11 / 27
第三話
◆2/赤い血・青い血
しおりを挟む
斧を構え、夕霧と静かに相対する。
呼吸は荒く、視線は定まらない。叩きつけられるような狂気を目の前に、篝の膝はガクガクと笑っている。
背骨の奥を凍てついた羽箒で撫でられているようだった。
「なにそれ。もしかしてぇ……、わたしを切ろうとしてる? そんな状態でぇ?」
夕霧は堪えきれないというように、クスクスと笑う。
さらに茶化すような声で、言葉は続いた。
「篝ちゃんは、わたしを見捨てたうえに、さらに傷つけようっていうんだ。最悪なんですけどぉ~」
その言葉に、篝の指がピクリと反応した。
胸の奥が軋んだ音を立てる。無理やり支えている体から、一瞬力が抜けそうになる。
その迷いをねじ伏せるように、夕霧との間合いを詰めていく。
呼吸を整え、篝は飛び出す。
だが、振り下ろした斧は夕霧の影を切るにとどまり、返す刃はそれすらも叶わなかった。
「あっははははは! なにそれ! 全然ダメじゃん!」
夕霧が本当に楽しそうに、ケタケタと大声で笑う。
斧の柄を握る手が、じっとりと汗で濡れる。
(なんで? いつもより重い……。)
重い――というより、斧自身が反発しているような、そんな違和感。
焦燥感に胸が焼かれ、頬に冷たい汗が流れた。
夕霧が目を細め、篝を見つめる。
篝の戸惑いを見透かすような、鋭い視線が刺さる。
「次はわたしの番だよね?」
次の瞬間――。
空気が破裂したような音。
夕霧が一瞬で間合いを詰めてくる。
拳と蹴りの波状攻撃が篝を襲う。
高らかな笑い声をあげながら、戯れるように篝を攻めたてる。
力任せに叩きつけられる拳。
鞭のようにしなる蹴り。
そのどれもが、致命的な威力を孕んでいた。
薄皮一枚で避ける篝。電流のような痛みが全身を走る。
苦痛に呻く間もなく、次の攻撃への対応を迫られた。
荒い呼吸に肩を震わせながら、それでも篝は斧を構える。
異常に噴き出る汗と、ヒュウヒュウと鳴る喉が、限界の近さを篝に知らせていた。
その篝の姿に、夕霧の残酷な笑みが浴びせられる。
ニタニタと笑う口の中に、鋭い牙が並んでいるのが見えた。
「頑張っちゃうねぇ。えらいねぇ」
まるで子供をあやすような、優しげな――しかし嘲笑を含んだ声。
「それじゃあ、これもできちゃうかなぁ?」
夕霧が体を折り、両手を地面につける。腰に向かってしなやかに反る背中が、まるで獲物を狙う猛獣を思わせた。
九本の尾が地面を撫でまわすように動き回っている。その全てが、篝を狙う蛇のようだった。
「じゃあ……いくよ」
言葉と同時に、全ての尾が一斉に地面を砕く。
爆発的な推進力を威力に変えて、一直線に突っ込んでくる。
その速度は篝が目で追える限界を超えていた。
思考よりも速く、経験からくる予感が篝の体を動かした。
咄嗟に右へ体をひねる。
巨大な隕石が衝突したような轟音。
そして、巻き上がった瓦礫が、地面にぱらぱらと落ちる音がした。
すぐさま態勢を立て直そうとする篝を、左足の激痛が邪魔をした。
ジンジンと痺れ、次第に感覚がなくなっていく。
それでもなお、踏み込もうと体重をかける。
ゴギンッ――。
何かがズレたような音が内側から響き、激痛が全身を貫いた。
支えを失った足が、折り畳まれるように崩れる。視界が傾き、床に近づく。
倒れきる直前に、斧を支えにして何とか踏みとどまった。
「あ、避け切れてないじゃん。ダメだったね……」
クレーターの中から顔を出した夕霧が、独り言のようにつぶやく。
その顔は、興味がなくなった玩具を見る子供のようだった。
「お別れだね」
夕霧の口から出た、簡潔な別れの言葉。
その何気ない一言が、篝の胸を締め付ける。
一瞬の間に、過去の光景が去来する。
あの時、この言葉を否定できていたら。
手を伸ばせていたら――。
あの日の後悔が、冷たい炎となって篝の中で噴き上がる。
まず、音が消えた。
頭上に振り下ろされる拳がひどく遅い。
右膝を中心に、崩れ落ちるように回転する。
支えにしていた斧を、回転の勢いを利用して振る。
今までになく軽い。
伸び切った夕霧の右腕――二の腕に刃が食い込む。
抵抗はない。
刃が通り過ぎた部分から、青く濁った血液があふれ出す。
そのまま――振り抜いた。
回転の勢いを殺す余力もなく、大の字に床に倒れ込む。
全身から力が抜け、激痛に意識を持っていかれそうになる。
篝は抜け殻のように、虚ろな目で天井を見つめていた。
その瞳には空中で放物線を描く、夕霧の腕が見えていた――。
呼吸は荒く、視線は定まらない。叩きつけられるような狂気を目の前に、篝の膝はガクガクと笑っている。
背骨の奥を凍てついた羽箒で撫でられているようだった。
「なにそれ。もしかしてぇ……、わたしを切ろうとしてる? そんな状態でぇ?」
夕霧は堪えきれないというように、クスクスと笑う。
さらに茶化すような声で、言葉は続いた。
「篝ちゃんは、わたしを見捨てたうえに、さらに傷つけようっていうんだ。最悪なんですけどぉ~」
その言葉に、篝の指がピクリと反応した。
胸の奥が軋んだ音を立てる。無理やり支えている体から、一瞬力が抜けそうになる。
その迷いをねじ伏せるように、夕霧との間合いを詰めていく。
呼吸を整え、篝は飛び出す。
だが、振り下ろした斧は夕霧の影を切るにとどまり、返す刃はそれすらも叶わなかった。
「あっははははは! なにそれ! 全然ダメじゃん!」
夕霧が本当に楽しそうに、ケタケタと大声で笑う。
斧の柄を握る手が、じっとりと汗で濡れる。
(なんで? いつもより重い……。)
重い――というより、斧自身が反発しているような、そんな違和感。
焦燥感に胸が焼かれ、頬に冷たい汗が流れた。
夕霧が目を細め、篝を見つめる。
篝の戸惑いを見透かすような、鋭い視線が刺さる。
「次はわたしの番だよね?」
次の瞬間――。
空気が破裂したような音。
夕霧が一瞬で間合いを詰めてくる。
拳と蹴りの波状攻撃が篝を襲う。
高らかな笑い声をあげながら、戯れるように篝を攻めたてる。
力任せに叩きつけられる拳。
鞭のようにしなる蹴り。
そのどれもが、致命的な威力を孕んでいた。
薄皮一枚で避ける篝。電流のような痛みが全身を走る。
苦痛に呻く間もなく、次の攻撃への対応を迫られた。
荒い呼吸に肩を震わせながら、それでも篝は斧を構える。
異常に噴き出る汗と、ヒュウヒュウと鳴る喉が、限界の近さを篝に知らせていた。
その篝の姿に、夕霧の残酷な笑みが浴びせられる。
ニタニタと笑う口の中に、鋭い牙が並んでいるのが見えた。
「頑張っちゃうねぇ。えらいねぇ」
まるで子供をあやすような、優しげな――しかし嘲笑を含んだ声。
「それじゃあ、これもできちゃうかなぁ?」
夕霧が体を折り、両手を地面につける。腰に向かってしなやかに反る背中が、まるで獲物を狙う猛獣を思わせた。
九本の尾が地面を撫でまわすように動き回っている。その全てが、篝を狙う蛇のようだった。
「じゃあ……いくよ」
言葉と同時に、全ての尾が一斉に地面を砕く。
爆発的な推進力を威力に変えて、一直線に突っ込んでくる。
その速度は篝が目で追える限界を超えていた。
思考よりも速く、経験からくる予感が篝の体を動かした。
咄嗟に右へ体をひねる。
巨大な隕石が衝突したような轟音。
そして、巻き上がった瓦礫が、地面にぱらぱらと落ちる音がした。
すぐさま態勢を立て直そうとする篝を、左足の激痛が邪魔をした。
ジンジンと痺れ、次第に感覚がなくなっていく。
それでもなお、踏み込もうと体重をかける。
ゴギンッ――。
何かがズレたような音が内側から響き、激痛が全身を貫いた。
支えを失った足が、折り畳まれるように崩れる。視界が傾き、床に近づく。
倒れきる直前に、斧を支えにして何とか踏みとどまった。
「あ、避け切れてないじゃん。ダメだったね……」
クレーターの中から顔を出した夕霧が、独り言のようにつぶやく。
その顔は、興味がなくなった玩具を見る子供のようだった。
「お別れだね」
夕霧の口から出た、簡潔な別れの言葉。
その何気ない一言が、篝の胸を締め付ける。
一瞬の間に、過去の光景が去来する。
あの時、この言葉を否定できていたら。
手を伸ばせていたら――。
あの日の後悔が、冷たい炎となって篝の中で噴き上がる。
まず、音が消えた。
頭上に振り下ろされる拳がひどく遅い。
右膝を中心に、崩れ落ちるように回転する。
支えにしていた斧を、回転の勢いを利用して振る。
今までになく軽い。
伸び切った夕霧の右腕――二の腕に刃が食い込む。
抵抗はない。
刃が通り過ぎた部分から、青く濁った血液があふれ出す。
そのまま――振り抜いた。
回転の勢いを殺す余力もなく、大の字に床に倒れ込む。
全身から力が抜け、激痛に意識を持っていかれそうになる。
篝は抜け殻のように、虚ろな目で天井を見つめていた。
その瞳には空中で放物線を描く、夕霧の腕が見えていた――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる