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第3話 雷

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 翌日の放課後、

「ね、みちるって呼んでもいい?」
 問われて顔を上げれば美花ちゃんだった。

「勿論。でも急にどうしたの?」
「だって、昨日私のことを美花って呼んでくれたから、私も呼び捨てしていいかなって思って」

 いーよ、と軽やかに答えつつ、視線を感じてそちらに目を飛ばせば、榎くんだった。なんか睨まれてる。

 あーあ。恨み買っちゃったかな。折角眺め甲斐のある横顔見付けたのになぁ。もったいなかった。時間が戻せたらなぁ。

 悔やむが、断ってしまったものは仕方ない。

クヨクヨしないのが自分の長所なのだ。さて、部活に顔を出すか、と荷物を取り上げて外に出る。外は曇ってじっとりと空気が重たかった。なんか粘りっこい湿気。雨でも降るのかな、と空を見上げる。と、腕を取られた。


「みちる、一緒に帰ろ」

 美花ちゃんが腕にしな垂れかかってくる。痩せてる割に胸はしっかりボリュームがある。なんて羨ましい。

「ごめん、私は部活があるから」

サラッと断るが
「じゃあ、終わるまで待ってる」

 そう食い下がられる。

「いや、遅くなるから先に帰っててよ」

気が散って邪魔だし、待つとか言われるのは、正直重苦しくてかなわない。

「雨も降りそうだしさ。美花が風邪ひいて明日とか学校に来られなかったら寂しいし。ほら、ね」

 にっこり笑って、空いた手でポンと美花の頭を軽く撫で、彼女の肩をクルリと回して、校門へ向ける。

「また明日、美花の元気な顔見られるの楽しみにしてるからさ。じゃね!」

 いつも女子たち相手にしているように、スチャッと人差しと中指を二本揃えて立ててポーズをつけ、背を押して校門へと送り出そうとする。

はぁ、やれやれ。暫くの間、榎くん関連とは距離置きたいんだよね。



 ため息をついたその時、腕にしがみついていた美花の気配が急に冷たく重く固まっていくのを感じた。

「いいや、逃がさないよ」

地の底から湧き上がってきたような冷たく尖った声。


——あ、ヤバ。なんか面倒なの拾っちゃったかも。

覚えのある感覚にゾワリと背が震える。足元を通り過ぎていく、ぬるくて重たい嫌な風。これはヤバいヤツだ。

——動け。

足に命じる。一歩でいい。動き出せれば。でも、足は動かない。

——じゃあ手の指でも。

でも、手も冷たく固くなっている。その腕に重くのしかかっている美花。いや、美花の姿をしている別のモノ。美花の髪の毛がゆらりと舞い上がり、蛇のようにみちるの腕に巻き付いてくる。

——しまった、捕まった。どうしよう。



その時、

「たかあまはら」

低い声と共に、音の波が押し寄せてきた。言葉のようでいて言葉ではない、音の塊。波。冷たい。溺れる。夢中でもがいたら、手が波の上に出た。でも、その手に何かがポツポツと当たってくる。気付けば雨が降り出していた。雨は見る間に豪雨となり、腕にしがみ付いていた美花が悲鳴を上げて校舎の中へと入って行くのが目の端に映る。


「へ、平気、か?」

 甲高い声に振り返ったら、大雨の中、榎くんが両手を上に挙げて立っていた。

 綺麗な横顔に滴る水滴。青白い光に包まれて、それは神々しいばかりに辺りを圧倒していて、つい見惚れる。

でも、その綺麗なラインを縁取るように何かが光った。そして、みちるの手の指がピクリと電気を感じて痺れ出す。

——ヤバい、来る。

「榎、早く校舎に入れ!」



叫んだ瞬間、高く掲げられた彼の左手の何かがキラッと光を放った。対して空が反応を返す。

——あの馬鹿!

咄嗟に駆け出す。

 バババッと光の柱が目の前に立ったと感じた直後、


——ガラガラガラ、ドドーン!!

空気を引き裂く轟音と、ビリビリと地を這い伝う振動。

 足の裏から痺れるような感覚が膝まで上がってきて、全身の毛が逆立つ。

——今の、なに?雷?もしかして雷に打たれた?

えーと。雷は電気だから、基本は壁とかを伝って地面に吸収される筈。だから壁とか高い木からは避けて…

なんて、のんびり考えてる場合ではない。
私、死ぬのか。彼氏いないままの人生だった。ま、それなりには楽しかったけど、もう少し楽しみたかったなぁ。

 でもとりあえず最後に榎くんの綺麗な横顔が見られたのだけは良かった。



って私、やっぱり榎くんのこと好きだったのか。薄々そうではないかとは思ってたんだけど。あーあ、やっぱりあの時、「いいよ」って答えておけば良かった。そしたら今頃デートしてたかもしれないのに。横顔だって眺め放題だったのかもしれないのに。これからは即答はやめよう。来る者拒まず、去る者追わずは返上する。いや、これからじゃないな。生まれ変わったら、か。

 そんなことを考えていたら、耳に女の子の声が届いた。


「すごかったわね、雷。近くに落ちたんじゃない?」
「私、すごい綺麗な稲光見ちゃった」
「なんだか、まだ地響きしてるみたいだよね」

気付いたら校舎の屋根の下にいた。地を叩く大粒の雨が細かく散って顔に吹き付けてくる。


「きゃあん、みちる先輩。すごぉくカッコよかったです!今度は私をお姫様抱っこしてさらって下さい」

きゃあきゃあ騒ぎ立てる女子の声で我に返る。


——お姫様抱っこ?

言われてみるとなんか重い。
 見下ろせば、腕の中には榎くんがいた。慌ててパッと腕を開く。ドタッと落ちる榎くん。

「あ、ごめん」
屈んで声をかけたけど、榎くんは、みちるのことなんか知らん顔で何かぶつぶつ呟いてる。

「かしこみ かしこみ もまをす」

 ゆったりと落ち着いて低い声。あれ?榎くんってこんな声だったっけ?

その声が途切れた瞬間に、綺麗なラインの横顔が此方を向いた。

「ま、護るって言ったのに、どうして
護られてるんだよ?」

甲高い声。

いや、そんなこと言われても、私困るんだけど。

その時、むにゅっと腕が柔らかいものに包まれた。
「みちる、大丈夫だった?」
美花だった。
「ああ、うん。平気だよ。それより私はずぶ濡れだから離れてな。風邪ひくよ」

あんた、身体弱いんだから。そう言いかけて気付く。美花は水滴すら浴びずに薄青く発光していた。美花は榎くんに向かってぺろっと可愛らしく舌を出して言った。

「輝明くん、ありがと」

榎くんはそれには答えず、ヨロヨロと立ち上がると、みちるに向かって手を差し出した。

「お、大市みちる。頼むから、護らせてくれ。いや、く、ください」


「ああ、いいよ」

あ、しまった。即答してしまった。そう思ったけど、ま、いっか。
その日からみちるには彼氏が出来た。
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