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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.97 因果は巡る糸車

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 ナターリエ様が連れ出したレオのその眼差しは虚ろで、動きはまるで操り人形のようだった。いや、“みたい”ではなく、実際そうなのだろう。
 道理でこちらがいくら証拠を出してもどこか余裕を持っていた訳だ。いざとなったらレオに都合の良い証言をさせてこの場を凌げば良いと彼を洗脳し連れ去っていたんだろう。

(どう?モブ女が調子づくのもここまでよ。あんたの無効化は相手に直接触れられなければ効果を発揮出来ないでしょう?)

 勝ち誇った笑みがそう語っているナターリエ様が、白々しくレオに問いかけた。

「彼は王都を守る4の騎士団のひとつに所属している新進気鋭の騎士であり、現近衛騎士団長のご子息です。その人柄は同じ赤の騎士団の皆様ならばよくご存知でしょう?彼の証言ならば十二分に信頼に値しますわよね」

 にこやかなナターリエ様に急に水を向けられ、団長達が口ごもる。彼らもレオの様子がおかしいことは勘付いているだろう。
 “セシル”として面識のある面々が、困惑した顔で私を見上げた。


 スチュアート家の無効化魔術にはいくつか条件がある。ひとつ、遠隔系攻撃等の術者の手を離れて発動する魔法はその術が自分の半径3メートル以内に入らないと無効化出来ない。
 ふたつ、魔物や魔術士等が自分自身の能力を高めるような魔法を使っている場合、術者の身体に触れないと無効化出来ない。
 みっつ、魅了や狂戦士化等の洗脳系魔法は、術者ではなく媒体者に直に触れなければ無効化出来ないと言うことだ。

 それをあらゆる伝手を使い把握済みなのだろう。私を見ているナターリエ様の目が『そんな遠いところに居ては何にも出来ないでしょう?』と言っている。

 勝ち誇った様子のナターリエ様に感化されたのか、先程まで青ざめていた第2王子もまた異居丈高に立ち上がってレオを急かしだした。

「それは良いな!近衛騎士団長は現王家の立派な忠臣だ!その子息なら信用出来るだろう。さぁ、真実を話してくれ!」

 しかし、王子直々に声をかけられたにも関わらずレオは反応しない。多分、操り手の声にしか反応しなくなっているのだろう。
 気分を害した様子の第2王子を宥め、ナターリエ様がレオにしなだれ掛かった。

「そもそも、先程セレスティア様がお出しになった証拠の内2つはあくまでお父様の管轄の物でわたくしは預かり知りませんわ。確かに実父が罪を犯していた事実は重く受け止めなくてはなりませんが、それでわたくし自身まで罪人だなんて……あんまりです。いくら自分達がヴァルハラと内通していた事を誤魔化すためだからと言って!」

 涙目でキッとこちらを睨みつけたナターリエ様の言葉に辺りがざわつく。誰より驚いた様子の第2王子がナターリエ様に駆け寄り、問いただした。

「なんだって!?ナターリエ、それは一体どう言うことだ!」

「……それは、ご説明には国家機密が絡んでおりますのでこの場では……」

「良い!君の無実を証明する為だ、私が発言を許可しよう!」

 あまりに馬鹿な事を自信満々に言い切った弟君を見て、ウィリアム王子が項垂れた。未だに手足を拘束されたままじゃなかったらきっと両手で頭を抱えていたに違いない。
 そんな白けた周りを他所に、ナターリエ様はしてやったりと一瞬笑ってから殊勝な表情を浮かべた。

「実は、本当の総ての黒幕はあのセレスティア・スチュアート伯爵令嬢なのですわ。スチュアート家は唯一、この国で他国との交渉を任されている家ですの」  
 
「何?私は初耳だが?」

「えぇ、秘匿情報ですから。そして彼女はそれを利用しヴァルハラと手を組み、我が国を明け渡す算段を立てていたのですわ。事の起こりは昨年、スチュアート伯爵領の森にキラービーと言う魔物が出現した事です」

 それからナターリエ様は如何にも気が進まない体を装いつつ、この国の成り立ち、原初の魔術師の非業の最後と竜玉で張られた防御結界の関係などの話を、それは至極丁寧に第2王子と観客に説明して聞かせた。

「お話した5つの竜玉は、結界を補強する要。正しく国の宝として、いくつかの家に託されております。我がキャンベル家は黒の竜玉を守る栄誉を賜っておりましたわ」

「そうだったのか……。しかし、それが彼女達の悪巧みと何の関係が?」

「結界に護られた王都に暮らす皆様はご存知無いでしょうが、魔物は強い魔力がある場所に集まる習性を持つのです。そうでしょう?」

 ナターリエ様に問われ、長老が頷く。なるほど、そうやって話を持っていくおつもりなのね……。

「そして、国一つをたった5つの珠で守れる程の魔力を秘めた黒の竜玉を、わたくしは愚かにもあのキラービー事件の際にガイアスに貸してしまって居たのですわ。魔物を誘き寄せ一網打尽にする、被害を最小限に抑える為だと言われて信じたのですが……、結局、未だに黒の竜玉は返ってきていません」

 『何故だと思いますか?』と神妙に第2王子に問いかけるナターリエ様だが、真相を知る私達はと言えばただただ呆れるばかりだ。
 確かに結果的にはガイアが黒の竜玉を破壊したけど、あれはナターリエ様が黒の竜玉をあの変態所長さんに渡して魔物化させて暴走させた為であり、断じてこちらから竜玉に関して何か働きかけた訳じゃない。一体どこまで責任転嫁すれば気が済むのか。

「ふむ……、何故だろうな。金にでもしたか?」

 自分の思う察し方をしなかった第2王子に舌打ちし、ナターリエ様が弓矢を取り出した。それを、虚空に向かい一本放つ。
 魔石で作られたそれはなにもない空に激突して折れ、地面へと落下した。矢が当たりチリチリ火花のようなものを出しながら修復していく結界を指差し、悪役令嬢がセリフを諳んじる。

「ご覧の通り、我が国は竜玉の結界の力で護られている。いくら誰が国の防衛機密を漏らそうが、この結界を破壊しない限り他国が我が国を侵略するのは不可能ですの。では、どうするか……」

「まさか……」

 息を呑んだ第2王子を押しのけ両手を広げたナターリエ様が、悲痛な声音で言い放った。

「そのまさかですわ!セレスティア嬢はガイアスを利用し、結界の要である5つの竜玉の破壊を目論んでいたのです!」

 自分たちがやろうとしていた事を、そっくりそのままこちらのせいにして。悪役令嬢が切り札に手を伸ばす。

「そしてこのレオは、幼き頃魔物に妹君を喰い殺された過去を持ち、かつてその仇の魔物は私の命でガイアスが討ち取りました。そして、彼の生家は赤の竜玉を賜っております。だから彼を証人に呼んだのですわ」

 すっと恋人のように並び立ちレオの手を取ったナターリエ様が、囁くように促す。

「貴方は妹君の件を傘に取られ、ガイアスとセレスティア嬢に赤の竜玉を渡すよう強要された。それを拒否した交換条件として、わたくしの部屋にあった便箋をセットから数枚、彼女に渡したのです。そうですわね?」

 つまり、あの証拠の手紙もこっちのでっち上げだったと言うシナリオにしたいんだろう。
 焦った様子で口を開きかけたアイちゃんをガイアがさり気なく制した。私も、声には出さず『大丈夫だよ』と呟く。
 そんな一連のやり取りも、勝ち誇っているナターリエ様には気づかれない。

「どうしたの?レオ。恩人であれ彼は罪人、正直に答えて良いのよ?」

「…………俺、は」

 せっつかれようやく僅かに口を開いたレオに、満足げな顔を浮かべるナターリエ様。……が、次の瞬間、目を見開いたレオは自分にしなだれかかっていた悪役令嬢を床に押さえつけ、腰に付けた捕縛用の縄で縛り上げた。

「なっ……!レオっ、貴方何を!?」

「貴様……ナターリエに何をする!」

 第2王子がレオに掴み掛かろうとしたが、自分よりずっと屈強な騎士に睨まれ大人しくなる。押さえ込まれたナターリエ様が悔しげな顔でレオを見上げた。

「一体、どうして……っ!」

「何故洗脳が効いてないかって?生憎だったな。あの時、セシルがくれた魔術を一度だけ無効化してくれる菓子が手元にあって良かったぜ!!」

 そう、レオが行方知れずになる直前、私が彼に渡した無効化薬入のお菓子。あれが彼に正気を保たせて居たのだ。

 長年の魅了だけで無く、冤罪の為の猿芝居の駒にされかけ怒り心頭のレオが、名前通りの獅子のような眼差しで観客席を見やる。

「証人として呼ばれたならば、望み通りお答えしよう。今、ナターリエ・キャンベルが言い連ねた話は総て事実無根であり、自分はガイアス・エトワール並びにセレスティア・スチュアート嬢から脅迫を受けた覚えは無い。もちろん彼等に捏造の材料を渡すことなどしていない。俺を洗脳して嘘をつかせようとしたこの現状こそ、彼女が黒幕である証拠だ!!」

 『この人は黒の騎士から吸い取った魔力を使い、有力な貴族令息達を自分の手駒にすべく魅了していたのだ』と。激しい怒りと、儚い哀しみを混ぜた表情でレオが訴える。
 学生時代のガイアや彼らのナターリエ様に向けていた態度と現在の様子を見れば、それが真実であることは嫌が応にもわかる筈。縛り上げられたナターリエ様が、往生際悪く暴れレオの腕に一撃蹴りを入れた。

「騙したわね……!散々甘い夢見させてあげたのに、裏切るだなんていい度胸じゃないの」
 
「ご冗談を。夢を見ていたのは貴女の方だろう。俺はただ、自分の意思で。貴女よりもガイアスとセシルの方が信じられると思っただけだ」

 蹴られた腕を物ともせず、更に強くナターリエ様を押さえながらレオが淡々と語る。悔しげにしている悪役令嬢に、ヒロインであるアイちゃんが静かに説いた。

「……これでわかったでしょ?ここはゲームじゃないの。あんた、亡くなったっていうレオの妹さんの名前わかる?」  

「はっ、そんなの知るわけないでしょ!?」

 吐き捨てるような物言いに俯いたレオの表情は、わからない。ただ、それまで黙っていたガイアが一言、何気ない口調で答える。

「レミリアだ。レオの、妹の名は」

 それを受けたレオの瞳が少しだけ揺れて、ナターリエ様を押さえたまま、彼がガイアに頭を下げる。

「これが答えよ。あんたが最後の最後に孤独なのは、あんたがこの世界の人達との関係を全部ぶった切りながら生きてきたから。セレがこれだけたくさんの証拠と味方を集められたのは、あの子が出会う人みんなに真摯に向き合って絆を紡いできたからよ。因果の糸は、巡るものだから」

 『因果応報。あんたの負けよ』

 そのアイちゃんの言葉に、戸惑いながらも赤の騎士団の面々がアイちゃん、ウィリアム王子、そしてガイアの拘束を外す。

 壁の時計はまだお昼の一時間前。陛下の意識が戻るまでの時間稼ぎのつもりだったけれど、結果的に断罪が先に済んでしまった。

(なんだかどっと疲れたけれど、まあ結果的に皆無事で良かっ……っ!!?)

 時刻を確かめため息をついたその瞬間、大地が裂けるような爆発音が4箇所から同時に響いた。

     ~Ep.97 因果は巡る糸車~
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