【完結】あなたの波を感じさせてー中将様とちじゅの夢恋物語

やまの龍

文字の大きさ
15 / 21
第二章 いま

第15話 君

しおりを挟む
「ほら、走って!早よ早よ!」
 急かされて建物の中に駆け込む。階段を駆け下り、閉まりかけていた扉の内側へと飛び込んだ。みやこちゃんは慣れた様子で奥へ進み、机に備えつけられている椅子を倒して腰掛けると樹里を手招きする。

「良かった、セーフ!はい、ちじゅはここに座り」

講堂だろうか。階段状にずらっと並んだ机。そこにパラパラと人が腰掛けている。前には舞台。その上には椅子が三つ並んでいて、仄紅いライトが当たっていた。
少しして、客席の天井の電気が暗くなり、舞台の上に自然に目が向く。

——ファーン

不思議な音がして、舞台の袖から数人が楽器を手に出て来た。華やかな衣装。中華街で見るような感じの。
——あ。これ、さっきの不思議な音。
舞台前に練習していたのが聴こえたのだろう。樹里はみやこちゃんにそっと尋ねた。
「お兄さんって中華街の雑技団とかのバンドマンなの?」
「はぁ?」
みやこちゃんは呆れた顔で樹里を見返すと、パコンと軽く樹里の頭を叩いた。
「これは雅楽よ、雅楽。確かに起源は中国か朝鮮だったかもしれないけど、古代から続く日本の伝統音楽じゃない。中学でも習った筈よ。歴史や音楽の教科書に載ってたでしょ」
「え、そうだっけ?」
みやこちゃんはハァと溜息をついた。
「ホント、ちじゅったら興味ないことはまるで頭に入れないんだから」
「ごめんなさい」
樹理は縮こまった。転校して来て、まだ関西弁に慣れない上に、いつもボーっとして本ばかり読んでる樹理はクラスでは浮いた存在で、みやこちゃんが話しかけてくれなかったら、寂しい高校生活を送っていたかもしれない。こんな学園祭にも来ることはなかっただろう。

 比べて、みやこちゃんは美人で明るくて頭も良く、育ちの良いお嬢さんって感じで友達も沢山。どうして樹理なんかと仲良くしてくれるのか不思議に思っていつか尋ねたことがある。
「何で話しかけたかって?どんな子かなって思ったのよ。だって、すっごい地味なのに声だけアナウンサーみたいに綺麗なんだもん」

 声だけ。ガックリした樹里に、みやこちゃんは明るく笑った。
「もっとその声を聴きたいと思ったの」
——声を聴きたい?
どこかでそんな言葉を聞いたことがあったような気がするけど、どこでだっけ?でも、よくわからない。
声を聴きたいと言われても何を喋っていいのかよくわからなくて困ったけれど、みやこちゃんの明るい笑顔を見られただけで得した気分になれた。それからずっと学校では一緒に過ごした。声を、と求められつつ、みやこちゃんが喋り倒すのを黙って聞いているばかりだったけど、樹里にはそれが却って有り難かった。

「今度うちのお兄の学校で学園祭があるから一緒に行こうよ。イケメンも結構いるらしいの」
イケメンなんて腰が引けるばかりで、正直気乗りしなかったけれど、大学の学園祭に女子一人では行きにくいのだろう。そう察して付添うことにした。そしてここに居る。

舞台の上では、パイプ椅子に腰掛けた男子学生三人がそれぞれ楽器を手に目配せをし合っている。一人は黒くて短い縦笛のようなもの、もう一人は太鼓のようなもの、そして三人目は横笛を手にしていた。一人が左手に吊るした太鼓を右手の棒のようなもので打ち出した。続いて縦笛がメロディらしきものを奏で始める。
緩やかで不思議な音が講堂を満たす。樹里は素直にその不思議な音の波に身を委ねた。

——よくわかんないけれど、掠れた音が心地よくて子守唄みたい。

 寒い屋外からあったかい地下に入り、椅子に座って気が抜けた樹里は、演奏者や隣に座ってるみやこちゃんに悪いとは思いつつ、ついウトウトとしてしまった。


 その時、ピィーと突然甲高い音が鳴り響いた。と同時に横笛を手にしていた学生が立ち上がる。樹里はビクッと目を覚ました。


「ドサッ!」

鈍くて大きな音に驚いて目を落とせば、樹里のバッグが膝から滑り落ちていた。

——しまった。寝ぼけて足を踏み外してバッグを床に落としてしまった。

 慌ててバッグを拾い上げて周りを見回す。どこか違和感を覚えて自分の隣を見上げたら、そこには横笛を口に当てた男子学生が樹里を見下ろして突っ立っていた。講堂の中はクスクスと笑い声が響いている。

——やだ。眠ってたのバレてた。

彼は笛から口を離して声を上げた。
「雅楽は眠気を誘えれば成功。上手く奏でられている証拠だという説もあります。気持ち良く眠っていただきありがとうございました」

 ペコリと頭を下げられ、樹里は更に恐縮する。彼は涼しい顔で続けた。
「かく言う私たちも、演奏しながら寝落ちすることがあります。特にあそこ、拍子を取る鼓などは、単調な曲ではよく何小節もぶっ飛ばしたり、また無駄に終わらなかったり、気付いたら椅子から転げ落ちていたこともあるくらいです」
朗々とした声にドッと客席が湧き、舞台上の太鼓を手にした人が頭をかいた。

「雅楽と言えば伝統芸能で敷居が高いとか、難しくてわからないとか言われますが、私たちはアマチュアのサークルとして単純に雅楽の音色が好きで、一人でも多くの人に馴染んで貰えたら、と耳コピで勝手に楽譜を起こしてこんな曲を演奏することもあります。次は皆さんもお馴染みの曲ですから、是非一緒に歌ってください。そう、特にさっき眠ってしまった貴女とか」

 言って、樹里に軽やかにウインクして見せる。硬直した樹里に、彼はニヤッと笑うと
「ではゆきましょう」
 片手を上げて、舞台の仲間たちに合図を送った。横笛を口にあてがう。


 そうして、タタタ、タタタ、タタタと軽い鼓の前奏で始まったのは、日本人なら多分誰でも知っている名作アニメのエンディングテーマの『君を乗せて』だった。
それは樹里も大好きな歌。小学生の合唱コンクールでも歌った。笛の音が滑らかに主旋律を奏でる。映画のエンディングロールの映像が目に浮かんで、樹里は小さく口の中で口ずさんだ。隣の席のみやこちゃんはしっかり声を出して歌っている。気付けば、他の座席からも歌声が聞こえてきた。講堂の中を満たす不思議な一体感。
音楽って不思議だ。全然知らない同士でも音楽を通じてなら繋がることが出来る。樹里の胸はドキドキと熱く高鳴ってきた。

——あ、ダメ。このままじゃ泣いちゃいそう。
 樹里は、スウと深く息を吸い込むと思い切って声を上げた。映画のシーンが目に浮かぶ。黒い空に浮かぶ輝くターコイズブルーの巨木、その向こうの青い地球。

いつかきっと——

そう、いつかきっと逢える

君に。

どこからか聴こえる声。

——君?

そう、君に。

 曲は何回か繰り返されて、繰り返されるごとに歌う人が増えていく。皆、この曲が好きなんだなと感じる。それにこの笛の音。優しくてあったかくて、どこか懐かしい。グルグルと廻る地球の姿が浮かんで、樹里は音の波の中をたゆたった。

 やがて笛の音が止み、合唱も終わった。聞こえてくる拍手の音。
——ああ、終わってしまった。

その時、
「ちじゅ」

呼ばれて顔を上げる。横笛を手にしていた男子学生がまだそこにいて、樹里を見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...