心ゆくまで異世界観光

natuumi

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鉄と蒸気の国、マキナガルド

水とガスマスク

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 マキナガルド。機械神デウス・エクス・マキナによる鉄と蒸気の世界。地平線の端から端まで全てを鉄の家屋が覆い、絶えず無数の蒸気の筋が立ち上っている。それらの合間では機械と生物が組み合わさった様なまさに奇怪な人間が休みなく動き続けている。この国の万象全てが一つの機械であり、人間ですらそれを動かす歯車のようだった。

 旅人がこの国に入る際、絶対に忘れてはならないものが2つある。
 一つはガスマスク。燃料を何時でも何処でも燃やし続けているこの国の空気はすこぶる悪い。常に視界がかすむ程淀んだ空気は、数十秒吸い続ければたちまち喉と目が侵される。一日に1つ使うつもりで買い貯めておこう。
 もう一つは水。川も海も無い鉄の世界では水が非常に貴重資源だ。特に純度の高い水はオールという通貨としても用いられており、金銭的な意味でも必要になってくる。
 この2つがなければ一日とてマトモに過ごす事なく冥界を旅する事になるだろう。

「で、なぜ君はその二つも持たずにこの世界で行き倒れていたんだ?私が助けなければ死んでたぞ?」
「め、面目ないです…」
 俺は鉄に囲まれた部屋で正座をして目の前の人に頭を下げた。監禁、尋問されているようにも見えるが違う。どうやら俺はこの国の煙にやられて倒れ、それをこの人が助けてくれたようだ。
 この部屋は外国人用に建てられたホテルの一室で、外から来た人間の為に空気清浄がされていて息ができる。だが、俺の恩人は何故だかガスマスクをつけたままだった。おかげで表情が見えなくて怖い。
「別に怒っているわけではない。何故何も知らずにここに来たのか聞いてるんだ」
 ぬぅ…本来なら転生者だという事は秘密にしておくのがお決まりなのだが…背に腹は抱えられない。
「それが、俺自身も何がなんだかよくわからなくて…。いきなりこんな世界に飛ばされて、気がついたら気を失ってて…」
 そう言うと彼がグイと顔を寄せてきた。ガスマスクの中の綺麗な青い目が俺を見つめる。
「もしかして君も転生してきたのか?」
 !?もしかして!
「あっ!そ、そう!転生してきたんだ!人間の世界から!」
「そうか。実は私も同じなんだ。転生したのは数年前で、この世界じゃないんだけど。まさかこんな所でも仲間に会えるとはな」
 よかった!腹の底から心臓が飛び上がった。
 いきなりこんな不気味な世界に来て初見ハードモードやらされるのかと思ったけど、ちゃんと導いてくれるNPC用意してくれてた!ありがとう神様!
「正確には私と、あと他にもう一人いるんだが、今は遠出していてな。2、3日戻ってこない」
 なるほど、これはこれから旅を共にする仲間とのエンカウントイベントなんだな!これは来てから早々ラッキー!もしかして俺が主人公の異世界転生ライトノベル始まっちゃってる!?
「とりあえず、自己紹介をしようか」
 そう言って、その人はガスマスクを外した。黒髪に青い目、欧米系の深い彫りの顔で、あまりに整った顔立ちで男が女かわからない。
 そんな彼が細い手をこちらに差し出してくる。
「とは言っても私には名前は無いんだけどね。一応ロキって呼ばれてる」
 ロキ、か。現世の神話で悪戯の神の名前が同じだけど、まぁ偶然か。本名じゃないみたいだし。
「ショート。ナガイ・ショートだ」
「よろしくな、ショート」
 彼と手を握り合う。握手なんてするのコミュ力の低い俺からすれば初めてレベルの体験だ。だがこれから苦楽を共にする仲間になるんだ。これくらいの事はして然るべき。
「とりあえず、これも何かの縁だ。予備のガスマスクと水を分けてあげよう」
 そう言ってロキは言った通りの物を床に広げる。
「ガスマスクはフィルターが劣化するから30時間くらいつけてると使い物にならなくなる。口の先にあるサインが黒くなったらフィルター交換の合図だ」
 ガスマスクの口元に着いた突起を指差すロキ。そのまま水の入った水筒に持ち替え、蓋を開ける。
「この水は別世界で手に入れた蒸留水だ。この世界で水は貴重資源、飲み水に使ってもいいが、通貨としても使えるから大事にしろよ」
 なるほど、ここは蒸気機関で発展してきた世界。動力源となる水はなによりも大事なのか。
「あと、此処の人間はほとんど食事をしないからまともな食べ物を手に入れるのが難しい。携帯食料も2食分あげよう」
 …ん?ちょっと待てよ…。
「すまないがしてやれるのはこれだけだ。あとは自分でどうにかしてくれ」
 …ん?????
「そろそろ私も出かけるか…」
「ちょ、待ってください。俺を放り出す気ですか!?」
 思わず俺は彼に縋り付いてしまった。そんな情けない姿を彼は哀れむような目で見下ろす。
「すまないな。だが私達も流浪の身で、人ひとりの面倒を見られるような余裕は無いんだ」
 いや確かにそうだけど!命を助けられた上に必需品に食料まで分けてもらって自分でも割と図々しい事言ってる自覚あるけど!いや一文に纏めるとホントに至れり尽せりで申し訳ないな。でもそこは物語的にさ!
 そう目で訴えかけると、彼はなにかを諦めたのか、仕方ない、と続けた。
「私の仲間が帰ってくるまでなら、寝床が一つ空いてる。合鍵を渡しておくから、この部屋で寝泊りしていいよ。でも食事や必需品の面倒までは現実的に見てやれない。私も自分の分をこれから調達しなければならなくなったからな」
 少し機嫌の悪そうな様子のロキ。
 なるほど…どうやら仲間にするには転生者のよしみというだけではまだ新密度が足りないようだ。考えてみれば当たり前か…。つい数分前に出会った赤の他人といきなりマブダチなんてご都合主義、ど素人のラノベでも中々ない。
 依然ハードコアモードは継続中だ。

 ここから始まるのは、転生者が現世の知識と特殊能力で俺TUEEEEする異世界大活劇、
 ではなくごく一般的な人間の俺が異世界の過酷さに翻弄される悲劇だ。
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