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Ep.0 はじまりの日
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「ナターリエ公爵令嬢!私はこの場を持って、貴女との婚約を破棄させてもらう!」
本日は、三年間学んだ学園の卒業式。めでたいその空気をぶち壊した我が国の第一王子のその台詞に、パキンとずっと蓋をされていた記憶が弾けた。
(こ、こ、これって、乙女ゲーム、“恋する乙女のラビリンス”の悪役令嬢断罪イベントだーっ!!!)
なんて、壁際にてパニックになっている私は“セレスティア・スチュアート”、齢は18。前世でも地味っ子でおとなしく目立たなかった私は、どうやら流行りの“乙女ゲーム転生”をして尚モブキャラの様です。
どうしてこうなった?私……!
パニックを納めるため、一人で“セレスティア”の記憶を思い出しながら整理することにする。そんな訳で月日は遡り、私の小さい頃の話だ。
刺繍を趣味にしていた母の影響か、私は幼い頃から手芸が好きだった。
そうは言っても、“好き”と“得意”は別物で、当時の私はつたないぐちゃぐちゃの縫い目で屋敷中の布と言う布に勝手に不思議な花の刺繍をしてたから、お母様とお父様を始め、屋敷の皆に叱られて、自分の才能の無さが辛くてちょっと泣きそうになってたんだ。でも、たった一人だけ、私のそんな下手な刺繍を心から喜んでくれた子が居た。
まだ10歳にもなってない、小さいときの出来事だ。名前も知らない、顔もうろ覚えだ。ただ、その子の夜闇みたいな艶やかな漆黒の髪と、澄んだ湖畔みたいな紺碧の瞳の色だけは、よく覚えている。
こっぴどく叱られて、腹いせに屋敷から脱走した日、屋敷の近くの森の中で出会った男の子。大切な人から貰ったハンカチが、破けてしまったのだと泣いていた。だから私は、彼を励まそうと青空みたいな澄んだ色味のそのハンカチの破れ目に、淡いピンク色の糸で刺繍を施した。生まれてこのかた一度も見たことのない、でも不思議と頭に刻み込まれている、五枚ある花びらの先がV字に切れたその花を。
『すごい……!これで破けてたなんてわからないや、ありがとう!君はまるで妖精のようだね!!』
自分の縫ったものを、そう言って喜んで貰ったのは初めてで、嬉しくて胸がきゅーっとなって。その後に彼が呟いた、『俺とは大違いだ』という切ない一言の意味には気づけないまま。その日は彼と二人きり、日が暮れるまで一緒に遊んだ。
(またいつか、会えるかなぁ……)
でも、翌日から毎日森へ出向いても、二度とあの少年に会うことはなく。その寂しさから、名前すら聞かなかった彼を好きになっていたと気づいたのは、私がそれからもう少し大人になったあとだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
月日は流れ、あの少年には一度も再会出来ないまま16歳になった4月。私は我が国の貴族なら必ず通わなければならない紳士・淑女を育てる全寮制の学舎“フォルモーンド学園”に入学した。
(授業も面白いし、寮生活って色々新鮮で毎日楽しいけど……二人部屋だし裁縫《シュミ》をやる暇が取れないのが難点よね)
実家に居た頃は幼い弟達がやんちゃしては服を破いてたから、毎日のように繕い物をしてたのに。
あーぁ、久しぶりに思いっきり縫い物がしたいわ!鞄にはいつでもお母様から貰った裁縫箱が入ってるのに。
「でも、普通の貴族の人達は登った木や階段から落っこちてマントやスカートを破ったりはしないわよね……」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「えっ!?」
残念だけど、縫い物は春休みにでも実家に帰るまでお預けだって諦めてため息混じりに女子寮へ行くための階段を上ろうとした時だった。赤い絨毯の敷かれた中央階段の一番上から、盛大に誰かがゴロゴローっと転がり落ちて来たのだ。
目の前で床に落下したその体にかけよって、頭を揺らさないよう気を付けながら助け起こす。
オレンジ髪に赤い瞳の可愛い女の子だ。この顔、何だか見覚えがあるような……って、今はそれどころじゃないわ!
「だっ、大丈夫ですか!?お怪我は……っ!?」
「あいたたたたたっ……!大丈夫ですぅって、あぁぁぁぁっ!!」
「ーっ!?ど、どうかされました!?」
幸い下が柔らかかったからか、落ちてきた女子生徒に大きな怪我はないみたいでほっとした……ら、その子がいきなり大きな声をあげた。涙で潤んだその視線は、彼女の制服のスカートに向いている。
あらぁ、盛大に破けちゃってますね。落ちるときに手摺りにでも引っ掻けちゃったのかしら?
「うぅぅ、どうしよぅ。入学してまだ一年経ってないのに制服破いちゃったなんてパパには言えないわ……!ママが死んでしまって男爵家に引き取って貰ったばっかりなのに!!」
呆気にとられる私の前で女の子は床に踞って泣き始めた。
「あぁ、誰か直してくれないかしら……!」
顔を覆っている指の隙間から、一瞬ちらっと彼女が私を見た……気がする。
え、ええと、何が何だかよくわからないけど、とりあえずスカートが直れば良いのよね?
私は鞄から、お気に入りの裁縫箱を徐に取り出した。
「な、泣かないで下さい!私、実は洋裁が趣味なんですの。このくらいならばすぐに修繕出来ますわ!」
「本当!?きゃーっ、ありがとう!!」
「きゃあっ!抱きついたら縫えませんわーっ!」
「あっ、ごめんなさぁいっ」
「すっごーいっ!直した所か新品みたい!まるでおとぎ話に出てくる靴屋の妖精さんね」
『君はまるでおとぎ話の妖精だね!』
純真そうな目の前の少女の言葉に、すっかり小さくなって消えかけていた初恋の火がちょっとだけ、疼いたような気がした。そう言えば彼も、身なりは良かったからひょっとしたら貴族だったのかな?もしかしたら、学園の生徒としてどこかに居るかも……?
「あの、どうかしました?」
淡い期待で心ここにあらずになってしまったけど、心配そうな声に現実に引き戻された。
「なっ、何でもありません!喜んでいただけて何よりですわ。これで大丈夫そうですか?」
「うん、ありがとう!助かったわ!じゃあさよならーっ」
そして15分後。新品同様に復活したスカートを翻した彼女は大喜び。うきうきと元気に立ち去……らずに、一旦こちらを振り向いた。
「ねぇセレスティアさん、今日のこの出来事、“忘れないで”ね!!」
「え!?は、はい……って、私、彼女に名前を言ったかしら……?」
まだ何か用だろうかと首を傾げた私に満面の笑みでそう言い残した彼女に、普通この場合は“忘れないからね”じゃないのかなと、一人きりになった廊下で首を傾げた。
これが今から約三年前、一年生の春のお話。
それからも平和な日々は続き、初恋の彼こそ見つからなかったものの、本日は無事に卒業式を迎えることが出来た!筈なのですが……。
「ナターリエ公爵令嬢!私はこの場を持って、貴女との婚約を破棄させてもらう!」
現在、賑わっていた卒業パーティーは突如響いた鋭い一言に凍り付いています。なにやら嵐の予感です!
~Ep.0 はじまりの日~
『恋も、ゲームのシナリオも、すべてはそこから始まった』
本日は、三年間学んだ学園の卒業式。めでたいその空気をぶち壊した我が国の第一王子のその台詞に、パキンとずっと蓋をされていた記憶が弾けた。
(こ、こ、これって、乙女ゲーム、“恋する乙女のラビリンス”の悪役令嬢断罪イベントだーっ!!!)
なんて、壁際にてパニックになっている私は“セレスティア・スチュアート”、齢は18。前世でも地味っ子でおとなしく目立たなかった私は、どうやら流行りの“乙女ゲーム転生”をして尚モブキャラの様です。
どうしてこうなった?私……!
パニックを納めるため、一人で“セレスティア”の記憶を思い出しながら整理することにする。そんな訳で月日は遡り、私の小さい頃の話だ。
刺繍を趣味にしていた母の影響か、私は幼い頃から手芸が好きだった。
そうは言っても、“好き”と“得意”は別物で、当時の私はつたないぐちゃぐちゃの縫い目で屋敷中の布と言う布に勝手に不思議な花の刺繍をしてたから、お母様とお父様を始め、屋敷の皆に叱られて、自分の才能の無さが辛くてちょっと泣きそうになってたんだ。でも、たった一人だけ、私のそんな下手な刺繍を心から喜んでくれた子が居た。
まだ10歳にもなってない、小さいときの出来事だ。名前も知らない、顔もうろ覚えだ。ただ、その子の夜闇みたいな艶やかな漆黒の髪と、澄んだ湖畔みたいな紺碧の瞳の色だけは、よく覚えている。
こっぴどく叱られて、腹いせに屋敷から脱走した日、屋敷の近くの森の中で出会った男の子。大切な人から貰ったハンカチが、破けてしまったのだと泣いていた。だから私は、彼を励まそうと青空みたいな澄んだ色味のそのハンカチの破れ目に、淡いピンク色の糸で刺繍を施した。生まれてこのかた一度も見たことのない、でも不思議と頭に刻み込まれている、五枚ある花びらの先がV字に切れたその花を。
『すごい……!これで破けてたなんてわからないや、ありがとう!君はまるで妖精のようだね!!』
自分の縫ったものを、そう言って喜んで貰ったのは初めてで、嬉しくて胸がきゅーっとなって。その後に彼が呟いた、『俺とは大違いだ』という切ない一言の意味には気づけないまま。その日は彼と二人きり、日が暮れるまで一緒に遊んだ。
(またいつか、会えるかなぁ……)
でも、翌日から毎日森へ出向いても、二度とあの少年に会うことはなく。その寂しさから、名前すら聞かなかった彼を好きになっていたと気づいたのは、私がそれからもう少し大人になったあとだった。
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月日は流れ、あの少年には一度も再会出来ないまま16歳になった4月。私は我が国の貴族なら必ず通わなければならない紳士・淑女を育てる全寮制の学舎“フォルモーンド学園”に入学した。
(授業も面白いし、寮生活って色々新鮮で毎日楽しいけど……二人部屋だし裁縫《シュミ》をやる暇が取れないのが難点よね)
実家に居た頃は幼い弟達がやんちゃしては服を破いてたから、毎日のように繕い物をしてたのに。
あーぁ、久しぶりに思いっきり縫い物がしたいわ!鞄にはいつでもお母様から貰った裁縫箱が入ってるのに。
「でも、普通の貴族の人達は登った木や階段から落っこちてマントやスカートを破ったりはしないわよね……」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「えっ!?」
残念だけど、縫い物は春休みにでも実家に帰るまでお預けだって諦めてため息混じりに女子寮へ行くための階段を上ろうとした時だった。赤い絨毯の敷かれた中央階段の一番上から、盛大に誰かがゴロゴローっと転がり落ちて来たのだ。
目の前で床に落下したその体にかけよって、頭を揺らさないよう気を付けながら助け起こす。
オレンジ髪に赤い瞳の可愛い女の子だ。この顔、何だか見覚えがあるような……って、今はそれどころじゃないわ!
「だっ、大丈夫ですか!?お怪我は……っ!?」
「あいたたたたたっ……!大丈夫ですぅって、あぁぁぁぁっ!!」
「ーっ!?ど、どうかされました!?」
幸い下が柔らかかったからか、落ちてきた女子生徒に大きな怪我はないみたいでほっとした……ら、その子がいきなり大きな声をあげた。涙で潤んだその視線は、彼女の制服のスカートに向いている。
あらぁ、盛大に破けちゃってますね。落ちるときに手摺りにでも引っ掻けちゃったのかしら?
「うぅぅ、どうしよぅ。入学してまだ一年経ってないのに制服破いちゃったなんてパパには言えないわ……!ママが死んでしまって男爵家に引き取って貰ったばっかりなのに!!」
呆気にとられる私の前で女の子は床に踞って泣き始めた。
「あぁ、誰か直してくれないかしら……!」
顔を覆っている指の隙間から、一瞬ちらっと彼女が私を見た……気がする。
え、ええと、何が何だかよくわからないけど、とりあえずスカートが直れば良いのよね?
私は鞄から、お気に入りの裁縫箱を徐に取り出した。
「な、泣かないで下さい!私、実は洋裁が趣味なんですの。このくらいならばすぐに修繕出来ますわ!」
「本当!?きゃーっ、ありがとう!!」
「きゃあっ!抱きついたら縫えませんわーっ!」
「あっ、ごめんなさぁいっ」
「すっごーいっ!直した所か新品みたい!まるでおとぎ話に出てくる靴屋の妖精さんね」
『君はまるでおとぎ話の妖精だね!』
純真そうな目の前の少女の言葉に、すっかり小さくなって消えかけていた初恋の火がちょっとだけ、疼いたような気がした。そう言えば彼も、身なりは良かったからひょっとしたら貴族だったのかな?もしかしたら、学園の生徒としてどこかに居るかも……?
「あの、どうかしました?」
淡い期待で心ここにあらずになってしまったけど、心配そうな声に現実に引き戻された。
「なっ、何でもありません!喜んでいただけて何よりですわ。これで大丈夫そうですか?」
「うん、ありがとう!助かったわ!じゃあさよならーっ」
そして15分後。新品同様に復活したスカートを翻した彼女は大喜び。うきうきと元気に立ち去……らずに、一旦こちらを振り向いた。
「ねぇセレスティアさん、今日のこの出来事、“忘れないで”ね!!」
「え!?は、はい……って、私、彼女に名前を言ったかしら……?」
まだ何か用だろうかと首を傾げた私に満面の笑みでそう言い残した彼女に、普通この場合は“忘れないからね”じゃないのかなと、一人きりになった廊下で首を傾げた。
これが今から約三年前、一年生の春のお話。
それからも平和な日々は続き、初恋の彼こそ見つからなかったものの、本日は無事に卒業式を迎えることが出来た!筈なのですが……。
「ナターリエ公爵令嬢!私はこの場を持って、貴女との婚約を破棄させてもらう!」
現在、賑わっていた卒業パーティーは突如響いた鋭い一言に凍り付いています。なにやら嵐の予感です!
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