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4章 くノ一王子様と出会う

6 不穏な旅路

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『むぎゅ。狭い暑い揺れる。なんやねんこの地獄は……』

「あんた文句ばっかりねぇ」

『うるさいわい。なんでワイがこんな目に……美歌ちゃん元気にしとるやろか……』

『まーはあーちゃんといっしょにいられるからまんぞくだよ!』

「うん、豆太郎はいつも偉いねー」

『ほわわわー! まふー!』


 豆太郎の背中を掻いてあげると目を細めてうっとりとする。
 手足の構造上、四つ足の動物は自分の背中を掻くのは木とか石に擦り付けるしかなくこうして手が届かないところを触ってもらえるのは嬉しいようだ。
 その上、ラブリー補正も入っているからよっぽど気持ち良いんだろう。


「アオイ殿は動物の言葉が分かるのか? ひょっとして天恵?」

「いえいえ、これはなんていうか、うーん付き合いが長いから分かるっていうだけです」

「そういうものか? まぁ私もこの馬とは長いので何となく気持ちが分かると言えば分かるが」


 私のすぐ前にいるクレアさんに誤魔化して答えた。
 実は今、一頭の馬にクレアさん、テン、豆太郎、そして私がぎゅうぎゅうのすし詰め状態で乗っていた。
 帝国への旅はすでに始まっていてテンと豆太郎は私たちに挟まれサンドイッチされている。
 
 豆太郎はいつも通りだけど、テンの機嫌はすこぶる悪かった。
 原因はまぁ美歌ちゃんと引き離されたことだ。
 最初こそは一緒に馬車の中に入れてもらえていたんだけど、美歌ちゃんを守るために小うるさく騒ぐのでつまみ出されてしまったのだ。


『あぁもうこないなところにいる間に美歌ちゃんになんかあったらどうすんねん!』

「大丈夫よ。実力行使されても拒否できる力はあるんだし」


 テンは私のふとももに爪を立てて後方を行く質の良い馬車に目を向ける。
 そこにはサミュ王子と美歌ちゃんが乗っていた。正確にはもう一人世話役のメイドさんみたいな女性も一人いるし、密室でも全く問題はない。

 馬車は三台、騎士たちはクレアさんを含め九人。そしてメイドさんが二人と、アレンたち三人というのがこの行軍パーティーの面子だ。
 アレンたちは最後方の馬車の御者をしている。
 馬に乗っているのはクレアさんと他三人のみ。二人ずつ先頭と最後尾の馬車を守るように配置されていて、他は馬車の中で待機している。


『なんでこんなことになったんや! 今すぐにでも帰りたいわ!』


 自分が悪いとは思っていないテンがもう弱音を吐いて暴れる。


「あんたがそうやって騒ぐからでしょ。大人しくしていなさい。あ、コラっ!」


 テンは私の手をすり抜け前にいるクレアさんの前にするりと移動した。


「主人から離されて寂しがっているのだろう? それぐらいは私も分かった。すまないな、サミュ様の要望なのだ」

『あの小僧、美歌ちゃんと一緒にいたいなんて言いやがって! 依頼人やなかったら蹴り飛ばしてたでホンマ! ……おう、なんや姉ちゃん意外と撫でるの上手いやんか。でもこんなんでは懐柔されへんからな!』


 私の手は嫌がったくせにクレアさんの手は受け入れ、頭を撫でさせるテン。
 ム・カ・ツ・ク!

 クレアさんから昨日頼みがあった件は、旅の間にあの王子様が出来る限り美歌ちゃんと一緒にいたいという話だった。
 『王子様って友達少ないんやろ? きっと同じ年頃のうちと話したいだけやって』なんて美歌ちゃんが気楽に引き受けたのだが、テンが暴れたので馬車からつまみ出されてしまい、不安感で気持ちをすり減らしながらここにいる案配だ。


「実際、サミュ王子ってどこまで本気なんです?」

「いやぁそれは私にも分からないのだが、同じ年頃の娘と会うということはあまりなかったことだし、それに実はミカ殿はもう亡くなられたサミュ様のお母上に似ているのだ。最初会った時は私も内心はドキっとしたものだった。だからそこが気に入られたのではないかな」

「母上と似ているって、マザコン?」

「貴様っ! 無礼だぞ! 卑しい平民の分際で王族を侮辱するなどここで切り捨ててやろうか!」


 私たちの横にいた馬上の騎士から叱責が飛んできた。
 見覚えのある顔だ。確かオーバーンだっけ? ギルドにクレアさんと一緒にやって来た男だ。
 いるよねこういう自分で勝ち取った訳じゃないのに家の威光を盾に他人を差別するやつ。

 それにすぐさまクレアさんが反応する。
 

「あまり騒ぐな」

「しかし!」

「いいから! アオイ殿、そなたは帝国民ではないのだが、サミュ様に関しては敬って接して欲しい」

「すみません」


 オーバーンをたしなめながらもクレアさんが私にも釘を刺してくる。
 怒られちゃった。
 軽口一つも言えないか。やっぱり堅苦しいなぁ。


「ほら、こうして謝っている。簡単に逆上すれば名を落とすのはサミュ様の方にもなりかねん。そなたも矛を収めよ」

「ぐっ……分かりました」


 オーバーンは渋々といった感じで顔を前に向けた。
 あんまり下手なことは言えないなぁこりゃ。
 

『小娘、怒られてるんか。いい気味やわ』

『だれでもしっぱいはするのです。にんげんだもの』


 豆太郎がクッションにしている私の足を擦ってくれる。
 ウザい毛玉がいるおかげで、豆太郎の優しさが引き立って胸にぎゅっと来る。


「サミュ様は五歳からずっと遠く離れた国で暮らすことになったのだ。しかもこうして公務で部族連合にいる間、送られてきたのは王妃様の訃報の知らせのみ。勝手に国に戻ることもできず死に目にお会いすることも叶わなかった。多少母君の影を追ってしまうのは仕方のないことだろうと私は思う」


 あぁそういう事情があるのか。知らなかったとはいえ、それはちょっと同情できる部分はあるし軽率だった。
 しっかし中一で母親に似ていると言われる美歌ちゃんもそれはそれで複雑よね。


「クレアさんはいつから一緒にいるんですか?」

「私はサミュ様の赤ん坊の折からだから、かれこれ十年以上にはなる。女だてらにサミュ様の護衛団の指揮を任されているのもそれが要因だな。最も古株で信頼されているからだ。王妃様にはくれぐれも頼むと念を押されているし、非才な身なれど全力で務めている。それにこう言ってはあれだが、サミュ様は歳の離れた弟のような存在でもある」


 そういうことか。
 騎士とかって普通は男社会だからまだ若くて女性のクレアさんがリーダーやってるのは違和感があったんだけど、そういう経緯があったのね。
 それに何となくサミュ王子と口調が似ている気がしていたし、彼もクレアさんの言うことはちゃんと聞く。きっとどちらも姉弟のように思っているんだろう。


「でも他の男の人もなんとなく若い人ばっかりですよね? あんまりおじさんがいないというか」


 大体二十代から一番上でも三十代前半ぐらいばかりだった。
 王子様だというのに護衛に歴戦の猛者みたいな人がいないのだろうか。
 それどころか昨日みたいに酒場で暴れようとしたやつまでいるし。


「あぁまぁ、理由は無くはないのだが……」


 近くにいて声が届いているせいで横にいるオーバーンがギロリとこっちを睨んでくる。
 そのせいでクレアさんが言い淀む。


「言いにくかったらいいですよ、変なこと聞いてすみません」

「そう言ってもらうと助かる」


 背中からクレアさんがほっとしたのが伝わってきた。


『どうせあれやろ。三男でしかも他国に人質として送られる王子の護衛やで? 優秀なやつ選んだらもったいないし、あぶれもんから選んだんやろ。在庫一斉処分セールみたいなもんや。具体的には素行の悪いやつとか貴族の四男以降の家督とほとんど関係ないどこぞで野垂れ死んでも構わんようなやつを押し付けられてるんやろ』


 たまに賢そうなことをテンが言い出す。
 そうであれば町での馬鹿騒ぎであったような質の低さも納得がいく。口が悪いが、当たってそうだ。
 こいつ性格さえ直したら役に立ちそうなんだけどなぁ。豆太郎の爪垢を飲ましてやろうかしら。


「お、休憩できそうなところがあるな。あそこで昼食にするか。すまないがサミュ様に声を掛けてきてくれるか?」

「分かりました」


 今は見通しの良い草原にできた道を走破中で、前方に草を刈った広場ぐらいのスペースがあった。
 以前旅をした時みたいに誰かが作った竈っぽいのもあって、みんなここで休憩していくっぽい。


『あ、ワイも行くで!』

『まーも!』


 テンと豆太郎が私の両肩にそれぞれ抱き着く。
 いつも毛嫌いしているくせにこんな時だけ私を頼るんだからいい性格してるわこの貍顔のハクビシン。

 クレアさんがスピードを緩めて王子がいる馬車に近付き、そのまま私は飛び移る。
 ふっと無重力が体を支配し、気持ち良い風が髪をさらう。
 足場は馬車の側面だ。脱着式の降りる用のタラップがあり細身の人間ぐらいなら貼り付ける幅があってそこを利用した。多少危ない行為だけど私からしたらなんでもない。 
 トントン、と扉をノックする。


「葵です。そろそろ昼食にするそうですよ」

「入って良い」


 中から王子の声が聞こえたので扉を開けて中に入る。
 馬車の中は手狭ながらも普通のと違って絨毯が敷いてあり、テーブルとソファまであった。
 うーん、ブルジョア。

 
「あぁ、葵姉ちゃん。もうお昼か」

「み、美歌ちゃん!?

『な、なにしとんねんワレェ!』

『わー、みみそうじだー』


 件の美歌ちゃんがソファの上でふとももに王子様の頭を乗せて耳掃除していた。


「いやなんかして欲しいって言うから。移動中に危ないとは言うたんやけどな、そういや他人にしたこと無かったしまぁ何事も経験かと思って」

『な、なんちゅう羨まけしからんことを!! このクソガキ、ワイかてやってもらったことないんやぞ離れんかい!』

「ぬ、なんだこの貍は。躾がなっておらんぞミカ」


 テンが私の肩の上で吠えて威嚇し、サミュ王子が眉を潜める。
 言葉が分からない人からしたらキーキー唸ってうるさいだけだろう。
 しかもいつ襲い掛かってくるかも分からない。警戒するのは当然だ。


「躾なんてしたことないけど。テン、お座り!」

『ワイは犬ちゃうっちゅーねん! 美歌ちゃんやっぱりこいつはあかん! ただのエロガキや!』

『まーもあーちゃんにしてもらったことあるよー?』

『豆坊主は黙っとけ!』
 

 あぁもう耳の傍で怒鳴ってくれちゃって。
 しかも忙しなく小刻みに動くから足や手のの爪が首筋と頭皮に食い込んでるし痛いっての。
 その点、豆太郎はそういうところをちゃんと気遣ってあまり動かないし本当に良い子だ。

 イラっとしたからテンの顔を掴んでアイアンクローして宙に浮かせてやった。
 今度は逃げられないし、小動物だからとかそんな手加減なんてしてやらない。


「あんたちょっと静かにしなさいよ」

『ムギギ……ワ、ワイはこんなことに負けへんで! 言論弾圧には屈っさへんからな! せ、正義と愛はワイにあるんや!』


 足をバタつかせ小さな手で私の手を外そうと頑張るが、静かになるまで絶対に剥がしてやらないっての。
 首筋を摘む程度にするかと迷ったけど、一回こいつにはお仕置きが必要だよね。
 まだ元気があるのでさらに指の力を込めると手足がぐったりとしてきた。


「どこの革命家気取ってんのよ。大体、もう一人いるでしょ。あんたの考えているようなことにはならないから」


 美歌ちゃんたちの対面のソファにはメイドさんが一人いた。
 だというのにこの小動物は心配性過ぎるのよ。それとも美歌ちゃんを取られたくないやきもちかしら?


「ところでミカよ。昨日も伝えたが余の后になるつもりはないのか? 少々早いと思っているかもしれんが、王族の間ではこのぐらいの年齢での婚姻はそれなりにある。一生不自由はさせないと誓おう。しばし待ってもらえればお前の伴侶は帝国を統べる者となり、全ての女のトップに立てるのだぞ」

『あ、あかん……あかんでぇ……』

 
 サミュ王子は起き上がると昨日の話を蒸し返し始めた。
 すると、私に掌握されている面白動物は再びピクンと反応し、か細い声だけが漏れてくる。
 半分気絶しかかってるくせに美歌ちゃんを守ろうとする執念だけは買うわ。


「いやぁ、全く興味あらへんし」

「うーむ、スケールが大きくて理解ができていないか?」

「それもあるかもしれんけど、別にサミュのこと好きやとかそういうふうには見れんし」

「恋愛感情は必要ない。あるに越したことはないだろうが、一緒にいれば自ずと情も湧いてくるものだ。問題は人生を共に過ごす上で最適かどうかというだけだ。このまま余が王になってからでは貴族ではないミカを第一夫人にはしてやれん。周りの意見もあるからな。今ならまだ間に合うのだ」


 まだ日本で言えば小学校高学年か中一ぐらいのくせにえらく大人びている。
 本当に子供? ジロウさんみたいに中身は違う人が入ってんじゃないの?


「あぁ貴族とかってそうやって決めるんやっけ? 政略結婚的な?」

「うむ、そうだ。おそらく余が王になった暁にはすぐさま縁談の話が持ち上がるだろう。だが今婚姻しておけばさすがに無かったことにはできないし、逆に玉の輿として国民感情を盛り上げる話に使えると交渉材料することもできる。そうすれば安泰だ。幸運な美姫として帝国の歴史にお前の名が残るに違いない。これからどの女も呟くのだ、あのミカ姫のようになりたいとな」

「全く嬉しくないんやけど……」


 熱の籠った口説きだが、その十分の一も美歌ちゃんには届いていないようだ。
 けれどサミュ王子は意気消沈した様子もなく諦めない。ハートが強いわ。


「逸話に出てくるような英雄たちもひょっとしたらそのような気分なのかもしれないな。まぁ返事は帝都に着くまでで良い。考えておいてくれ」

「えー、考えても変わらんと思うけどなぁ。それにうちは一応ジークのところに世話になってるし」

「ジーク? 誰だそれは?」


 と、ここまで全く興味を示さない美歌ちゃんの口から出てきた男性の名前にサミュ王子は過敏に反応した。
 まぁそりゃそうだ。ライバルになるかもしれないんだものね。


「カッシーラのドリストルム男爵様の息子やね。うちそこで世話になってんねん。今はまぁ旅行中みたいなもんかな?」

「カッシーラのドリストルム男爵か……名前は知っている」

「え、そうなん? 意外と有名人なん?」

「そうではなく、余が内外の貴族やそれに類する者たちの名前を覚えているだけだ」

「なにそれ? 変な趣味やなぁ」

「趣味ではない。王子として当然の知識の一環だ。余は小さな頃から王になるための勉学を学んでいる。それは責務であり面白いかどうかという範疇にはない。ただ……本当なら無駄な知識で終わりたかったがな」


 最後の言葉は高性能な五感をしている私たちにだけ聞こえるぐらいの小さな呟きだった。おそらく他人には漏らせない彼の本音。
 ということは本心では皇帝になんてなりたくなかったってことか。

 ちょっと私から質問をしてみた。


「お兄さんたちのことって覚えているの?」

「兄たちか……。第二王子は根暗でボソボソとしたしゃべりで何を言っているのか分からなかった。一緒にいるだけでイライラしてくるから嫌いだ。第四王子はオドオドとしていて話し掛けてもいつも母親の後ろに隠れるような臆病者。これもろくに会話もしたことがない。こいつらが王になるなど国にとっては不運でしかないし、同じ血が流れていると思うとぞっとする」

「ハッキリ言うわね」

「しかし亡くなったアーティー兄上は優秀で他人にも優しい傑物だったと思う。遠方の地にいても改革を推し進めようとする気骨が伝わってきたほどだ。帝国は惜しい人材を亡くし、発展が三十年は遅れることになるだろう」


 サミュ王子は目線を上げて記憶を辿り、悲しさと誇らしさが入り混じった複雑な表情で語ってくれる。
 他はボロクソだけど長男との仲は悪くはなかったのか。


「じゃあ残りの二人とは敵になっても気遣いはないってこと?」

「無論だ。どちらが雇ったのかは知らないが、そもそも暗殺者を使ってきている時点でもはや兄弟の縁などとっくに切れている」

「あぁまぁそりゃそうよね」

「うむ。あのような者たちなぞ兄弟でもなんでもない。蹴散らすのみだ! 国民も余が無事に帰還したら誰が王に相応しいかすぐに分かるだろう」


 自信満々にサミュ王子は語る。

 その時だった。
 私たちの横で腰を浮かしテーブルの上に置かれたティーカップなどを片付けをしていたメイドさんが突如、口元を抑えて苦しみ出した。
 そしてまだ中身が少し残っていたカップを手から滑らせてしまう。


「あっ!」


 という間に液体が美歌ちゃんのスカートに掛かった。


「無礼者! 余の客人に粗相するとは何事か!」


 サミュ王子が激昂するが、しかしメイドさんは苦しみ悶えて動けない様子だ。
 なんだ? 毒か? 敵の攻撃?

 すぐに警戒して豆太郎とテンに目をやるがどちらも首を横に振った。
 敵ではない? どういうことだろう。まさかただの車酔いなんてオチじゃないよね。


「も、申し訳……ありま……せん……」


 メイドはさんは手で口を塞ぎギリギリの状態で謝罪する。
 体をくの字に曲げて片方の手でお腹を抑えていた。
 腹痛? とにかく外に出した方がいいかこれ。


「謝って済む問題か! 下女の失態は余の失態とみなされる! お前は余にも恥をかかせたのだぞ!!」


 今の今まで機嫌良さそうだった王子の沸点が一気に限界を突破した。
 そして馬車が止まる。
 ちょうど休憩地点のついたらしい。

 馬車のドアが開かれそのドアを開けたクレアさんにぶつかりながらメイドさんは俯き加減で駆けて行く。
 

「おっと、一体どうしたのだ?」


 いきなりメイドさんが脇を通ったことにクレアさんが驚きはてな顔を浮かべる。
 

「よく分からないんです。急にメイドさんが苦しみ出して……」


 外に出てみるとメイドさんは近くにあった木陰で吐いていた。
 何か悪いものでも食べたのかしら?
 もう一人いたメイドさんが慌ててタオルと水を持って介護し、騎士たちも何事かと見つめていた。

 少しだけそうしていると、体調が回復したのかメイドさんがこちらに戻ってきて、


「申し訳ございません! ミカ様におかれましてもお怪我は無かったでしょうか!? 誠心誠意お詫び申し上げます!」


 いきなり土下座した。
 そこまでする必要はないと思う。いきなり気分が悪くなることはもう仕方ないんだから。
 

「そんな大層なことあらへん。お茶も冷めてたしこんなん拭いたらしまいやし、顔を上げて下さい」


 美歌ちゃんだって全く気にしていない。
 それに服の汚れなんて私たちにとってはメニューに入れて戻したらすぐに直るもので、なんてことはない。
 洗濯機要らずのチート能力なんだし。
 
 しかしサミュ王子には違っていたらしい。


「貴様っ!」


 美歌ちゃんの声掛けで顔を上げたところに彼にの容赦のないキックが顔面に入った。


「あぅっ!」


 子供の蹴りとはいえ、いきなりのことにメイドさんは倒れてしまう。 
 そしてピリリと空気が張り付いた。


「サミュ! なにやっとんねん!」


 年下だからと今まで甘い顔していた美歌ちゃんもこれは見過ごさなかった。
 サミュ王子の肩を掴んで止めさせようとする。
 しかし憎しみに満ち溢れた瞳でメイドさんを睨む彼はそれでは収まらない。
 拘束されてもなお口は動いた。


「ただの体調不良ではあるまい! 貴様、密通していたな?」

「あ、お、お許しを!」


 十以上は歳が下の少年に叱責されメイドさんはこの世の終わりのような悲痛な叫びで腰を低くして平伏する。
 密通ってまさか誰かと男女の関係があったってこと? ってことはさっきのってもしかしてつわり?


「相手は誰だ! 言え! 言わないとここで置いていくぞ!」

「サミュ、やめぇ!」


 無抵抗のメイドさんになおも追撃を掛けようとするサミュ王子を美歌ちゃんが必死で止める。
 力的には全然問題ないけど、まるで親の仇のように顔を赤くして怒る彼の気迫に圧されていた。

 この場をなんとかできるのはたぶん一人だけだ。
 すぐに名を呼び掛けた。


「クレアさん!」

「あ、あぁ。分かっている。王子、ここはまずは怒りをお収め下さい! その後の処罰や調査はこちらで行います。王子がされることではありません」

「貴様らはまた余を裏切ったのか! 何度目だ!? 借金奴隷の分際で主人に恥をかかすのがそんなに面白いか!」 

「王子! 興奮をお鎮め下さい。おい、まずはそのメイドを馬車へ連れて行け!」

「はっ!」


 クレアさんがメイドさんとの間に入って部下に命じる。
 彼女はすぐに騎士たちに運ばれていく。目からは涙が大量に溢れ落ちていた。
 

「お前は二度と余の前に顔を出すな!」


 サミュ王子は一体なんでこんなに怒っているんだろうか。
 子供の癇癪にしたってそれが私には分からない。
 

「サミュ、今のはあかんわ。そんな大したことないって言うてんのに、苦しんでる女の人を蹴るなんて許せへん! しかも置いていくやって? 身重の人がそんなんされたらどうなるか分かるやろ?」

「あ、あの者は借金奴隷と言って、金で自分を売った卑しい身分である。故に余から何をされても文句が言えない立場なのだ。雇ってもらった恩を忘れて自堕落な享楽に耽るなど、その品性もたかが知れるものだろう」


 さっきまでの和やかムードが一変して、まるで人が変わった二人のボタンが掛け違ったかのような返答。
 ただ何か歯に布が挟まったかのようなそんな印象を受ける。


「なに言うてんねん。奴隷とか。仮にそうやったとしてもやっていいことと悪いことがあるやろ!」

「悪いことなぞない! 身重であればこそ足手まといなだけだろう! 現状で最優先とされるのは余の玉体のみだ。むしろよくぞ置いていってくれたと感謝されるべきなのだ!」

「そんなもん分かるか!」

「お前には分からないことだ!」


 売り言葉に買い言葉。
 美歌ちゃんに頭ごなしに叱られサミュ王子は悲痛に歪んだ顔をし、頭を振って追い出すようにそっぽを向く。
 好きな女の子に真っ向から否定されるのは悲しいことだろう。でも私だってやり過ぎだと思う。


「ふんっ! …………クレア。余は一人で馬車に戻る。あとの差配は任すぞ」

「はっ! 了解致しました」


 そしてまるで美歌ちゃんを避けて無視するかのようにサミュ王子は一人で馬車に戻って行った。
 扉が閉まる音がしてクレアさんが残された全員に言葉を投げかける。
 

「あのメイドには私からあとで話をしておく。さて、まずは昼にしよう。君たちも旅の途中での料理でもそれなりに上手いから期待していて欲しい」


 クレアさんに無理やり仕切られてなんだか釈然としないまま昼食を取ることになった。
 もちろん味なんて覚えていない。


□ ■ □


 その後の雰囲気は最悪だった。
 みんな冷え切っていて笑顔が無い。

 唯一、クレアさんが空元気を出しているような状態。
 わだかまりばかりでサミュ王子も美歌ちゃんと会いたくないらしく、美歌ちゃんはアレンたちが操る馬車に移動した。
 テンだけは一緒にいられるようになって喜んでいたけど。

 ただそれに反して旅路は敵に襲われもせず、モンスターに遭遇することもなく順調なものだった。
 することと言えばおしゃべりぐらい。暇な一日だったと言える。
 なのであっという間に夜になっていた。

 辺りは見渡す限り森か草原しかなく、月と星明かりそれに焚き火だけが、どっぷりとした暗闇の中でか細い蝋燭の火のように抗っている。
 なんだかんだ旅が多いのに未だに焚き火の火は見ていて飽きない。
 パチパチと枯れ木が弾かれ燃え奏でるメロディーは安らかですらあった。


「ふぅ、ずっと手綱を握らされて肩が凝るぜ。ずっと座ってるだけのやつはいいよな」


 肩を回しながらアレンが疲労感を出して露骨にアピールしてくる。
 とっくに晩ご飯タイムも終わり、しっかりと休憩も取ったくせに嫌味なやつだ。
 それとも彼なりに場を和ませようとでもしているんだろうか。 


「だって仕方ないじゃんやることないんだから。それとも私が手綱を握ろうっか? その代わり寝てていいからアレンは同じ馬車に乗ってね」

「やめてくれ! 俺はまだ死にたくない!」


 どういう意味よ。
 なんだかここ最近、周囲からの私の扱いがひどくなっている気がする。
 運気が下がってるのかも。実際に運のパラメーターが上がる神様がいたはずだし、美歌ちゃんにお祓いでもしてもらおうかしら?


「これだけ他人がいるとあんたのお風呂出してもらうのは躊躇われるわね」

「うん、内緒にしといて。ミーシャとかにならいいけど、騎士たちにはバレたくないし」

「まぁそうよね。あーあ、贅沢覚えちゃったから恋しいわ。水浴びできるほどの泉もここには無いし今日は体を拭くだけね」


 私たちは大和伝産のチートアイテムをいくつも持っているからこんな山奥でもお風呂に簡単に入れる。
 けれど普通は、というか町でもたいていお風呂なんてものは少なくて布で体を拭くのが当たり前なんだとか。
 冬はさすがにお湯を使うみたいだけど、それでも風邪を引きそうだ。


「確か帝国にはサウナがあるんじゃなかったっけ?」

「え、そんなのあるの?」


 中世みたいな文化圏の異世界でサウナと言われると驚いてしまった。
 でもよくよく考えると大量のお湯を沸かして入るお風呂よりはあり得るかも。
 簡単に言えば密閉された小屋の中で温度を上げればいいだけだもんね。


「我が帝国のサウナは有名だぞ。貴族であれば誰でも持っているし、一般市民も共同体に一つは必ずある。焼けた石に水を掛ける定番のものから、足湯できるお湯を使った蒸気風呂や最近では塩を肌に塗り込むのまで地方や好みによって様々だ」


 そんな話をしているとサミュ王子が自慢げに会話に入ってきた。
 気分は落ち着いたのか、それとも私たちはメイドや騎士とかと違って部外者だからかいつもの調子だ。
 あえて昼間のことを蒸し返す必要もない。ここは話に乗っておこう。


「へー。それは入ってみたいわね」

「うむ。無事に着いたら褒美として入らせてやろう。一応部族連合にいる間も作らせてみたのだが、あそこは日中がすでにサウナみたいなものでとてもじゃないが使う気にはなれなかった。代わりに砂風呂なる珍妙なものがあって悪くはなかったが馴染めなかったな。余も久し振りにサウナに入れると思うとワクワクしている」


 あそこ砂風呂なんてあったのか。
 まぁもうちょっと南の砂漠化している地域の話なんだろうけど。
 どうも色々渡り歩いているのに滞在日数が少なかったり、事件にかまけてたりで全然観光できてないなぁ。
 一区切りしたらもう一度巡ってみたい。


「カッシーラで温泉は入ったんだけど、色々あるのね」

「カッシーラか。王国で有名な湯治場だな。さすがにまだ余も訪れておらんが、一度は浸かってみたいとは思っている。帝国にも小さい温泉に浸かれるところはあるらしいのだが、かなり秘境のようでそちらはもっと無理そうだ」


 少し元気が無いが風呂の話をしている彼は楽しそうだ。
 この歳で趣味がお風呂っておじいちゃんじゃないんだから。


「王子は他に子供らしい趣味ってないの?」

「一応、許してはいるが余を子供扱いするのは貴様ぐらいのものだぞ? まぁよい。剣術や音楽など一通りはやったが特にはないな。余が癒やされるのは母とサウナにいる時だけだった」


 やや遠い目をする。
 きっとお母さんとの思い出補正もあるんだろうね。
 ちょっとお節介を焼いてみようか。


「ねぇ、本当はお風呂の話じゃなくて美歌ちゃんのことが気になって話し掛けてきたのよね?」

「な、何を言い出すのだ!?」


 私のストレートな質問に狼狽え出す。
 あれだけ露骨なアプローチしているくせに横やりには無防備なのか。
 いつもこういう顔してたら子供っぽくて可愛いんだけどねぇ。


「仲直りした方がいいよ?」

「……余が間違っているとは思っていない。しかしどう言えばいいか分からん」

「王子様には譲れないものもあるんでしょうけど普通に謝ればいいのよ。美歌ちゃんだってそれぐらいは分かっているわよ」

「だが次期皇帝が女に謝るなど……。上の者は軽んじられるから軽々に謝ってはいけないと教えられてきているのだ」

「なにそれ。身分は関係ないでしょ。物事を筋立ててここが悪かったって言えばたいていは通じるものよ。自分の非を認めないやつは誰にも好かれないし理解もされないわ」


 まぁ政治家とかが明言しなかったり、ピントのズレた謝罪をしたりするのはよくあることだ。
 たぶんそういうことを教育されてきているんだろう。
 でもそんなやつ個人間の問題になったらただの馬鹿でしかない。


「……お前の言うことは分からないでもないが、やはり余が下々の者に謝るということは難しい」


 少し考えてくれたみたいだけど、結局は否定された。
 子供のくせに意固地なんだから。


「お姉さんからの助言、ありがたく受け取っておきなさいよ」

「貴様はなんでそんなに偉そうなのだ? 大して歳は変わらんだろう」

「五十歳と五十五歳じゃ変わらないけど、十歳と十五歳ならだいぶ違うでしょ。そういうものよ。素直に聞いておきなさい」

「そう言うからにはすでに男を知っているんだろうな?」

「え? いやそれは……」


 どうしよ、目が泳いでしまう。


「はぁ。なんだそれは。見た所、恋愛経験の一つも無さそうではないか。それでよく余に言えたものだな」

「そんなものなくったって、女心は分かるんですー」

「ふんっ! 説得力が皆無だ。しかしまぁ……ミカには明日話しをしてみることにする。……邪魔したな」


 一応は私の言いたいことは伝わったようで、サミュ王子は納得して自分の馬車に戻って行った。
 まったく話が通じないってわけでもないんだよね。なかなか評価に困る王子様だ。

 ちなみに馬車が彼の寝床でもある。
 聞いたところ、ソファの背もたれが倒れてベッドにもなる仕組みだとか。
 さすが王族さん、高そうな物を持っている。


「あんたホント物怖じしないわね。よく王子様相手にタメ口で話せるわ。こっちヒヤヒヤしてたのよ?」

「気難しいところあるけど、悪い子じゃないと思うよ」

「そういう問題じゃないわよ! あぁもう心配するこっちが損だわ」

 
 ミーシャには呆れられた。


「そういやクレアさんどこ行ったんだろ?」

「さぁ? 適当にその辺を見回ってるんじゃないの? そろそろ交代で夜番だし」


 豆太郎やテンがいるから悪意ある敵襲にはある程度反応してくれるし、本当はそんなに気を張らなくてもいいんだけどね。
 それを理解してもらうのは難しいし、数時間ごとに数名で見張りをすることになっている。


「ふーん、ちょっと軽く探してみよっかな」


 サミュ王子がどうしてあんな怒り方をしたのか不自然だったし、聞いておきたい気になった。
 

「豆太郎、お願いできる?」

『はーい。まーにおまかせー!』


 足元にいた豆太郎がくんくんと辺りの匂いを嗅いでいく。
 十数秒ぐらいで当たりを付けたようだ。こういう時、めちゃくちゃ頼りになりますなぁ名犬豆太郎君は。


『こっちー!』

「オッケー。じゃあ豆太郎隊員、レッツゴー!」

『あいあいー!』


 先頭を豆太郎に任せて移動する。
 入っていくのは森の中だった。

 小動物や虫はもう眠っているのかとても静かで穏やかだ。
 その反面、どこまで深く入れそうでほぼ梢や葉に月明かりすらも消されほとんど真っ暗闇。魔境や深淵を覗いているような気持ちにもなる。
 あまり一人でいたいとは思わないね。
 
 でも私にはこういう時に頼れるスキルがある。
 指で宙空にあるメニューを弾き【夜目】を使うと、瞬時に視界が開けた。
 これだけ暗ければそんなに遠くには行ってないはずだ。
 

『くんくん。あーちゃんたいちょー、もくひょーはちかいです』

「よーし、豆太郎隊員、気を付けて進んでねー」

『あいさー!』


 そのままずんずんと奥へ行く。
 ふと、ぽっと明かりが見えた。
 おそらくクレアさんのランタンの火だろう。

 遠慮なしに近付くと、


「……お……報……ことです……」

「……なら……その……公……待ち……」


 何やら話し声がした。
 

「クレアさーん!」


 私の声に急に会話が止む。
 そしてガサガサと藪が擦れる音が聞こえた。
 なのにクレアさんを視認できるほどの距離まで来るといるのは一人だけだった。


「あれ? 今誰かと話してましたよね?」

「ん? あぁこの辺りの猟師と偶然出会ってな。道を確認していたんだ」

「ふーんそうなんですか」


 なーんか、うさんくさい気もしたけど私もカッシーラに向かう途中で本当に狩人のお爺さんと会ったことあったしなぁ。
 無いとは言えない。


「それよりどうしたのだ? わざわざキャンプ地から離れたところまでやってきて。何かまた騒動があったのか?」

「あぁいえいえ、そういうことはないです。ただちょっと昼間のメイドさんのことが気になって」

「そのことか……」

「サミュ王子があそこまで豹変して怒るのか分からなかったんですよ」


 クレアさんは私の疑問に少し頭の中で整理してから話し始めた。


「メイドに話を訊いたがお腹の子の父親は随行している騎士の中の一人だそうだ」

「は!? ちょっと待って下さい。あの人、苦しんでいる時に蹴られてたのに誰も助けに出なかったですよ?」

「そういうものだ。おそらく名乗り出るつもりはないのだろう。メイドも名前までは頑なに口を開こうとしなかった」

「意味が分かんない。お腹の中に子供がいるんじゃないんですか?」


 子供作って責任から逃れようとしているってことよね?
 そんなの許せない。


「メイドは借金奴隷でな、簡単に言うと奴隷の間はまともな保障がされない。そして相手は末席とは言え貴族だ。まぁ無理やりということはあるまい。その場合はまず私に相談が来る。だからどちらも了承済みでのことだろう。ある意味では自業自得だ」

「そんなのって……。奴隷? ってあるんですか?」

「ある。表向きは帝国では重犯罪者を鉱山労働などに従事させる犯罪者奴隷のみとしているが、裏で金で売り買いされていてその悪しき文化はまだ根深く残っている。簡単にスパイに入られてしまうから城勤めのメイドというのは誰でもなれる訳ではなく、通常は貴族の子女たちが働くものだが、こうした任務にそのような子女たちが希望してくれることはない。そこである程度の経験もある金に困った人間を雇うのだ」

「だからと言って、あんまりにも扱いがひどくないですか?」

 
 クレアさんは鼻から深く息を吐いた。


「これで三人目だ」

「え?」

「このようなことは三度目なんだ。禁止しているのにな。遠く離れた土地で文化も人種も違う場所に何年もいれば同じ故郷のもの同士で逢瀬を重ねるのも仕方ないことだとは思うが、その度にサミュ様は裏切られ侮られたと思い傷付かれている」

「そんな……」

「大丈夫そうなメイドのみを見繕ったのだが、結果はこれだ。結局のところ、三男であるサミュ様に充てがわれたのは忠誠心が薄いみそっかすの騎士たちと金で縛ったメイドのみ。あの方は孤独なのだ。そして自信が持てない。普段の多少横柄な態度も空元気の延長線上のようなものだ。自分の中にある上に立つ人間というのを必死で演じることを強制されている」

「強制って誰にですか?」

「サミュ様に流れる血筋にだ。そのための厳しい教育を施されてきた。普通の子供ならまだ親の手伝いをしながらも遊んでいる年頃だ。にも関わらず、すでにあの小さな肩で帝国を背負うと決められた。だから私はなんとしてでも守り抜くと誓ったのだ」


 クレアさんが語る内容は重いものだった。
 簡単に吐き出せるものではなく心の中でぐつぐつと煮えていたのか、いつもよりその口調は長く熱を帯びている。


「アオイ殿。サミュ様は孤立無援だ。詳しくは言えないがあることで父王からも遠ざけられていた。いくら継承権があろうとも長らく国を離れていた者に無条件で手を貸そうとする貴族はおそらくいないだろう。着くのがゴールではなく、そこからが始まりなのだ。どうか帝国に着くまでの間だけでいい。サミュ様が心安らげるようにお願いしたい」


 深く頭を下げられる。
 本当に苦労人だねこの人は。
 

「大丈夫ですよ。私は別に嫌ったりしていませんから」

「そうか、助かる」


 ほっとクレアさんが一息吐いた。
 ここで嫌だって言う人はなかなかいないと思うんだけどね。


「それより思ったんですけど、他の騎士たちはけっこう自分の地位を傘に着る人多いのにクレアさんだけはすごく腰が低いですよね?」

「あぁ、それは私が貧乏貴族の生まれだからだな。偉そうに踏ん反り返るような見栄も金も無い家だったからだ」

「そういうことですか」

「ここは笑うところだぞ?」

「え? あぁすみません」


 普段真面目な人の冗談はなかなか気付きづらい。
 しかもそれが自傷の笑いだっていうんだからなおさらだ。

 
「ふふ、仕方あるまい。出発してからずっと気を張っていたからな。ちなみに相手は王子方だけではなく、三大公の古狸共もいる。いかにサミュ様を彼らに認めさせるか未だ具体的な策はない」

「三大公? ってなんです?」

「あぁ、皇帝の他に三つの大家がある。それらが合わさると皇帝といえども無視できないほどの発言力を持っているのだが、彼らが忠誠を立てているのは表向きだけだ。どれだけ帝国から利権を貪るかにしか興味がない。彼らのうち一つでも味方になってくれれば勝機はかなり高いのだが」


 なるほど。カッシーラのギルド長のさらに厄介そうなやつってことね。
 しかし敵が多いなぁ。サミュ王子そんなので無事に着いたとしてもちゃんと王様になれるのかしら。
 私の仕事は送り届けるまでだけどさ、その後に負けましたなんて聞かされたらさすがに目覚めが悪い。

 昼間、雑談で出てきた程度だけど、第二王子の継承権はサミュ王子より上だけど気弱で本人も皇帝の地位なんて望んでいないらしく十分に入れ替えはあり得るらしい。
 第四王子に関してはサミュ王子が帝国を出た時には四歳ぐらいでぶっちゃけ今はどういう人物になっているかも分かっていないとか。まぁでも歳も権利も上だから第二王子さえ継承権破棄させれば勝ち目はあるみたい。
 

「とにかく先のことはもう少し進んでから考えたい。今はサミュ様の御身を守ることに専念しよう」


 クレアさんに小さく頷いて返した。
 なんだか波乱と不安に満ちた複雑そうな旅はまだ始まったばかり。
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