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第2話 ロミュオ
しおりを挟む——いない。
ホゥとため息をついて顎をつく。
ここ数日、あのコの姿が見えない。
レースのカーテンはたまに揺れるのにあのコは姿を見せない。
どうしたんだろう?
お腹でも痛いんだろうか。
いつもあそこに座ってこちらを覗き見してるのに。
「ちょっと、どいてよ」
小突かれるが無視をする。
「どいてって言ってるのに聞こえないの?」
聞こえないワケがない。俺の耳は高感度センサー付きでクルリと回転して周囲360度全ての音を拾うのだから。
敢えて無視してるのだ。
それを相棒もわかってるのだろう。グリグリと頭を無理矢理間に入れてくる。
「ほら、どきなさいよ。私にも見せて」
「もう少し待て。おい、待てってば」
あ、レースのカーテンの向こうに桃色の影。
だが無情にも俺は足蹴りを喰らわされて床に落ちた。
「ああ、いい風」
呑気な声に向っ腹が立つ。俺は体勢を整えると相棒の座るクッションの横へと飛び乗り、クッションごと相棒を床に落っことしてやった。
フフン。これでここは俺の場所。
さて、あのコは?
んん?
いた!桃色のシャツにベージュのスカート。
椅子に腰掛けてこちらを眺めている。
「俺!俺!居るよ、俺!」
ピョンピョン飛び跳ね、盛大にアピールする。あの子が顔を上げた。
——バチッ。
目が合う。
いや、本当の所はよくわからないんだけど、目が合ったと思う。
だって、ドキーンって心臓が爆発したもの。
「ああ、シアワセ~」
フニャアと蕩けそうな心地だが、ここはビシッと決めねば。
俺は背筋を伸ばし、シッポをフニャリフニャリと艶かしく揺らして見返り美人ならぬ、見返りニャコポーズを取る。
あの子が微笑んだ。レースのカーテンが開く。真っ直ぐ俺を見つめる瞳。
おお、見られてる。見られてるよ!
興奮して荒くなる鼻息。
と、尻尾を踏まれた。
「おい、ニャニをする!」
凄んで振り返れば相棒がニヤニヤと笑って手をチョイチョイとそちらに向けた。
——ん?
見れば、あのコが大事そうに何かを抱いていた。茶色い何か。
ア、アレは猫!?オスネコか!
「フニャア!」
俺はショックの余り、網戸をこじ開けようとした。
「あ、こら危ないでしょ」
ご主人がやってきて俺を網戸からひっぺがす。
そりゃあね。
ここはマンションの7階。あの子の窓は向かいのマンションの6階。俺らの間には深い谷が横たわってんだ。おいそれとは渡れないよ。
——でもなぁ。
俺は恨めしげにあの子の部屋を覗き見る。
「ああ、ロミュオロミュオ、あなたはどうしてロミュオなの?」
そういう目で俺のことを見てたクセに、何で別の茶色のオスネコなんか抱いてやがんだよ。そんな嬉しそうな顔しちゃつてさ。
不貞腐れてトイレに行き、ザッザッと音を立てて砂をかけまくる。
「あら、あれクマじゃないの」
相棒の言葉に俺はバッと振り返る。
あのコの椅子の前、机に乗っていたのは茶色のクマ。つまりヌイグルミだった。
ニャーンだ。俺はホッとしてその場で顔を洗い始めた。あのコの視線を感じながら澄まし顔で。
いつかこの谷を越えて会いに行こう。
ヌイグルミよりあったかくて喉もゴロゴロ鳴るんだぞって。
ちと重いし夏は暑いけどな。
いつか会えるその日まで。
俺とあのコはロミュオとミュリエット。
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