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4章 くノ一王子様と出会う

19 偶然の再会

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「で、王子をどこへやったんだ? いい加減白状しろ!!」

「だから何度も知らないって言ってるでしょ! オーバーンってやつと一緒にどっかへ消えちゃったの!」

「そんな嘘が通用すると思うなよ!」


 取り調べの兵士ともう何十回目になるか分からないやり取りをする。
 バン! と大げさに机を叩かれるのも鬱陶しい。

 私は今、王城近くにある兵士宿舎の一室で手首に縄を絞められ取り調べを受けていた。
 机を挟んで一人と、その後ろにもう一人男が立っている。
 微妙に違う言い回しだったり、不意を突いたりとこっちの情報を誘導尋問で引き出そうと何度もしてきた。

 兵士たちに宿屋まで襲撃された日、結局私は大人しく捕縛されることを選んだのだ。
 出ようと思えばいつでも出られるだろうし、あの場で暴れてもクレアさんだけならまだしも他の騎士たちまで大勢を連れて潜伏できる場所のアテも無かったし。
 それに美歌ちゃんやジロウさんとジーナさんとキーラ君は帰って来る途中だったし、アレンたちは買い出しで外にいたから捕まっていないのが救いだった。
 ビデオチャットで美歌ちゃんと連絡を取り無事なのは承知している。そしてこうしている間にも奴隷の密売組織を潰してサミュ王子を捜索してくれていた。
 あとわざと捕まったのは色々と訊いてみたいこととか考えたいこととかあったんだよね。


「嘘じゃないって。どう言ったら信じてくれるの?」

「部族連合から無断で出奔した時点で騎士連中はお尋ね者なんだよ。そんなお前らが頼みの綱である王子を見失うようなヘマをするはずがないだろう? 仮に本当に騎士たちとはぐれていたとするなら、それはお前らのような金で雇われたような連中がどこかへ監禁していると考えるのが筋だ」

「そ~ん~な~こ~と~し~ま~せ~ん~!」

「はっ、どうだか。金に卑しい冒険者などは依頼主を裏切ることなど造作もないだろう。しかも王国の冒険者など信用もできん」

「別にお金に困ってないっての!」


 まったく話が通じない。
 というかもうストーリーを作って答えありきで進められている感じがする。
 おそらくはクレアさんたちがギリギリのタイミングでサミュ王子を逃がしたか、オーバーンが連れ去ったのは実は私たちがどっかに誘拐しているか、そんな筋書だろうか。


「金に困っていないのなら冒険者などしないだろう!」

「あーやだやだ、夢とかロマンとか忘れた人は可哀そうね。そろそろカツ丼ぐらい出しなさいよ。いい加減あんたの顔も見飽きてきたわ」

「カツ……?」


 急に知らない単語が出されて尋問している兵士は首を横にひねり出す。
 いや冗談なんでそんなまともに受け取られても困るんですけど。

 埒が明かない雰囲気を察したのか、後ろで立っている男が黙っていた口を開いてきた。


「お前、他人事だとか思ってないだろうな? たとえ直接的にサミュ王子を連れ出したのがお前らでなく、単に護衛で雇われただけだとしても連座は免れんぞ?」

「は? なんでよ? 私たちは護衛を頼まれてやってただけだっての。それはクロリアのギルド長にでも確認したらすぐ分かるわよ」


 「はぁ」、とその男は小馬鹿にしたようなため息を吐く。


「そういうことを言っているのではない。これは見せしめだ。道理だとか法の解釈だとかそんなものは存在しない。今この帝国を治めようとされているリグレット様の足元を揺るがしかねんお前らを放っておけるはずがないのだ。お前らはどの道縛り首だ。だが、ここでサミュ王子の居所を言えばお前らだけで済む」

「どういう意味よそれ?」

「ここで意地を張り続けた場合、お前らの家族や大切な人も同じく罪に処されるということだ。仮にそれが王国民であろうともだ。助けたければ正直に答えろ」

「ゲスね」


 これは脅しだ。自分だけじゃなくて家族や大切な人を巻き込みたくなければ正直に話して罪を認めろという。幸いなことに私たちにはこの世界にそういう人はおらず、だからこの脅迫には何の効果も無い。
 けれど他の人ならばこの脅しはおそらく効果抜群だろう。大切であればあるほどそれは真綿で首を絞められるかのように効いてくる。家族を人質を取ったゲスの発想だ。
 私たちには無意味でもきっとクレアさんや騎士たちには覿面に違いない。まぁサミュ王子の居所なんてこっちが教えて欲しいぐらいなんだけどさ。


「なんとでも言うがいい。南の砂漠で砂弄りでもしていればいいものを、わざわざ戻ってきた方が悪い。次代の皇帝はもはやリグレット様のものなのだ」


 明らかにリグレットを贔屓しているその物言いに何となくピンときた。


「キモ。結局本音はそれって訳ね。つまりサミュ王子を保護しようとかちょっと罰則を与えるとかそういうんじゃなくて、やっぱり排除しようとしてるのね」

「ふふん、今まさに帝国は新しく生まれ変わろうとしている。そんな中に出戻りの王子など不要なのだよ」
 

 分かってきた。つまりこいつはリグレット派が送り込んできたやつってことだ。
 まぁサミュ派なんてほとんどいないみたいだし、たいていリグレット派だろうけどさ。
 だからこそ無理にでも口を割らせたいってことね。


「あんたら忠誠心ってもんがないわけ? 仮にも自国の王子でしょ? 継承権争いでどっちが王様になるとかは別にしても、あんな子供の命まで取ろうとして恥ずかしくないの?」

「忠誠心? そんな絵本で出てくるようなものに何を期待している。長いものには巻かれろと言うだろう? リグレット王子には三大公家のうち二家が支援している。もはや盤石なのだよ」


 だめーだこりゃ。完全に自分の利益のみを追求してプライドなんて捨ててるやつだわ。
 

「それよりどうやって私たちの宿が分かったの? いえ、それ以前になんでもう街に入っていたのか知っていたのか。それを教えて欲しいわ」

「質問ができる立場か?」

「だって心残りがあったら開く口も堅く閉ざして意固地になっちゃうわよ?」

「ふん、しょせんは呪われた王子の仲間だな」

「呪われた? どういうこと?」


 急に知らない言葉が出てきた。一体どういう意味なんだろう。
 しばらく一緒に旅してきたけど別に変なところはなかったと思う。


「おっと、これは口が滑った。今日はここまでにしておくか」

「あれ、もう終わりなの?」

「一応、聴取したが全く応じなかったという体裁は整えなければならないからな。しかし明日からは今日のように甘くはないぞ。死ななければ何をしてもいいと言われている。この意味が分かるか?」


 それはつまり暴力に訴える拷問という意味だろう。
 ニタニタと薄気味悪く嗤う男のなんて醜悪なことか。


「あんたがゲスな上にクズってことが分かったわ」

「口の減らない女だ……。明日はたっぷりと道具も準備して出迎えてやる。半日で潰れてくれるなよ? 連れて行け!」

「はっ!」


 男が先に踵を返して部屋を出て行き、その後、私も牢に戻されるために退出させられる。
 縄を引っ張られて動物になった気分だ。後ろから引っ張って無様に転ばせてやろうかしら。


「……ほらあいつが……王子誘拐の犯人だとよ……」

「厄介払いされた騎士連中が王子を唆してクーデターを企てようとしたんだろ? しかもどっかに監禁してるらしくて身代金を要求しているらしいぜ」

「マジかよ……すげぇ凶悪犯じゃねぇか。あんな若い女でも中身は魔女だな」

「これはこの国に対する侮辱だぞ。俺は猛烈に怒っている! 口を割らすのならぜひ俺がやってやる!」


 歩く廊下の端々からこちらを伺う兵士たちの視線が見え隠れして、とめどないうわさ話が耳に入ってくる。
 そのほとんどが根も葉もないことばかりだ。きっと私たちが悪役になるように裏から手を回して扇動しているに違いない。
 簡単に騙されてるやつばかりで腹が立ってくるわ。

 しばらく進むと鉄格子の嵌った冷たい牢に到着する。
 そういやアレンが捕まったことあったな。あの時は私は外からだったとけどついに人生初の牢獄デビューしちゃったわ。

 兵士は鉄格子の鍵を開ける。


「さぁ入れ」

「はいはい、従いますよー」

「軽口を叩くな! ――ぎゃあっ!!」


 瞬間、私に向かって平手が飛んでくるのを身を捩って避けてすぐさま牢の中にエスケープした。
 がちーん、と兵士の手が私ではなく鉄格子に当たって地団太を踏んで痛がる素振りをする。
 馬鹿なやつ。注意一秒怪我一生ってね。


「あれー? どうしたんですかー? 言われた通り入りましたよー?」

「く、くそっ! だったらそのままでいろ!」 


 兵士は痛みで震える手で鍵を閉めてすぐに立ち去って行く。
 私の手には縄が巻かれたままだ。
 なんていう低質な嫌がらせ! これじゃあ背中が痒くなっても掻けないじゃないの!
 まぁそれは置いておくか。


「クレアさん大丈夫ですか?」


 私は正面の牢にいるクレアさんに声を掛ける。
 彼女はずっと三角座りで俯いていた。他の騎士たちはこことは別の牢に入っているらしい。
 もはや気力も湧かないとはこのことだろうか。せっかく元気を取り戻し掛けてたのに……まぁ牢屋に入れられたらどうしようもないのは理解するけどさ。


「すまないアオイ殿。私のすることは空回りばかりのようだ……。こんなことなら部族連合にいれば良かった。それなりの生活は保障されたろうに」


 ボソボソとしゃべる声は小さい。たぶん看守には分からない程度の音量だ。それを意図してやろうとしているんじゃなくて、もう私にしっかりと聞かそうとする気力も無いというのが正解だろうか。
 しかし私の耳にはそれがハッキリと届いていた。


「それってクレアさんたちが唆したんですか?」

「いや違う。アーティー様が亡くなられて適切な王候補がいないと知ったサミュ様が自ら決意されたんだ」

「ならクレアさんが自分を責めるのはおかしいですよ」

「だが私はサミュ様をお守りできなかった。それが私たちの仕事なのにだ。間抜けにもほどがある。やはり私たちは国から厄介払いされた役立たずな人間でしかなかったようだ。もしすでに亡くなられていたとしたらこの身は王子に殉じよう」


 自虐する人間は見ているだけで面倒くさい。
 あぁもうここは発破を掛けるしかないな。


「クレアさんはいいですね。そうやって後悔して私は不幸ですってポーズを取っておけばいいだけなんだから楽なもんですよね」

「何を言う……?」

「サミュ王子は今もどこかで彷徨っているかもしれないのに、ずーっとあなたはウジウジしてしみったれてみっともないって言ってるんですよ」

「ではどうしろと? もはやこの身はこの牢獄から出ることは叶わず、処刑されるのを待つだけだ。こんな無能な私にできることを教えてくれ!」


 少しだけクレアさんは顔を上げた。
 しかしそれでも気力は完全に戻っていないようだ。


「私ね、これでも捕まって良かった面もあるなって思ってたんですよ」

「捕まって? そんな馬鹿な……」

「だってこうしてこうして尋問までしてくるってことは黒幕たちもサミュ王子の居所を見失っているってことですよね。実は最悪、もう手に掛けられてるんじゃないかって思ったこともあったんですよ。でもその最悪が無いことだけは分かりました」

「それは……そうかもしれないが……」

「それになんで宿がバレて兵士たちが来たのかってのも考えてたんですよ。一番あり得るのは誰かが密告したってことですよね。宿屋の従業員がクレアさんたちの正体を知っているはずがないし、だったらまぁ申し訳ないけどやっぱり他の騎士さんたちの誰かが抜け出して自分の安全を取引したんじゃないかって」

「そんな……。いやだが……巨大蜂(ジャイアント・ビー)の一件もある。無いとは言い切れないが」

 
 勘でしかないがクレアさんは密告者ではないだろう。
 これが演技ならアカデミー賞あげたいぐらいだし、このタイミングで私たちを売る必要がない。
 アレンたちや美歌ちゃんも違うなら残りは騎士しかおらず、彼らなら我が身可愛さに裏切ることはありそうだった。
 それに牢には男女別で分散して入れられていて、全員いるのかひょっとして一人ぐらいいないのかすらも把握できていない。


「だったらその内通者はここにいてもらった方が私たちも動きやすくなりません? そういうのが良かった点ですね。だから今外で美歌ちゃんたちが探してくれているのを待つのも全然アリじゃないかなって思うんですよ」


 昨日までなら下手をすればサミュ王子の居所が判明したとしても密告されて先回りされた可能性だってあったわけだ。
 それが無くなるというのならすべてが悪い方向へ下っているだけじゃないはず。


「……一つだけ答えてくれ。裏切り者は君たちではないのだな?」

「当然です。大体、私たちに王子様の情報を売る必要性が無いですもの。お金に困っているってこともないし、声を掛けられたのは偶然でしょ?」

「そう……だな。悪かった。それでももう一度ハッキリと否定して欲しかったんだ。分かった。私はアオイ殿たちを信じる。しかし信じたところで、思いだけではどうにもならないぞ?」


 まぁクレアさんからしたら現状詰み状態だよね。
 お城の中も敵だらけで探しに行くこともできず、ただ拷問と処刑を待つばかり。

 そんな折、ピピっと私にビデオチャットの通信が入った。


□ ■ □


 時間はその通信の少し前に遡る。

 間一髪、アオイからのメールのおかげで兵士たちとは出くわさなかったジロウたちは別の宿に乗り換えようと移動している最中であった。
 ちなみにジーナはアレンが背負っている。 


「いやぁ急展開ってやつやねぇ」

「まさか寝床がバレるとは思いもしなかった。儂らだけでも外に出てて運が良かったな。あっはっはっは!」

「ちょっと薄情過ぎませんか!? 捕まったら処刑とかされちゃうかもしれないんですよ?」


 美歌とジロウがさもちょっとした失敗談や武勇伝ぐらいの笑い話のように談笑しているので、堪らずオリビアが声を荒げた。
 二人は怒られて目をパチクリとする。


「大丈夫ですって。やばいことになったら葵姉ちゃん自力で逃げて来るから」

「儂はむしろ兵士の方が心配だな。一体どれだけ被害が出るのやら。あんまり怪我をさせ過ぎると治安の悪化を招きそうだ。いや嬢ちゃんのことだから最悪、王様とかに喧嘩売りに行ったりしてな。あー今王様はいないんだっけか」

「あー、あり得そう。王子様見つけて『ふざけんじゃないわよ。あんたなんかよりサミュの方がまだマシよ! 気に入らないやつは全員掛かって来なさい!』とか言って一人で護衛の兵士全員倒すかも?」


 その上に、アレンまで話に乗っかる。


「俺は斜め上をいって王子様を攫って来るんじゃないかと思うぜ。昼飯賭けるか?」

「面白い。やるか」

「うちもそれでいいで」

「あたしも参加するわ。考えるからちょっと時間ちょうだい」

「そんな……」


 美歌とジロウに続き、ミーシャまで悪乗りし始めるものだからオリビアは言葉に詰まった。
 ミーシャは心配するそんなオリビアの肩を叩く。


「問題ないって。最悪、逃げるぐらいは容易いと思うわよ。規格外の力があるのは知ってるでしょ?」

「え、えぇまぁそうなんだけど……」


 それでもやぱり不安は拭い切れないのかオリビアの歯切れは悪い。
 そのやり取りを聞いてキーラがジロウに質問をする。


「あの姉ちゃん、そんなに強いのか?」

「まぁ百人や二百人ぐらい余裕だな。無論、儂らだってそうだぞ?」

「ジロウもすっげーな!」

「ふふん、まぁな」


 目をキラキラとさせ憧れのまなざしで褒めてくるキーラにジロウは気を良くした。 
 普段そこまで自己顕示しない彼だが、孫と同じぐらいの歳の少年に対しては少しだけ接し方が違うらしい。
 面影を重ねてしまうせいか、孫に自分を良く見せたいという本来のお爺ちゃんキャラが出てしまっていたし、キーラもキーラで自分とほとんど年齢の変わらない少年(ジロウ)が強いというのは親近感があって妙に心を開いている。


「でもよ、実際のところこれからどうすんだ?」

「今まで通り同じことするしかないだろうさ。まぁ闇雲にってのはちょっと億劫になってはきたがな」


 アレンの言葉にそう答えるが、ジロウだってこのままで良いような気はしていない。
 しかし変えようにも何をすればいいのか分からない状態だった。

 ふいに外套を深く被って背丈ほどもある大剣を背負った男が彼らの前を駆け足で横切った。


「ん?」


 しかもその後をぞろぞろと十人以上の男が殺気立った雰囲気で後を追う。
 あまりにも異様な光景に全員の目が向いた。
 

「なになに? お祭り?」

「さすがにそりゃないだろ。どう考えても追われるようにしか見えねぇ」


 美歌の小ボケにアレンが敏感に反応し、男たちはそのまま路地へと消えて行く。


「む、どうしたものか」

「放っておけばいいんじゃない? 私たちが割って入ることでもないでしょ」


 介入するかどうか迷ったジロウにミーシャは冷たく言い放つ。
 最もな意見だ。どんな理由で誰が争っているのかは分からないが、あえて首を突っ込む必要性が無い。むしろ揉め事は避けるべきだろう。
 だが、野次馬好きなジロウが進み出た。


「軽く様子を見てくる。先に行っててもらっても構わん」
  
「あ、ちょっと!」


 プレイヤー同士はメニューでのメールのやり取りやビデオチャットなどでやり取りが可能なので、離れていたとしてもすぐ合流できる。
 だから逸れることはないとジロウが聞きもせずに走り出した。

 だが、数歩進んだところで突然、男が吹っ飛ばされてきて目の前で壁に激突しジロウが足を止める。
 どうやら角を一つ曲がったところで追い付かれたのか喧嘩がもう始まっているらしかった。

 その喧騒が聞こえる角をジロウが横道から顔を覗かせる。
 

「おらよ!」

「ぐはっ!」

「ははっ! クソ楽しいねぇ! これぞ旅の醍醐味ってもんだ!」


 外套の男が蹴り上げさらに別の男がノックダウンし、その隙を狙った短剣を膝を曲げて下から掻い潜り左肩でショルダータックルを敢行する。
 次々と仲間がやられていく光景に男たちはヒートアップしていき、外套の彼は一対十数人でも全く引けを取らずに大立ち回りを演じていた。
 
 
「一斉に掛かれ!」


 その合図に四方から凶刃が降り注がれる。
 けれど外套の男は大きくその場から跳躍し後方宙返りを決めて着地と同時にかかとで大剣の下の鞘部分を蹴った。
 地面と水平になるまで持ち上げられた大剣をそのままの勢いで抜き放ち、仲間同士でぶつかって足が止まっている集団に殴り付ける。


「うあぁっ!!」


 ぶぅん、と豪快な風を唸らせるスィングがして四人を同時に片づけることに成功した。
 斬ってはいない。剣の腹で叩いたのでこれでも一応手加減はしているらしい。


「まだやるか? クソ野郎共」

「ひ、ひぃぃ!!」


 その一撃でさすがに実力差を把握した残った男たちは一目散に走ってジロウの前を横切り去って行く。
 

「待てって、仲間忘れてんぞ……ってもう聞こえてねぇか。それで坊主、お前は何をしてんだ? これは見世物じゃねぇぞ?」


 外套の男はため息を一つ吐いた後に気絶した男たちの懐を探り財布を掠め取り出した。
 その様子を眉をひそめながらジロウが黙って見ているとさすがに邪魔に思ったようだった。


「これじゃあどっちが悪党か分からんな、と思ってな」

「強盗から金奪ったら強盗か? クソ強盗に人権なんて無ぇだろう」 

「ま、いちいち否定はしない。邪魔したな」

「待てよ」

「うん?」


 特に助けに入る必要も無く、あまり気分の良くないものを見せられたのでそのまま立ち去ろうとしたジロウに男はまだ用があるようで声を掛ける。


「ちょっと恥ずかしいが俺ぁ、武者修行ってやつをしてんだよ。お前もそこそこやりそうな気がするんだよな。ちょっと喧嘩してみねぇか?」

「こんな子供相手にか? さすがに因縁付け過ぎだろ。それともそいつらの財布じゃ満足できなかった口か?」

「金にはそこまで執着はしてねぇよ。ただ馬鹿な真似したんだから授業料ぐらいはもらっとこうって程度さ。それよりこれだけ殺気向けられても平気で受け答えしているお前の方がよっぽど気になってんだよ」


 確かにジロウはさっきからピリピリとした空気は感じていた。
 あえて自分から喧嘩を吹っ掛けるわけにもいかず、それをずっと無視し続けていたのだ。
 ただこうなると逃がしてはくれないだろうと腹をくくった。、


「――儂の授業料は高くつくぞ?」


 変なのに絡まれたな、と思いながらジロウは小さく嘆息し、一気に戦闘モードへと意識を切り替える。
 その雰囲気が変わったのをつぶさに男は察知した。 


「お、いいねぇ。最近は女子供でもクソやべぇやつがいることを知ったばかりなんだ。楽しませてくれ――」

「あれぇ? 何かどっかで見たことある顔がおるで?」


 外套の男がしゃべりながらフードを取ったところに、ジロウの脇からこの場の空気にそぐわない穏やかな美歌の高い声が響いた。
 彼女は先に行かずになかなか動こうとしないジロウが心配になって見に来たところだ。


「は? あぁ、お前! クソ聖女じゃねぇか!」

「ちょっ! その名前で呼ばんといて! 恥ずかしいやろ! って、思い出した。確かガルシア商会のところの……えーと、泣いてた人!」

「『ツォン』だ! 相変わらず本性はクソ間が抜けたやつだな!」


 外套の男は葵や美歌がゴーレムを倒す時に一緒に戦ったガルシア商会のツォンだった。
 二人は顔見知りというほどでもなかったが、多少の面識はあった。
 美歌からしたら彼の祖父であるバータルを倉庫から助けた折に泣き腫らしていたのがツォンで、ツォンからするともっと清楚で落ち着いた年上の女性だと思っていた聖女がこんな真逆の少女だったことに驚きを隠せないでいた。
 事後も顔を見る程度のことはあってお互いに多少印象的だったので覚えているという感じだろうか。
 

「なんでこんなとこにおるん?」

「復興もまぁまぁ進んできたし、爺を倒すために旅に出たんだ。あのままあそこにいるだけじゃあ越えられねぇ。お前らみたいなクソ強ぇやつらが外にいるなら行かねぇ理由は無ぇって思ってよ」

「あーそう。ご苦労様」


 美歌からはそっけない返事が一つだけ漏れる。
 少年漫画が好きな葵であればもうちょっと違った反応をしたかもしれないが、特訓の旅と聞かされても美歌からしたら特に興味も湧かないものらしい。
 
 
「もうちょっとなんかないのかよ!?」

「えー? 頑張れー?」

「くっ……」


 別に応援を期待したものではなかったがそれでも欠片も理解されていないことにツォンが心に百ダメージを負った。
 気が抜けてしまったジロウは警戒態勢を解いて美歌に体を向ける。


「知り合いか?」

「ん? あぁええっと知り合いっていうか、カッシーラのガルシア商会ってところのの人。なんか自分探しの旅に出てるみたいやわ」

「武者修行だよ! 俺はそんな答えの出ねぇクソみたいなことしねぇっつーの!」


 二人の相性は悪いようでにっちもさっちも会話が進まずそんなやり取りをしているとアレンまでやって来る。


「おい、いつまでやってんだよ」

「お? へぇ。ガキどもよりは一番それっぽいやりがいがありそうなやつがいるじゃねぇか」

「なんだこの狂犬みたいなやつは?」

「お前、俺と勝負しろ!」


 いきなりのストリートファイトのお誘いにアレンはおかしなやつだと眉根を寄せた。
 ちなみにアレンは騒動の終盤は大怪我をして意識を失っていたので二人に面識は無い。


「嫌だよ。今忙しいんだ。見て分からないのか?」

「だったらそれが片付いたら良いってことか?」

「まぁそれならいいぜ。俺だって強くなるために手合わせは望むところだ」

「よっし決まりだ! おいクソ聖女、俺も手伝ってやる」


 安請け合いというか事情をよく理解していないくせに強引に入ってくるツォンに美歌は呆れる。


「は? 簡単に言うけど、うちらが何しようとしてんのか知ってんの?」

「知るかよ! 説明しろ!」

「なんやそれ……」


 こんな大人にだけはならんとこ、と思いながら美歌はこれまでの経緯を説明してやった。


「なるほどなぁ。だったら俺が力になれることはあるかもしれねぇな」

「そうなん?」

「まぁ蛇の道は蛇ってな。悪党には悪党のやり方ってもんがある。ま、次のかちこみには俺も混ぜろよ」


 そうしてツォンが一行に加わることになり時間は牢屋で葵が通信を受けた時に戻る。


□ ■ □


『え、ツォンが!? ふーん……うん……ようやくね! ……分かったわ……はいはい……じゃすぐ行くわ』


 美歌ちゃんからの通信を切った。
 この様子を奇妙な一人芝居のように見つめているクレアさんに見つめ返る。
 そしたら気の毒そうに目を下に逸らされた。
 ちょっ! 頭のおかしい人に思われてんじゃん!
 

「あぁ、今のって美歌ちゃんと声でやり取りができる魔術みたいなものなんですよ」

「そ、そうなのか。てっきりおかしくなったのかと……」


 失礼な。今から言うことを聞いたらびっくりするだろうに。
 ゴホンと咳払いをしてから教えてあげる。


「美歌ちゃんが言うにはようやくサミュ王子らしき人物がいるところが分かったそうです!」

「なっ! ど、どこだ!? どこにおられる!?」


 がばっと起き上がって鉄格子にしがみつき出した。
 なんだまだ元気残ってるじゃん。
 看守のことなどお構いなしに大声だから今の声を聞かれて様子を見に来られるのも時間の問題だろう。
 だから手短に確認する。


「会いたいですか?」

「もちろんだ!」

「だったらその前に言いたいことがあります。もっとしっかりして下さい。今回は十日ぐらいでしたが、そんなぐらいでそうやって落ち込んで弱気になって勝手に諦めかけて、それが本当に騎士ですか? 私には到底、今後も彼を守れる強い騎士だとは思えません」

「それは……」

「ここに来て、本当にあの子に味方がいないことが分かりました。彼を助けられるのはあなたたちだけなんですよ? 数でも負けているのに質でも負けてどうすんですか! 殉じる? 馬鹿言っちゃいけませんよ。もしそんなことになったのなら必ず黒幕に復讐してやるぐらい言って下さい! こんなへっぽこしか周りにいないのはあの子が可哀そうです! ……まぁでもあそんなこと望まないと思いますけどね」


 言いたいことは言ってやった。
 いい加減、年上のお守りみたいなのはたくさんだ。
 そんな程度なら最初から争いなんかやめて田舎で暮らしてて欲しい。
 
 クレアさんは俯いて唇を噛み締める。


「……すまない。アオイ殿の言う通りだ。まるで刃物のようにその言葉は私を貫いた。言いたいことは最もだ」


 それからすっと立ち上がり背を真っすぐにピンとして胸を張り、居住まいを正す。


「おい、何を騒いでいる?」


 そうしている間に、看守とさっき私を牢に入れた兵士たち二人が扉を開けてこちらに近付いてきた。


「私、クレア・フォンディールはここに誓う。もう迷わない、もう疑わない。我が忠誠はサミュ様のもの。我が剣はサミュ様のため。折れず曲がらず錆び付かず全身全霊を懸けてお守りする! 見届け人はアオイ殿。誓いに背き忠誠を損なった場合はどんな処罰をも受け入れる! これは騎士の契約だ! 私を見てくれるか?」


 急に始めたその誓い。
 作法など何も知らないし、どう答えればいいのかも分からない。
 けれど私なりに彼女のその心意気に付き合う気になった。


「いいわ。くノ一葵、騎士クレアの誓いの証人となるわ。あの子をサミュ殿下を守る騎士として認め、間違わないよう――間違っても常に正しいあなたでいられるか見てあげる」


 言って腕を縛っていた縄を無理やり引きちぎる。
 それを見て看守たちは目を剥いて足を止めた。


「こんなもんっ!」


 それから鉄格子をさらに力ずくで開けてのっそりと廊下に出る。
 元からこれぐらい楽勝だっての。


「これ返すわ!」

「うわっ!?」


 千切れた縄をさっきの兵士に投げ付けるとそいつはびっくりして後ろに転んだ。
 そしてクレアさんの鉄格子も出られる大きさに捻じ曲げてショートカットで忍術を発動する。
 

「―【火遁】爆砕符― 【解】!」


 私が出てきた牢の壁にクナイを放って爆発させた。
 すごい破砕音と煙が発生してバラバラと壁が崩れ、外からの光が入って来る。
 ここは二階だった。外はクレアさんの誓いを祝福するかのように澄み切った晴れ空だ。


「き、貴様らこんな大それたことをしてタダで済むと思っているのか!?」

「だ、脱走だ! 緊急事態!! 急いで来てくれ!」


 看守たちは予想外の一連の行動に仰天して動けない。動くのは生意気な口だけだ。
 にわかに階下から複数の足音が響いて来る。
 思ったより反応が早く、よく訓練されているようだ。


「世話になった。主がいないのに自分たちだけで帰還する愚かさをよく教えてくれた。感謝する」

 
 クレアさんは吹っ切れたらしく捕まったことに対する恨み言ではなく感謝を述べた。
 看守たちはさっきの誓いの経緯を知らないからはてな顔だ。 


「ここに見届け人の承認は成った。今より我が主人を阻むものは我が敵なり。いざ主人を助けに参らん!」

「今度来る時はサミュ王子と一緒に来るわ。ごちそう用意して待ってなさい!」

 
 私とクレアさんは彼らを無視し、そこから飛び降り脱出したのだった。

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