僕は・・・・いったい・・・」
法衣姿の男性は僕の意識が戻ったことを確認すると、ぶっきらぼうに答えてきた。
「ここは王宮前に特設で作られた野外病院の中だ」
「・・・お前どこか痛いところは?動けそうか?」
そう言いながら彼は、僕の頭を左右に傾けて傷の有無を確認した後、身体をまさぐるように触診してきた。
・・・ちょっとくすぐったい。
彼はカーラ王国軍の回復術師だろう。
首を動かして周囲を見回してみると、僕と同じ様にベッドの上で寝かされている人が大勢いた。
彼以外の術師も何人もおり、患者の怪我の治療にあたっているようだった。
「・・・あ、はい。大丈夫です・・」
「あの、僕はなぜここに・・・」
目の前にいる術師にそう尋ねると、彼は眉をひそめる。
「さあな。ここには怪我人が大量に運び込まれてきてるからあんたの事情なんて一々知らんよ」
「だが、あんたはほとんど無傷に近かったから、大方気を失っただけなんじゃないか?」
「・・・・・」
彼の言葉を受けて、僕は直前の記憶を辿る。
・・・そう、僕はあの「地獄」からエレベータで地上に脱出した。
そして、エレベータの外に出るとふっと糸が切れたかのように意識が飛んだんだ。
オークション会場で経験した恐怖は凄まじいものだった・・・
あの時の僕は、極度の緊張で過呼吸状態になっていた。
一刻も早い休息を身体が求めていたし、失神したのは当然の流れだっただろう。
「一応、軽い擦り傷や打撲はあったから、そこだけは治してやっといたよ」
「あんたはもう大丈夫だろ。すまないが、もう出てってくれないか?」
「自分の足で動けるやつを見てやれるほど今の俺達に余裕はないんだ」
「周りを見てわかる通り、瀕死の重症者が山程いる。五体満足のあんたと違ってな」
術師はしかめっ面をしながら、そう皮肉をきかせてきた。
「・・・はい」
・・・彼の言葉に僕は素直に頷く他なかった。
周りの患者に注意を向けると、全身大火傷で意識不明の患者や、
肢体を失って痛みで呻き続けている重症者で溢れていた。
確かに彼らからしたら僕は無傷にも等しい。
事件のことを聞きたいと思ったが、どうやらそれどころじゃなさそうだ。
回復術師にとってはこれからがまさに地獄の始まり。
健常者は邪魔にならないように退出すべきだろう。
僕はもぞもぞとベッドから起き出す。
その際、周囲を探してみたが、僕が被っていたシルクハットは見つからなかった・・・
どうやらオークション会場を脱出した時にどこかに落としてきてしまったらしい。
親方に貰った大切なものなのに・・・
僕は肩を落としながらそのまま外へと移動する。
「・・・・うっ」
天幕を捲った瞬間、暁の光が僕の網膜を照らしてきた。
薄暗い闇の中に差す光明に僕は目を眩ます。
・・・いつの間にか外はもう朝になっていた。
恐怖と絶望で覆われていた夜の帳を、安らぎと希望の光が穏やかに満たしていく。
その一方で、地上を見渡せば昨夜の事件の凄惨さを否が応でも感じてしまう。
王宮を囲む様に配置されている何棟もの兵舎からは未だ噴煙が上がり続け、建物の一部が倒壊していた。
カーラの騎士や兵士達が負傷者の搬送と救助、周辺の治安維持のために奔走していた。
・・・ギルド会館に目を向けてもその状況は同じだった。
会館の周辺には兵士達が厳戒態勢を敷いており、会館の中から運び出されてくる負傷者の搬送と手当に救護班が追われていた。
しかし、あの様な事件があったにも関わらず、会館の建物自体に損傷は全くと言っていいほど見られなかった。
自らの威風と栄華を誇示するかのように、欲望の塔は今日も堂々とカーラの空に聳え立っている。
「・・・おい、そこのお前。お前は救助者だな?」
「確認がある。こっちへこい」
野外病院の天幕を出て辺りを見回していたら、書類を広げて何かの事務作業をしていた兵士に声を掛けられた。
僕は言われるまま彼のもとまで向かう。
「・・・・はい。なんでしょうか?」
「身元確認だ。身分証を持っているか?あるなら提示しろ」
「ないなら解析魔法を受けてもらうことになるが・・・」
「・・・あ、はい。ちょっと待って下さい」
そう言うと僕は懐からゴソゴソと身分証カードを取り出した。
内ポケットに入っていたことが幸いして、身分証は落とすこともなかったようだ。
もし無くしていたら、再発行しないといけないから助かった。
「・・・これです」
「うむ、確認する。そのまま待ってろ」
兵士は僕から身分証を受け取ると、机の上に広げられた名簿リストをめくり始める。
彼が身元の照合を行っている間、僕はなんとなく周囲に視線を這わせた。
・・・・・頭に思い浮かんでくるのはやはりあの巨人達のことだった。
奴らはいったいどうしたんだろうか・・・
オークション会場にいた全ての者達に恐怖と絶望を植え付けたあの5人の巨人達。
僕がエレベータで地上に上がって失神した後、奴らも間違いなくオークション会場から外に出たはずだ。
こんな呑気に救護活動をしているという事は、奴らの襲撃はもう終わったと見て良いのだろうか・・・?
さもなければ今頃この周辺は地獄と化しているはずだもんな・・・
頭の中で地獄絵図を想像してしまい僕はぶるりと震えてしまう。
それから程なくして、名簿の確認が終わった兵士がまた声を掛けてきた。
「・・・把握した」
「エノク・フランベルジュ・・・アザゼルギルド推薦のオークション参加者だな」
「確認する」
「お前はオークション会場で起こった事件の一部始終を目撃したか・・・?」
「・・・・はい。見ました・・・・・」
僕は言葉少なげに頷いた。
目撃も目撃。恐らく僕は五体満足で動けて、かつ、襲撃犯を間近で見て生き残れている貴重な証言者だろう。
事件のことを聞かれたせいか、フラッシュバックのように悪夢が脳裏に蘇る。
そうなったらもう居ても立っても居られなくなった・・・
「あ・・・あの!すみません!!」
「・・・あの巨人達はどうなったんですか!!?」
「奴らはもう倒したんですか?それとも逃げたのでしょうか!!?」
「知ってたら教えてください!!お願いします!!!!」
身を乗り出しながら兵士に懇願するように問いかける。
彼は僕の顔をじっと見つめると、そのまま顔色を変えず無機質な声で返事をしてきた。
「・・・今回の事件に関しては箝口令が既に敷かれている」
「お前も私も事件で知っている事は別命あるまで口外してはならないし、国外に出ることも禁止される」
「もし、この命令を破った場合には追跡部隊が差し向けられ処分されるだろう」
「・・・・・」
にべもない彼の返答に僕は愕然とした。
「・・・名簿によるとお前はクレスの町在住だな」
「帰宅は許されるが、後日お前には出頭命令が下されるだろう」
「通達が来たら、速やかに王都に出頭し事件解決に貢献するように」
「今後はしばらく王都に何回も呼び出される事になるだろうから、その心づもりでいろ」
「以上だ。行ってよし」
「・・・・・」
目の前の兵士は事務的な事だけ伝えて、そのまま作業に戻っていった。
僕にはもう目も合わせていなかった。
これは取り付く島もないな・・・
「・・・分かりました。失礼します」
僕はペコリと兵士に頭を下げると、その場を後にした。
胸に渦巻いていたモヤモヤはいつまでも消えそうになかった。
・
・
・
・
・
部屋の中に曙の光が差してくる。
見晴らしの良い場所に建物が設置されている事もあり、
明けたばかりだというのに、その光量の多さに思わず目が眩んでしまう。
寝不足の目に正直これは堪えるわね・・・
昨夜は満足に眠ることが出来なかった。
カーラの王宮の空を赤く焦がした炎が一晩中私の瞳に張り付いていた。
そして、あの巨人達の姿も・・・・・
ただ事じゃないことが起こっていた。
エノクの事が心配でたまらなかった。
・・・エノクどうしたのよ?
なんでまだ帰ってこないのよ・・・
昨夜は一晩中待ったが、エノクは戻ってこなかった。
こんなに不安になったことなんて、いつ以来だろうか・・・
あの子の目に何か合ったとしても私はなにも出来ない。
ただ祈る事しか出来ない自分が情けなかった。
元の大きさだったら、真っ先に駆けつけにいったのに・・・
「・・・エノク無事でいて・・・」
ぼそりと私はそう呟いた。
寝不足で黒いクマが付いている目をこすりながら、会館を見守り続けていた。
そんな中、背後ではゴロン・・・と何度も寝返りを打つ音が聞こえてくる。
「・・・ZZZ・・・ZZZ・・・」
おーおーー・・・
私とは反対に気持ちよさそうに寝ちゃって・・・
妖精って無邪気なものねぇ・・・
心配事とか全くないんだろうなぁ・・・
リリーが身を丸めたネコのように私のクッションの上で眠っていた。
もし、彼女が言葉を発する事ができたら「ムニャムニャ」と寝言を言っていたんじゃないだろうか。
そう思えるほど彼女は呑気に眠りこけている。
彼女を見習って少し仮眠を取ろうとしたが、結局エノクのことが心配ですぐに目を覚ましてしまった。
コツ・・コツ・・・コツ・・・・
その時だ。
朝も十分明けた頃、廊下から足音が聞こえてきた。
足音は非常にゆっくり近づいてきており、
その足取りはなぜか重たく感じてしまう。
「・・・・!!」
バッ!!
リリーが急に飛び上がるように起きた。
彼女の突然の行動に私も驚いてしまう。
「あ・・・ちょっ・・リリー!!?」
「どうしたの!?」
ヒョイーーーーン!!!
声を掛けたのも束の間、リリーはあっと言う間に窓から飛び出して、大空へと消え去ってしまった。
「リリー・・・」
彼女を呼びかけるがもうここに戻る気配はなかった。
今の私には彼女に毒づく元気もない。
いつかまた再会できればいいけど・・・・
ガチャ・・・
足音はこの部屋の前で止まり、そのまま音の主は部屋に入ってきた!
ヤバッ!隠れなきゃ!
そう思って、机の影に隠れようと思った時だった。
「・・・・・・レイナ・・・いるかい?」
今にも消え入りそうな、か細い声が聞こえてきた。
こ・・・この声は・・・・!!
「エノク!!?」
「エノクなの・・・!?」
逃げようとした足をすぐに転換させ、玄関方面に足を向ける。
「レイナ・・・・!レイナ・・・よかった・・・」
焦燥しきった顔で私を見るエノクの姿が目に入ってきた。
「・・・・ん・もう!心配したじゃない!!」
「どうしたのよ一体!!?」
エノクの姿を見て私はほっと胸を撫で下ろす。
本当は彼が無事に帰ってきたことを全身を使って喜びを表現したかったが、
彼の疲れ切った姿を見て思いとどまってしまう。
ただオークションに参加していたとは思えないほどエノクの格好はくたびれ果てていた。
その着ている衣服はところどころ擦り切れ、全身が埃にまみれ白くなっている。
おまけに親方に貰ったというシルクハットも持っていないようだった。
やはりオークションでなにかあったことは間違いないだろう。
「う・・・うううう」
「う・・うわあああ・・・」
「・・・良かった・・・レイナ・・・本当によかった・・・・」
「え・・・・えええ!!?ちょっと、・・・エノク」
「う・・・・うわあああああああ・・・あああ」
私の姿を見た途端、エノクは大きな声を上げて泣き崩れてしまった。
その姿を見て私は途方に暮れてしまう。
エノクはしばらくそのまま嗚咽を上げ続けていた。
・・・彼になんて言葉を掛けていいのか分からない。
こんな時黙って抱きしめてあげることができればどんなに良かったことか・・・・
自分の小さな身体を恨めしいと思ってしまう。
「・・・・・うっうっうっ・・」
「・・・・・・エノク・・・」
そのまま私は彼が泣き止むまで待つことにした。
あのオークションでなにかとんでもないことに巻き込まれたことは想像に難くない。
今はただ、彼が落ち着くまで待つとしよう・・・・
「・・・ごめん。帰ってそうそう、情けない姿をみせちゃったね・・・・」
しばらく時間を置いた後、エノクは顔を上げ私にそう言ってきた。
「・・・・大丈夫よ」
「エノク・・・改めて無事に帰ってきてくれて、良かった・・・・」
「・・・・うん」
私がねぎらいの言葉を掛けると彼は力なく頷いた。
「まずは、ゆっくり休んで。話はそれからでもいいでしょ・・・?」
「・・・・いや、ごめん。逆に僕は今レイナと話していたい・・・駄目かな・・・?」
捨てられた子犬のような目でエノクは私を見つめてきた。
そんな顔されたら駄目だって、言えるわけないじゃない・・・
「私は良いけど・・・エノクは大丈夫なの?なにかあったんでしょ・・・」
「うん・・・・そうだけど。今はレイナの声を聞きたいんだ・・・・」
「・・・・・」
嬉しいこと言ってくれるじゃない。
エノクの憔悴しきった顔を見たら休んだ方が良いと思ったのだが、
どちらかというと身体の問題というより精神(メンタル)の方が疲れているんだろう。
彼としても不安を誰かと共有したいに違いない。
「・・・分かった。じゃあ、さっそくだけ聞かせてくれる?」
「何があったのかを・・・」
「・・・・うん」
エノクは頷くと、それからゆっくりとオークションでの出来事を語り始めた・・・・・
・
・
・
「・・・・という事があったんだ・・・」
「・・・・・」
エノクが長い長い語りを終える。
彼の言葉に時々相槌を入れながらも私は終始無言で聞いていた。
エノクは私に話しているというより、神に対して懺悔をしているかのような感じだった。
全てを聞き終えた私はエノクにそっと近づき、机にうつ伏せになって項垂れていた彼の頭を撫でる。
「エノク・・・話を聞かせてくれてありがとう」
「まずはお疲れ様・・・」
なでなでと、体いっぱい使って頭を撫でてあげた。
「・・・・レ・・・レイナ・・・」
「や、止めてよ。恥ずかしいよ・・・」
彼は照れるように言葉を返してきた。
だけど、私に撫でられるのは嫌じゃないのか、そのままなすがままにされている。
「・・・いろいろ言いたいことはあるけど・・まずは無事に帰ってきて良かった」
「こうやってエノクの生きている姿を見ることが出来たんだから、今回ばかりは神様に感謝しなきゃいけないかもしれないわね」
「・・・うん。ごめん・・・」
エノクは私の言葉にまたしても謝罪で返してきた。
私になにか負い目があると思っているのだろうか・・・
ここは彼の心を晴らす意味でもちゃんと聞いてあげなきゃ駄目だろう。
「エノク・・・どうしたの?」
「無事にこうやって戻ってこれたのに、まだ、なにか気にしていることがあるの?」
「・・・・・」
エノクは私から目を逸らした。
内に溜まって吐き出したいものがまだあるのだろう。
彼の癖は大体もう分かっている。
「・・・エノク。お願い何でも話して。隠し事はなしよ」
「私はちゃんと聞くから」
「うん・・・・」
エノクは小さく頷くと再び懺悔を始めた。
「僕は自分がなさけないんだ・・・」
「情けなさ過ぎてどんな顔してレイナに顔を合わせればいいのか分からないんだ」
「・・・うん」
「ネクタルの持ち主の情報を得ようと2階席に忍び込んだ時はカインに掴まってボコボコにされた・・・」
「そして、手錠を掛けられ観衆の冷ややかな視線に晒されながら地下牢に連行された・・・」
「オークション会場から脱出する時は、腰を抜かして自分で立って逃げることも出来なかった・・・」
「挙げ句の果てに僕を助けてくれたオロフさんは目の前で殺され・・・彼を助けることも出来ず、僕はおめおめと1人で脱出したんだ・・・」
「・・・最低だよ・・・僕は・・・・」
「・・・・・」
自分の不甲斐無さへの不満を吐き出すようにエノクは語り続けた。
そんなエノクの話を私は黙って聞いている。
「・・・僕は今後どんな顔をして周りと向き合えばいいのか分からないんだ・・・」
「・・・いや、怖いといったほうが正しいかもしれない」
「軽蔑の目を向けられるのがね・・・」
「・・・・」
「・・・レイナは情けないこんな僕を笑うかい・・・?」
エノクが私に視線を向けてきた。
私は彼をまっすぐに見て、ハッキリと伝える。
「笑わないわよ」
「そして、情けないとも思わない。少なくとも私はね」
「えっ・・・!?」
エノクは私の返事を聞くと、意外そうな表情をする。
私がとっさに出した慰めの言葉ではなく、本心で語ったことを察したのだろう。
「・・・まあ、人によっては情けないと思う人もいるかもしれないわね」
「軽蔑の視線を向けてくる人も多分いる」
「・・・そうだよね・・・」
エノクは再び目線を逸らしてしまう。
それには構わず私は続けた。
「でも、人からどんなに情けないと思われようが、軽蔑の視線を向けられようが私はエノクが無事に帰ってきて本当に良かったと思う・・・」
「例え、泥に塗れ血をすすったとしても、死ぬよりは生きることを選ぶべきよ」
「悪魔に対しても恐れず勇敢に戦って命を散らした戦士より、腰を抜かして惨めに這いつくばりながら戦場から離脱した臆病者の方を私は評価する」
「・・・・レイナ」
エノクはその目を大きく見開き私を見つめた。
私の発した台詞に心底驚いているようだ。
「・・エノク、この言葉を覚えておいて」
「この言葉は私の元いた世界のある偉大な投資家の言葉でね」
「私の座右の銘の一つと考えている格言なの」
「“まずは生き残れ。儲けるのはそれからだ“」
「・・・・・」
私は説明を続ける。
「どんなに勇敢で、人から立派だと言われようとも死んだらそれで終わり・・・」
「逆にどんなに惨めで人から情けないと言われようが、生きていれば人生はなんとかなる」
「だったら、周りから何言われようが、気にする必要なんかないわ」
「死ぬくらいだったら、惨めで情けなく地面を這いずり回りましょうよ!」
「・・・・レイナ」
エノクの目に大粒の涙が溢れていく。
「・・・第一さぁ、情けなさや、惨めさで言ったら、私以上の人っているぅ!?」
「ちょっと外を出歩けば人に踏み潰されるかもしれないし、動物や虫に食べられちゃうかもしれないのよ!?」
「いちいちそんな小さな事で悩んでないで欲しいわね!」
「ほらっ!!シャッキリして!!顔を上げなさい!」
「・・・うん」
私の励ましが少しは届いたようだ。
エノクは小さく頷くと先程よりは元気な声で言葉を返してきた。
「・・・うん。うん・・・・ありがとうレイナ・・・」
「少し、元気出たよ・・・・」
そう言って泣き笑いの表情をエノクは浮かべた。
・・・もう、大丈夫そうね。
ひとまずはよかったかな・・・
「よしっ!わかったならもう帰りましょ」
「確か、9時にシルバー通りの駅前で馬車待たせているんでしょ?」
「・・・あっ・・・そうだった・・・」
私の言葉にハッとエノクは顔を上げる。
どうやら完全に忘れていたようだ。
「ははっ・・・やっぱりレイナは凄いや・・・」
「そりゃ、当然でしょう・・・“頼れる“お姉さんなんだから」
「グウゥゥゥーーーー・・・・」
エノクにドヤ顔を決めた瞬間、私のお腹の音が鳴った。
・・・なんでこんな決め台詞のタイミングで腹鳴るねん!!?
自分の体に思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
昨日の昼から何も食べていないからしょうがないんだけどさぁ・・・・
「ははっ・・・ごめん。帰りがてら美味しいもの今度こそ食べようね」
「・・・・うっ・・・」
そう言ってエノクは朗らかな笑みを浮かべてきた。
私は決まりが悪い顔をしながら、帰り支度を始めるのだった。
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To Be Continued・・・
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ゆっくりと世界は浮かび上がっていく・・・・
「・・・NaGraphGon!」
・・・正体不明の言霊が世界全体に囁いている・・・・
「・・・GonMedVan MedVehUnGon!?」
・・・言葉の意味は不明だが、
それがなにか切迫した様相を呈しているのはわかる・・・
「VehUnDrux GonMedVan NaGraphUnDon TalGraph!?」
ガクガクガク・・・・
世界が揺さぶられている・・・
バチーーーン!!
痛い・・・
世界・・・いや・・・僕の頬に痛みが走った・・・・
混沌の中で朦朧としていた意識が徐々に明瞭になっていく。
「・・・・・・・・おい!」
「・・・・お前、聞こているか!?」
・・・そこでようやく声の主が僕を呼びかけていると認識した。
顔を上げて、閉じていた目をゆっくりと開いていく。
「・・・気づいたか?」
・・・目を開けると、黒い天幕が僕の目に飛び込んできた。
横では白い法衣を着た男性が僕の顔を覗き込んでいる。
「・・・ふ、ふぇ!?・・・って・・・えっ」
要領を得ない腑抜けた返事をしてしまう。
僕はマットレスのような簡易ベッドの上に寝かされていた。
「・・・僕は・・・・いったい・・・」
法衣姿の男性は僕の意識が戻ったことを確認すると、ぶっきらぼうに答えてきた。
「ここは王宮前に特設で作られた野外病院の中だ」
「・・・お前どこか痛いところは?動けそうか?」
そう言いながら彼は、僕の頭を左右に傾けて傷の有無を確認した後、身体をまさぐるように触診してきた。
・・・ちょっとくすぐったい。
彼はカーラ王国軍の回復術師だろう。
首を動かして周囲を見回してみると、僕と同じ様にベッドの上で寝かされている人が大勢いた。
彼以外の術師も何人もおり、患者の怪我の治療にあたっているようだった。
「・・・あ、はい。大丈夫です・・」
「あの、僕はなぜここに・・・」
目の前にいる術師にそう尋ねると、彼は眉をひそめる。
「さあな。ここには怪我人が大量に運び込まれてきてるからあんたの事情なんて一々知らんよ」
「だが、あんたはほとんど無傷に近かったから、大方気を失っただけなんじゃないか?」
「・・・・・」
彼の言葉を受けて、僕は直前の記憶を辿る。
・・・そう、僕はあの「地獄」からエレベータで地上に脱出した。
そして、エレベータの外に出るとふっと糸が切れたかのように意識が飛んだんだ。
オークション会場で経験した恐怖は凄まじいものだった・・・
あの時の僕は、極度の緊張で過呼吸状態になっていた。
一刻も早い休息を身体が求めていたし、失神したのは当然の流れだっただろう。
「一応、軽い擦り傷や打撲はあったから、そこだけは治してやっといたよ」
「あんたはもう大丈夫だろ。すまないが、もう出てってくれないか?」
「自分の足で動けるやつを見てやれるほど今の俺達に余裕はないんだ」
「周りを見てわかる通り、瀕死の重症者が山程いる。五体満足のあんたと違ってな」
術師はしかめっ面をしながら、そう皮肉をきかせてきた。
「・・・はい」
・・・彼の言葉に僕は素直に頷く他なかった。
周りの患者に注意を向けると、全身大火傷で意識不明の患者や、
肢体を失って痛みで呻き続けている重症者で溢れていた。
確かに彼らからしたら僕は無傷にも等しい。
事件のことを聞きたいと思ったが、どうやらそれどころじゃなさそうだ。
回復術師にとってはこれからがまさに地獄の始まり。
健常者は邪魔にならないように退出すべきだろう。
僕はもぞもぞとベッドから起き出す。
その際、周囲を探してみたが、僕が被っていたシルクハットは見つからなかった・・・
どうやらオークション会場を脱出した時にどこかに落としてきてしまったらしい。
親方に貰った大切なものなのに・・・
僕は肩を落としながらそのまま外へと移動する。
「・・・・うっ」
天幕を捲った瞬間、暁の光が僕の網膜を照らしてきた。
薄暗い闇の中に差す光明に僕は目を眩ます。
・・・いつの間にか外はもう朝になっていた。
恐怖と絶望で覆われていた夜の帳を、安らぎと希望の光が穏やかに満たしていく。
その一方で、地上を見渡せば昨夜の事件の凄惨さを否が応でも感じてしまう。
王宮を囲む様に配置されている何棟もの兵舎からは未だ噴煙が上がり続け、建物の一部が倒壊していた。
カーラの騎士や兵士達が負傷者の搬送と救助、周辺の治安維持のために奔走していた。
・・・ギルド会館に目を向けてもその状況は同じだった。
会館の周辺には兵士達が厳戒態勢を敷いており、会館の中から運び出されてくる負傷者の搬送と手当に救護班が追われていた。
しかし、あの様な事件があったにも関わらず、会館の建物自体に損傷は全くと言っていいほど見られなかった。
自らの威風と栄華を誇示するかのように、欲望の塔は今日も堂々とカーラの空に聳え立っている。
「・・・おい、そこのお前。お前は救助者だな?」
「確認がある。こっちへこい」
野外病院の天幕を出て辺りを見回していたら、書類を広げて何かの事務作業をしていた兵士に声を掛けられた。
僕は言われるまま彼のもとまで向かう。
「・・・・はい。なんでしょうか?」
「身元確認だ。身分証を持っているか?あるなら提示しろ」
「ないなら解析魔法を受けてもらうことになるが・・・」
「・・・あ、はい。ちょっと待って下さい」
そう言うと僕は懐からゴソゴソと身分証カードを取り出した。
内ポケットに入っていたことが幸いして、身分証は落とすこともなかったようだ。
もし無くしていたら、再発行しないといけないから助かった。
「・・・これです」
「うむ、確認する。そのまま待ってろ」
兵士は僕から身分証を受け取ると、机の上に広げられた名簿リストをめくり始める。
彼が身元の照合を行っている間、僕はなんとなく周囲に視線を這わせた。
・・・・・頭に思い浮かんでくるのはやはりあの巨人達のことだった。
奴らはいったいどうしたんだろうか・・・
オークション会場にいた全ての者達に恐怖と絶望を植え付けたあの5人の巨人達。
僕がエレベータで地上に上がって失神した後、奴らも間違いなくオークション会場から外に出たはずだ。
こんな呑気に救護活動をしているという事は、奴らの襲撃はもう終わったと見て良いのだろうか・・・?
さもなければ今頃この周辺は地獄と化しているはずだもんな・・・
頭の中で地獄絵図を想像してしまい僕はぶるりと震えてしまう。
それから程なくして、名簿の確認が終わった兵士がまた声を掛けてきた。
「・・・把握した」
「エノク・フランベルジュ・・・アザゼルギルド推薦のオークション参加者だな」
「確認する」
「お前はオークション会場で起こった事件の一部始終を目撃したか・・・?」
「・・・・はい。見ました・・・・・」
僕は言葉少なげに頷いた。
目撃も目撃。恐らく僕は五体満足で動けて、かつ、襲撃犯を間近で見て生き残れている貴重な証言者だろう。
事件のことを聞かれたせいか、フラッシュバックのように悪夢が脳裏に蘇る。
そうなったらもう居ても立っても居られなくなった・・・
「あ・・・あの!すみません!!」
「・・・あの巨人達はどうなったんですか!!?」
「奴らはもう倒したんですか?それとも逃げたのでしょうか!!?」
「知ってたら教えてください!!お願いします!!!!」
身を乗り出しながら兵士に懇願するように問いかける。
彼は僕の顔をじっと見つめると、そのまま顔色を変えず無機質な声で返事をしてきた。
「・・・今回の事件に関しては箝口令が既に敷かれている」
「お前も私も事件で知っている事は別命あるまで口外してはならないし、国外に出ることも禁止される」
「もし、この命令を破った場合には追跡部隊が差し向けられ処分されるだろう」
「・・・・・」
にべもない彼の返答に僕は愕然とした。
「・・・名簿によるとお前はクレスの町在住だな」
「帰宅は許されるが、後日お前には出頭命令が下されるだろう」
「通達が来たら、速やかに王都に出頭し事件解決に貢献するように」
「今後はしばらく王都に何回も呼び出される事になるだろうから、その心づもりでいろ」
「以上だ。行ってよし」
「・・・・・」
目の前の兵士は事務的な事だけ伝えて、そのまま作業に戻っていった。
僕にはもう目も合わせていなかった。
これは取り付く島もないな・・・
「・・・分かりました。失礼します」
僕はペコリと兵士に頭を下げると、その場を後にした。
胸に渦巻いていたモヤモヤはいつまでも消えそうになかった。
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部屋の中に曙の光が差してくる。
見晴らしの良い場所に建物が設置されている事もあり、
明けたばかりだというのに、その光量の多さに思わず目が眩んでしまう。
寝不足の目に正直これは堪えるわね・・・
昨夜は満足に眠ることが出来なかった。
カーラの王宮の空を赤く焦がした炎が一晩中私の瞳に張り付いていた。
そして、あの巨人達の姿も・・・・・
ただ事じゃないことが起こっていた。
エノクの事が心配でたまらなかった。
・・・エノクどうしたのよ?
なんでまだ帰ってこないのよ・・・
昨夜は一晩中待ったが、エノクは戻ってこなかった。
こんなに不安になったことなんて、いつ以来だろうか・・・
あの子の目に何か合ったとしても私はなにも出来ない。
ただ祈る事しか出来ない自分が情けなかった。
元の大きさだったら、真っ先に駆けつけにいったのに・・・
「・・・エノク無事でいて・・・」
ぼそりと私はそう呟いた。
寝不足で黒いクマが付いている目をこすりながら、会館を見守り続けていた。
そんな中、背後ではゴロン・・・と何度も寝返りを打つ音が聞こえてくる。
「・・・ZZZ・・・ZZZ・・・」
おーおーー・・・
私とは反対に気持ちよさそうに寝ちゃって・・・
妖精って無邪気なものねぇ・・・
心配事とか全くないんだろうなぁ・・・
リリーが身を丸めたネコのように私のクッションの上で眠っていた。
もし、彼女が言葉を発する事ができたら「ムニャムニャ」と寝言を言っていたんじゃないだろうか。
そう思えるほど彼女は呑気に眠りこけている。
彼女を見習って少し仮眠を取ろうとしたが、結局エノクのことが心配ですぐに目を覚ましてしまった。
コツ・・コツ・・・コツ・・・・
その時だ。
朝も十分明けた頃、廊下から足音が聞こえてきた。
足音は非常にゆっくり近づいてきており、
その足取りはなぜか重たく感じてしまう。
「・・・・!!」
バッ!!
リリーが急に飛び上がるように起きた。
彼女の突然の行動に私も驚いてしまう。
「あ・・・ちょっ・・リリー!!?」
「どうしたの!?」
ヒョイーーーーン!!!
声を掛けたのも束の間、リリーはあっと言う間に窓から飛び出して、大空へと消え去ってしまった。
「リリー・・・」
彼女を呼びかけるがもうここに戻る気配はなかった。
今の私には彼女に毒づく元気もない。
いつかまた再会できればいいけど・・・・
ガチャ・・・
足音はこの部屋の前で止まり、そのまま音の主は部屋に入ってきた!
ヤバッ!隠れなきゃ!
そう思って、机の影に隠れようと思った時だった。
「・・・・・・レイナ・・・いるかい?」
今にも消え入りそうな、か細い声が聞こえてきた。
こ・・・この声は・・・・!!
「エノク!!?」
「エノクなの・・・!?」
逃げようとした足をすぐに転換させ、玄関方面に足を向ける。
「レイナ・・・・!レイナ・・・よかった・・・」
焦燥しきった顔で私を見るエノクの姿が目に入ってきた。
「・・・・ん・もう!心配したじゃない!!」
「どうしたのよ一体!!?」
エノクの姿を見て私はほっと胸を撫で下ろす。
本当は彼が無事に帰ってきたことを全身を使って喜びを表現したかったが、
彼の疲れ切った姿を見て思いとどまってしまう。
ただオークションに参加していたとは思えないほどエノクの格好はくたびれ果てていた。
その着ている衣服はところどころ擦り切れ、全身が埃にまみれ白くなっている。
おまけに親方に貰ったというシルクハットも持っていないようだった。
やはりオークションでなにかあったことは間違いないだろう。
「う・・・うううう」
「う・・うわあああ・・・」
「・・・良かった・・・レイナ・・・本当によかった・・・・」
「え・・・・えええ!!?ちょっと、・・・エノク」
「う・・・・うわあああああああ・・・あああ」
私の姿を見た途端、エノクは大きな声を上げて泣き崩れてしまった。
その姿を見て私は途方に暮れてしまう。
エノクはしばらくそのまま嗚咽を上げ続けていた。
・・・彼になんて言葉を掛けていいのか分からない。
こんな時黙って抱きしめてあげることができればどんなに良かったことか・・・・
自分の小さな身体を恨めしいと思ってしまう。
「・・・・・うっうっうっ・・」
「・・・・・・エノク・・・」
そのまま私は彼が泣き止むまで待つことにした。
あのオークションでなにかとんでもないことに巻き込まれたことは想像に難くない。
今はただ、彼が落ち着くまで待つとしよう・・・・
「・・・ごめん。帰ってそうそう、情けない姿をみせちゃったね・・・・」
しばらく時間を置いた後、エノクは顔を上げ私にそう言ってきた。
「・・・・大丈夫よ」
「エノク・・・改めて無事に帰ってきてくれて、良かった・・・・」
「・・・・うん」
私がねぎらいの言葉を掛けると彼は力なく頷いた。
「まずは、ゆっくり休んで。話はそれからでもいいでしょ・・・?」
「・・・・いや、ごめん。逆に僕は今レイナと話していたい・・・駄目かな・・・?」
捨てられた子犬のような目でエノクは私を見つめてきた。
そんな顔されたら駄目だって、言えるわけないじゃない・・・
「私は良いけど・・・エノクは大丈夫なの?なにかあったんでしょ・・・」
「うん・・・・そうだけど。今はレイナの声を聞きたいんだ・・・・」
「・・・・・」
嬉しいこと言ってくれるじゃない。
エノクの憔悴しきった顔を見たら休んだ方が良いと思ったのだが、
どちらかというと身体の問題というより精神(メンタル)の方が疲れているんだろう。
彼としても不安を誰かと共有したいに違いない。
「・・・分かった。じゃあ、さっそくだけ聞かせてくれる?」
「何があったのかを・・・」
「・・・・うん」
エノクは頷くと、それからゆっくりとオークションでの出来事を語り始めた・・・・・
・
・
・
「・・・・という事があったんだ・・・」
「・・・・・」
エノクが長い長い語りを終える。
彼の言葉に時々相槌を入れながらも私は終始無言で聞いていた。
エノクは私に話しているというより、神に対して懺悔をしているかのような感じだった。
全てを聞き終えた私はエノクにそっと近づき、机にうつ伏せになって項垂れていた彼の頭を撫でる。
「エノク・・・話を聞かせてくれてありがとう」
「まずはお疲れ様・・・」
なでなでと、体いっぱい使って頭を撫でてあげた。
「・・・・レ・・・レイナ・・・」
「や、止めてよ。恥ずかしいよ・・・」
彼は照れるように言葉を返してきた。
だけど、私に撫でられるのは嫌じゃないのか、そのままなすがままにされている。
「・・・いろいろ言いたいことはあるけど・・まずは無事に帰ってきて良かった」
「こうやってエノクの生きている姿を見ることが出来たんだから、今回ばかりは神様に感謝しなきゃいけないかもしれないわね」
「・・・うん。ごめん・・・」
エノクは私の言葉にまたしても謝罪で返してきた。
私になにか負い目があると思っているのだろうか・・・
ここは彼の心を晴らす意味でもちゃんと聞いてあげなきゃ駄目だろう。
「エノク・・・どうしたの?」
「無事にこうやって戻ってこれたのに、まだ、なにか気にしていることがあるの?」
「・・・・・」
エノクは私から目を逸らした。
内に溜まって吐き出したいものがまだあるのだろう。
彼の癖は大体もう分かっている。
「・・・エノク。お願い何でも話して。隠し事はなしよ」
「私はちゃんと聞くから」
「うん・・・・」
エノクは小さく頷くと再び懺悔を始めた。
「僕は自分がなさけないんだ・・・」
「情けなさ過ぎてどんな顔してレイナに顔を合わせればいいのか分からないんだ」
「・・・うん」
「ネクタルの持ち主の情報を得ようと2階席に忍び込んだ時はカインに掴まってボコボコにされた・・・」
「そして、手錠を掛けられ観衆の冷ややかな視線に晒されながら地下牢に連行された・・・」
「オークション会場から脱出する時は、腰を抜かして自分で立って逃げることも出来なかった・・・」
「挙げ句の果てに僕を助けてくれたオロフさんは目の前で殺され・・・彼を助けることも出来ず、僕はおめおめと1人で脱出したんだ・・・」
「・・・最低だよ・・・僕は・・・・」
「・・・・・」
自分の不甲斐無さへの不満を吐き出すようにエノクは語り続けた。
そんなエノクの話を私は黙って聞いている。
「・・・僕は今後どんな顔をして周りと向き合えばいいのか分からないんだ・・・」
「・・・いや、怖いといったほうが正しいかもしれない」
「軽蔑の目を向けられるのがね・・・」
「・・・・」
「・・・レイナは情けないこんな僕を笑うかい・・・?」
エノクが私に視線を向けてきた。
私は彼をまっすぐに見て、ハッキリと伝える。
「笑わないわよ」
「そして、情けないとも思わない。少なくとも私はね」
「えっ・・・!?」
エノクは私の返事を聞くと、意外そうな表情をする。
私がとっさに出した慰めの言葉ではなく、本心で語ったことを察したのだろう。
「・・・まあ、人によっては情けないと思う人もいるかもしれないわね」
「軽蔑の視線を向けてくる人も多分いる」
「・・・そうだよね・・・」
エノクは再び目線を逸らしてしまう。
それには構わず私は続けた。
「でも、人からどんなに情けないと思われようが、軽蔑の視線を向けられようが私はエノクが無事に帰ってきて本当に良かったと思う・・・」
「例え、泥に塗れ血をすすったとしても、死ぬよりは生きることを選ぶべきよ」
「悪魔に対しても恐れず勇敢に戦って命を散らした戦士より、腰を抜かして惨めに這いつくばりながら戦場から離脱した臆病者の方を私は評価する」
「・・・・レイナ」
エノクはその目を大きく見開き私を見つめた。
私の発した台詞に心底驚いているようだ。
「・・エノク、この言葉を覚えておいて」
「この言葉は私の元いた世界のある偉大な投資家の言葉でね」
「私の座右の銘の一つと考えている格言なの」
「“まずは生き残れ。儲けるのはそれからだ“」
「・・・・・」
私は説明を続ける。
「どんなに勇敢で、人から立派だと言われようとも死んだらそれで終わり・・・」
「逆にどんなに惨めで人から情けないと言われようが、生きていれば人生はなんとかなる」
「だったら、周りから何言われようが、気にする必要なんかないわ」
「死ぬくらいだったら、惨めで情けなく地面を這いずり回りましょうよ!」
「・・・・レイナ」
エノクの目に大粒の涙が溢れていく。
「・・・第一さぁ、情けなさや、惨めさで言ったら、私以上の人っているぅ!?」
「ちょっと外を出歩けば人に踏み潰されるかもしれないし、動物や虫に食べられちゃうかもしれないのよ!?」
「いちいちそんな小さな事で悩んでないで欲しいわね!」
「ほらっ!!シャッキリして!!顔を上げなさい!」
「・・・うん」
私の励ましが少しは届いたようだ。
エノクは小さく頷くと先程よりは元気な声で言葉を返してきた。
「・・・うん。うん・・・・ありがとうレイナ・・・」
「少し、元気出たよ・・・・」
そう言って泣き笑いの表情をエノクは浮かべた。
・・・もう、大丈夫そうね。
ひとまずはよかったかな・・・
「よしっ!わかったならもう帰りましょ」
「確か、9時にシルバー通りの駅前で馬車待たせているんでしょ?」
「・・・あっ・・・そうだった・・・」
私の言葉にハッとエノクは顔を上げる。
どうやら完全に忘れていたようだ。
「ははっ・・・やっぱりレイナは凄いや・・・」
「そりゃ、当然でしょう・・・“頼れる“お姉さんなんだから」
「グウゥゥゥーーーー・・・・」
エノクにドヤ顔を決めた瞬間、私のお腹の音が鳴った。
・・・なんでこんな決め台詞のタイミングで腹鳴るねん!!?
自分の体に思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
昨日の昼から何も食べていないからしょうがないんだけどさぁ・・・・
「ははっ・・・ごめん。帰りがてら美味しいもの今度こそ食べようね」
「・・・・うっ・・・」
そう言ってエノクは朗らかな笑みを浮かべてきた。
私は決まりが悪い顔をしながら、帰り支度を始めるのだった。
・
・
・
・
・
To Be Continued・・・
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