心ゆくまで異世界観光

natuumi

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砂と骨の都市、サザノール

アマン神父

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「おい、まさか神父に直接異議を申し立てるわけじゃないだろうな。ここでは実質最高権力者なんだぞ」
「大丈夫ですよ。私だって学はないがそこまで馬鹿じゃない」
 先を歩くボンベのかかとを追いかけながら話す。その歩が進むほど道路の舗装は整えられてゆく。行き交う人は多くなり、危うく小さなドワーフの背中が人混みに埋もれて見えなくなりそうになる。
 それでもなんとか食らいついて、やがて開けた広場に出た。昨夜サザニアが踊った質素な広場ではなく、噴水と幾つもの彫像が備えられた豪緒な公園だ。
 そしてその正面に教会は門を構えていた。荘厳な造りだ。壁は均一で隙間なく詰められた真っ白な煉瓦造りで雪のようですらあり、その尖った時計塔は他のどの建物よりも高い。教会と言うよりも小さな城のようだ。
 周囲の建物も中世の下町から近代の城下町になり、同じサザノールとは思えない変貌を見せていた。
 人も、サザノール人一色にマダラ模様のように他の人種が混じる程度から、ドワーフや獣人、エルフなど多彩な人種がパレットのように入り混じるようになり、賑やかになってきている。
 おそらくは巨人の遺品の発掘で一山当てた外国人が中心部に集まってきているのだろう。
「ほいよ、ここだ」
 ボンベが教会の門を指差す。だが、手を触れようとはせず、そのまま踵を返した。
「ここから先はお前一人で行け。俺は町の最高権威に目つけられるのはゴメンだからな」
 ホントは自分も一緒に行きたい、そう言葉に滲んでいる。そしてサザニアと顔を合わせるかもしれないのが辛いと言う事も。
「ありがとう、ボンベ。大丈夫、大した事にはならないから」
「だといいがな」
 物寂しそうな背中が強がりの素気ない言葉を発する。そして振り返る事もなく、ボンベの小さな体は人混みの中へと消えていった。

「すいません、アマン神父はいらっしゃいますか?」
 そう言って戸を叩く。するとたちまち清廉とした白い衣服で40歳程度白髪混じりの長身の男性がドアを開けた。
「私がアマンです。信徒の方ではないですね。何か御用ですか?」
 低く重い、しかしいかにも神経質そうなトゲのある声だ。誰に対してもこうなのか?それとも俺が見知らぬ流浪人だからか?ともかく懐の深い対応は望めそうにない。
「アマン神父、私は旅の者です。少しお話があるのですが」
「今は明日のカーニバルの準備で忙しい。他に答えられる者をつけたいのですが、生憎皆んな出払っておりますので。日を改めてください」
 言葉を遮断するように閉まろうとする扉に足を挟む。
 イッタ…。よくある押し売りの真似してみたけど、以外とこれ痛いんだな。加減なんてしてくれないし。
「…なんですか」
 その表情は一層険しく引き締まる。ドアを開けようとする様子もなく、むしろ挟んだ足を千切らんばかりに閉じようとする。
 イデデデデデデッ。
 うーん取りつく島も無いみたいだし、これは仕方ないね。なんの許可も得てないけど、許してくれよ。
 私は手提げ鞄を開ける。中から取り出すのは何かって?ナイフや銃なんて生優しい凶器じゃ無い。もっと恐ろしい物、そう、魔法だ。
「ヘル・デ・ゾルデロカ・シン(ヘルが罪人を牢に閉じ込めた)」
 鞄から一枚引っ張り上げ、呪文を唱えながらそのまま扉の向こうに投げる。すると紙が一人でに神父の顔に張り付く。そして2秒程経ってハラリと紙が落ちると、同時に神父も倒れた。
「昔、ミズガルズで病が大流行して冥界が死者の魂で溢れ返った時があった。その時魂を紙に纏めて本にできるよう、死の女神ヘルが編み出した魔法だ」
 扉を押さえつける力が無くなった。扉を蹴り開けて倒れる神父の傍から紙を拾い上げる。
「あんたも人の命をその程度にしか思ってないんだろ?なぁ、アマン神父」
 先程までのまっさらだった紙には新しく慌てふためくアマン神父の絵が描かれていた。
「貴様…!こんな事をしてただで済むと思うなよ!私は歴としたアルマドール様の忠実な従者だ!その私を外様の神の魔法をかけるとは!直ちに神罰が下ることになるだろう!」
 他にも外の人間など邪悪な者しかいないとか、神の呪いで死ぬよりどうとか、紙からお上品な罵倒が聞こえて来る。紙の上での表情は慌ててるのに、ずいぶん滑稽だなぁ。
「あんたこそ、大丈夫なの?大事な神事を自分の好き勝手にいじくり回しちゃってさ」
 一言与えるだけで突然罵声が止む。ムム…耳をそばだてればそんな呻きが聞こえそうだ。
「…何が望みだ」
「んーそうだな、まずは落ち着いて話がしたい。教会の玄関で神父が倒れてて、その横で紙と喋る人間がいるなんて、絵面がまずいからな」
 私は徐に紙を破り、神父の抜け殻にふりかける。
「ヘル・デ・アルビロカ・シン(ヘルが罪人を牢から出した)」
 すると神父は急激に息を吹き返し、跳ね返るように起き上がった。
「お前は…何者だ!」
 途切れ途切れの息を整えながらアマン神父が目を剥いてこちらを睨みつける。
「名前もないタダの旅人。少し魔法が得意なだけの、ね」

 教会の応接室に通される。そこには獣皮のカーペットに巨大な金の指輪にガラス板を敷いたような円卓、そして王座のような豪勢なソファ。呆れるほど奢侈を尽くした部屋に肺の奥から嫌気がむせ返ってくる。
「なぁ、サザノール人は巨人の財宝に手をつけちゃいけないんだろ。お前のこれはどうなんだ?」
 王座のようなソファに腰を投げ打って神父に聞く。
「これは外国から帰化した者からの供物だ。なんの問題もない」
 供物、ねぇ。帰化の手土産か便宜を図る為の賄か。まぁそんな事はどうでもいいか。今は金より大事な話をしよう。
「じゃあ、いくらだったんだ?サザニアの命は?」
 冷える。空気が、アマン神父の表情が、そして何より私の心が。
「何を言ってるんだ…神の子を買ったなど…」
「そうだろ神父さん。カランの腹ワタのご主人から、赤ん坊のサザニアを買ったんだろ?」
 アマン神父の顔が歪む。図星だな。
 
 ご主人には気の毒な事を聞いた。妻は大き過ぎる胎児の出産に耐えられずに亡くなったそうで。とても悲しい顔をしてたよ。
 だがこの町ではそう珍しい事ではないらしい。この町の病院に忍び込んで出生記録を調べたが、同じ年だけで4件発生してた。
 さてここで疑問だ。
 この時点で生贄候補は4人いる。だがその成長具合や速度によって誰がいつ一番大きくなるかは分からない。それなのにどうして3歳のサザニアが一番大きいサザノール人として選ばれる事になったんでしょう?
 答えは簡単。神父のアンタが恣意的に選んだからだ。なにせ、その生贄候補の4人のうち一人はアマン神父、アンタの息子だったからな。
 アンタは恐ろしかったんだろうな。妻が命がけで産み残した息子、彼までも失う可能性があった事が。だからあんたは息子のスケープゴートを用意することにした。4人の赤ん坊の家族の中で最も貧しかったご主人を狙い、金を握らせて未来の生贄として幼児のサザニアを引き取った。10年以上も前から決まっていれば、例え息子が途中で彼女より大きくなってしまっても皆んなを納得させる事ができるからな。
 
「ご主人は悔やんでいた。当時は今みたいな常連もおらず、店の経営が危うくて子供を満足に育てられるような状況に無かった。妻が命がけで産んだ娘を、飢えさせまいとして苦渋の決断をしたんだ」
 目を腫らしながら真相を語る彼の姿が脳裏に染みる。二度と見たくないはずなのに心の奥底まで染み入ったその光景は中々離れてくれない。
「でも不思議なもんでな。物心ついてない頃に別れても、親と家は分かるらしい。あんな辺鄙な所にある店に小さい頃からサザニアが通ってたのは無意識に帰りたがっていたからかもしれないな…」
 アマン神父が私の向かいのソファに座り、ショックで項垂れている、と見せかけているな。
「フェンリル(フェンに棲まう者よ)」
 彼の奇襲よりも早く呪文を唱える。するとたちまち黒い煙が舞い上がり、中から馬ほども大きな黒い狼が姿を現し、私のソファに寄り添った。その顔は険しく、牙を剥いて神父を威嚇している。
 それを見て神父の動きが止まり、上げようとした腰を渋々と下ろした。
「ありがと、フェンリル」
 その顔を引き寄せ、喉を撫でると気持ちよさそうに目を細め表情を和ませた。
「何が望みだ…!金か!?それならいくらでもくれてやる」
 うわぁよくもまぁ悪徳権力者が追い詰められた時に言いそうなセリフを想像通りに言ってくれるよ。
「一つはサザニアの身柄の解放。一つはカーニバルの生贄の廃止だ。こんな野蛮が儀式があるから悲劇は起こるんだ」
 それを聞いたアマン神父が不適な笑みを溢す。いや、他の何かに気づいたのか?
「クククッ…青い」
 彼が徐に立ち上がる。
「青いぞ、旅の方。素直に私利私欲に走ればいいものを。サザニアの為を思ってしているつもりか?」
「?…旅の荷物は少ない方が便利でね。それよりも一人の命の方が…」
「それが青いと言っているのだよ!やれ!アラン!!!!!」
 その声と共に私の座るソファが下から何かに突き上げられて吹き飛ぶ。大理石の床を突き破って出てきたのは…拳!?しかも前腕だけで1m程もある。これは…そうか!アマン神父の息子か!
「ソー・デ…」
「呪文を唱えさせるな!締め上げろ!」
 アマン神父の命令通り、腕は正確に空中に投げ出された私を掴み上げた。その万力のような膂力に息が詰まり、詠唱が続かない…!
 勿論、フェンリルがそれを黙って見てるわけがない。吹き飛ばされながらも身を翻し、着地と同時に腕にとびかかろうとする。だが、猛る大狼の前に恐れも無く立ちはだかる人を姿を見て私はフェンリルを止めた。
「ダメだ…!フェンリル…!」
 忠実な狼はその人影を食いちぎるすんでの所で静止して引き下がった。
 そこにいたのは…。
「サザニア…」
 褐色肌の2m50ほどの背丈の女性、見間違いようもない、サザニアだ。
 なるほど…彼女が異常を察知して来るタイミングを狙っていたのか…!
 彼女を助けるという目的な以上、彼女を傷つけるはずがないと踏んで!
「クックックッ、形勢逆転。さぁ、その獣を下げて貰おうか」
 仕方なくフェンリルに向かって追い払う様なハンドサインを出す。するとフェンリルは一度反抗的に唸るものの、大人しく黒い煙の中に帰って行った。
 それと時を同じくして、床下から私を掴む左手の持ち主が頭をもたげた。
 デカい。サザニアとは比にならないほどの大きさ、全長にすると10m程。年はやはり10代後半くらいだろうか。コイツがアラン…。
「父上、この不貞の者をすぐに処しましょうか」
 私を掴む手の親指が顎にかけられる。いつでもコインを飛ばす様に俺の首を跳ね飛ばせるぞ、という仕草だ。
「そうだな…」
「待って、兄さん!」
 サザニアが神父の言葉を遮って彼の親指にしがみつく。
「この人は悪い人じゃないの!何も知らないだけで!私が話をするから!この人を放して!」
 必死に叫ぶサザニア。
「妹よ、此奴は言葉一つで使い魔を召喚する魔法使いだ。このまま放すのは危険過ぎる」
「そうだサザニア、捕らえられている今ここで始末してしまうのが一番だ」
 くそッ…よく分かってるじゃないか。町の最高権力者ともなればこの程度の危機管理はお手の物か。
「話すならそのまま話せ。5分だけ待ってやる」
 神父が言うと、アランも了解し、私を掴んだまま床に下ろす。目の前にはサザニアが涙を浮かべて佇んでいた。
「旅の方…どうしてこんな事を…」
「サザニア、よく聞くんだ。君はコイツらの都合で生贄に選ばれたに過ぎない。ホントは…」
「知ってるよ…」
「だったらなんでコイツらの味方なんて」
「旅の方…もう黙って…」
 柔和なサザニアから初めて聞く鋭い言葉に思わず息を呑んだ。
「生贄になるのが外の世界ではそんなに悪い事なの?」
 当たり前だ。特に生きたままバラバラにされて食われるなんて想像を絶するおぞましさだ。そんな目に合わせたくないからこそ神父だって…。
「でもね、この世界ではとっても名誉な事なんだよ?なりたくてもなれない、滅多にない事なの。そりゃ…ボンベさんやカランの腹わたのご主人と会えなくなるのは寂しいけど。それでも私は選ばれて後悔なんてした事ないよ?」
「それは違う!寂しさを感じるならまだ生きてたい証拠だ!それが名誉な事だって神父に洗脳されてるだけなんだよ!」
「違う!私は私の意思で生贄になるの!あなたはサザノール人じゃないから分からないだけよ!」
 互いに声を張り上げる。完全なる平行線。埒があかない。
 ボンベともこんな話をしたのだろうか。こんな辛い論議を…。そう思うとそれ以上言葉が続かなかった。
「…ごめんな、サザニア」
「いいえ、こちらこそごめんなさい。分かるとは思ってないけど、でも」
 それ以上は彼女も辛いのか、言葉が続かなかった。
 話が途切れた所で私の身は再びアランの腕に掴み上げられ、アマン神父の前に差し出される。
「話は終わったな」
「ああ、これ以上は無駄のようだ」
「分かってくれて嬉しいよ」
 神父が私の肩にポンと手を置く。
「だが、君は知り過ぎた。おそらくここを出たら君は洗いざらい公言してしまうのだろう?それは我々としても困るのだよ」
 アランが轟音をたてて床下を突き破って右腕も出す。そして右手で私の頭をボトルキャップを掴むように握った。
「ダメ!」
 そう叫ぶサザニアをア アマン神父がその腕を掴んで引き止める。
「言い残す事はあるか」
 遺言でも聞こうってか?そうだな…。
「実はな、フェンリルは使い魔じゃないんだ。さっきは私の呼びかけに応えただけで、たまに無視したり、勝手に出てきたりする。まぁなにが言いたいかと言うと、立派な意思を持った賢い生物だって事だ」
 フェンリルという言葉に反応して頭を掴む握力が少し強まる。が、何も現れない事を確認するとすぐに力が緩まった。
「だから、フェンリルに会ったら伝えといてくれ」

『ヨルムガンドと町を滅ぼした後、ヘルヘイムで会おう』とな

ズンッッッッ…

 地面が鈍く揺れる。
 教会の地下か?広場の方か?
 いいや、町全部だ。
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