あのコ日和

やまの龍

文字の大きさ
1 / 2

第1話 仲間

しおりを挟む

——見てる。

 視線を感じて、レースの陰からそっとそちらを窺う。

 ほら、やっぱり見てる。

 濃い緑のジョウロを手に、桃色の花鉢に水をやるフリをしてこちらをじっと窺っているあのコ。でも目線がこちらに来てるから手元が危ない。

 あ、ほら溢した。

 足下に跳ねる水に驚いて飛び上がる。その拍子に手にしていた花鉢が傾く。

「あっ、危ない!」

「おい、何を覗き見してんだよ」

 声をかけられ、ビクッと振り返る。

「また見てのか」

 相棒だった。

「おら、どけよ。俺にも見せろ」

 言って、グイグイ押してくる相棒。

「待ってよ。今、いい所なんだから」

 だけど相棒はオラオラと身体を寄せて来て、特等席はあえなく奪われた。

 風のよく通る低反発クッションの上。

「何がいいとこなんだよ。ちっともおもんねーよ」

 言って、のしのしと乗りかかってくる相棒。

「ちょっと重い。どいて。見えないじゃないの」

 手で相棒を向こうに押しやろうとする。

 が、相棒はかえって頑強にその場に踏みとどまった。

「あんなヤツのどこがいい。俺のがいい男だ」

 言って、首筋に口を寄せてきた。甘く噛まれて小さく悲鳴をあげてしまう。そのまま押し倒されて床の上をゴロゴロと転がる。

「ちょっと!見られちゃうじゃない」

「わざと見せつけてんだよ。ヤツも喜ぶだろうよ。ホラ」

 言われて振り返れば、確かにこちらをジーッと食い入るように見てる。それもすごく嬉しそうに。

 え、そういう趣味?
 ま、そんならいいかしら。

では、とこちらからも攻め始める。

 相棒の背に耳を擦り付け、コロンと一回転した後、その背を足で踏みつけ、うーんと両掌を前に出し、突っ張って腰をくねらす。

それから相棒と鼻を突っつき合わせてペロペロと互いを舐め始めた。そうしながらチラリと目をそちらに流す。

 わぁ、本当だ。見てる見てる。よだれを垂らさんばかりにしてこちらを凝視してるじゃないの。

 うん、ちょっとノルかも。立ち上がって両手を窓に押し当てて、背中をうーんと伸ばす。

 と、相棒が悲鳴をあげた。

「いて、いて!おい、痛いって!」

 非難の声は無視して、こちらをジーッと見つめる丸い目を見返す。

 いいなぁ、うらやましいなぁ。そんな声が聞こえてきそうな気配。

あのヒト、もしかして寂しいのかしら?

 なんだか気の毒になってくる。

「ねぇ、あなたもニャカマに入る?」

ニャアと鳴いて網戸に爪を立て、よいしょと伸び上がったらご主人がやって来た。

「あらあら、網戸に爪立てちゃダメよ」

 脇を持ち上げられ、ピシャンと窓は閉められてしまう。向かいのあのヒトが見えなくなる。磨りガラス越しにボヤける景色。

「ほーら、怒られた」

 相棒が笑う。

「うるさい!」

 その尻を蹴飛ばすと低反発クッションの上にお腹を乗せて箱座りした。

 まだ見てるかな。磨りガラスの向こうのあのヒト。

 ううん、きっと居ない。

 私たちが現れるとレースの陰から出て来るけれど、私たちが居なくなると同じように隠れてしまうのだから。

 覗き覗かれ ネコとヒト。

 いつか会えたら言ってあげよう。

「あなたも仲間にニャル?」

 ニャルなら撫でっこしましょうよ。

 低反発のクッションの上。

 それまで覗き覗かれて。ネコとヒトは夢想する。

 いつか撫でて撫でられて 肉球ぷにぷに押しっこする日々を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...