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2章 くの一御一行~湯けむり道中記~

11 新たなる不穏の影

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「何なの?」


 あまりの急変ぶりに理解が追いつかない。


「その……たぶんなんだけど、両親のことを思い出したんだと思う」

「どういうこと?」


 言いにくそうに話すオリビアさんに尋ねてみるが、目を泳がせ言うことを躊躇される。
 代わりにアレンが口を開いた。


「あいつは――あいつが小さいときに両親が魔力欠乏症になったんだ。町でも数年に一人出るかどうかぐらいの確率の病気が二人揃ってだ。信じられるか? 町のやつらは両親を失ったばかりの幼いあいつを疫病神扱いして追い出そうとしたんだぜ。それで親戚の住む俺らの村に引き取られて来たんだ。今でこそあぁだけど最初の数週間は外にも出ず、話しかけても何の反応もしない置き物の人形のようだった」


 いつも真っ直ぐでひたむきなミーシャにそんな暗くて重い過去があったなんて思いもしなかった。
 言われてみると私はアレンたちの過去や家族構成なんて知らないし、気にしたこともない。


「それでも何となく気になって、できる限り毎日声を掛け続けたんだ。その内に可哀想からだんだん腹が立ってくるようになった。俺のことを無視するからじゃない、両親の思いを無駄にするのかってな。『進んで死にたかったわけじゃない。お前を独りにしたかったわけじゃないだろ。お前が元気に生きることを願って逝ったのにお前はそれを無視するのか』ってな」


 アレンの目は遠いその日を思い出しているようだった。


「それでどうなったの?」

「喧嘩になったさ。会ったこともないお前に何が分かるんだって。まぁそりゃそうなんだけど、あのときの俺は『そんなの俺ですら分かる。分からないお前は大バカだ』って言って譲らなかった。しこたま服が破れるぐらい殴りあって泣きまくってそれからあいつは人形から人間に戻ったんだよ」


 ミーシャがアレンのことを好きになった理由が手に取るように分かる。そこまで真正面に向き合って感情を取り戻してくれたんだ。ほだされて当然だよね。
 アレンは顔を背けながら語り、そして視線を合わせてくる。


「だから、こう思ったんだと思う。『なんで私のときに来てくれなかったの』ってな」

「それは……」


 言葉を呑んだ。
 さすがにそんなリアクションは想定外だ。良いことをしたはずなのに恨まれる? 逆恨みのようなものでしょそれは。
 でも自分がその立場だったらどうだろうか。理屈と感情が一致しないことなんてよくあることだ。私がその立場なら同じことを思わない保証はない。 


「そうだ。そんなの八つ当たりだ。それでも考えられずにはいられなかったんだろうさ。もしその薬を持っているやつが来てくれていたら親は助かって町で平和に暮らしていたってな。あいつとは十年以上の付き合いだ。分かっちまう」

「お門違いな考えだと思うの。でも今のやりとりを目の前で見せ付けられて、子供の頃に感じた理不尽や、やるせない感情を思い出してしまったのよ。だから少しだけ時間をあげて欲しいの。心の整理が付いたらきっと戻ってくるから」

「もちろんそれは別にいいけど。いえ、分かったわ。ミーシャを待つ」 
 
 
 アレンとオリビアさんの話に肯定する。
 詐欺を働いていた偽者の司祭たちを捕まえる一仕事はまだ残ってるけど、今急いで下山する必要は無いしそもそもまだ昼前だ。
 それぐらいの時間をあげるのは構わないし、それに私だってこう見えて戸惑っている。時間が欲しいのはお互い様だからね。

 さて、とりあえずもう一つ処理しないといけない重要なことがある。
 私は再びおじいさんに向き直った。


「まだ訊きたいことがあるんです。教えてもらっていいですか?」

「あぁ、何でも答えよう」


 さっきまでとはがらりと変わってその態度は素直というか、いきなり好感度MAXで従順そのものだ。
 むしろ役に立てるのが嬉しいって感じ。孫の命を救った相手ならそうなるか。


「使ってた‘矢’について訊きたいんです。それに爆弾も。あれはおそらく私の故郷で使われていたものです。どうやって手に入れたんですか?」

「あれが君の? そうか、そう言われれば何となく雰囲気が似ているかもしれない。あれはもらったんだ」

「もらった?」


 おじいさんは大きく首を縦に振る。
 

「もう一ヶ月半も前になる。ふらっと現れた‘猟師’姿をした少年にだ。見た目の年齢はコリンスと変わらないぐらい。だというのに話し方やその物腰は俺とそう変わらないものを感じさせた奇妙なやつだった」
 

 ぶるりと高揚に体が震える。
 おそらく当たりだ。まさか聖女探しにきて偽者だったところに逆転ホームランが来るとは予想外過ぎた。
 たぶん、アバターは少年風で中身は大人の男性なんだろう。ゲームじゃよくある話だ。


「少しの間、この山小屋で泊まらせてくれと言われ了承した。そのお礼にと矢と爆弾を渡されたんだ。罠もそいつが仕掛けていった。もう残りは無いがね。弓の腕は数十年猟師をしてきた俺を遥かに凌駕していたよ」

「名前って分かります?」

「確か『ピリ辛味』だったと」

「ぴ、ぴりからっ!?」


 仰天しながらちょっと笑ってしまった。いや確かにオンラインゲームに変な名前のプレイヤーは多いし、そもそも本名の方が少ない。
 『†殺撃天使†』とか『↓こいつホモ』とか。しかもおかしい名前に限ってガチ勢だったり強かったりするのがまた謎なところなんだけど。
 

「あぁただ、名前を聞いて爆笑してしまった俺を見て、慌ててその後に『ジロウ』と呼んでくれと名乗り直されたな。まぁ俺も最初の名前が面白くてピリ辛としか呼ばなかったんだが」


 完全にネタにしてるよねこのおじいさん。初対面の相手をよくいじるね。


「それでその人は今どこにいるんです?」

「三日ほどこの辺りで狩りをして、お礼にとさっきの特殊な矢とかを渡してくれてからどこかに旅立ったんだが、行き先はすまない訊いてないんだ」


 ふーむ。ここから移動したか。しかも一ヶ月半も前となると今はもうかなりの距離を移動してそうだ。
 しかし日数から考慮してみると、このおじいさんかなり運が悪かったなぁ。おそらくコリンス少年が魔力欠乏症にかかったのって、そのピリ辛ジロウさんが旅立った後だろうし、もしいたら私の代わりに丸薬をあげていたんじゃないかな。そうしたら誘拐事件なんてそもそも起こらなかったはずだ。
 あ、そういえば一つだけ忘れてた。


「その人って動物かなにか連れてませんでした? お供みたいな感じで」

「あぁ、いたな。ただ動物じゃなくてあいつの身長よりも大きくて真っ白い『ヘビ』だったが」


 うわ、爬虫類か。お供は基本、日本に生息するノーマルタイプな四速歩行の動物になる。それ以外となるとレア系だね。
 レアお供を出すために五百円するアカウントをリセマラリセットマラソンする人もいたなぁ。 
 

「そっか。居場所が分からない人よりもまだ分かってる本物の聖女さんをこのまま追うしかないかな」

「あぁ、聖女に会いたいんだったな。カッシーラから噂は聴こえてくるよ」

「本当に何でも治せる人だと思います?」

「さぁてな。もうコリンスが治ったから興味が失せたが、少なくてもそこにいる女と違って町から逃げてないだけ信憑性はあるんじゃないかな」


 手を縛られた偽聖女に向けると、彼女はふんと鼻を鳴らしながら顔を逸らした。
 たぶん主犯格はあの司祭ってやつで、この人は加害者であると同時に被害者なんだよね。情状酌量はちょっとあげて欲しい気はする。


「なら行く価値はまだあるかな」

「まぁ俺も直に見たことはないが、カッシーラにいるのが本物だからこそ詐欺がしやすくなるんだと思う。ここに来たのは全国行脚の途中だと言われてな。追い詰められている人間ほど正常な判断を無くして縋りついてしまう。それが自分のことになるとは思いも寄らなかったが。だがこいつらが詐欺師だろうが俺のしたことは突き出されても仕方ないことだ。ただ孫は関係ない。勝手な話かもしれないが、それだけは分かって欲しい」


 おじいさんはさっきと同じように深く頭を下げてくる。
 さっきのは感謝で今回のは謝罪だ。

 怪我も無かったし、孫のためにやったおじいさんをこれ以上責める気はない。
 でもこっちのルールで裁かれないといけないのならそれに異を唱えるつもりもない。そこは村の人に話して決めてもらおうと思う。


「おじいちゃんは悪くないんだよ!」


 また頭を上げないおじいさんの横で、コリンス少年が服の襟をぎゅっと掴みながら、純粋な瞳をこちらに向けてくる。
 

「分かってるわ、君のためにしたんだよね」

「違うんだ。そうじゃないんだ。あいつが悪いんだ!」

「あいつ? どういうこと?」


 ここで第三者が出てくるのが気になった。おじいちゃんのために吐いた子供の可愛い嘘っていう感じにも見えないし。
 コリンス君が俯きながら語りだす。


「その、一人で行っちゃいけないって言われてた森へ入っちゃったんだけど、そこで怪物に襲われたんだ」

「怪物? どんな?」

「分からない。もう一ヶ月も前だしよく思い出せない。でもそいつにやられて、それから病気が始まっちゃったんだ……」

「何!? そうだったのか?」

「ごめんなさい、怖くて言い出せなくて」


 叱られると思ったんだろうか、小さな肩をビクビクさせながらもそれでも勇気を振り絞って告白してくれた。
 しかし、それってつまり――


「魔力欠乏症を引き起こす魔物がいるってこと?」


 私のセリフに横で訊いていたオリビアさんが慄くような反応をする。
 

「ありえないわ! そんなの、そんな魔物がいるなんて」

「嘘じゃないよ!」

「ご、ごめんなさい。決して嘘だって疑ってるわけじゃないの。ただ、すぐには信じられなくて」


 少年が嘘を吐いているとも思えない。その言葉を信じた上でオリビアさんが知らないってことは新種の魔物か。
 一瞬、大和伝絡みかという嫌な予感が過ぎったが、そんな魔力障害を引き起こすモンスターはいなかったように思える。
 まぁ全部網羅しているわけじゃないし、こっちにきて変化している可能性は十分にあるし、気を付けるべき案件かもしれない。 


「ちなみにそいつがどこにいるとか、見た目とかは……」

「ごめんなさい、分からない。すぐに気絶しちゃって。それから家に帰ったんだけど、どんどんと眠たくなっちゃって……」


 これ以上、少年から得られる情報は無さそうだった。
 さすがに私たちだけで山狩りして捜索というのは現実的でない。
 モヤモヤと後ろ髪引かれる思いはあれど、何の手掛かりもない状態で今はその魔力欠乏症を作ったやつを放置しておくしかなかった。


「あ、そうだ。できればこの薬のこととか騒ぎになるかもなんで色々内緒にして欲しいんですけど。いいですか?」


 周りを見渡して、アレンたち以外の三人にお願いをする。

 紫金丹の残り個数は十八個。できれば自分用に持っておきたいからそんな薬を持ってるなんて噂は広まってもらいたくない。
 リズのお母さんの病気は不治の病ってほどじゃなかったので口止めなんて考えなかったけれど、これが知られるとまずいことになりそうだもんね。


「色々ねぇ? そのお薬もそうだけど馬に食べさせていたものとかぁ、爆発から逃れられる身体能力とかぁ、そもそもあのよく分からない爆発物や煩い音の鳴る矢をこのお爺さんにあげた人を追っているとか諸々のことよねぇ?」


 ハイディ姉さんの指摘はけっこうあった。
 しまったな、自分でもけっこう情報をもらしまくっていたなぁ。


「えーと、そうです。よく見ていますね」
   
「そりゃあねぇ? まぁ私はもちろん構わないわよ。聖女以上にあなたに恩を売るのもメリットありそうだし、今回私なーんにもやってないからねぇ。これで年下のあなたたちを困らせるほど性悪のつもりはないの」


 話の分かるお姉さんで良かった。
 気を付けないといけないとは思うんだけど、私を利用しようとする悪どいやつがいるなら正面から叩き潰してやればいいって安直な考えがあるせいで警戒心が弱い自覚はある。


「もちろん俺らも言いふらすつもりはない。コリンスはぽろっと口に出すかもしれんが」

「そんなことしないよ! おじいちゃんの意地悪!」

「ははは、そうだな。お前は約束が守れる子だもんな。だったら森へももう許可がないのに行くなよ?」

「うぅ……ごめんなさい」

  
 微笑ましいやり取りを見ていると本当に助けて良かったと思えるよ。


「そうだ、役立たずの汚名返上に、お姉さんがミーシャちゃんを慰めに行ってもいいかしらぁ? まったく知らない赤の他人にこそ、弱音や愚痴が吐けることもあると思うし」


 別に役に立つとか立たないとかそんなことを言うつもりはないけれど、その役目を買って出てくれるならありがたい。
 ハイディさんに任せてみようかな。
 

「いいんですか?」

「えぇいいわよぉ。ここまで勢い込んで来たのはいいけど実質空気だもの。それぐらいはさせてほしいわ」


 アレンとオリビアさんも特に反対する気はないようで納得したように頷き、それを確認してから彼女はミーシャが消えて行った方角に歩いていった。


 それから少ししてハイディさんと戻ってきたミーシャはけろっとしていた。
 どういう話をしたのかは気になったが、さすがにそれを尋ねることは難しい。
 一応、一度だけ「ごめんなさい」と謝ってくれた。
 きっと自分なりに折り合いが付いたんだろうね。
 
 そして壊れた馬車の近くでのんびりしている司祭たちをとっ捕まえて村に戻り、不審な目を向けてくる村人たちに事情を説明した。
 要は彼らは聖女を騙った詐欺師グループで、カッシーラから微妙に距離があって噂だけはみんな知っているけど顔は見た人はいない、みたいな村々からお金を巻き上げて逃げるやつらだった。
 偽司祭たちは本当はもっと村に滞在するつもりだったらしいんだけど、オリビアさんのような教会関係者と出会ったことですぐにでも遠ざかりたくて宿を引き払ったそうだ。

 ちなみに、偽司祭は昔は本当に司祭だったようで、汚職で籍を追われたあとに、アレンが昔いたと言っていた集団催眠の聖女と結託して詐欺を行っていたらしい。
 それが解散して十数年経った今、なんと偽聖女の娘だった彼女に偶然再会し、奇妙な縁から今回のような詐欺をするに至ったんだとか。
 ただ偽聖女自体は母親よりも肝が細く、もうやりたくないと普段から愚痴をこぼしていたようだ。
 
 この村では大金を騙し取られた人がいなかったようだけど、お布施として小額を寄付した人はかなりいてお怒りムードだった。
 信じる心を利用されるって裏切りみたいなもんだしそれはしょうがないね。
 コリンス少年の両親は近くの村の親戚にまでお布施治療費用の借金を作りに行っているようで、すぐに呼び戻すように手配された。
 
 あと、実はおじいさんと初めて会った晩、おじいさんはお金を工面するため私たちを襲撃しようとしていたらしい。
 他人を巻き込むことに良心が咎めたようで、途中で止めて帰ろうとしてたんだとか。
 もし本当にそんなことになってたら私も容赦しなかったから、ひょっとしたらコリンス少年は助からなかったかもしれない。そう考えるとギリギリで留まって良かったと思う。

 最後におじいさんの処遇は無罪放免になりそうだとか。
 結果的には詐欺師を捕まえたってことになるし、被害者がいないからね。丸く収まるならそれでいい。
 
 事の顛末はそんなところだ。


「なんだかんだで、別の探し人の情報が入ったからむしろプラスかも?」


 馬車の荷台に腰掛けそう結論づけた。


「お前にとってはな。俺たちにとってはタダ働きだ。まさか詐欺で盗った金を後から寄越せって言えないしな」

「報酬なんて要らないとか言ってなかったっけ?」

「ぐっ。あんまり感情に任せて勢いで言うのはよくねぇってことだな。せめて前払いさせとくんだったぜ」

「高い授業料になったわね」

「ぬぐぐぐ……」


 器用に手綱を握りながら口をへの字にして押し黙るアレン。
 隅でぼうっとしているミーシャに向かって私は話題を投げかける。
 

「あと数日でカッシーラでしょ? 楽しみよね」

「えぇそうね」


 あれからミーシャは心もち大人しくなっていた。
 恨みとか苛立ちとかそういうのは完全に無くなっていると思うんだけど、やっぱりお互いに解消し切れないわだかまりはある。それは私よりも長くいるアレンやオリビアさんも間違いなく感じているだろう。
 しばらくはそっとしておいてやってくれと言われているので、まぁいいさ。


「お姉さんも行くの初めてだから楽しみだわぁ」


 足を崩し話すのはハイディさんだ。そう、いつの間にかちゃっかり彼女もカッシーラに付いてくることになっていた。
 元から噂の聖女に会うのが目的だったらしく、祖で振り合うのも多少の縁とばかりに旅の道連れに。
 悪い人じゃないと思うんだけど、さすがに簡単に彼女の前で忍術やアイテムを使うのは憚られるし、ちょっと厄介な同行者ではある。
 毎日、お風呂に入れないのは辛いなぁ。

 とにかく、次はようやく目的地のカッシーラだ。
 聖女め、待っていろよ。偽者退治させられることになった愚痴を聞かせてやるんだから!
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