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2章 くの一御一行~湯けむり道中記~

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 草原を縦横無尽に駆ける一匹のイノシシがいた。その背には一本のきのこが生えて風に揺れている。
 フォレストボア森猪と名付けられたそれは鼻息荒く平らな地面を百キロを優に越える巨体で疾走していた。
 風を切るというよりは、しっかりと足を踏みしめ大地を揺るがしという方がしっくりくるだろうか。
 
 その目的は自分を狩る上位者からの逃亡だ。
 だから血眼になって一目散にバタバタと目まぐるしく四本の足を動かしていた。


「ヘイルウッド、そっち行ったよ!」


 背の低いメガネを掛けた少年――ヘイルウッドが仲間から声を掛けられると強張った表情を見せ無言で頷く。
 この狩りはまずは彼の攻撃が起点となる。だから外すわけにはいかずそのせいで緊張に身が固くなるのも無理はなかった。

 フォレストボアが射程距離内にやってくる間に浅く二回だけ深呼吸をして息を整える。
 彼が手に携えているのは一本の『くない』だ。
 刃先の部分は両刃のナイフで、柄頭はドーナツのように輪っかが空いている。いわゆるオーソドックスなタイプだった。
 その輪っかの部分を手の内に挟み込み親指と人差し指、さらには中指でグリップ部分を掴み、半身を引き準備をしている。
 
 そして予め決めていた距離に獲物が不用意に入ったのを見定めたところで、頭の後ろに地面と平行になるぐらいまで引いた腕を解き放ちくないを投げつけた。
 真っ直ぐな軌道を描きそれはフォレストボアの後ろ左足の付け根に半ばまで食い込み突き刺さる。


『ブォォ!』


 豚のような牛のような苦痛の声がもれた。
 だがまだ止まらない。足にくないを残したままそれはまだ爆走を続けた。


「やったです!」


 ヘイルウッドはまずは自分の仕事が成功したことに歓喜してガッツポーズをする。
 すぐに気を取り直して次の仲間の名前を呼んだ。
 

「次、オッテン!」

「おうッス」


 オッテンと呼ばれたやや小太りの少年は気合を入れて手に持つ網を胸の前まで上げる。端々には拳より大きな石が巻き付けてあった。
 予測よりはズレてしまったけどフォレストボアは今の傷で自重に耐え切れず左方向へと旋回する軌道を取っている。それにスピードも落ちていた。
 彼は駆け寄りながらその網を上から被せるように放つ。
 これはこれでタイミングが重要で上手く足に絡ませないといけないのだが一発で成功し、網の間に足が挟まりもんどりうってフォレストボアが頭から横倒しに転倒した。

 網なんて、と思われるかもしれないが実際やられるとかなり厄介な捕縛道具だ。
 視界が悪くなり手足の稼動域も阻まれ、なおかつ足元を掬われる恐れもある。
 無傷であれば物ともせず引きちぎったかもしれないけれど今は足の負傷がネックだった。
 倒れて必死にもがくも網は外れようとしない。

 そしてそこへ、


「はぁぁぁぁ!!」


 三人目の少年――コールが『刀』を握り締めフォレストボアの心臓目掛けて振り下ろした。
 少年の力では固い肉や骨に阻まれそうなものだが刀は予想以上に埋没し、その傷口から血が溢れ、今まで暴れていたフォレストボアが突然痙攣し急に動きを止める。
 一拍だけ間があってから歓声が後ろからした。


「コールさすがです! 僕たちやったんですよね?」


 くないと網を投げた少年たちが近寄ってきてコールと呼ばれた少年と朗らかに笑みを浮かべながらハイタッチを決める。
 達成感と連帯感に包まれながら祝い合う姿は見ていて微笑ましい。


「これで僕たちの本当の冒険者生活の始まりですよ!」

「明日からお腹一杯食べられるッス?」

「有名になって稼いで恩返しできるな!」


 彼ら三人は初めての狩りが成功を収めたことに胸を占めていて、周りも見えず興奮しきっているようだった。
 だから――フォレストボアがまだかろうじて生きていることに気付かなかった。


『ブィィィィ!!』


 ほとんど断末魔に近い、それでも最後に残った生命の欠片を振り絞るように自らに危害を加えた少年たちに一矢報いようと唸りを上げる。 


「「「「わぁぁぁぁ!?」」」


 倒したと思った獲物が急に起き上がってきたせいで、この世の終わりでも見たかのように顔面を蒼白にさせ、尻餅を突きながらすっとんきょうな叫ぶ少年たち。
 手負いの獣に睨まれ竦みあがって立つことすらもままならないようだった。
 その眼差しはまさに死を覚悟したもので、その覚悟と釣り合う技も経験も度胸も持ち合わせていないのだから仕方の無いことだとは言える。

 しかしフォレストボアはそれを隙と見て、頭を下げ自慢の牙を反り立たせると突撃を敢行した。
 距離が短くても当たれば人間なんて重要は免れない。


『ブィィィ!!!』

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 ミイラ取りがミイラになる状況に悲鳴が重なった。

 ‘私’はくすりと苦笑しながらその前を抜ける。
 そして、


「せーの!」


 真正面から拳骨をフォレストボアの頭部に叩き込む。
 ボキリ、と骨が砕ける良い音がした。もちろん砕けたのは私の拳――ではなくフォレストボアの頭蓋骨だ。
 その衝撃に鼻から血が流れ出し、重い巨体がずしんと地面に横倒しに強く叩き付けられる。
 今度こそ本当にトドメを刺せたようだ。

 「ふぅ」と一息吐いてから踵を返す。
 そこには泣きそうな顔をした三人の少年たちがいた。


「コウ、オツ、ヘイ、ちゃんと死んでるか確認しないとダメじゃない。私が追い込んであんたたちが罠に嵌めてトドメを刺すの。浮かれ過ぎよ。また特訓の日々に戻りたい?」

「「「ご、ごめんなさい……」」」


 さっきまでの無邪気さはどこへやら、しゅん、と俯く少年たち。
 彼らとの出会いは今はもう一ヶ月以上も前にあった『土蜘蛛姫撃退』のさらに数日前に遡る。 
 たまたま魔物に追いかけられていた彼らを救って、そのあと馬鹿な冒険者たちにカツアゲ被害にあったところに遭遇してから縁が深まった。
 取られたお金自体は返してあげたんだけど、どうもそのままにしておくって気になれなくなって、特訓してあげることにしたのだ。
 ぶっちゃけ土蜘蛛姫の時の報酬で半年ぐらい引きこもってもOKぐらいの金額は頂いていたので暇を持て余していたというのも間違いではない。

 ちなみに名前を訊いてみると、コール、オッテン、ヘイルウッドと順番に言われ、甲乙丙コウオツヘイで決まりだね、って思った。
 安直だけど覚えやすいので反省はしていない。


「練習ではそれなりに上手くいってたんだけどねぇ」


 私は何気なしにウィンドウを開けると『師弟システム』の欄に三人の名前があることを確認する。
 『師弟システム』とはおおよそ名前で分かる通り、師匠と弟子の関係になり、一人につき一つだけだが師匠と同じスキルの習熟度が早まるというものだ。
 冗談半分に試してみたら本当にできてしまい、こうなったらということで装備を貸し出し『投擲術』『罠術』『刀剣術』をそれぞれにセットして教えている。
 まぁ罠術に網が適応されるのかどうか半信半疑な部分もあったけど、扱いも手際が良くなってるしたぶん効いているっぽい。
 三人共、効果も目に見えて現れるぐらいコツの掴み方が非常に上手くなっていた。
 ちなみに忍術とどっちをセットするかは迷ったんだけど、あっちはSP消費があるから彼らには仕えない可能性があったので、パッシブスキルにしたのだ。

 今回は油断してしまったみたいだが、彼らに足りないのはきっと経験と度胸だけだろう。
 それでも一ヶ月前まで武器なんてお手製の木の棒ぐらいしか持ったことがなく、実戦経験も皆無に近かった彼らが三人とはいえ連携してフォレストボアを狩れるまでに成長しているのは師匠のこの私がいたおかげである。えっへん。
 

『あーちゃんのおかげだねー』


 と、褒めてくれるのは豆太郎くらいのものだ。
 豆太郎は私を際限なくおだててくれる魔性の子だ。
 だから私も豆太郎を可愛がる。
 これで永久甘やかし機関の完成だ。

 まぁそれはともかく、


「気を抜かないことね。本当に一歩間違えれば大怪我どころじゃ済まないことがあるんだから。でも初めてでよくやったわよね」

「「「はい、師匠! ありがとうございます!」」」

「宜しい。じゃあ帰ったらまたお菓子あげるから」

「「「やったー!!」」」


 特訓中に倒れるまで走らせたり色々無茶やったけど、そのたびに甘い和菓子で餌付けしてたらいつの間にか調教が精神の深いところまでいっていたらしい。最近は師匠と呼ぶしまつだ。
 元から素直な子たちだったけど、今なら私が何言っても言うこと聞きそうなほど忠誠心MAX状態だった。


「ま、その前にもう一回やるからね」

「「「ええええぇぇぇぇぇ!?」」」


 今日はもうこれで終わりだと思っていた彼らに試練追加です。
 飴の前に鞭は当然でしょ?


□ ■ □

 それから三人だけでスムーズに狩りが上手くいくまでさらに二体の魔物を倒させた。
 今はそれらを積んでめちゃくちゃ重くなった荷車をトレーニングも兼ねて買い取り所に運ばせているところだ。
 買い取り手の無さそうな部分は放置しても、それでも総重量百キロは越えた獲物たちの重みでよく荷車が壊れないなと感心する。

 
「よう、【魔犬ヘルハウンド】戻ったか」


 買い取り所の建物に入ると、壁に体を預けながら声を掛けてきたのはアレンだった。横にはミーシャとオリビアさんもいる。
 一週間以上意識不明で寝ていたくせにケロっとしているのがなんだか憎らしい。
 ミーシャやオリビアさんなんかはずっと心配してほとんど食べ物も喉に通らなかったぐらいだったってのに。

 ちなみにコウオツヘイの三人は、外で積んできた魔物の引き取り作業をしている。
 今回のフォレストボアなんかはお肉も食べられるしけっこうな稼ぎになるんじゃないかな。


「その呼び名、恥ずかしいからやめてくれない?」

「格好いいと思うぜ?」


 『魔犬ヘルハウンド』とは私の二つ名らしい。
 元々の犬女っていうのと黒い装束だしっていうの、それに私が二刀流で戦っているときの小太刀が牙に見えるとかで付けられた。曰く、見たこともない怪しげな術を使い、とんでもない速度で獲物を地獄の果てまで追いかけ処刑する魔犬だと。全否定できないのが悔しい。
 町を歩くと変に視線が注目されたり怯えられるから勘弁して欲しいんだよね。一応女の子なんでどうせなら『黒姫』とかそっち系にして……あぁでもオタサーの姫っぽくてそれも嫌だなぁ。

 腕を組みながら一人で二つ名を考えるために百面相していると、ミーシャが面白くなさそうな顔をして一歩進み出てきた。

 
「遅いわよ。伝える話があってけっこう待ってたのよ?」

「ええ? 聞いてないしー」


 急にそんなこと言われてもこっちが困るっての。
 アレンが寝てたときはしおらしいほど大人しかったのに、これならまた寝太郎になってもらおうかな。

 
「ふふ、ミーちゃんが早く教えてあげようって私たちを急かしてここまで来たのよ」


 口元に手を当て微笑むオリビアさんも、もうすっかり回復していた。 
 土蜘蛛姫に捕まっていた人たちは単に魔力的なものを吸われていただけのようで、大体一~二日あれば歩けるぐらいにはなっていて後遺症も無い。
 

「ちょっと、そんなこと言わなくていいから!」

 
 恥ずかしがるミーシャは頬を染めて否定する。その仕草がなんだか可愛い。
 私にツンデレしても意味無いけどね。
 

「話? なんかあるの?」


 面々の顔つきが誇らしげな感じだから良いニュースっぽいけど。
 頷くとアレンがよくぞ訊いてくれましたとばかりに代表して口を開いた。


「あぁ、‘お前の探してるやつ’が見つかったかもしれない」


 私の探しているやつ、というのは大和伝からきた同じ異邦人プレイヤーのことだ。
 あの後、景保さんとも話し合ったんだけど、やっぱり現状の優先目標は仲間を確保することだった。
 もしまた土蜘蛛姫のようなあっちの強敵が現れたときに対処できる体勢を整えたい。それに個人的にはポーションの取引の件もある。
 
 なので景保さんは飲み会をした後にすぐに旅立っていった。西に行って北の方をぐるっと回ってくるらしい。
 私も悩んだんだけど、無闇に動くよりは一旦噂などを集めてからにしようと思い、私に恩義を感じてくれているアレンたちに『同郷の人間を探している』と言ってそのお手伝いをしてもらっていた。
 

「へぇやるじゃん。でもなんでそれが私の探し人だって分かるの?」

「まぁ聞け。場所はここから南にある『カッシーラ』って町だ。温泉で栄えてるところで、最近そこで噂になっている人物がいる」

「噂ねぇ……」


 概ね大和伝出身者なら‘やらかす’人が多いと思うので、良くも悪くも目立っちゃうから噂になるほどなら信憑性はあるが。


「なんとそいつは『聖女』と呼ばれているらしい」 
 
「はぁ?」


 また胡散臭い呼ばれ方をしている。
 宗教の匂いがするのがにんともかんとも。
  
 
「なんでも普通は治せない怪我や病気を次々と治してるんだとさ」

「そりゃまた……」


 ――あり得る。
 この世界のレベルが低いのか私たちが高いのか、完全にステータスやスキル能力の効果が常識とは乖離かいりしていた。
 おおよそここでの一般冒険者はレベル二十前後で一人前、ベテランや一流どころでレベル三十以上って感じだ。
 なのでヒーラー職の【巫女】などが高レベルのスキルを使えば、ここではできないとされている部位欠損や不治の病すら完治するかもしれない。
 怪我した人を放っておけず治療をして、奇跡の技みたいに崇められて有名になってしまったというケースは十分にありそうだった。
 ちなみに【神官】の職業の女性版が【巫女】と呼ばれる。忍者の女版が『くの一】と呼んでいるのと同じことだ。


「ここ最近でぽっと出てきたとんでもないやつって条件なら合うだろ? まぁペテン師も多いけどな。昔、聖女騒動で騒がれたのは麻薬を使って集団催眠にするやつだったかな」

「本物か偽者かどっちよ?」

「仕方ないだろ、行商人の噂話とかそういう確度の話なんだから。それでもそこそこの話題にはなってる。そう言われることをしている人物は少なくてもいるってことだ」


 無駄足になる可能性はあるか。まぁでも私の足ならどれだけ距離があろうとも数日あれば着くだろうし行くだけ行ってみるか。


「そっか、なら行ってみるわ。ありがとう」

「もちろんあたしたちも着いて行くからね」

「え? なんで?」

「そりゃ――もがもが」


 急に同行宣言をしたミーシャに、アレンとオリビアさんが慌てて口を塞ぎ建物の隅の方に引っ張っていった。


「(バカ、お前正直に言おうとするやつがいるか)」

「(隠すより本当のこと言った方がいいって)」

「(私たちがアオイちゃんの監視とストッパー役だって知ったら絶対反発するわよ)」

「(えー)」

「(えー、じゃない。俺たちが退屈な村の復興支援から外されているのはギルド長からのアオイの監視任務があるからなんだぞ。あいつのことだからそれを知ったら俺たちを置いて逃げるって。そしたらくっそつまらない田舎ライフを数ヶ月過ごすことになるんだぞ!)」

「(それにたぶんこれが終わったらランク4へ昇格なのよ)」

「(分かったわよもう!)」


 小声で作戦会議らしい。
 申し訳ないけどこのアバターは五感もそこそこ鋭敏で、集中すれば丸聴こえなんだよね。
 それにしてもアレンたちは私の首輪代わりですか。魔犬としてはどうするのがいいかなぁ。引きちぎる?
 でもさすがにランクアップが掛かってるのに逃げるのは気が引けるかな。

 相談事がまとまったので立ち上がってちょっぴりひけ目を感じながらこっちにやってくる。


「で、話終わったの?」

「あ、あぁ……しばらく俺たちも働いてばっかりだったから温泉に浸かりたくてな。実際に見たこともないしこれも良い機会だと思う」


 ジロリと胡乱げな目線で睨むとそういった白々しい答えが返ってきた。
 茶番劇を見せられたあとにこれじゃ怒る気にもなれない。軽く息を吐く。


「別にいいけどさ、『美少女冒険者たちご一行、湯煙に渦巻く聖女を求めて驚愕の真実と愛憎に巻き込まれる連続殺人旅情編!!』みたいなサスペンス劇場にならなきゃいいけどね」


 温泉と言えばやはり連続殺人事件! そして大人のドロドロとした憎しみが連鎖するってのがお約束だよね。
 聖女に恋をした男性が次々と死んでいって、彼女が疑われるけど実は犯人はマネージャーでしたみたいな。


「なんだそりゃ?」

「様式美よ」

「師匠、換金終わりました」


 ちょうど引取りを終え、カウンターからお金をもらった三人がやってきた。
 メガネのヘイが手にお金の入った袋をきょろきょろしながら大事そうに抱えてくる。
 孤児院で育つ彼にしたらおっかなびっくりになる金額なんだろうけど、戦闘中より緊張していてこれじゃあ単なる不審者だよ。
 

「ご苦労さん。いくらだった?」

「すごいですよ、一日で金貨二十六枚! こんな大金が手に入るなんて……」

「努力の成果だね」

「でも師匠、本当にいいんですか? 四等分なんかで。教えてもらってるし追い込みとか大変な部分やってもらってるんですから半分以上が師匠の取り分でも僕たちは満足ですよ?」

「いいの。あんたたちが独り立ちするのが目的でやってるんだし、それでお腹一杯食べてモリモリ成長しなさい。それが師匠孝行というものだよ」

『あーちゃんはやさしい~』


 ぬっふっふ、豆太郎君もっと言いなさい。


「「「師匠~」」」


 弟子たちも袖で涙ぐむ目をこすっている。
 ここ一ヶ月ほどの調教……もとい指導は体に染み入っているようだ。
 それに深くは知らないけど、やっぱり孤児ってだけであんまり優しくされたことないんだろうね。
 でもこのまま進歩していけばいっぱしの冒険者なんてすぐになれるんじゃないかな。そうなったら私も嬉しい。

 ちなみに『魔石の奉納数』は現在五十三。
 五十になった時点で『修復(小)』というスキルが手に入った。
 これは【アイテム欄】に装備品を入れておくと、最大百までの耐久値が毎日一~三ランダムで回復するものだ。
 この効果は装備の修理できる人材がいないこの世界では非常にありがたいものだった。
 女神様も良いとこ突いてくるよね。なので黒装束の忍服もたまに着替えている。


「あ、そうだ。私しばらく町出るからあんまり無理しないようにするんだよ?」

「分かりました。どれぐらいで戻ってこれるんですか?」

「え~と……?」

「往復二十日掛かる。滞在一週間と考えて約一ヶ月ぐらいじゃね? 大体予定は遅れるもんだし」


 目で助けを求めるとアレンが代わりに答えてくれた。
 

「えぇ!? 片道十日も掛かるの? マジやばなんですけど」

「この間の馬車よりは良いのが借りれると思うから少しは楽だと思うわよ」
 

 オリビアさんがフォローしてくるも、移動の刺激の無さが地獄だからなぁ。
 近い未来の馬車生活にうんざりしていると、ぬっと突然男の手が輪の外から入ってきた。


「へへ、頂き!」


 そいつは突然ヘイの持つ金貨袋を掠め盗って建物の外に遁走する。
 迷いがない動きだ。


「うわぁ!」


 いきなりのことで誰も反応できなかった。
 しかもヘイは背中から押され床に倒される。
 おいやってくれたな。私の目の前でそういうことして逃げ切れると思うなよ。
 

「待て!」


 全員ですぐに建物から出て後ろ姿を確認した。
 道行く人を押し退けかなり目立っているみたいで一直線にルートが出来上がっている。
 これなら楽勝で追いつけるね。私の場合は最悪屋根の上を走ってもいいし。私の目の前で私のお金を盗もうとするなんて、天誅を食らわせてやるんだから。


「まぁ待て、ここは俺に任せてもらおう」


 無意味に自信満々なアレンが、駆け出そうと息巻く私を制して腰に指した剣を抜く。
 天恵を使う気のようだ。まぁあれなら頭上から追えるか。


「ちょっと、大丈夫なんでしょうね?」

「見とけって!」


 柄を持ち、槍投げのように構え、そして放つ。

 同時に、轟、と空気を貫く音がした。
 おそらく盗人の目の前で止める気だったんだと思う。けれど以前見た飛剣の速度を遥かに凌駕し、風を切り裂きあまたの視線を振りほどき、それは目標を越えても止まることなくかなり先にある武器屋の石壁に激突した。
 石を砕いて突き刺さる、という結果を残して。

 耳先にそんなものが通り過ぎたせいで盗人は恐怖と驚きにより固まった。
 というか、往来の人々全員がこの衝撃に時間が止まったかのように停止しシュールな絵面になっていて面白い。
 盗人は油の切れたゼンマイ仕掛けの人形のように頭をこちらに向けて鼻水を垂らしてくる。
 あれが自分を狙ったものだと分かったのだろう、死に直面し逃げるという意思を失ったみたいだった。
 これならもうゆっくりと歩いて掴まえても平気そうだ。


「それはいいとして、アレン全然、自分の力を扱えてないじゃん」


 目覚めてからのアレンはというもの、『レベルアップ』した自分の体に付いていけていないようだった。
 そう、『レベルアップ』だ。彼は土蜘蛛姫の撃退後、肉体的な成長を遂げていた。
 今やアレンの力や運動能力は町でもトップクラスになっている。
 私が彼の昏倒に心当たりがあると思っていたのはそれだ。

 もちろんこの世界にはそういう概念はない。
 魔法や天恵というものはあるものの、鍛えるというのは体を物理的に鍛え上げ筋力アップや持久力アップ、それに経験や技を蓄積させていくものを指す。
 素質的には私たちの世界よりもあるようで、稀に人間離れしたのも生まれてくるらしいけど、『敵を倒したおかげで無条件に強くなる』ということはない。

 にも関わらず、急激な体の変化レベルアップが起こってしまったのは土蜘蛛姫以外に原因は考えられないだろう。
 実は子蜘蛛を倒した他の面子も多かれ少なかれそういう傾向はあった。言われてみれば程度ではあるけど町に戻って休息をきちんと取ったジ・ジャジさんたちに確かめると「体のキレが前より良い気がする」と私の推測を裏付ける証言をくれた。
 私や景保さんはレベル百のカンストでそもそも変化は無いけれど、最後に一撃を与えたアレンにも大量の経験値配分が行われた可能性があったのだ。
 奇跡みたいな都合の良い話だけど、寝込んだアレンが目覚めと共に謎のパワーアップしたのはそれぐらいしか説明できない。
 
 ただし天恵の制御が利かなくなっていた。一足飛びに強くなった弊害だろうね。
 以前のままなら壁を貫通なんて真似はできなかったはずだ。それがやすやすと粉砕している。
 肉体だけでなく、天恵を操る能力も上がったらしく感覚的には最低でもレベルが十は上がってるかな。
  
 天恵はちゃんとコントロールできるまで無闇に使うなって念押ししておいたんだけど、ホント他の人に当たってたら大惨事だよ。
 っていうか、今もあの砕かれた壁の中がやばいことになってそうだけど……。

 なんて思ってたら、建物からスキンヘッドの斧を持った筋骨隆々な厳ついおじさんが出てきた。その形相はまさに阿修羅。鬼だ。


「うちの店にかちこみ掛けてきやがったやつはどこのどいつだぁぁぁぁぁぁ!!!」


 鬼が大音量で吠える。
 髪は無いのに怒髪天を衝く勢いで斧を振り上げ、血眼になって下手人の姿を探し始めた。
 どうやら武器屋のおじさんらしい。


「やべぇ……」


 顔面蒼白になったアレンも引ったくり犯みたいに硬直していた。
 ここは善良な一市民として行動しなきゃいけないね。


「はーい、犯人はここでーす」


 私の指差す声におじさんが顕著に反応した。
 自分のお店を壊した獲物を見つけた嬉しさに口の端を吊り上げ目を光らせる。

 そして、


「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ば、馬鹿やろぉぉぉぉぉ!!」


 かくして武器屋対アレンの壮絶な鬼ごっこが開始された。
 良いことするって気持ちいいね。
 私は盗人の相手だけで手一杯なので、アレンには命懸けで反省してもらおう。


『あーちゃんはいいことをしました!』

「豆太郎分かってるぅ!」


 さてさて、新しい仲間を求めて旅立ってみますかね。
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