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第2章 私はモブだったはずなのに
Ep.17 狙われたオルテンシア王家
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「これは驚いた……。歴とした王家のお二方とまさかこんな馬車に乗り合わせようとはな。よほど周囲に聞かせたくない話なのか?」
車輪の素材が安物なのとあまり手入れの行き届いていない畦道を走っている為に周囲に響いていたけたたましい音が、ガイアが指を鳴らすとピタリと止んだ。音は空気の振動だ。馬車はまだ走り続けているので、風の魔法で騒音だけ打ち消したのだろう。
「この方が話しやすいだろう?」
「さっすが、優秀な事で助かるよ。誰が敵か味方か、ちょっとわかんない状況なもんでさ」
移動中の馬車なら流石に聞き耳は立てられない。あえてボロ馬車にしたのは、貸し出しルートから足がつかぬようにだとレイジさんは言った。
「御者は指示した動きしか出来ない魔法人形なんだ。話が済んだら、人気のない場所で馬車ごと燃やして」
「『燃やして』って、俺にやらせる気満々じゃないか……」
「だって俺もヴァイスも魔法の威力に自信ないし、可愛い女の子にそんな野蛮な真似させらんないじゃん?ねぇセレンちゃ……」
「セレンに指1本でも触れようものなら貴様ごと消し炭にするからな」
「恐っ!!!」
さっと然り気無く自分にくっつくようにガイアから身を離したレイジさんの頭を、リアーナ王女の平手が叩く。
「おふざけも大概になさって。わたくしは本来ならば貴殿方に頼るのは心外なのですから!陛下の命でなければ誰が貴殿のような無礼な方と手を組む物ですか……!」
「リアーナ、いい加減に……」
「ヴァイス殿、俺は構わない。一度抱いた嫌悪感はそう覆らないだろう。まぁ、確かに貴族としてはそれくらいの感情、制御を覚えないと後々困るだろうがな」
相変わらずリアーナ王女はガイアが嫌いなんだな……。あまりの態度にモヤモヤしない訳じゃないけど、ガイア本人にあまり荒立てるなと言われている以上私から彼女に物申すわけにはいかない。代わりに、隣にかけるガイアの手を膝掛けの下でぎゅっと握った。
一瞬柔らかく目を細めたガイアが、カチンとした様子のリアーナ王女は無視して本題を促す。
「それで?一体何の話だ」
「……夕べ行われた王太子、つまり、ヴァイスとリアーナの弟君であるゲイル第二王子殿下の誕生祝いの夜会の席で、王子と婚約者の令嬢が刺客に襲われた」
「ーっ!?み、皆さん大丈夫だったんですか?」
「無論、警備の兵も多くいたし、何よりゲイル自身腕は立つからな。三名居た賊はすぐに押さえられ、二人には怪我ひとつなかった」
「そうですか……。ヴァイス様とリアーナ様も、お怪我がなかったようで何よりです」
「当然ですわ、わたくしがあのような賊に遅れを取るわけありませんでしょう」
「リアーナ。……ありがとう、セレスティア嬢」
妹を嗜めたヴァイス王子が、困った表情で調書を取り出す。
「賊の一人は給仕係に紛れていて、その者があとの二名を手引きしたようだ。侵入経路も既に割り出されている」
「仮にも王族主催の席だろう。ずいぶんと警備がおざなりじゃないか?」
「やっぱそこ気になるよね……。で、夕べ事のすぐ後に警備係の統率を取っていた騎士団長の邸宅に近衛騎士団が向かったんだよ」
「そしたら、屋敷は既にもぬけの殻だった」
「……争った形跡は?」
「いいや、なーんも?高価な調度品もひとつもかけちゃいない。綺麗なもんだったぜ」
ただ、施設はそのままに人間だけが消えた。連れ去られた可能性は低いだろう。つまりこれは、一種の……。
「今の王太子への謀反、でしょうか……」
「あぁ、そうなるね。居なくなった騎士団長は、元よりゲイル王太子側と折り合いが良くない方だったし」
ゲイル王太子は、少々選民意識が高く差別的だと聞く。故に、彼が玉座に就く事を憂いている者は少なくなかったそう。
「それを解消する為に、リアーナ王女とヴァイス王子が補佐役として力を持つ確約を立て力関係を持たせていたのではなかったんですか?」
「そうなんだけどね……まぁ、どこの誰にだって『あわよくば』で魔が差すことはあるってことかな」
嫌な話。そして、貴族社会ではありがちな話だ。しかし、わざわざ他国の人間である私達に話をしに来たと言うことは、そんな単純な事件じゃ無いんだろう。
「捕まえた刺客はどうした、今は情報源がそこしかないだろう」
ガイアの問い掛けに、レイジさんとヴァイス王子が目を伏せる。
「……今朝方、捕らえられていた地下牢にて爆散した。身体に直接、起爆魔術を組み込まれて居たようだ」
「そんな……っ!」
「ーー……つまり、端から捨て駒だったと」
「そうなるね。多分、潜入してくる前から洗脳状態だった。籍を調べたら、三人とも少し前に失踪して捜索願が出されてた一般人だったよ」
差し出された三枚の写真に写っていたのは、いたって普通に家族と過ごしているお父さん、お母さんとしての姿で。やるせなさに写真から目を逸らすしか出来なかった。
「端から捕まった場合の保険だったのか、もしくは本当は対象の側で爆破する気だったのが失敗だったのかはわかりかねるが。三人の内の一人が、牢壁にある印を書き残していた。それも爆発で壊されぬ様、書いたタイルを床から剥がして牢の隙間から遠くに投げてまでな」
その印がこれだ、と差し出された写真に写る、いびつな柄に見覚えがあった。忘れもしない、これは……。
「ヴァルハラの国旗……!」
「……なるほど?それで俺に話が来たわけだ」
「あぁ。この件、狙いまではまだわからないが、魔術大国ヴァルハラの息がかかっている。かつてあの国から母国を救った英雄であるガイアス殿に、是非お力添え願いたい」
正式に陛下の署名がされた依頼状を出し、ヴァイス王子がガイアに頭を下げる。書状に乗せられた羽ペンを掴み、ガイアが目付きを鋭くした。
「力は尽くすが、有事には俺は何よりもセレスティアを最優先にするぞ。それでも構わないか?」
「あぁ、勿論だ」
しっかり頷いたヴァイス王子の答えを受け、ガイアが羊皮紙に記名する。
こうして私達の、新しい極秘任務が始まった。
~Ep.17 狙われたオルテンシア王家~
車輪の素材が安物なのとあまり手入れの行き届いていない畦道を走っている為に周囲に響いていたけたたましい音が、ガイアが指を鳴らすとピタリと止んだ。音は空気の振動だ。馬車はまだ走り続けているので、風の魔法で騒音だけ打ち消したのだろう。
「この方が話しやすいだろう?」
「さっすが、優秀な事で助かるよ。誰が敵か味方か、ちょっとわかんない状況なもんでさ」
移動中の馬車なら流石に聞き耳は立てられない。あえてボロ馬車にしたのは、貸し出しルートから足がつかぬようにだとレイジさんは言った。
「御者は指示した動きしか出来ない魔法人形なんだ。話が済んだら、人気のない場所で馬車ごと燃やして」
「『燃やして』って、俺にやらせる気満々じゃないか……」
「だって俺もヴァイスも魔法の威力に自信ないし、可愛い女の子にそんな野蛮な真似させらんないじゃん?ねぇセレンちゃ……」
「セレンに指1本でも触れようものなら貴様ごと消し炭にするからな」
「恐っ!!!」
さっと然り気無く自分にくっつくようにガイアから身を離したレイジさんの頭を、リアーナ王女の平手が叩く。
「おふざけも大概になさって。わたくしは本来ならば貴殿方に頼るのは心外なのですから!陛下の命でなければ誰が貴殿のような無礼な方と手を組む物ですか……!」
「リアーナ、いい加減に……」
「ヴァイス殿、俺は構わない。一度抱いた嫌悪感はそう覆らないだろう。まぁ、確かに貴族としてはそれくらいの感情、制御を覚えないと後々困るだろうがな」
相変わらずリアーナ王女はガイアが嫌いなんだな……。あまりの態度にモヤモヤしない訳じゃないけど、ガイア本人にあまり荒立てるなと言われている以上私から彼女に物申すわけにはいかない。代わりに、隣にかけるガイアの手を膝掛けの下でぎゅっと握った。
一瞬柔らかく目を細めたガイアが、カチンとした様子のリアーナ王女は無視して本題を促す。
「それで?一体何の話だ」
「……夕べ行われた王太子、つまり、ヴァイスとリアーナの弟君であるゲイル第二王子殿下の誕生祝いの夜会の席で、王子と婚約者の令嬢が刺客に襲われた」
「ーっ!?み、皆さん大丈夫だったんですか?」
「無論、警備の兵も多くいたし、何よりゲイル自身腕は立つからな。三名居た賊はすぐに押さえられ、二人には怪我ひとつなかった」
「そうですか……。ヴァイス様とリアーナ様も、お怪我がなかったようで何よりです」
「当然ですわ、わたくしがあのような賊に遅れを取るわけありませんでしょう」
「リアーナ。……ありがとう、セレスティア嬢」
妹を嗜めたヴァイス王子が、困った表情で調書を取り出す。
「賊の一人は給仕係に紛れていて、その者があとの二名を手引きしたようだ。侵入経路も既に割り出されている」
「仮にも王族主催の席だろう。ずいぶんと警備がおざなりじゃないか?」
「やっぱそこ気になるよね……。で、夕べ事のすぐ後に警備係の統率を取っていた騎士団長の邸宅に近衛騎士団が向かったんだよ」
「そしたら、屋敷は既にもぬけの殻だった」
「……争った形跡は?」
「いいや、なーんも?高価な調度品もひとつもかけちゃいない。綺麗なもんだったぜ」
ただ、施設はそのままに人間だけが消えた。連れ去られた可能性は低いだろう。つまりこれは、一種の……。
「今の王太子への謀反、でしょうか……」
「あぁ、そうなるね。居なくなった騎士団長は、元よりゲイル王太子側と折り合いが良くない方だったし」
ゲイル王太子は、少々選民意識が高く差別的だと聞く。故に、彼が玉座に就く事を憂いている者は少なくなかったそう。
「それを解消する為に、リアーナ王女とヴァイス王子が補佐役として力を持つ確約を立て力関係を持たせていたのではなかったんですか?」
「そうなんだけどね……まぁ、どこの誰にだって『あわよくば』で魔が差すことはあるってことかな」
嫌な話。そして、貴族社会ではありがちな話だ。しかし、わざわざ他国の人間である私達に話をしに来たと言うことは、そんな単純な事件じゃ無いんだろう。
「捕まえた刺客はどうした、今は情報源がそこしかないだろう」
ガイアの問い掛けに、レイジさんとヴァイス王子が目を伏せる。
「……今朝方、捕らえられていた地下牢にて爆散した。身体に直接、起爆魔術を組み込まれて居たようだ」
「そんな……っ!」
「ーー……つまり、端から捨て駒だったと」
「そうなるね。多分、潜入してくる前から洗脳状態だった。籍を調べたら、三人とも少し前に失踪して捜索願が出されてた一般人だったよ」
差し出された三枚の写真に写っていたのは、いたって普通に家族と過ごしているお父さん、お母さんとしての姿で。やるせなさに写真から目を逸らすしか出来なかった。
「端から捕まった場合の保険だったのか、もしくは本当は対象の側で爆破する気だったのが失敗だったのかはわかりかねるが。三人の内の一人が、牢壁にある印を書き残していた。それも爆発で壊されぬ様、書いたタイルを床から剥がして牢の隙間から遠くに投げてまでな」
その印がこれだ、と差し出された写真に写る、いびつな柄に見覚えがあった。忘れもしない、これは……。
「ヴァルハラの国旗……!」
「……なるほど?それで俺に話が来たわけだ」
「あぁ。この件、狙いまではまだわからないが、魔術大国ヴァルハラの息がかかっている。かつてあの国から母国を救った英雄であるガイアス殿に、是非お力添え願いたい」
正式に陛下の署名がされた依頼状を出し、ヴァイス王子がガイアに頭を下げる。書状に乗せられた羽ペンを掴み、ガイアが目付きを鋭くした。
「力は尽くすが、有事には俺は何よりもセレスティアを最優先にするぞ。それでも構わないか?」
「あぁ、勿論だ」
しっかり頷いたヴァイス王子の答えを受け、ガイアが羊皮紙に記名する。
こうして私達の、新しい極秘任務が始まった。
~Ep.17 狙われたオルテンシア王家~
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