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第三話
◆3/心折れて、まだ
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青い血液を撒き散らしながら、腕がドサリと床に落ちてくる。
ポカンとした顔で、夕霧がそれを眺めていた。
「なにあれ? わたしの……、腕……?」
夕霧の視線が、床に落ちた腕と、自身の肩の断面を何度も往復する。
「は? 意味わかんないんだけど……」
夕霧の体が小刻みに震えだす。眼を見開き、頬がひきつっている。
「痛ったああああああああああッ‼」
直後、耳をつんざくような悲鳴が上がり、倉庫全体をビリビリと震わせた。
右肩を抱きながら、ぺたりと座り込む。
「なに? なんなの! いま、あんたが死ぬ流れだったじゃん! なんでわたしの腕が無くなってんの!?」
その目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。それでも、大きく開かれた目で篝をにらみつけ、悔しさを噛み殺すように歯を食いしばっている。震える体から立ち昇る怒気が、蜃気楼のように空気を歪めていた。
「……ほんと無理なんだけど。なんで死なないんだよ。空気読めよ」
夕霧はぶつぶつと呪詛の言葉を吐き続ける。自身の中で憎悪を反響させ、憎しみの沼に自分で沈んでいっているようだった。
篝は、その悲しい姿を地面に倒れたまま見つめている。分かっているつもりだったが、本気で篝の死を願う夕霧の姿に、頬に一筋の涙がこぼれた。
「あの斧……。あの斧さえ無ければ……。斧……?」
夕霧が視線を黒斧に向ける。そして、何かに気づいたように口の端を歪めて笑う。
「あぁ……なるほど。それ、土御門の……」
それまで、激しく揺れていた感情の波が一気に凪いだように、夕霧の表情に冷静さが戻る。
「はぁ~。なんだか疲れちゃった。篝、わたし帰るね」
夕霧が、膝を左手で軽くはたきながら立ち上がる。
くるりと振り返った彼女は、信じられないほど無邪気な顔をしていた。
自分の右腕を拾い上げ、肘のあたりを持って横に振る。まるで、右手で別れの挨拶をするように。
「篝、またね!」
放課後の挨拶かと思うほどの軽い言葉とともに、瘴気の尾が蕾のように夕霧を包む。
「今日は殺せなかったけど、次はきっちりと殺してあげるからね……」
低く響く声が瘴気の向こうから聞こえてきた。
黒い薔薇が花開くように、瘴気の塊が空気に溶けて消えていく。
開き切ったその中に、すでに夕霧の姿はなかった。
「生き……てる……?」
夕霧とともに廃倉庫の中の瘴気は消え去った。暗くじめじめとした空間の中に、脅威の気配は無い。
けれど、生き残った実感は湧いてこない。ただ〝見逃された〟だけだと分かっていた。
重くのしかかる無力感が、喉の奥に重く苦いものを詰まらせる。
漏れ出そうになる嗚咽を、必死に押さえつけた。
篝は、仰向けのまま、窓から差し込む夕陽の光を見つめている。全身が痛み、泥で作られているように重い。動きたくなかった。
それでも、左手を耳のカフスに添える。
「こちら……、かがりび……。応答を……願います……」
声を出すのも辛い。一言ずつ、区切るようにして喋った。
『こちら司令部。良かった。やっと通信が回復した。報告を願う』
「オニの発生を……確認……。これを……撃退……」
掠れた声でそれだけ伝えると、篝の意識はゆっくりと沈んでいった。
ポカンとした顔で、夕霧がそれを眺めていた。
「なにあれ? わたしの……、腕……?」
夕霧の視線が、床に落ちた腕と、自身の肩の断面を何度も往復する。
「は? 意味わかんないんだけど……」
夕霧の体が小刻みに震えだす。眼を見開き、頬がひきつっている。
「痛ったああああああああああッ‼」
直後、耳をつんざくような悲鳴が上がり、倉庫全体をビリビリと震わせた。
右肩を抱きながら、ぺたりと座り込む。
「なに? なんなの! いま、あんたが死ぬ流れだったじゃん! なんでわたしの腕が無くなってんの!?」
その目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。それでも、大きく開かれた目で篝をにらみつけ、悔しさを噛み殺すように歯を食いしばっている。震える体から立ち昇る怒気が、蜃気楼のように空気を歪めていた。
「……ほんと無理なんだけど。なんで死なないんだよ。空気読めよ」
夕霧はぶつぶつと呪詛の言葉を吐き続ける。自身の中で憎悪を反響させ、憎しみの沼に自分で沈んでいっているようだった。
篝は、その悲しい姿を地面に倒れたまま見つめている。分かっているつもりだったが、本気で篝の死を願う夕霧の姿に、頬に一筋の涙がこぼれた。
「あの斧……。あの斧さえ無ければ……。斧……?」
夕霧が視線を黒斧に向ける。そして、何かに気づいたように口の端を歪めて笑う。
「あぁ……なるほど。それ、土御門の……」
それまで、激しく揺れていた感情の波が一気に凪いだように、夕霧の表情に冷静さが戻る。
「はぁ~。なんだか疲れちゃった。篝、わたし帰るね」
夕霧が、膝を左手で軽くはたきながら立ち上がる。
くるりと振り返った彼女は、信じられないほど無邪気な顔をしていた。
自分の右腕を拾い上げ、肘のあたりを持って横に振る。まるで、右手で別れの挨拶をするように。
「篝、またね!」
放課後の挨拶かと思うほどの軽い言葉とともに、瘴気の尾が蕾のように夕霧を包む。
「今日は殺せなかったけど、次はきっちりと殺してあげるからね……」
低く響く声が瘴気の向こうから聞こえてきた。
黒い薔薇が花開くように、瘴気の塊が空気に溶けて消えていく。
開き切ったその中に、すでに夕霧の姿はなかった。
「生き……てる……?」
夕霧とともに廃倉庫の中の瘴気は消え去った。暗くじめじめとした空間の中に、脅威の気配は無い。
けれど、生き残った実感は湧いてこない。ただ〝見逃された〟だけだと分かっていた。
重くのしかかる無力感が、喉の奥に重く苦いものを詰まらせる。
漏れ出そうになる嗚咽を、必死に押さえつけた。
篝は、仰向けのまま、窓から差し込む夕陽の光を見つめている。全身が痛み、泥で作られているように重い。動きたくなかった。
それでも、左手を耳のカフスに添える。
「こちら……、かがりび……。応答を……願います……」
声を出すのも辛い。一言ずつ、区切るようにして喋った。
『こちら司令部。良かった。やっと通信が回復した。報告を願う』
「オニの発生を……確認……。これを……撃退……」
掠れた声でそれだけ伝えると、篝の意識はゆっくりと沈んでいった。
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