六影相剋――目覚めたら荒野だった記憶喪失の剣士は、六大勢力の争いの中で世界の歪みと向き合う

いぬぬっこ

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第一章 影走

第六話 黄昏の迎撃

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夕暮れは、思ったより早く訪れた。

村を覆っていた緊張は、ゆっくりと解け始めている。
包帯を巻かれた男が立ち上がり、子どもたちが家の陰から顔を出す。泣き声は止み、低く抑えた会話が戻ってきた。

井戸のそばで、男は手を止めていた。
治療はすでに終わっている。香も焚かれていない。それでも、場に漂うのは、静かに内功が残した余韻。深く呼吸を整え、心の動揺を抑えることで、場を穏やかに保っているのだ。

白黎は静かに頷いた。剣を握らずとも、体の芯に溜まった感覚でそれを理解している。

燕秋は村の外れを見つめる。
沈みかけた夕日、地面に伸びる影が不自然に長い。

「……妙だな」

独り言のように呟く。

「静かすぎる」

その言葉が終わる前だった。

――ズン。

地面の奥で、鈍い振動。
一度ではない。遅れて、また一つ。

白黎の視線が即座に外へ向く。
音はばらけている。だが、方向は同じ。

「……来る」

白黎の声は低く、短い。

月衡が顔を上げる。

「妖、ですか」

答える代わりに、燕秋が息を吐いた。

「数を隠さない連中だな」

夕闇の向こう、草原の起伏に沿って影が滲む。
一体、二体ではない。だが、種類は一つ。

 暮妖ぼよう
獣に近い形。目はなく、裂けた口だけがある。意思は薄く、群れの流れだけで動く低位の妖。

「……引き寄せられてる」

燕秋が言う。

「血と残り香だ。体に残った気の流れは、特に目立つ」

月衡は短く息を吐いた。

「治療の代償、ですね」

その瞬間、村の方から悲鳴が上がった。

白黎は、一歩前に出る。
考えるより早く、体が反応する。焦りはない。

「囲まれる前に割る」

燕秋が言った。

「白黎、前。俺は流れをずらす」

月衡はすでに地に膝をつき、気を集中させる。
場を安定させ、恐怖の増幅を抑え込む。流れに干渉し、群れの動きを乱す――治療で培った内功が、今は防御に転用されている。

白黎は踏み込む。
剣は大きく振らない。最短、最小、無駄のない斬撃で進む。
意図は一つ。進路を断ち、流れを崩すこと。倒すことは目的ではない。

 暮妖ぼようが音を立てる。その反応に別の個体が引き寄せられる。

「……増えるな」

燕秋が舌打ちする。

彼は走る。村と草原の境目を斜めに切るように進む。
足取りを意図的に不規則にし、位置を曖昧にする――敵の感覚を撹乱する軽功。瓦礫を踏み、石を投げ、音をばら撒くことで群れの集中を分散させる。

「今だ!」

白黎は内功を巡らせ、身体の軸を定める。
感覚は研ぎ澄まされ、動作に迷いはない。
剣が走る。斬り、止め、また斬る。連続するが、欲張らず正確に。
群れの中央に割り込み、流れを二つに裂く。

その瞬間、月衡の気配が、静かに場に広がる。
恐怖を与えず、支配もしない。
意思のない流れを――止めるだけ。

 暮妖ぼようの動きが揃わなくなる。群れとしての機能は崩れた。

燕秋がその隙を逃さない。

「白黎、左を潰せ!」

声と同時に動き、地に伏せさせる。殺さない。だが、群れはもはや“群れ”ではない。

やがて―― 暮妖ぼようたちは、寄る理由を失い、夕闇の奥へ散っていく。

音が消える。
風が戻る。
しばらく、誰も動かなかった。

白黎は剣を下ろす。呼吸が少し遅れて荒くなる。

燕秋は肩を回し、空を見上げる。

「……やっぱりな。数だけの連中だ」

月衡は立ち上がり、村を振り返る。
灯りが戻り始めている。

「今日は……越えさせませんでした」

静かな声だった。

白黎は、何も言わない。
武功だけでは足りない。内功だけでも、守れない。
だが、重なれば――夜を退かせることはできる。

黄昏は、数を隠さない。
けれど、人が重ねた意思までは喰えない。

白黎は、その事実を、まだ言葉にできないまま胸に刻む。

――江湖の夜は、まだ、長い。
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