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第三章 死人のためのまじない
第14話 身代わり
しおりを挟む「その時、義高殿は俺の身体を使って大姫と会話をした。だから姫はそれからずっと信じている。俺の中に義高殿がいるのだと。だから俺は」
──身代わり。
その言葉が浮かぶ。
「でも、もう無理だ。身代わりはもう出来ない。だから、どうか義高殿に伝えて欲しい。俺の身体を乗っ取ってくれと。俺の身体で申し訳ないとは思うけれど、どうか姫を守って欲しいと」
義高が鎌倉を抜けた日、その身代わりとして鎌倉に残ったのは義高と歳が近く、いつも側近くに控えていた幸氏だったと聞いた。義高の逃走が判明した時点ですぐに首を落とされても不思議はなかった。でも、まだ十三と年若ながら自らの身を顧みないその忠臣ぶりを頼朝に買われて命を助けられたと。
『自分の分を代わりに生きて欲しい』
魂の声が聴こえてくる。この人は義高の代わりに死ぬつもりだったのだ。なのに生き延びてしまった。義高は死んだのに。そして義高を殺した張本人である源頼朝に仕えなくてはいけない。
それだけではない。主の許嫁である大姫のことも騙し続けている。身代わりとして。
開耶は涙が止まらなかった。だって、もう一つ分かってしまったから。幸氏は大姫さまのことを深く想っている。
恐らくもう主人の許嫁と側近という立場を越えて。でも大姫は幸氏を義高として見る。それに耐えられなくなったのだろう。そして幸氏はそんな自分の不忠に苦しんでいる。
「海野様は何も悪くない。悪くないのに」
どうしていいのかわからない。魂は降ろせない。それを伝えることも出来ない。でも、今のまま耐えろなんて言えない。義高だってきっとそんなこと望まない。義高だったらきっと、ゆるやかに笑って「自分のことは忘れてよ」と言ってくれるはず。でも、それもまた開耶の勝手な願望に過ぎないのだろうか。
幸氏が苦笑した。
「泣かないでくれ。佐久姫に泣かれると何故かわからないがとても辛い」
開耶が泣くのを見るのが辛い理由などわかりきっている。
大姫に似ていると言っていた。いつも御簾の内にいて流鏑馬でもけして姿を見せたことはないけれど、でも多分似ているのだろう。だって、自分は大姫とは再従姉妹に当たるのだから。
そして開耶は幸氏の主である義高にも似ている。血の繋がった兄妹なのだから。
「ごめんなさい」
他に言葉が思い付かず、それだけを口にする。
「佐久姫が謝ることじゃない。俺こそ済まない」
幸氏の手がそっと伸びて開耶の頭を撫でる。開耶はそれをなんの抵抗もなく受け入れる自分に驚いた。義高に触れられた時と同じだったのだ。その瞬間、大姫君のことが少しだけ理解出来たような、不思議と近しく感じた。
その時、戸口の外に影が一つあったけれど、開耶も幸氏も気付くことはなく、そしてしばらくしてその影は消えた。
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